2023年10月4日より、アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』が放送開始された。マイクロソフトのOS“Windows95”が発売される以前、おもにNECのパソコンPC-9801シリーズをプラットフォームに花開いた美少女ゲーム文化をフィーチャーしたこの作品には、1990年代に発売されていたパソコンやゲームソフトがあれこれ登場する。

 この記事は、家庭用ゲーム機に比べればややマニア度が高いこうした文化やガジェットを取り上げる連動企画。書き手は、パソコンゲームの歴史に詳しく、美少女ゲーム雑誌『メガストア』の元ライターでもあり、『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』にも設定考証として参画しているライター・翻訳家の森瀬繚(もりせ・りょう)氏。

アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』(Amazon Prime Video)

六田守はPC98ZXの夢を見るか?

 『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』もついに最終回を迎えた。

 すでに視聴された方の中には、劇中の秋葉原電気街の看板に、“NEC PC98ZX”という、見慣れぬ文字が大きく表示されていることに気づかれた方もいることだろう。なお、正式な読み方はおそらく“きゅうはちぜっとえっくす”なのだが、ユーザの中には“きゅうはちぜくろす”と呼ぶ人々がきっと存在しているに違いない。個人的には“ぜっぺけ”もアリだ。

 ちなみに、“PC98-NX”とは似て非なるこの名前は(ハイフンは意図的にナシにした)、「もしも2023年にNECが“PC98”を冠する機種を展開していたら」という前提のもと、僭越ながら筆者が設定考証担当者として提案させていただいたものである。

 果たしてこれは、六田守の奇妙な愛情が報われた結果なのだろうか──。

 本連載ですでに書いてきたように、ゲーム・プラットフォームとしてのPC-9800シリーズは、1998年に終焉を迎えた。4月17日発売の『ラブ・エスカレーター』(海月製作所)が、商業販売された最後のPC-98シリーズ専用パッケージソフトである。

 なお、一般向けのゲームでは、ひと足早く1997年7月18日に発売された『シュヴァルツシルトGX 錆びた蒼星』(NECインターチャネル)が最後だったと思われる。

 Windows95の発売に始まるPCブームが巻き起こった当初は、NECはむしろこれを追い風にしてさらなる国内シェアを獲得する気満々で、生産台数を増やしたのみならず、ディスプレイとセットで価格帯を比較的低く設定したWindows95プリインストールモデルのVALUESTARシリーズ(1995年11月)、ハイエンドモデルの98MATE Rシリーズ(1996年5月)、さらには高級のAV機器を意識したデザインのCEREBシリーズ(1997年1月)などを続々と投入した。

 しかし、DOS/V機に切り替えた他社の低価格攻勢に苦戦が続いたようで、1996年以降、同社のシェア低下を報じるニュースが相次いだ。

 1985年にAppleを追い出されたスティーヴ・ジョブズ(正式に辞職したのは翌1986年)がまさかのカムバックを遂げ、NEC一強体制を脅かすほどの勢いはなかったApple社が、にわかに勢いを盛り返し始めたのもこの時期のことである(ジョブズが主導したiMacの発表は1998年5月)。

 NECは表向き強気の姿勢を崩さず、1996年7月にNECの海外部門が資本参加していた米国の電気機器メーカーであるパッカードベル(ヒューレット・パッカードとは無関係)と合併してパッカードベルNECを設立、同社製DOS/V機のPB440M/6を日本市場に向けて販売を始めた際にも、あくまでも別会社でありNEC本体の戦略とは無関係とする会見を行った。

 だが、その後の歴史の流れを見るに、このころすでにNECが独自アーキテクチャからの方針変更を模索していたことは明らかだった。翌1997年の10月、同社は旧来のPC-9800シリーズに変わる新たな主力製品として、“PC98-NX”を新たに発表したのである。

