20周年を迎えたPCゲームプラットフォーム、Steamを展開するValveのキーマンふたりに話をうかがった。

 『Half-Life』や『Counter-Strike』などのゲーム開発、そして携帯ゲーミングPC“Steam Deck”などハードウェア開発も手掛けるValveは、日本市場をどう見ているのか?

聞き手:三代川正(ファミ通.com編集長)

ピエール=ルー・グリフェ

Valveのさまざまなハードウェアを手掛けるエンジニア。過去にSteamコントローラや、Steam Machineにも携わる。

ローレンス・ヤン

Steam Deckではインターフェースを担当したデザイナー。ライティングやマーケティングもサポートしている。

日本のSteam利用者が急増。その背景は……?

――まずは、Valveの主要な事業であるSteamについて、2022年度から現在の成果や実績をどのように評価していますか?

ローレンスグローバルでは、ビジネス全般において成長を遂げています。PCゲームを通じてSteamアカウントを作成してくださるユーザーの方が増え続けていることをとてもうれしく思います。パンデミックが落ち着いてきても、成長が途切れることがありませんでした。そのことにも満足しています。

【VIPインタビュー】Steamを展開するValveのキーマンに訊く。日本のPCゲーミング市場が急成長した背景と、Steam Deckがもたらす新たなPCゲーム体験
Valveが運営するPCゲームプラットフォーム・Steam。2003年よりサービスを開始し、2023年1月には最大同時接続ユーザー数が3300万人以上を超えるほどに成長。言わずと知れた世界最大のPCゲームプラットフォームだ。

 そして、その傾向は日本においてとても顕著に示されており、過去5年間では日本はユーザー数増加率においてトップ水準を誇る国のひとつとなっています。2022年以降、Steamで販売しているトップタイトルの作品の多くは日本で作られたもので、全体の売り上げにも非常に貢献しています。トップタイトルの5本に1本、全体の20%は日本のタイトルとなっています。

―― その中でも、『ELDEN RING(エルデンリング)』の貢献は大きかったでしょうか?

ローレンスおっしゃる通り、『エルデンリング』は本当にいい例です。日本での成長にはふたつの側面があると考えます。ひとつは、日本のSteamユーザー数が増加していること。もうひとつは、日本のパブリッシャーや開発者・開発会社がSteamで販売を行うことであり、世界中に日本のゲームが届きやすくなっていると言えるでしょう。

――日本のSteam利用者数が増加している要因やユーザーの推移についてどう捉えていますか?

ピエール=ルー過去5年で日本においてPCゲーミングがポピュラーになってきていると感じます。また、私たちとしても、デベロッパーに対してPCユーザーをターゲットとしてゲームを開発してもらうよう推奨しています。それらの結果が、利用者数の増加やユーザーの推移に貢献していると思います。

 そしてこの2年間、私たちはSteam Deckの開発にとても力を入れています。これからPCゲームを始めようというユーザーにとって、Steam Deckが入り口としての機能を果たすと考えています。

ローレンスまた、ここではいい循環が起きています。パブリッシャーがSteamに特定のタイトルを持ってくることによって――たとえばここでは『Marvel's Spider-Man』を例に挙げますが、そのタイトルのファンは「コンソールだけでなくPCでも新たにプレイできるんだ」と、Steamを利用してくれるようになりました。コンソールの人気タイトルがPC版としてSteamで販売されることも、このようないい結果を生む要因のひとつとなっているのです。

――日本におけるPCユーザー数の増加には、ストリーマーやVTuberなどによる動画配信の影響が大きいと感じます。こういった現象についてはどんな印象をお持ちでしょうか?

