先週12月14日、ゲーマー向けのチャットアプリ“Discord”が、自社が運営するPCゲームストアを2019年より一般の開発者に解放し、さらに開発者側とストア側の利益配分を“90対10”にすることを発表。海外のインディーゲーム開発者を中心に話題を呼んだ。

 これは今月始めにEpic Gamesが「88対12」の配分率でストアをオープンしたのに続く動きで、圧倒的シェアを誇るValveのSteamとの競争という観点で、この配分率の数字が一躍クローズアップされた形となっている。そこで海外の主要なPCゲーム販売プラットフォームにおける配分率について比較してみた。

 あらかじめ断っておくと、各社で決済手数料などをどのタイミングで引くかが異なるため、たとえ同じ額でソフトを販売したとしても、配分率を適用する“100”にあたる売り上げの計算は異なる。また同様に税金の処理などもストアや居住国によって異なるため、売り上げに配分率を掛けた数字がそのまま収入となるわけではない。

 というわけで、以下の数字は率の差から一定の額を売った場合の収入比較をするといった事には適さない。今回は配分率の数字をテーマにしているため、あくまでその点において各社が採用する数字の違いとして見て頂ければ幸いだ。なお執筆にあたっては、国内外の開発者やパブリッシング担当者から助言を頂いた。

なぜEpic Gamesは「88対12」を主張し、Discordはストアの利益配分を「90対10」に変えるのか? SteamをめぐるPCゲームストアの“数字”の戦いの背景_04

業界のスタンダードは「70対30」

 Steamをはじめ、業界のスタンダードとなっている数字は「70対30」。往年の名作PCゲームに強いCD ProjektのGOG.comや、マイクロソフトのストア、同様にAppleのApp StoreやGoogleのGoogle Playなどスマートフォンのアプリストアで採用されている比率でもある。

 この3割のストア側の収入は、膨大な通信量をさばき、巨大なプラットフォームを安定して運営していくための原資でもある。Discordも配分率の見直しにあたって闇雲に引き下げているわけではなく、「本当に自分たちは30%を取らないと運営していけないか?」を調査した上で新たな率を決定している。

 また、この30%は当初は何か問題があると考えられていた数字ではなかったことも付記しておきたい。むしろ最近になって開発者などに「これは高いのではないか」と感じる人が増えてきたことが先に挙げたような動きにつながっている。

 例えば『Defender's Quest』などをリリースしているインディーゲーム開発者のLars Doucet氏による開発者向けアンケートでは、2016年度ではValveが30%を取ることに対して「賛同しかねる」または「強く賛同しかねる」と答えた人は全体の11%に過ぎないのに対し、2017年度は32%に、そして2018年度は69%に達している(同氏のブログ記事はそれ以外の不満などもまとめられているので、英文を読める開発者の方は一読するのをオススメしたい)。

 ちなみにEpic Games Storeの立ち上げに関わった人物のひとりSergey Galyonkin氏は、Steamのさまざまなデータを集計する外部データベース“SteamSpy”の運営者でもあり、こうした風向きの変化を察知していたのではないかと思われる。

 その背景としては、2017年にSteamがより幅広い門戸開放を目指して“Steam Direct”をスタートし、インディーゲームの販売競争が激化したことなどが挙げられるだろう。つまり、低品質なゲームまでどっと流れ込んできて成功が徐々に難しくなる中で、変わらず30%の“税金”を取られるのはどうなんだ、という不満だ。

なぜEpic Gamesは「88対12」を主張し、Discordはストアの利益配分を「90対10」に変えるのか? SteamをめぐるPCゲームストアの“数字”の戦いの背景_03
Sergey Galyonkin氏の2018年3月のGDC講演より、Steamで毎月リリースされるタイトルの増加を示したグラフ。誰も追いきれない量のタイトルと膨大な過去作の中から自作を選んでもらうのは簡単ではない。

 また直前の今年10月にストアページ内のタイトル表示アルゴリズムにバグがあり、セールス低下をこうむった開発者がいて不信感が高まっていたことや(その顛末はSteam公式ブログに公開されている)、11月に超大型タイトルのみがクリアーしうる優遇的な配分率が発表されたことなども()、Epic GamesやDiscordの発表が喝采を浴びたことに繋がっている。

独自路線で特徴を活かすHumbleとItch.io

 しかし、Epic Games Storeの発表以前から「70対30」ではない率を採用するストアは存在した。例えばチャリティーバンドル“Humble Bundle”などで知られるHumbleの独自ストア“Humble Store”は、75%が開発側の取り分で、15%がストア側の取り分。残りの10%はチャリティーに行くという仕組みを取っている(バンドルを売った場合の配分率はまた異なる)。