新世界標準パソコンPC98-NXシリーズ26機種を一斉に発売(NEC公式サイト)
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98シリーズのファクトリーモデル、FC-9801のチラシ。ラックマウント用の金具が見える(所蔵:RetroPC Foundation)
最終回もPC-98を語り尽くす! まさかのNECから公式エミュ発表に驚き。六田守の願いが天に通じたのか!?【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画 最終回】

 NECの発表によれば、この“PC98”はMicrosoft、Intelが当時、事実上の世界標準だったIBM PC/ATの発展形として1997年に策定した、PC97/98規格(マイクロソフトの書籍『PC97ハードウェアデザインガイド』、『PC98システムデザインガイド』に要求仕様が詳述されている)に従ったマシンであることを意味している。

 ちなみに、“NX”は“New eXcelent”を略したものだ。PC98規格は、Microsoftが既に発売を予告していた次期OS、Windows98を十全に発揮するためのアーキテクチャで、MS-DOSはもちろん、Windows 3.1 やIBMのOS/2などの、従来のDOS/V機で動作していたOSはサポートから外されていた。

 もちろん、機種名の選定にあたって、NECパソコンの主力製品であったPC-9800シリーズの継承を意識していなかったはずはないのだが、互換性が完全に排除されていたことを慮り、“PC98規格から採ったもの”ということにしたのだろうと思われる。

 PC-9800シリーズ(以後、旧98シリーズと呼称する)のラインナップは、PC98-NXの発表後ただちに打ち切られたわけではなかったが、コンシューマ向けのVALUESTARシリーズはPC-9821V233M7/C3・D3(1997年10月)が最後となり、1998年夏に終了がアナウンスされた(VALUESTAR-NXシリーズが前年に始まっている)。ハイエンドモデルとファクトリーモデル(後述)については、以後も販売が継続するのだが、NECが独自アーキテクチャ路線からフェードアウトをはかっていたことは、誰の目から見ても明らかだった。

 そうした状況下で、1997年から1998年ごろにかけて、日本国内の少なからぬIT企業が社内のパソコンをDOS/V機へと切り替えはじめ、性能的にそこまで時代遅れになっているわけでもないモデルを含む旧98シリーズのマシンが大量に廃棄された。

 当時、PC系の下っ端ライター業との二足のわらじでシステム開発企業勤めをしていた筆者も、廃棄対象となったPC-9801DAやらPC-9821Xa10やらを10台ほど会社からタダで引き取って実家に送り、家族からさんざん文句を言われたものだった。

 アニメの第7話で守が投入した大量のPC-9821Raも、何かしらの伝手があって、そうした廃棄PCを入手したのではないかと考えている(注:これは筆者の個人的な考えで、アニメ内の公式設定ではありません)。

 ワープロソフトの『一太郎』をはじめ、企業で使用されていた定番的なアプリケーションについてもおおむねWindows版が発売され、プラットフォームの移行はゆっくりと着実に進んでいった。

 そして2003年8月、NECは同年9月30日をもって旧98シリーズの受注を終了(ただし、保守サービスは継続)する旨のリリースを発表。1982年の初代機発売以来、20年にわたる歴史はここに幕を閉じたのである。

最終回もPC-98を語り尽くす! まさかのNECから公式エミュ発表に驚き。六田守の願いが天に通じたのか!?【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画 最終回】

 なお、最終モデルは2000年5月発売のPC-9821Ra43なので、こちらの年を98シリーズの終焉とすることもある。この年はまた、旧98シリーズに対応している最後のWindows系OSである、Microsoft Windows 2000(2000年2月)が発売された年でもあった。

 2000年ともなると、CPUの動作クロック数がとうとう1Ghzを突破し、パソコンの最前線は生半可なチューンナップを施したPC-9821では手の届かない領域に突入していた(一応、PC-9821Raの中・後期モデルにムリヤリ1GHzのPentiumIIIを載せることはできた)。

 PC-9821Xv20に600MHzのK6-IIIE+を載せた環境で、しょっちゅう壊れるWindows98SEをぶん回し、「まだまだイケる」と虚勢を張っていた筆者も、会社仕事で初めて触った1GHz機のあまりの快適さに衝撃を受け、とうとうDOS/V機に転んだクチである。