ピエール=ルー日本だけでなく、世界中でそのような現象が起きていると思います。ストリーマーが「みんなでプレイしよう」と盛り上げ、ユーザーがそれを視聴し共感して、自身もゲームをプレイするといった“よいエキサイトメント(興奮や熱狂)”が、ストリーマーと視聴者のあいだで、またその周辺で生まれていますね。

ローレンスストリーマーの方々の多くはPCでプレイしていますので、ユーザーはそのタイトルがPCで遊べることを確認できたり、発見できたりますし、PCゲーミングの楽しさやおもしろさに触れる機会にもなっています。

ピエール=ルーここ数年、VTuberの方々は世界でも人気です。Valve社内にも熱心なファンがいて、“Holo”というワードを使って同僚たちが会話しているのをよく耳にします。

――“ホロライブ”ですね。

ピエール=ルーそうです! 『ホロキュア』はSteamでも人気となっているタイトルです。

――人気タイトルといえば『Starfield』のリリース直後、Steamの世界同時接続数が33万人を超えるほどプレイされていました。このようなビッグタイトルがSteamに及ぼす効果についてどのようにお考えでしょうか?

ピエール=ルー人気作や期待作のリリースなど、大きなローンチイベントがある際にはSteamに多くの人がアクセスしますし、それにともなってほかのタイトルも売れる傾向があります。

 季節のセールのときも同じような現象が起きていまして、セール対象でないタイトルの売り上げが伸びたり、全体的なアクセス数が増えたりすることが見られます。

ローレンス私たちがパブリッシャーや開発会社の方たちに推奨しているのは、PC版と家庭用ゲーム機版のリリースを同時にすることです。どちらか一方を遅らせてリリースするよりも、一度に多くのユーザー数の増加を見込めますし、注目を集めやすいからです。

【VIPインタビュー】Steamを展開するValveのキーマンに訊く。日本のPCゲーミング市場が急成長した背景と、Steam Deckがもたらす新たなPCゲーム体験
『Starfield』はリリース直後にSteam同時接続者数33万人を突破。昨今では、Steamの同時接続者数が大ヒットの指標のひとつになっていると言っていいだろう。

――セールがあると対象ゲーム以外にも買ってしまって、積みゲーが増えていくというのは世界共通なのですね(笑)。

ピエール=ルーそのようですね。私も未プレイのゲームがSteamライブラリに山積みです(笑)。そういった積みゲーの解消にも、SteamDeckはひと役買っていると考えています。隙間の時間に、ちょっとこれまで手をつけていなかったゲームをやってみよう、というふうに。きっかけのひとつになればうれしいです。

――では日本市場が、ほかのリージョンやアジア地域とくらべて異なっている点はあるのでしょうか?

ピエール=ルー日本はPCゲーミングの成長率が非常に高い点が顕著ですが、まわりのアジアの国も似た傾向を持っているのも確かです。PCユーザーの数は初期は比較的少ないものでしたが、それが短い期間に驚異的なスピードで増加しました。

 日本はPCユーザーという意味でも、Steamユーザーという意味においても最高の成長を遂げている国です。北米やヨーロッパではデスクトップPCを使うユーザーが多く、日本ではそれに加えてSteam Deckのユーザーが多いです。日本におけるライフスタイルとSteam Deckの持つ特徴が合致しているのかもしれませんね。実際に、日本でのSteam Deckのセールスは非常に好調です。

【VIPインタビュー】Steamを展開するValveのキーマンに訊く。日本のPCゲーミング市場が急成長した背景と、Steam Deckがもたらす新たなPCゲーム体験

Steam Deckが新たなPCゲーム体験をもたらした

――日本国内では2022年末にSteam Deckが発売されました。現在までの日本のユーザーからの反響や手応えはいかがでしょうか?

ピエール=ルー日本のユーザーの反響はとても好意的です。現段階はまだ、Steam Deckがどのようなものなのか知ってもらうことを重要視しています。まずは皆さんがプレイしたいゲームがSteam Deckでも遊べるということを認識していただく、かつSteam Deck上で快適に動作することを知ってもらえるようプロモーションに力を入れています。たとえば、量販店で実際に触れて、手に取っていただけるような施策も行っています。

 皆さんがまず思うのは、Steam Deckで快適にゲームがプレイできるかという点だと考えます。いろいろと設定を変えたり、コンフィグをいじったりしないといけないのではないか、と。実際に触れていただければ、どれだけ快適に遊べるかを実感してもらえると思います。Steam Deckが普及すればするほど、そのよさが伝わっていくのではないでしょうか。

