タイピングの早打ちなんて興味なかったけど、日本一決定戦がめちゃすごかったから解説させてくれませんか?_01

 こんにちは。ライターの斎藤充博です。

 今日僕が来ているのは“タイピング”の日本一を決める“REALFORCE TYPING CHAMPIONSHIP 2019”という大会です。

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 タイピングというのは、パソコンのキーボードで文字を打つことです(改めて説明するまでもなかったかもしれないですね)。この大会では速く、正確にタイピングをできるかを競っています。

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 僕は今回ファミ通ドットコムの編集者に誘われてきました。しかし、正直なところ興味が薄い。そりゃ速い人は速いんでしょうが、大会をやるほどのことなの……?

 そんなふうに思っていたのですが、大会が終わる頃にはめちゃめちゃ興奮してしまいました。この記事では全然タイピングに興味のない素人でもわかる、タイピングの魅力について解説していきたいと思います!

見どころ1:タイピングが鬼のように速い

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 競技が始まって、すぐに気づきました。出場者はタイピングがものすごく速い。「大会に出るくらいだから速いのなんか当たり前だろ」と思われるかもしれませんが、そんな冷めた先入観を覆すくらい速い。

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 たとえば、僕が単に速くしようとして「dfじゃこjfkぁjfklだjkぁj」みたいな何の意味もなしていない文章を打ち込むとするじゃないですか。当然、超速く打てるわけですが……。

 出場者は「意味のある文章をこの2倍くらいの速さで打ち込む」イメージです。あくまでも僕の感覚ですが。見ていて思わず息が止まる!

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 対戦者の背後に設置されている大型ディスプレイ。その画面の下の方に出ている“738kpm”という数値は、リアルタイムのスピードです。kpmとは“keystrokes per minute”。1分間にキーをいくつ打てるか、という単位です。

 大会の出場者は平均700~800kpmくらいで戦っています。ところが、瞬間的にスピードが跳ね上がると1000kpmを超えることも珍しくありません。僕がこの大会で見た最大の数値は1300kpmでした。1秒間に21回もキーを打てるってこと? すごっ。

 僕が後ほど大会と同じソフトでタイピングスピードを計ってみたところ、353kpmでした。一般人にしてはこれでも速いほうらしいです(200~300程度がふつうだそう)。しかし、大会出場者はレベルが全然違うわけです。

 担当編集者が短い動画をTwitterに上げていたので、こちらもご覧ください。

見どころ2:最適化がすごい

 この超スピードを実現するために、出場者達はさまざまな工夫をしています。まず知ってほしいのは“運指の最適化”という言葉。なにを言っているんじゃい、と思われるかもしれませんので、解説いたします。

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 タッチタイピングをするときには、標準的な指の動き(運指)が決まっています。たとえば“F”なら左手の人差し指、“L”なら右手の薬指……といったように。“ホームポジション”という言葉を聞いたことのある人も多いと思いますが、それです。

 ところが、大会出場者の多くはこの標準的な運指を使いません。わかりやすい理由のひとつに“特定の文字を入力するのに同じ指が連続すると遅くなる”ということがあります。

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 標準的な運指で“ぬ(N+U)”を打つと、右手の人差し指が連続して使われることになります。

 しかし、左手の人差し指でNを打ち、ほぼ同時に右手の人差し指でUを打つと、ずっと速く打てるわけです。

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 どのキーをどの指で打つのかは出場者によってそれぞれ。大会では出場者がどのキーにどの指を割り当てているのかの“運指表”を見せてくれます。

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 左手を使う範囲が極端に狭い人がいたり、小指を全く使わない人がいたりします。出場者のクセも関係するので、本当に個性的です。これが出るだけで会場にどよめきが走ります。

見どころ3:個性がすごい

 さきほど運指表に“個性”という言葉を使いましたが、指使いや姿勢にも個性が表れていてなかなか興味深かったです。

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 ヨッシー選手はかなり前傾しています。前腕がググッと張り出して、力強いタイピングです。

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 hiroringo選手は背もたれにぐっと寄りかかり、肘掛けに肘をおいてリラックスした姿勢。

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 miri選手は前傾でも後傾でもない、中間くらいのポジションを取っています。この写真を見ても自然体過ぎて“対戦している”って雰囲気じゃないですよね。でも速いんだこれが。

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 指使いがすごかったのはo-ck選手。小指をほぼ使わないという独特な運指なのですが……、

