中村彰憲のゲーム産業研究ノート グローバル編
立命館大学映像学部 中村彰憲教授による、その見識と取材などを元に、海外ゲーム情報を中心としたブログ連載!
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中村彰憲
立命館大学映像学部 教授 ・学術博士。名古屋大学国際開発研究科後期課程修了 早稲田大学アジア太平洋研究センター、立命館大学政策科学部を経て現職。 日本デジタルゲーム学会(DiGRAJapan)会長、太秦戦国祭り実行委員長 東京ゲームショウ2010アジアビジネスフォーラムアドバイザー。 主な著作に『中国ゲームビジネス徹底研究』『グローバルゲームビジネス徹底研究』『テンセントVS. Facebook世界SNS市場最新レポート』。エンターブレインの ゲームマーケティング総合サイトf-ismにも海外ゲーム情報を中心に連載中。
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【ブログ】『HELLO WORLD』製作の舞台裏を伊藤智彦監督が立命館大学で徹底解説!
2019-11-01 17:00:00
「京都」を舞台としたSF青春ラブストーリー『HELLO WORLD』を既に劇場で鑑賞した皆さんは御存じのとおり、劇中には情緒豊かな京都の風景がふんだんに活用されている。これは、同作の伊藤智彦監督を始め、作品全編の制作に携わっているグラフィニカ及びグラフィニカ京都スタジオのスタッフがロケーション・ハンティング(以下、ロケハン)をしたからに他ならない。ではいかなる形で行われたのか?
京都の立命館大学衣笠キャンパス、充光館地下シアター型教室にて、『HELLO WORLD』公開直前の9月13日、同作監督である伊藤智彦氏を招いた特別講演会、「『HELLO WORLD』に見る学園都市京都とアニメの可能性」が開催された。本プログラムは、立命館大学映像学部が開講する大学3年生以上を対象とした実践型授業の一環として行われ、同科目受講生が構成台本の作成からイベント告知、当日の会場運営までを行った。その結果、講演自体は『HELLO WORLD』の実制作に関するかなり踏み込んだ内容となったが、映像業界を目指した学生や実際にコンテンツ産業に従事する方々などが参加したこともあり、皆、真剣な面持ちで伊藤監督の言葉に耳を傾けた。伊藤監督の来校は、前作『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』に続いてとなる。そのときの模様はこちら
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▲忙しい合間をぬって講演に臨んだ伊藤智彦監督 |
まず、本作のあらすじや見どころについて伊藤監督から解説を受けた後、同作の肝でもある京都でのロケハンについて語られた。まず冒頭で、伊藤監督はロケハンを、アニメに限らずあらゆる映像制作において行われる活動と補足しつつ、「脚本に書かれている展開において、どこを使えれば効果的なのかを自分の足で様々な場所を練り歩き、実際、使える場所ないしは、イメージに近い場所を探すという行為」であると定義。ただ、アニメは基本的にすべての情景の絵を描くものとしつつも、高畑勲監督によるTVアニメ『アルプスの少女ハイジ』を例にあげつつ、「日本においては長年必要なものされてきた」とその重要性を説いた。
ロケーション・ハンティングは日本のアニメにおける重要な制作プロセスの一部
『HELLO WORLD』のロケハンにおいて、最初に行われたのがスケジューリングとリサーチ。例えば、第一回のロケハンは2日間あったが、場所もあらかじめ決めた上で、バスや電車の時刻表を確認しながらかつ常に何人かで複数の箇所を巡ったことが明らかとなった。これらに加え行われているのがリサーチ。例えば今回、高校や高校生の日常がかなりの時間描かれるが、ロケハン中、現役の高校生にヒアリング調査を行ったという。これは監督自身40代となっている中で、さすがに自分の年齢の半分にも満たない人たちの気持ちはわからなかったのが理由であるという。調査をした結果、最近は、多様性を自然に認める空気などが生徒の中にもあるという印象を持ったようだ。これについて、アメリカのハイスクールでもテレビドラマ『glee/グリー』が人気になってから、スクールカーストがなくなったと言われているが、日本の高校でも同様の現象を実感したという。そこで、従来あった、ガリ勉君をイジるといったシーンは排除し、その代わりに、「本と言えば堅書くん」というように、その人の特徴を受け入れるシーンを前面に押し出したとのこと。