ローレンス日本やアジアでの販売・マーケティングを行っているKOMODOの仕事のすばらしさにもたいへん感銘を受けており満足しています。

ピエール=ルー本日は実際の販売台数をお伝えすることはできないのですが、ほかの地域にくらべて日本では非常に早いペースでSteam Deckが売れているのは紛れもない事実です。

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2022年末より日本国内で発売が開始された携帯ゲーミングPC、Steam Deck(スチームデック)。内蔵SSD別に64GB、256GB、512GBの3モデルで展開されており、microSDカードも使用可能。
【VIPインタビュー】Steamを展開するValveのキーマンに訊く。日本のPCゲーミング市場が急成長した背景と、Steam Deckがもたらす新たなPCゲーム体験
自分のSteamライブラリにいつでもアクセスでき、所有するゲームをSteam Deckにダウンロードしてプレイ可能。さらに、PCで中断したゲームをすぐさまSteam Deckでプレイできるなどシームレスなゲーム体験を実現。独自のSteam OSを搭載することで、ゲームに特化したさまざまな最適化が図られているのも特徴だ。

――PCで遊ばれているゲーム、Steam Deckで遊ばれているゲームの数や時間というのは、それぞれデータを集計してるのでしょうか?

ピエール=ルーそれぞれ、プレイタイムデータを集計しています。どのゲームがどれくらいの時間、PCやSteamDeckで遊ばれているか、そのデータをパブリッシャーや開発者の方々に共有しています。

 そしてSteam Deckのユーザーは、より長い時間をSteam Deckでのプレイに費やし、また多数のタイトルを購入している傾向にあります。Steamユーザー全体(※編注:月間アクティブユーザーは1億3000万人以上)のうちSteamDeckのユーザーは数パーセントであり、一見すると小さな数字に見えますが、非常に好意的なユーザーとなっています。

ローレンスPCとSteam Deckの両方を所有するユーザーのうちの4割は、Steam Deckのほうでより長い時間、ゲームをプレイする傾向があります。これは私たちにとっても、とても興味深い集計結果でした。

――PCを所有しながらSteam Deckをメイン機として使用するユーザーが少なからずいると。

ローレンスPCとSteam Deckを所持していて双方でアカウントを共有している方と、Steam Deckでアカウントを作成した方を比較しても、Steam Deckをメインのデバイスとしているユーザーはかなり多いと言えます。

ピエール=ルー最初期は、既存のSteamユーザーがSteam Deckを購入するケースが多く、次第に新規にSteam Deckを購入する方が増えていきました。そして、それはゲームのセール期間に増加している傾向があります。

ローレンス新しくPCゲーミングを始めようという方にとって、コンソール機と同じようなシンプルな操作性を持つSteam Deckが非常に相性がよかったのだと思います。

――そういう点でも、日本ではSteam Deckが受け入れられやすそうですね。

ローレンスその通りだと思います。日本は歴史的にコンソール機が主流でした。そのような国でSteam Deckが受け入れられ、PCゲームユーザーが増えたということは、私たちにとっても非常によろこばしいことです。

――一方で、さまざまなメーカーから携帯ゲーミングPCが発売され、Steam Deckと競合するハードが増えていると感じます。こういった動きについてどうお考えでしょうか。

ピエール=ルー競争相手というようにはあまり見ておらず、私たちとしてはさまざまなデバイスでSteamを使ってもらえるような努力もしています。

 また、私たちは明確な目的やビジョン(ゲームに特化して最適化を図っている)を持ってSteam Deckを開発していますが、他社の製品は別の面を優先していることもあります。そして、そういったさまざまな特性を持った携帯ゲーミングPCが生まれていることに対して、ポジティブに捉えています。

ローレンスPCゲームを楽しむための新しい体験として、携帯ゲーミングPCというデバイスを使ってもらうこと、またそれが普及することがSteam Deckを開発するにあたっての私たちの願いでした。

 他社製品を含めてその新しい体験が広がっていることは、まさに私たちの願いが実現していると言えます。そして、PCゲーミング業界全体から見ても、とてもプラスなことだと感じています。

――Steam Deckにおける現時点での大きな課題や改善点はありますか?

