サイゲームスより配信中のiOS、Android、PC(DMM GAMES)対応ゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』。2022年3月18日実装のメインストーリー第1部 最終章・前編にて登場したツルマルツヨシとモンジュー(※名前のみ登場)について解説する。

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ツルマルツヨシ

 ツルマルツヨシは、スペシャルウィークらと同じ1995年生まれの牡馬。父はシンボリルドルフ、母はコンキスタドールシエロ産駒のスィートシエロ。『ウマ娘』にて前髪の流星(白い部分)がルドルフに似ていたり、トレセン学園の生徒会長を務めるルドルフに憧れているのは、このことが由来と思われる。

 冠名ツルマルのほかの馬では、アグネスタキオン世代(1998年生まれ)のツルマルボーイが有名。ファインモーションなどが出走した2004年の安田記念を制している。

【ウマ娘・元ネタ解説】ツルマルツヨシとモンジューはどんな競走馬だった?

 ツルマルツヨシはデビューが遅く、セイウンスカイが皐月賞を勝った後の1998年5月にダート戦で初出走し勝利を挙げた。

 デビューが遅れたのは体が弱かったためで、その後もたびたび体調不良に悩まされ、2戦目はセイウンスカイが菊花賞を逃げ切る数時間前の1998年11月8日。クラシック競走にはぜんぜん間に合っていない。このあたりが、『ウマ娘』でツルマルツヨシの登場シーンとして描かれている部分である。

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【ウマ娘・元ネタ解説】ツルマルツヨシとモンジューはどんな競走馬だった?

 明けた1999年1月には900万下条件戦にエントリーするも、やはり病気のため出走取消。ようやく復帰できたのは1999年6月のことだった。

 ここからは順調にレースに使えるようになり、9月の朝日チャレンジカップで重賞初勝利を果たすと、京都大賞典ではメジロブライト、テイエムオペラオー、ステイゴールド(ゴールドシップの父)、スペシャルウィークなどを下して優勝。力があるところを見せつける。

 しかし、2番人気に推された天皇賞(秋)では8着。続く有馬記念では4着と検討するも、レース後にケガが発覚し、再起は2000年秋となる。この年の有馬記念に出走したが、最後の直線で左前脚の靭帯が断裂してしまい競走中止。無念の引退となった。

 現役引退後は京都競馬場の誘導馬を務め、現在は宮崎県で余生を過ごしている。

モンジュー

 モンジューは1996年生まれの牡馬で、テイエムオペラオーらと同世代。テレビアニメ第1期では“ブロワイエ”という名前で登場していた。

【ウマ娘・元ネタ解説】ツルマルツヨシとモンジューはどんな競走馬だった?

 父は現代のヨーロッパ競馬にもっとも大きな影響をもたらしたと言ってもいい大種牡馬のサドラーズウェルズ。母はオーエンテューダー系のFloripedes。

 モンジューはアイルランドで生まれ、フランスのジョン・ハモンド厩舎に所属した。1999年6月6日のジョッケクルブ賞(フランスダービー)でGI初勝利を果たすと、続く6月27日のアイルランドダービーも制覇。これで欧州3歳馬のトップに立ったモンジューのつぎなる目標は凱旋門賞となった。

 前哨戦のニエル賞を勝ち、迎えた本番。このレースではほかに、キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスとアイルランドチャンピオンステークスを連勝したデイラミや、サンクルー大賞を制した日本のエルコンドルパサーらも有力と見られていた。
 
 この日のロンシャン競馬場は雨が降り続き、日本で言う不良馬場でレースが行われた。先頭を走るのは、最内枠から好スタートを切ったエルコンドルパサー。モンジューは前目に、デイラミは中団後方にそれぞれポジションを取る。

 ロンシャン名物のフォルス・ストレートを過ぎても、エルコンドルパサーはまだ先頭。そのまま最後の直線になだれ込むと、後続を力強く突き放し、逃げ切るかと思われた。しかしモンジューもグイグイと伸び、残り100メートルでエルコンドルパサーを捉え、2分の1馬身差を保ったままゴールイン。地元勢の意地を見せ、欧州最強馬となった。

 つぎのレースとして陣営が選んだのはジャパンカップ。ここでモンジューを迎え撃ったのが、“日本総大将”スペシャルウィークだった。スペシャルウィークは外国馬を寄せ付けずに完勝。鞍上の武豊騎手にとってこれが初めてのジャパンカップ勝利となった。一方、敗れたモンジュー陣営は、輸送の疲れや調整不足を敗因として挙げた。

 この年の活躍により、モンジューはカルティエ賞の最優秀3歳牡馬部門を受賞した。

 2000年、4歳となったモンジューは復調。5月のタタソールズゴールドカップ、7月のサンクルー大賞とキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス、9月のフォワ賞と連勝し、2年連続の凱旋門賞制覇を狙う。しかし、この年の英愛ダービー馬シンダーに敗れ4着。この後のチャンピオンステークス、ブリーダーズカップターフでも敗れ、引退が決まった。

 種牡馬入り後は、日本のハーツクライ&UAEのエレクトロキューショニストという強豪と死闘を繰り広げたハリケーンランや、英愛ダービー馬のキャメロットなどGI馬を輩出。種牡馬として活躍していたが、2012年に病気でこの世を去った。

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