XD Entertainmentが開発中のスマホ、PC向けタクティクスRPG『鈴蘭の剣:この平和な世界のために』(以下、『鈴蘭の剣』)。本作のディレクターを務める郭磊氏と、タクティクスRPGの生みの親とも言うべき松野泰己氏による対談をお届けする。

 『タクティクスオウガ』を神作として挙げ、同作がゲームクリエイターになったきっかけと語る郭氏が、松野氏とともに、タクティクスRPGの伝統と進化について存分に語り合う。

 なお、XD Entertainmentより、対談の模様が動画で公開されている。こちらも合わせてチェックされたし。

鈴蘭の剣:この平和な世界のために

 戦乱に陥った古国イリアにある町“鈴蘭”で活躍する傭兵団“鈴蘭の剣”の物語を描いたタクティクスRPG。2Dドットと3DCGの技術を融合させたグラフィックが特徴。2023年配信予定の『鈴蘭の剣』では、ただいま事前登録を受付中。事前登録をしたユーザーには、ゲーム内アイテムをプレゼント。さらに、事前登録者数に応じて豪華特典が追加でプレゼントされるキャンペーンも開催中だ。

【鈴蘭の剣・特別対談】松野泰己氏がタクティクスRPGの魅力を語る。『タクティクスオウガ』の精神は脈々と生き続ける
『鈴蘭の剣:この平和な世界のために』公式サイト
【鈴蘭の剣・特別対談】松野泰己氏がタクティクスRPGの魅力を語る。『タクティクスオウガ』の精神は脈々と生き続ける

郭磊氏(グォレイ・写真左)

XD Entertainment『鈴蘭の剣:この平和な世界のために』ディレクター。高校のときに遊んだ『タクティクスオウガ』に感銘を受け、ゲームクリエイターを志すきっかけとなった。

松野泰己氏(まつのやすみ・写真右)

アルゼブラファクトリー代表取締役。『伝説のオウガバトル』、『タクティクスオウガ』、『ファイナルファンタジータクティクス』、『ベイグラントストーリー』、『ファイナルファンタジータクティクスアドバンス』などを手掛ける。2005年に独立後、さまざまな作品にシナリオを中心に関わる。2017年からは、『ファイナルファンタジー XIV』(FF14)内のコンテンツ“リターン・トゥ・イヴァリース”にてシナリオも務める。

『鈴蘭の剣』を作る原動力は、『タクティクスオウガ』への愛情から

――郭さんが松野さんの大ファンということで、今回の対談が実現したとのことですね。

自分が松野さんのファンということで、対談するチャンスをいただき、たいへんうれしく思っています。

松野ありがとうございます。今回対談の企画をいただきまして、基本的に自分が関わっていないタイトルのプロモーションに参加することはございません。ですが、今回はふたつの理由でお引き受けしました。

 ひとつが、本作の音楽を30年来の仲になる盟友の崎元仁さん(※)が担当しているので、それを応援したいという想い。もうひとつは、タクティクスRPGというジャンルを盛り上げていきたいとつねづね考えておりました。

 『鈴蘭の剣』を初めて見たときに、「開発者の愛情がこもったゲームだな」というのがわかりました。そんな『鈴蘭の剣』の日本語版が発売されるにあたり、微力ながらお手伝いできればと思った次第です。

※ベイシスケイプ代表取締役社長。ジャンルを問わず、これまでに手掛けたゲームタイトルは130を超える。『伝説のオウガバトル』、『ファイナルファンタジータクティクス』によって、ゲーム音楽におけるオーケストラ編成での楽曲の先駆者としての地位を確立した。現在はゲーム音楽のほかに、アニメやCM、アーティストとのコラボレーションCDなど、幅広いジャンルで活躍している。

たいへん光栄です。ありがとうございます!

松野さっそくお聞きしたいのですが、『鈴蘭の剣』をタクティクスRPGスタイルにした理由とは?

とにもかくにも、私が『タクティクスオウガ』の大ファンなのが大きな理由のひとつです。『鈴蘭の剣』には『タクティクスオウガ』に対するオマージュをたぶんに含んでいます。当然、『タクティクスオウガ』のような素晴らしいゲームを作るのは、私の夢でもありました。

 一方で、近年は『オクトパストラベラー』といったゲームのように、いまの時代でこそ表現できるピクセルのビジュアルのゲームも登場していて、そういった作品も好きですし、感銘を受けています。それで、ハイクオリティーな2Dのピクセルのビジュアルで、タクティクスRPGを作りたいと考えたのです。

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――ちなみに、郭さんは『タクティクスオウガ』はいつごろプレイしたのですか?

高校のころにプレイさせていただきました。惹かれた部分は、『タクティクスオウガ』の豊潤なストーリーです。映画や小説とも遜色のない、芸術的なストーリーになっていると感じました。『タクティクスオウガ』は、自分がゲームクリエイターになったきっかけでもあります。神作です!

松野そう言っていただけるのはうれしいです。せっかくの機会ですので、『鈴蘭の剣』について聞かせてください。タイトル名が印象的ですが、どのような意味が込められているのですか?

“鈴蘭の剣”は、主人公たちが所属する傭兵団の名前です。鈴蘭のイメージは美しくて脆いというものがありますが、花だけでなく、平和そのものにも、私はそういったイメージを持っています。ということで、このタイトルに決めました。

松野なるほど、なかなか深い意味合いがあります。今回少しプレイさせていただきまして、まだ開発途中のバージョンでしたので導入部分を体験できなかったのですが、製品版としては、ニューゲームをスタートさせたときに、どういった形でお話が始まって、プレイヤーはゲームをスタートさせるのか教えてください。

スタート時は、主人公は記憶がないまま監獄に投獄されていて、その後とんでもない陰謀事件に巻き込まれて、命を失います。そこから蘇って、現実世界とは違う空間に辿り着きます。そこで導きを受けて、自分が命を失った世界の未来を救い、幸せな未来を作るために元の世界に戻るというお話が展開されます。

松野キャラクターは最初、何人くらいいるのですか?