 オープンなゲーム配信プラットフォームとして、より小規模なタイトルや実験作、ゲーム開発初心者などいろいろ集まるItch.ioの場合はもっとアグレッシブ。配分率は自由に設定可能で、自分の取り分を100%に設定することもできる(もちろん規模や販売されるタイトルのサイズなどが違うからできることではある)。

 これらは、絶対的な大手であるSteamとの差別化の一部として機能してきた。海外インディーゲームを追っている人なら、これらのストアでSteamに先行して予約が始まっていたり、公式サイトでSteamより目立つ場所にリンクが設置されていたり、アーリーアクセスをSteamではなくItch.ioでスタートするケースなどを目にしたことがあるのではないだろうか。配分率がこうしたケースの理由のすべてではないが、ひとつの材料であるのは間違いない。

なぜEpic Gamesは「88対12」を主張し、Discordはストアの利益配分を「90対10」に変えるのか? SteamをめぐるPCゲームストアの“数字”の戦いの背景_01
なぜEpic Gamesは「88対12」を主張し、Discordはストアの利益配分を「90対10」に変えるのか? SteamをめぐるPCゲームストアの“数字”の戦いの背景_02
Itch先行型の例。ハック・アンド・スラッシュ型アクション『Beacon』はItch.ioで開発中バージョンを販売する一方(左)、Steamのアーリーアクセスは採用していない(右)。

コミュニティの中心はSteam固定ではない

 ではこれらの新たな動きによってSteamの牙城に変化は訪れるのだろうか? 恐らくそうはならないだろう。なんせSteamのライブラリーに積み上げてしまったゲームがすでにある。多少のことで、それを捨てて大移動なんてことにはならないだろう。しかし、もしかすると配分率の変更ぐらいはあるかもしれない。

 というのは、SteamがPCゲームを遊ぶ上でそこまで絶対的な存在ではなくなってきているのもまた事実だからだ。ライブラリーの話で続けるなら、今やHumbleにライブラリーを持っている人も少なくないだろうし、Twitch Primeで貰ったゲームを持っている人もいるだろう。

 さらに超大作系では、『フォートナイト』を遊ぶならEpic Games Launcher、『リーグ・オブ・レジェンド』を遊ぶならまた別のランチャーがあり、Blizzardのゲームや『Destiny 2』や『コール オブ デューティ ブラックオプス4』などを遊ぶならBattle.net、エレクトロニック・アーツの最新作を遊ぶならOrigin、『Fallout 76』を遊ぶならBethesda……といった具合に、意外とSteamのランチャーとストアに縛られたPCゲームライフを送っているわけではない。

 ではライブラリー以外はどうだろうか。販売プラットフォームに縛られずに各ユーザーが選択していく傾向はこちらの方が顕著だ。ゲーマー友達とチャットする時は? Steamのフレンド機能なんかより、Discordで連絡している人も多いんじゃないだろうか(海外インディーゲームではスタジオがDiscordサーバーを立ててコミュニティに直接リーチするのはもはや鉄板のPR施策だ)。タイトルについて語り合うなら? Steamのフォーラムより(海外では特に)Redditなどの掲示板を見に行ったりする方がいろいろと使いやすい。ゲーム映像を配信するなら? Steamの機能よりTwitchかYouTube Liveなどを使う人が多いだろう。Discordは本業のチャットアプリが好調であるからこそ、こういった流れも踏まえてストアや利率の仕様変更を決断しているハズだ。

 Epic Gamesはストアのオープンに引き続き、『フォートナイト』で培ったクロスプラットフォームのオンラインサービス機能を2019年より無償提供していくことを発表した。これは要は、Steamのような販売プラットフォームがプレイヤーコミュニティまでそのまま抱え込むことへのカウンターにもなる。

 Steamにはほぼすべてが用意されているが、そのすべてが万全に機能しているわけではない。最多のユーザーと最も使われるランチャー、最大のライブラリーを持っているが、それはあくまでゲームを買う上での最大のストアあってのことであり、そしてそれはゆっくりと分散しつつある。

 だから超大型タイトルの優遇策を打ち出さざるを得なかったように“Steam離れ”を見せつつある大手だけでなく、中規模スタジオやインディーまで逃げ出すという事態は避けたいはずだ。2019年に何か動きがあるのか注目したい。