 しかし、それが時代の趨勢だからといって、そう簡単に機種転換するわけにはいかない需要というものがあった。かつて、日本国内のビジネスユースでトップシェアを誇っていた旧98シリーズは、当然ながら工場などで使用される産業用コンピュータの世界において高いシェアを占めていたのである。

最終回もPC-98を語り尽くす! まさかのNECから公式エミュ発表に驚き。六田守の願いが天に通じたのか!?【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画 最終回】

 NECの旧98シリーズのラインナップには、コンシューマ(家庭用)向けのモデルとは別に、工場や研究機関などにおいて機械制御、機械装置への組み込みなどに使用されることを想定したファクトリーモデルが存在した。FC-9800シリーズである。

 JIS規格の19インチラックにマウント可能な設計になっているのをはじめ(別途取り付け金具が必要な場合も)、FDドライブ部に蓋を追加して防塵性を高めたり、モーターの振動を抑えるべくFD/HDDを半導体(ROM/RAM)に置き換えたり、動作中の信頼性を高めるRAS(Reliability Availability Serviceability)機能を備えたりと、さまざまな工夫が凝らされた産業用のシリーズで、PC-9801Fベースの初代FC-9801が1985年2月に発売されたのを皮切りに、数多くのモデルが発売されていた。

FC-9801 Series 詳細ページ(NEC公式サイト)
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FC-9801K(上)とFC-9821X(下)の実機(所蔵:RetroPC Foundation)
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オービーシステムのFC-98シリーズ用防塵キーボード(所蔵:RetroPC Foundation)
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店舗向けのストアコンピュータ、SC-9821A(所蔵:RetroPC Foundation)
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企業向けのサーバ機98SERVERシリーズは、筆者が把握している限りでは、2010年代にまだ現役で稼働中の有名企業があった(所蔵:RetroPC Foundation)

 ファクトリー98でのユニークなモデルとして、機械装置に組み込んで使用するFC-9821Kxシリーズを特に紹介しておこう(リンク先参照)。小型の筐体に拡張スロットを6つ備えたNEC純正の98実機とは思えない外見だった。

FC-9821Ke Series詳細ページ(NEC公式サイト)

 2002年5月14日付の〈ニューヨーク・タイムス〉紙に、NASA(アメリカ航空宇宙局)がオークションサイトのebayでIntelの16ビットプロセッサ 8086(初代PC-9801に搭載されたNECのμPD8086 は、8086の互換プロセッサだ)を買い漁っているというニュースが掲載され、日本でも話題になった。

 “枯れた技術”という言葉がある。

 長い年月にわたり、広範に使用され続けたことで高い信頼性を獲得しており、わざわざ新しいものに入れ替える必要のない技術を指す、どちらかといえば肯定的な意味で用いられる言葉だ。

 NASAの場合は、スペースシャトルのブースターロケットの点検装置に8086が使用されていたということなのだが、このチップの発売は1978年。その後、Intelが後継製品を連綿と発表し続けていたことは読者諸兄諸姉もご存知の通りで、産業需要を見込んで生産を続けていたIntelではあったが、1998年にとうとう生産終了を発表した。

 この発表を受けて慌てることになったのがNASAで、すでに問題なく動いている装置が存在するのに、最初のうちは確実に問題が発生するだろう新しい装置の開発に大予算を突っ込むよりも、中古市場で8086を確保した方がマシだと判断したのだった。

 これと同じことが、日本の製造業の世界でも起きたのである。

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 筆者が仄聞する限りでは、自動車部品工場の検査装置や印刷機の制御機器をはじめ、さまざまな工場に旧98シリーズが使用されていた。また、JR東日本の一部車両において、FC-9801系の機体が各種機器の状態を監視・制御するモニタ装置として採用されていたことも知られている。

