2019年12月11日、バンタンが主催するeスポーツのビジネスに関するカンファレンス“ESCONF TOKYO”が開催された。

 本稿では、Edge(エッジ)創業者兼CEO アダム・ワイト氏によるセッション“eスポーツの「開拓時代」を切り開く プレイヤーと企業との正しい関係性”のリポートをお届けする。

Edge(エッジ)創業者兼CEO アダム・ワイト

 国際スポーツ法学の学士号とマネジメント&コーポレートファイナンスの修士号を持ち、スポーツ専門の弁護士として、マンチェスター・シティやASローマなどを担当。7年のキャリアを積んだ後、カードゲーム『ハースストーン』でのプレイ経験から、2015年にeスポーツ業界へ転身。業界内で増えているプレイヤーの給与の未払いや契約条件などの問題を解決することを目的とし、2018年にEdgeを創設。プラットフォームプロバイダーなどのアドバイザーとしても活躍中。

【おもな講演内容】

  • 産業として拡大中のeスポーツは、金銭トラブルも増大中
  • 子どもたちにとって、リアルスポーツより身近になりつつあるeスポーツ
  • トラブルを公平かつ迅速に解決する機関の必要性
  • 契約の透明性を保ち、確実に履行する“スマートコントラクト”という仕組み
スポーツ専門の元弁護士がeスポーツの“いま”を解説。“eスポーツの「開拓時代」を切り開く プレイヤーと企業との正しい関係性”【ESCONF TOKYO】_01

 元弁護士であり、法律的な問題解決を目的とするEdgeの創業者であるアダム・ワイト氏。その講演では、黎明期である現在のeスポーツを“開拓時代”と称し、法律的な観点から事例の問題点を語った。

産業として拡大中のeスポーツは、金銭トラブルも増大中

 「子ども時代から任天堂のファンで、『ドラゴンボール』も大好き。日本に来られてうれしい」と、ワイト氏はそんな風にスピーチを開始した。

 eスポーツはエキサイティングな成長産業でありながら、いままでは規制の対象としてその伸びが妨げられていた。それは成長が急激すぎてインフラが追いつかなかったというのが実情だ。プロフィールにもあるように、リアルスポーツの世界で法律業務に携わっていた同氏は、その仕事を辞めると、ロンドンでMBAを取得。そのころから『ハースストーン』にハマっていくが、やがて自分の子どもの世代にも負けるようになってしまい、「ならば」と、eスポーツ業界に転身を図ったそうだ。

 イギリスの『ハースストーン』におけるトッププレイヤーが、とあるeスポーツチームと契約を締結しようとしたときのこと。15歳になるそのプレイヤーと会話を交わしていたワイト氏は、契約書を見せてもらい、あわてて署名するのを止めたという。

 それにはいくつかの理由があった。その少年が15歳であったため、まず本人の署名が法律上、無効であること。さらに内容的にもプロとしてお金を稼ぐのに、その方法が大きく制限されていたそうだ。

 じつは、eスポーツにおける契約の問題はこの15歳のプレイヤーに限ったことではなく、業界全体に起こっている問題だと気づいたワイト氏は、Edgeという会社を興したのである。

 黎明期ならではのこうしたeスポーツ業界のインフラ不備を指し、ワイト氏は「開拓時代」と表現。その事例などを紹介していった。

 たとえばTwitterで「契約をしたのに報酬を払ってもらえない」と相談を受けた3人の子どもを持つ女性のケース。契約書を見せてもらったところ、条件や報酬の金額、契約期間といった必要条項がまったく揃っていないために契約書の体をなしていないものだったという。この契約書をもって報酬を払ってもらうためのクレームに利用することはできないが、逆に法的に女性側を拘束する契約ではないと主張し、トラブル解決に当たったそうだ。