ピエール=ルーつねにユーザーの皆さんからのフィードバックを重視して、改善に取り組んでいます。ソフトウェアの更新も頻繁に行っており、パフォーマンスの向上はもちろんのこと、リフレッシュレートの改善やHDRへの対応、バッテリーの消費電力軽減など、さまざまなフィーチャーも兼ね備えています。

――ソフト面だけでなく、内部のパーツの仕様変更など、ハード面でのアップデートについてはいかがでしょうか?

ローレンス毎回公表しているわけではありませんが、バックグラウンドでは小さな変更は加えています。それはハードの面についても同様です。実際にいま皆さんが購入できるSteamDeckは、1年半前のものとは違うものと言っても過言ではありません。

ピエール=ルーたとえば、最初期のものと現行のものを比較すると、ファンの音がより静かになっていたり、バッテリーが取り出しやすくなっていたりといったマイナーなアップデートを行っています。

――そうなのですね。ファンとしてはハードのメジャーなアップデート、つまり後継機の登場を早くも期待してしまいますが……。

ピエール=ルー後継機についてはどのくらいのスペックを目指すか、イメージはあります。ただ、現行機で動作する古いゲームやお気に入りのゲームが、後継機で動作しないなどの問題が出てしまわないよう、2年ほどは様子を見ながら進めたいと考えています。それはユーザーの方にとっても開発者の方にとっても、そういう心配はできるだけしてほしくないからです。

ローレンス私たちも計画していますし、ファンの方も楽しみにしていただいていると思いますので、いつか新バージョンが登場するということはお伝えできます。

――それは非常に楽しみです! ValveにはPCプラットフォームやハードの展開に加えて、もちろんゲーム開発会社の側面もあります。新作の開発についてはいかがでしょうか?

ローレンス9月27日に『Counter-Strike 2』をリリースしましたが、ほかのタイトルについては本日お伝えすることが難しいです。

――『Counter-Strike 2』もSteam Deckでのプレイに最適化されていますか?

ピエール=ルー対戦に非常に重きを置いているゲーム性なので、キーボードとマウスで操作する方が多いと思いますが、もちろんSteamDeckでもプレイしやすいようになっています。

――Steam DeckやSteam VRのチュートリアル的なゲームとしては、『Portal』を題材としたものが用意されていますよね。これは意図的に組み込んでいるのでしょうか?

ピエール=ルー『Portal』というIPが、実験的な試みやリサーチに向いているからでしょう。たとえば、新しいデバイスで操作性を確かめたりする場面でも『Portal』はうってつけですね。

ローレンスまた『Portal』は見た目も楽しく、アプローチしやすい世界観を持っています。新しいユーザーの方に新規のテクノロジーを紹介するときに、とっつきやすさを感じてもらえるのでは、と思います。

――では、Valveの今後の展望についてお聞かせください。

ピエール=ルーSteamの普及やSteam OSの発展については、つねに力を入れて取り組んでいきます。Steam OSに新たな機能を搭載していきますし、各地域のパブリッシャーや開発者と密につながって、細やかな部分の開発にも注力していきたいです。また、SteamDeckを始めとするハードの展開、プロトタイプ制作、そして新作ゲームの開発という面でも期待していただければ幸いです。

ローレンスプラットフォーム、ハードウェア、ゲームと、Valveには3つの柱があります。Steamではゲームの開発者とユーザーさんをつなぐことや、ユーザーどうしがつながること。ハードウェアでは、ゲームをプレイする方法や形を豊かにすること。ゲーム開発ではユーザーの皆さんをハッピーにすること。これらを推し進めていくことを今後も目標としていきます。

ピエール=ルー私自身、ここ数年の日本のSteam利用者数の増加に非常にワクワクしています。Steamには世界中の魅力的なコンテンツが集約されていて、Steam自体の利便性向上にも努めています。今後もぜひとも楽しんでいただけるとうれしいです。

ローレンスコミュニティーの皆さんの声は、いつも非常に興味を持って聞かせていただいています。日本の皆さんもご意見がありましたらぜひお聞かせください。今後のフィードバックに活かしていきたいです。

【VIPインタビュー】Steamを展開するValveのキーマンに訊く。日本のPCゲーミング市場が急成長した背景と、Steam Deckがもたらす新たなPCゲーム体験