 ファクトリーオートメーションの構成デバイスのひとつに過ぎないとはいえ、寸分違わず同じ動作、同じ信頼性の期待できる代替装置、代替システムを開発するのには、数1000万円から数億円の設備投資が必要だ。また、現在のあるものを使い続けるにせよ、コンピュータというのは数年間継続的に動かし続けるとガタのくる消耗品なのである。

 そして、FC-9800シリーズの最終モデルであるFC-9821Ka(1997年2月発売)は、コンシューマ向け製品に1年ばかり遅れた、2004年1月をもって出荷が終了した。

 そこでにわかに需要が高まったのが、産業用のPC-98互換機である。

 セイコーエプソン(以下、エプソン)の互換機が、PC-98シリーズのホビーユーザに重宝されたという話は、本連載の第3回で触れているが、じつのところ、98互換機ビジネスに手を出したメーカーはエプソンだけではなかった。たとえば、エプソンのPC-286と同じ1987年にSHARPが発売した16ビットパソコン MZ-2861は、MZ-80B(1978年)系列の同社の8ビットパソコンの最終シリーズとも言える“Super MZ”ことMZ-2500との互換モードを搭載しつつ、『一太郎』『花子』などのPC-98用の業務用ソフトを動作させられる98エミュレータを同梱していた。

 PC-98用の潤沢なソフトウェアを他のPC上で活用する試みとしては、NEW WAVEというメーカーがNEC PC-88シリーズの16bitモデルであるPC-88VA用の98エミュレータ『MS-Engine』を出していて、こちらも『一太郎』や『MIFES-98』などの業務用ソフトに対応していた。

最終回もPC-98を語り尽くす! まさかのNECから公式エミュ発表に驚き。六田守の願いが天に通じたのか!?【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画 最終回】
最終回もPC-98を語り尽くす! まさかのNECから公式エミュ発表に驚き。六田守の願いが天に通じたのか!?【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画 最終回】
『MS-Engine』のパッケージ(所蔵:RetroPC Foundation)

 マイナーなところでは、プロサイドがIBM PCとのコンパチ機である“P-VS2”をやはり1987年に発表して雑誌などに取り上げられた。販売開始は翌1988年で、これは同じ年にトムキャットコンピュータが発売した“PC-3/X”の廉価モデルであるらしい。同社はまた、1991年よりPC/AT互換機で動作するエミュレータソフト『Virtual-98』を販売していた。

 ほかにも、エーエスティーリサーチ・ジャパンが、同じくコンパチ機である“DualStation 386SX/16”を1990年に発表している。

 これらのマイナーな98互換機はいずれも生産台数が非常に少なかったようで、知名度が低いことはもちろん、オークションサイトを含む中古市場でも滅多に見かけない。筆者も、雑誌記事でしか知らないくらいのレア物となっている。

 ちなみに、エプソンは1995年6月発売のPC-586RJを最後に、98互換機からDOS/V機に切り替えているのだが、98市場から完全に撤退したわけではなかった。同社は1995年からソフトウェア単体の『エミュレーションソフト 98/V』、EGC(Enhanced Graphic Charger)などの98互換チップを載せたISAアクセラレータボード『98/Vアクセラレータ』、さらには両者をセットにした『プラットフォーム・エミュレータ 98/Vキット』を販売し、DOS/V機上でPC-98のソフトウェア資産を活用する環境を数年間、提供し続けたのだった。

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エプソンの“98/V”関連製品(所蔵:RetroPC Foundation)。

 これらの互換機とはまた別に、ターゲットを産業用にしぼって地道に事業を続けていた98互換機のメーカーがあった。株式会社ロムウィンである。

 ロムウィンの前身である株式会社ワコムエンジニアリングは、ペンタブレットなどの周辺機器で有名な電子機器メーカー、ワコムの子会社として1993年10月に設立された(どうやら、プラズマディスプレイ一体型の98互換機 WACOM Multiwareが1991年までにはワコムから販売されていたようなのだが、資料にあたっても詳しいことがわからなかった)。