また、劇中では伏見稲荷大社や京都タワーといった主要観光地に目が奪われがちだが、実際のロケハンでは、学校の屋上や、教室内部といったかなり地味な部分も熱心に撮影している様子が見られた。これについては「行ってみると分かることが多いので、シナリオによればどうやらその場所が使われそうだけど、どの程度使われるのかはっきり分からないときでも写真をとっておくようにしています」と伊藤監督は答えた。また、実際ロケハンを行った高校の図書室の近くにある小さな部屋内部の撮影については、図書準備室のシーンを検討してとのこと。実際の学校には図書準備室が存在しないのだが、撮影した部屋にはフレームの外にソファが設置してありそこに注目して撮影していたのだという。このソファは劇中、非常に重要なシーンで活用されることになったという。
交通機関については、かなり注意を払ったため、劇中の移動時に使っている路線は実際に運行されるものがそのまま使われている。なので、映画を見て、場所を確認すれば、そのまま「聖地巡礼」が可能なはずだとのこと。このように、観光名所はもちろん、脚本に記されているあらゆる要素を確認するのがロケハンでは重要なのだ。
レイアウトデザインや3Dモデリング、様々な状況で活用されるロケハン資料
ロケハンにおいても、背景のレイアウトのために使用される場合と、3DCGモデリング作成のための参考資料として使用される場合がある。例えば、双ヶ岡古墳については、レイアウトのために、似通ったアングルからの写真が活用され、それをもとに背景が描かれていた。一方、堀川五条付近については、交差点の歩道橋をグルりと取り囲むように撮影をしていたが、これは交差点全体を3Dモデル化する必要があったからだ。シナリオでは交差点のシーンでダイナミックな演出をすることがあらかじめ決まっていたため、ロケハンについても綿密に行われた。
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▲一見何気ない京都タワーだが、色合いや光の照らし方などで物語が示唆されている |
講演では、実際のロケハン時の写真と、劇中で描かれたシーンの比較を行った。ここで特徴的だったのは、まず、一回目のロケハンを行ったのが12月の真冬であったことから、高校の正門や鴨川の写真はそれぞれ枯れ葉や曇り空など褐色で染められていたが、劇中シーンは眩いほどの新緑、透き通るような青色、清涼な河の流れが広がっていたという点だろう。これについて、伊藤監督は、劇中の話が春先であったため、4月に再度ロケハンを行った上で、演出としてもっとカラフル感を出したかったとその意図について解説した。これは同時に、従来の仮想世界、すなわち「データの世界」をテーマにした作品の多くがディストピア感満載のくすんだ色で占められた世界であったことにある。こういった仮想世界を想定した際、「実際はそうである必要はないのではないか? むしろセカイは色合い豊かであってもいいのではと思い、美術チームに調整を依頼しました」(伊藤監督)。
もっとも、シーンの状況に応じて色彩も随分と変えている。例えば、早朝は日の出に向けての「タメの時間」であるとし、そのような雰囲気をいかに逆光で表現しつつ、暗すぎず、かつ、雲の色相などで物語の様相も示せるかにこだわったと伊藤監督。
このように現実世界にかなり即したかたちで、シーンに反映させつつ、色のトーンや光、天候など様々なもので物語展開を語っている有様が浮き彫りとなった。
同時に伊藤監督のこだわりは「自然に存在する未来感」。作品を見ればわかるが、本作で明らかに未来を感じさせるのは量子記憶装置<アルタラ>だが、これについては、作っていた当人にも設定の詳細が明らかとされていなかったとのこと。そこで伊藤監督と、脚本を担当した野崎まど氏の共通認識として、まずスーパーコンピューターの発展形にはしないという点で合意した。また、現在の量子コンピューターに似せることもやめようと決めていたという。というのも、<アルタラ>は量子記憶装置と設定されてはいたものの、量子コンピューターとは明記されていなかったからだ。結果的に本体の外観はスマートスピーカーのようなシンプルなデザインを基調にしつつ、演算能力が非常に高いということを示唆するため、それを冷却しているということを明確に示すために数多くの水冷管を背後に多数挿入することにしたという。このように設定として現存する技術からかなり飛躍したものについては、既存のものから想像されるようなデザインとならないために徹底的に考察を重ねていることが明らかとなった。
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▲これらのデバイスや装置がどこで使われているか是非劇場で確かめてほしい |