 また、Edge設立直後に関わった“eチャンピオン”という、サッカーゲームの『FIFA』によるトーナメントでは、世界最高クラスの16名のゲーマーが参加したものの、オーガナイザーはeスポーツの大会運営についてまったくの無知だったそうだ。組織運営、会場の設営、進行管理、そして選手や関係業者との契約をはじめ、当事者にお金をきちんと払う仕組みにいたってもお粗末なものだったという。その大会で優勝したのは20歳になる若者だったそうで、2万ポンドの優勝賞金を大学へ通う資金にあてようという計画だけでなく、すばらしい大会に出場したという喜びも台なしになってしまったとのこと。

 eスポーツではあらゆる場面でこうした法的な問題が起こっていて、Edgeはそうしたトラブルの解決に当たっているそうだ。

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子どもたちにとって、リアルスポーツより身近になりつつあるeスポーツ

 ワイト氏は改めて「eスポーツとは何か?」という定義についても触れた。曰く、勝利を目指してプレイする競技性があるゲームであること、多くの観客がいること、運だけでなく、勝つためには技術が必要なゲームであることの3つの条件があるという。

 このうち、“観客がいること”がひとつのキーであり、「どうしてあなたは他人のゲームを見てばかりいるの?」と母から問われたことで、ワイト氏はひとつの答えを得たそうだ。

 その答えとは、“どんなゲームであろうと、熟達したトッププレイヤーのプレイは見て楽しい。この事実はほかのリアルスポーツと変わらない”ということ。

 ここでワイト氏は2枚のスライドを表示。リアルスポーツではイングランドプレミアリーグ-アーセナルFC-ティエリ・アンリ選手という構図、eスポーツでは“FORTNITE WORLD CUP”-FaZe Clan-Tfue選手という構図を例に、リアルスポーツとeスポーツの産業構造を比較した。

 両者を比較すると、配信メディアの違いなどはあるが、リーグ-チーム-選手のあいだを各種エージェンシーが結びつけていたり、それぞれ個別にスポンサーがついていたりと、その構造はとても似ている。eスポーツにおいて、選手やチーム、リーグ、スポンサー間を結ぶプロフェッショナルなサービスをプラットフォームに落とし込んだのが、ワイト氏が創立したEdgeという会社なのだという。

 構造的な解説のつぎに、ワイト氏はeスポーツを巡る数字を紹介し、この産業が急激に成長中であることを述べた。ワイト氏はスライドを示しながら、ゲーマーの総数が26億人にも達することや、ストリーミングというメディアとの親和性が高いことを解説。イギリスの子どもたちにとっては、いまやワイト氏が以前関わっていたリアルスポーツよりもeスポーツのほうが身近なものになっていると語った。2019年に10億ドルを超えるような市場規模へと成長したeスポーツは、もはやひとつの産業として成り立ちはじめている、というのがワイト氏の意見だ。

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トラブルを公平かつ迅速に解決する機関の必要性

 ここからは来場者へと質問を投げかけながら、eスポーツを巡るお金の話へと話題は移っていった。

 まずワイト氏が問いかけたのは「これだけ成長したeスポーツ産業の収入源は何か?」というもの。それに対し、会場からは「トーナメント」という答えがあがった。

 パブリッシャーやスポンサーが賞金を提供し、ゲーマーやファンがこれに興味を持ち、スポンサーやパブリッシャーはその人たちに自社の製品を売る。eスポーツではこうした集金システムができあがっている。

 リアルスポーツの場合、大きな動きとして見逃せないのが、各メディアとトーナメントのあいだで発生する放映権料だ。インターネット配信が基本となるeスポーツでは、これが無料であることが慣例となってきたが、ここには変化の兆しが見られるという。というのも、今回の“ESCONF TOKYO”の直前に中国で開催された『リーグ・オブ・レジェンド』のチャンピオンシップでは、1億ドルクラスの放映権料が設定されたという。たとえば、イングランドプレミアリーグなどの放映権料は何十億ドルという単位。まだ桁が違うとはいえ、いずれeスポーツもこうした流れになっていくのではないか、というのがワイト氏の見解だ。