 ワコムエンジニアリングは、1994年から基板上に98シリーズの基本的な機能を集約した98ボードパソコン(シリーズ名)を販売。

 BIOSは独自開発で、CPUや起動用のMS-DOSをインストールするROMチップ(製品にインストールキットが付属していた)などの最低限の機能をマザーボードに集約、グラフィックス表示やFDD、マウスのインターフェースなどの個々の機能については別個のボードに分割し、必要な機能だけを専用の筐体に収めるという、本家のファクトリーモデルに比べるとローコストの製品だった。

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ワコムエンジニアリングの98ボードパソコン(所蔵:RetroPC Foundation)

 1997年4月には、98Baseというシリーズ名で98互換機の展開を開始。2000年に社名変更して現在の名前になった後も、簡素ではあるが専用筐体に収められた98Base-Dとそのコンパクトモデルである98Base-U、ラックマウントが可能でC-BUSスロットを10本備えた98Base-Rシリーズの3タイプを販売し続けていた。

 しかし、主要な搭載プロセッサだった Intel 486の生産終了(2007年)を受けて同社は98互換機事業から撤退し、在庫分についても2012年に完売したということである。

 このロムウィンとは別にもう一社、産業用の98互換機を販売していたのが、エルミック・ウェスコム株式会社(現在は図研エルミック)だ。同社はもともと、産業用のC-BUSボードを開発していたところ、FC98シリーズ生産終了の発表後、顧客からのリクエストを受けて互換機の開発に着手したということだが、じつはBIOSやマザーボード上のチップセットはロムウィン製のもので、正確には98BASEシリーズの互換機ということになるかもしれない。

 このあたりの経緯については、アスキーの書籍『蘇るPC-9801伝説 永久保存版 第2弾』に詳しい(筆者も取材に同行した)。

【お知らせ】『蘇るPC-9801伝説 永久保存版 第2弾』発売(ASCII.jp)
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産業用の98互換機、98BASE-U(上)とiNHELITOR(下)(所蔵:RetroPC Foundation)

 こうして、2002年7月にエルミック・ウェスコムの98互換機 iNHERITOR (インヘリダー/英語で“相続人”、“後継者”の意味)が発売された運びとなったのだが、やはり486プロセッサの生産終了が大きな障壁として立ちはだかることになった。

 しかし、同社はそこで諦めず、エミュレータに活路を見出した。

  2012年9月20日、図研エルミックが発表した iNHERITOR II、iNHERITOR II-Aは、オンライン公開されているフリーのPC-9801エミュレータを独自拡張したエミュレータと、PCI経由で旧98シリーズ用のC-BUSボードを使用可能なユニットを組み合わせ、加えてNECから正式にROM-BIOSのライセンスを取得した、新しい形の98互換ソリューションだった。

 その後、iNHERITOR IIは2016年7月に生産終了となり、ロムウィンに続いて図研エルミックも98互換機事業から撤退することになるのだが、これに先立ってハーテック株式会社がPC98エミュレータ“eMD-1”を開発。

 やはりNECから正規にライセンスを取得した上で、2013年の12月に販売を開始している。なお、ハーテック社は2014年3月に解散したものの、eMD-1のソリューションは三保電機株式会社に引き継がれている。

三保電機公式サイト

 さらには、2016年設立のZion(ザイオン)株式会社もまたPC/FC-9800シリーズエミュレータ“Neo”を独自開発、旧98シリーズのハードをリプレイスする事業を展開している。

Zion公式サイト

本家NECが98資産継承に本腰!?

 ――と、ここまでに紹介してきたPC-9800シリーズの資産継承についての話で本連載を締めくくるつもりでいたのだが、まさにこのタイミングでビックリするようなニュースが飛び込んできた。

 なんと、NEC本体が「PC-98の老朽化や中古市場における稼働機の減少」による「製造現場における事業継続リスク」を踏まえ、エミュレータ技術を活用した対策ソリューションに乗り出したというのである。

 このソリューションは、2023年12月13日から15日にかけて開催された製造系の展示会“SEMICON Japan 2023”の会場でお目見えとなった。筆者がこの展示のことを知ったのは、イベント終了からすでに30分ほど経過していたのだが、幸いブースに足を運ばれた方から写真をご提供いただいたうえ、NECにメール取材を行うことができた。