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 実際にタイピングをするときに小指が大きく曲げられています。「使わないぞ」という意思表明のよう。そのぶん、ほかの指が大きく動くことになり、まるで指がキーボードの上で踊っているかのようでした。

見どころ4:準備がすごい

 会場を見渡すと、対戦していない選手達もそれぞれに準備をしています。

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 会場の片隅に置かれた練習用のパソコンで、みんなウォーミングアップ。みんなずっとやっているので全然空きません。

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 パソコンを使わない人も、キーボードだけ膝の上に置いて、練習しています。運指のシミュレーションをするだけでも、だいぶ違ってくるらしい。

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 対戦前にホッカイロで指を入念に温めるhiroringo選手。温めることで指の動きがよくなるそう。ほかにも「タイピングの練習をする前には風呂に入って身体を温める」と言っていた選手もいました。温かさ、重要!

 どれもこれも、ちょっとだけ僕の想像を超えている。それだけシビアな世界だということがよくわかります。

見どころ5:展開が熱い

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 試合のひとつひとつが熱いのですが、大会全体の流れもすごかったです。

 決勝戦のカードはmiri選手とhiroringo選手。miri選手はこの大会を2連覇している実力者です。動画配信用に実況者と解説者がいて、おふたりから「タイピングの女王」と言われていました。

 対するhiroringo選手は「公式の大会にはあまり出ないが、出るとそうとう強い」選手らしい。さしずめ女王を狙う影の実力者といったところでしょうか。

 決勝戦は、1セットを5本先に取得した人が勝ちになります。順調に勝ちを進め、miri選手4ポイント目を制したときに、hiroringo選手は1ポイントという状況。

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 このままmiri選手の勝ちかと思いきや、hiroringo選手はここから粘ります。

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 hiroringo選手はここから3連勝し、miri選手4ポイント、hiroringo選手4ポイント。お互い王手がかかった状態になりました。

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 顔をしかめるmiri選手。基本的にほとんどの選手はずっと真顔で眉ひとつ動かさずにタイピングをしています。自分の有利不利を顔に出さない精神性がかっこいい。しかし、そんな表情が一瞬揺れるのも、また見どころ……!

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 ちなみにこの動画の配信は、会場外の大型ディスプレイでも見られるようになっていました。会場の中と外に見守られながら、最終的に勝利したのは……。

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 miri選手でした! これで3連覇達成。す……すごすぎる。

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 精神力と集中力を削り合うような激しい戦いだったのですが、対戦後はさわやかな握手で締められました。タイピングも終わればノーサイドなんですね。

 miri選手は優勝者インタビューで「この大会のためにいっぱい練習をしました」と語っていました。miri選手の本業は“動画に字幕をつける”仕事。つまりタイピングのプロなのです(仕事でも速記用のキーボードではなく、ふつうのキーボードを使うそう)。

 仕事で毎日タイピングをしていて、さらに大会に出るための練習をするというのがメチャクチャすごいです。どれだけタイピングが好きなんだろう。“女王”の異名は圧倒的なタイピングの時間に支えられているんでしょうね……。

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 最後に、本大会と同時に行われたU_22の出場者も揃って記念写真を撮りました。タイピングは性別も体格も関係のない、フラットな競技です。この写真をひと目見ただけでは「何をやっている人達の集まりなのか」はまったく不明ですよね。しかし……。僕はちゃんと知っている! ここにいる人たちみんな、タイピングが鬼のように速いことを……!

 タイピングの大会のいちばんのおもしろさは、生々しい迫力を感じられることでしょう。観戦していると、対戦者の集中力にあてられてしまい、思わず呼吸するのを忘れてしまうくらいです。

 そして、タイピング大会のもうひとつの見どころは、「タイピングを極めてみよう」という、意思そのものではないかと思いました。タイピングって、オフィスで働いている人なら日常的に行っていることですよね。僕もキーボードは持っていますし、毎日タイピングをしているわけです。しかし、こんな風にタイピングを極めようとか、腕前を人と競ってみようと思ったことは、いままで一度もありませんでした。

 ふだん、僕が何気なく接しているキーボードを使って、あの迫力の可能性を出せるということに感動します。家に帰って改めてキーボードを見たら、なんだかいつものキーボードとはちょっと違って見えました。

 というわけで“REALFORCE TYPING CHAMPIONSHIP 2019”のレポートでした。書いていて最後にふと思ったのですが、速いタイピングを覚えたら、僕の原稿ももっと早くあがるんでしょうか……。

REALFORCE TYPING CHAMPIONSHIP 2019の模様