これに対し、全く劇中で説明がなく自然に存在している近未来型デバイスにも緻密な設定が加えられている。これらについては現存のデバイスがどう発展しているかを意識しながらデザインがなされた。例えばドローン。もともと京都全体をアーカイブするというプロジェクトが立ち上がっているという前提のため、劇中では、頻繁にドローンが現れるのだ。ただ、その動きやデザインは自然で違和感はない。またメガネ型ARデバイスも、劇中のキャラクターが自然にかけている。設定としては、大手IT企業が展開している地球マップとワイヤレスで連結されており、そこからのデータをメガネに投影できる仕組みになっている。さらに街中を見渡しながら、バーチャルディスプレイに示されているスケールを調整すると、平安時代まで遡って当時の町並みを見ることができるという設定になっている。
もう一点のこだわりは、劇中の京都市内に点在して設置されているホットスポットだ。これもまったく説明されていないので、見過ごしてしまいがちだが、このホットスポットも大手IT企業の情報ネットワークと連結されており、観光地をその場で確認することを始め、スマートフォンの充電ステーションとして活用できるようにもなっているという設定だ。これに加え、公共機関の一部には自動運転が導入されており、それを示すように、カタカナで「ジドウ」と書かれた通行帯もちゃんと劇中に登場している。
このように初見では気が付かないだろうところもしっかりと緻密な考証をふまえた上で劇中に展開しているという事実に来場者は驚きを覚えているようだった。
恋愛モノとSFを両立させる伊藤智彦監督の演出術
この他に講演では本作における伊藤監督の演出術について語られた。まず、主要登場人物の描き方だが、本作の主人公は決してカリスマ的ではないが故に観客が作品を見ているうちに、主人公の性格にうんざりとしてしまわないような配慮がなされている。例えば高校生の堅書直実は覇気のない、若干オドオドした性格だが、そのままだと観客がイライラしてしまう可能性があるため、時折、若干かわいらしく見えるような演出上の工夫を凝らしたという。一方、ヒロインの一行瑠璃についても設定としては、「挙動不審なところがある」となっているものの、度が過ぎてしまうと、単なる奇人になってしまうので可愛さを残すような演出に努めたという。
2人の距離感についても、2人の関係性が近づくにつれて当初の設定よりも好感の持てるふるまいや表情を示すようにしたという。例えば、直実の場合、冒頭は姿勢が猫背ぎみであったのを後半はより背筋をビシッとさせることでよりカッコよく見えるようにしている。また、瑠璃についても、もともとは目がきつめな険しい表情をしているものを後半にいくにつれて優しい目になるようにしたという。なお、瑠璃の目指した方向性は、本当は可愛いのにとっつきにくいから誰にも好かれてこなかったというポジション。「クラスの中でもこの娘の良さに気づいているのは俺だけだ」と思わせる可愛さを狙った。だがこれについて伊藤監督が奥さんに伝えると「マニアック過ぎる」との反応を得たとし、笑いを誘っていた。ただこのようなリアリティと複雑性のあるキャラクターにすることで、脇役に学園アイドル的なキャラクターである勘解由小路三鈴を配置しても食われることなく、ヒロインとしての魅力を発揮することができたのだ。
なお、アクションシーンと日常劇(恋愛)のバランスに関し、『HELLO WORLD』は伊藤監督の過去作品と比較してもアクションが中心の作品ではないため、アバン(オープニング)に派手なアクションを入れてから中盤に少しずつアクションシーンを入れつつ、一旦主人公が負け、クライマックスで勝つという典型的なセオリーにあてはめることができなかったという。むしろ、本作の場合は、ドラマの邪魔にならない程度のアクション配分となるように尽力したという。だが、ここはアクションシーンでも定評のある伊藤監督。後半で畳みかけるように展開が広がる中で繰り広げられたアクションについては、「無双モード」と表現しつつ、このようなシーンはドラマ的な進行はあまりないものの、音楽的にはノリノリの曲をかけつつ絵的な快楽も与えるためのシーンと割り切って演出したとのことだ。多くの人が本作のクライマックスに満足しているのはこういった監督の判断によるものだったのだ。
最後に、京都を舞台にSF的な設定の作品を作ったことについて、以前から、京都の碁盤の目のような街の特徴を活かしたダイナミックなシーンを作りたかったとし、具体な例として『平安京エイリアン』をあげ、一部のゲーマーの笑いを誘っていた。『平安京エイリアン』を知らない人は、一度このゲームを調べてから劇場に足を運ぶと、クライマックスでニヤリとさせられるシーンが出てくるかもしれない。
このように、本講演会では、『HELLO WORLD』に取り巻くふだんでは聞くことができない数々のトリビアが語られた。既に劇場を運んだ人も、本稿を読んでから改めて鑑賞するとさらに楽しむことができるかもしれない。