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SEMICON Japan 2023のNECブースの様子(撮影:wildcat)

 概要については公式サイトをご覧いただくとして、本稿の読者が興味を抱くであろういくつかのポイントについて、こちらの記事でご紹介させていただこう。

 まず、エミュレーション対象の実機についてだが、数多くのROM-BIOSを搭載していて、一部のモデルを除きほぼ全ての旧98シリーズの実機を再現可能とのこと。

 この一部のモデルというのは、PC98-NXへの切り替え直前の最末期のPC-9821で、エミュレータ上でWindows系のOSを動作させることは想定していないようだ。

 また、Connectix『VirtualPC』(後にMicrosoftに売却)やVMware Japan『VMware』のような単体のパッケージとしてコンシューマ販売をする予定があるかどうかについても聞いてみたのだが、あくまでもB to B(企業向け)のソリューションであって、現在のところはパッケージ販売などの予定はないとのことである。

 これは筆者の個人的な願望が多分に含まれた考えだと前置いたうえで、「現在のところ」ということなので、今後どうなるかはまだまだわからないと書いておこう。

最終回もPC-98を語り尽くす! まさかのNECから公式エミュ発表に驚き。六田守の願いが天に通じたのか!?【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画 最終回】

 突然、私事になって恐縮だが、筆者はかつてNEC PC-9800シリーズのエミュレータの商業活用に仕事として携わっていたことがあった。

 『レリクス』、『銀河英雄伝説シリーズ』などで知られるボーステックと組んで、国産非互換パソコン用のゲームソフトの復刻販売サービス“ProjectEGG”を立ち上げたのを皮切りに、2003年から2004年にかけて発売されたコーエー25周年記念パック、『コンプティーク』編集部に企画を持ち込んだ『PC-9801ゲームリバイバルコレクション』、『メガストア』で仕事をしていたころに作った『遊べる!! 美少女ゲームクロニクル 《PC98編》』などの製品や書籍に携わっていたのである。

書籍『PC-9801ゲーム リバイバルコレクション』詳細ページ(KADOKAWA公式サイト)
書籍『遊べる!! 美少女ゲームクロニクル 《PC98編》』詳細ページ(コアマガジン公式サイト)

 極めつけは2003年当時、『VirtualPC』の日本版パッケージを販売していたアスキーソリューションズと組んで、この製品にPC-9800エミュレーション機能を実装するという計画をConnectixと進めていた矢先に、Microsoftにこのソフトが買収されてしまうという、語るは涙、聞くは苦笑いという感じの思い出もあったりする(与太話に聞こえるかもしれないが、本当の話なので困っちゃう)。

 このような感じで、あくまでも実機にこだわる『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』の六田守とはベクトルが異なってはいるが、NEC PC-9801シリーズのリバイバルには筆者自身、かなり強い思い入れがある。2022年に販売が始まり、SNSなどで話題を攫ったX68000Zの例もあるではないか。

 ともあれ、『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』をきっかけに、“98”がふたたび盛り上がってくれるのなら、関わった人間としてこれ以上うれしいことはない。

 ……さて、PC-98や1990年代以前のPC文化、アキバ文化などまだまだ語りたいことは山積みだが、テレビアニメの最終回とともに名残惜しくもここで筆を置くことにする。

 以上全13回、乱筆乱文失礼いたしました。(古い時代の挨拶)


最後に:『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』にて、おもにパソコン/ゲーム文化周りの設定考証を担当したRetroPC Foundationは、東京都内で国産非AT互換パソコンのハードウェア/ソフトウェアリソースの収集・保存活動を続けている有志団体です。同主旨の活動や技術研究などに関連するご相談については、代表世話人の森瀬繚までご連絡をどうぞ。

最終回もPC-98を語り尽くす! まさかのNECから公式エミュ発表に驚き。六田守の願いが天に通じたのか!?【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画 最終回】

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