 こうしたお金の動きが生まれたときに重要なのは、契約がきちんと履行されること。「その信用を誰が担保するのか?」というのが、ワイト氏がつぎに会場へ投げかけた疑問だ。その問いに対し、現在はそれをトーナメントのオーガナイザーやパブリッシャー、選手などにおいてはエージェンシーであったり弁護士であるとワイト氏がみずから答えた。

 eスポーツにおける契約上のトラブルとしては、先に名前の挙がったFaZe ClanのTfue選手がそのいい例だ。無名に近い存在だったTfue選手は『フォートナイト』で好成績を上げて頭角を現し、FaZe Clanと契約を結ぶことになるが、プロになれると喜んだあまり、当人にとってかなり不利な条件で契約を結んでしまったという。TwitchではNo.2と言われるほどの人気ストリーマーとなったあとも、支払われる当初決められた金額から一切増えず、これに不満を抱いたTfue選手は今年5月にFaZe Clanに対して訴訟を起こしたのだ。

 Tfue選手の件はいまだ係争中だが、現在はまだどこの国で裁判をするか、管轄権をはっきりさせる段階なのだそうだ。

 ワイト氏は、eスポーツにもリアルスポーツにおけるスポーツ仲裁裁判所のような機関ができるだろうと語った。こうした紛争を速やかに解決できる仕組みがないと、業界全体にその影響が波及してしまいかねないからだ。

 ローティーンが世界のトッププレイヤーであることも珍しくないなど、eスポーツには特有の事情もある。未成年の保護はもちろんだが、チームがお金をかけて選手を育成したのに、その利益をチームに還元することなく別のチームへ移籍してしまうといった問題も考えられる。サッカーなどと同じように、こうした問題に対する共通の規則が必要となってくるだろうというのがワイト氏の意見だ。

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契約の透明性を保ち、確実に履行する“スマートコントラクト”という仕組み

 参加選手やIPホルダー、スポンサーと、複数の国を背景に持つ人や組織が関わるケースが多いのも、eスポーツという産業が持つ特長のひとつだ。話は前後するが、ワイト氏はスピーチの序盤にその例として、とある中国のメーカーがふたりのアメリカ人インフルエンサーにPR動画の作成を依頼し、高額な報酬を払ったにも関わらず、その動画は作成されず返金を求めていたケースを紹介した。

 また、世界から選手が集まる大規模なトーナメントの運営者が破綻してしまい、賞金が支払われなかったといったトラブルも今後起こりうるだろう。そうした場合に、世界中に散らばる選手たちが開催国まで押しかけて法的な手続きを取るのは現実的ではない。

 リアルスポーツでは、その開催国の法律に従っていればたいていは問題が起こらない。しかし、eスポーツは国際的な交流の中でグローバルに展開するのがひとつの特長だ。アメリカのプロチームが韓国人の選手と契約し、ロンドンでフランチャイズを展開するといったことが容易に起こりうる。こうした契約ではときに敵対的な関係が発生し、グローバルな展開であるが故に問題が複雑化することがある。

 こうした契約上の紛争解決において、ひとつの足かせとなっているのが、現在はまだ紙の契約書が主流なのであることだそうだ。「私たちはこうした紙ベースの処理を、世界的な流れでデジタル化しようとしている」と、ワイト氏。

 eスポーツに限った話ではないが、こうした複数の国をまたいだ問題を解決するために、Edgeではデジタル契約、電子署名、スマート条項という3つのサービスを利用し、第三者を介さずに支払いが行われるといった自動的な契約の履行を可能にするスマートコントラクトを活用しているそうだ。

 たとえばトーナメントの賞金に関して言えば、オーガナイザーがあらかじめエスクロー口座に入金し、銀行口座にリンクしたデジタルなドキュメントでデジタルな処理に基づいて確実に支払い処理が行われるような仕組みを構築する。その際に、報酬はデータに基づいて公平に算出されるような契約を結んでおけば、トラブルはさらに起こりにくくなるだろう。

 スマートコントラクトでは、契約や取引がブロックチェーン上に記録されるため、透明性が確保されることも大きな利点だ。

 できることならお金は払いたくないという側と、なるべく多くお金をもらいたい側。両者にとって納得のいくテンプレートを作るのがEdgeの目的なのだという。

 産業として拡大発展の過渡期にあるいまだからこそ、ワイト氏率いるEdgeの存在とその活動は、eスポーツにとって非常に大きな意味を持つ。そんなことが実感される講演だった。

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