最初に出会うキャラクターは3名います。まずは、傭兵団の元団長の女性。あとふたりも団員です。で、命を失って別の空間にたどりついたときには、猫が登場します。極めて重要なキャラクターです。

松野狂言回し的な役割として猫がいましたね。その猫が「何したほうが良い」と、適宜案内してくれるのでしょうか。

はい。表では主人公たちのまとめ役ではあるのですが、まだ知られていない一面もあり、ストーリーの進展にも影響を与えます。

松野物語は、売り切りタイプのゲームと違い、エンディングがなくて、ずっと続いていくのかなと推測するのですが、今回リリースされるバージョンでは、物語はどのくらい楽しめるのですか?

まずはオンラインゲームらしく、終わりのない物語が存在します。それはあくまで、皆さんがこのゲームを楽しめるような、プラットフォームのような存在でもあります。その中でキャラクターに対する愛着などもずっと抱いてもらえるように作っています。同時に、“運命のスパイラル”というか、起承転結があるようなストーリーも実装しています。

 コンソールゲーム機のゲーマーとして、まず『鈴蘭の剣』の中にフレームワークを構築したいと考えています。コンソールのゲームは起承転結がありますから、それと同じようなゲーム体験、ストーリー、キャラクターの設定もしっかりとデザインし、最初から最後まで心地よく遊んでいただけるように目指しています。もちろん、最近のゲームのトレンドのようなシステムも取り入れています。今回は、どちらも両立させるような、ハイブリッドなフレームワークを構築してみたいなと考えています。

 具体的には、ローンチではまず、起承転結のある本編の物語の第1チャプターが実装されます。その中に、3つのルートがありまして、どのルートを走るによって、結末や展開も変わります。

 この本編と並行して、オンラインゲームのようにずっと続くお話も作っていて、いろいろな機能を盛り込んでいきます。

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松野既存のゲームと比べた場合、『鈴蘭の剣』の魅力はずばりなんでしょう?

通常のRPGと比べると、タクティクスRPGの戦場空間が広いです。これによってより高い戦略的な複雑さと楽しい計算をもたらします。そして、『鈴蘭の剣』はできるだけ操作を簡略化し、対局の策略への直感性を強化して、難易度を下げたのですが、ストラテジーの面白さを保つことで、ユーザーさんにタクティクスRPGのゲームプレイをより手軽に楽しんでいただけたらと思います

 RPGの個人的な視点とは異なり、タクティクスゲームの叙事的な視点は、壮大で叙事詩的なストーリーの創作に向いており、多彩なキャラクターたちの物語を創作するのに適しています。

松野語りだすと尽きないですね(笑)。『鈴蘭の剣』の世界を構築するにあたって、参考にしたものはありますか?

人類の歴史の一部を縮図として、ゲームの舞台に再現することで、臨場感のある世界を構築したいと思っていました。ゲームをプレイして、なるべくリアルな世界に接していただいて、現実世界の残酷さや冷徹さを感じつつ、だからこそ平和の大切さを知ってもらいたいと考えています。

松野脆く儚い平和の大切さを、ゲームを通じて知ってもらうというのが理想というのは、まさにその通りだと思います。いまの社会情勢が本作に影響を与えた部分はありますか?

はい。2019年に本作の企画が立ち上がりましたが、私が構想していた以上に現実世界のほうがひどくなっているように思います。ですので、本作の企画も当初から少しずつ変わっています。いまは過酷な世の中ではあるのですが、どんなに辛く、暗闇が広がっているような世界でも、希望を捨てずに、人間性の輝きを信じて、この世界を少しでもよくしていきたいという想いがあります。ゲームを通じてそれを感じ取ってほしいと考えながら開発しています。

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選択することの大切さをゲームから感じてもらえたら

――『鈴蘭の剣』にはそのようなテーマが込められているのですね。

もうひとつの重要なポイントは、選択によって世界が変えられるということです。もちろん、選択には大きなもの、小さなものがありますが、どんなに小さいものでも、ちゃんとした結果につながっています。ゲームを通じて選択の大切さ、そして、選択することの勇気を感じてほしいです。

松野選択というのは、具体的にどのような形でするのですか? 『タクティクスオウガ』の場合だとセリフ内の選択肢を選んだり、またキャラクターの有無などで分岐します。『鈴蘭の剣』では、どのようなシステムによってお話が分岐していくのでしょう。

『タクティクスオウガ』のような分岐のシステムも入れています。選択肢型の分岐と同時に、戦闘中の行動もストーリーと戦いの結果に関わります。たとえば、ユーザーさんが戦いの中に、人道主義に基づき、民衆を助ける行動をすることで、いつかのタイミングで民衆がユーザーさん側を支持するようになり、後のストーリーについても、この行動によって展開が変わるかもしれません。

松野バトルの詳細によってその先の展開が変わったりするのですか?

そうですね

松野では、かなり分岐があると考えてよさそうですね。

はい。ただ、あまりにも分岐が多すぎるとプレイヤーが疲れてしまうと思うので、大きな選択肢は何回かに絞っています。たとえば、3つのルートには7、8つのエンディングがあります。

松野分岐を前提にシナリオを構築するのはたいへんだったでしょうね。

とてもたいへんでした(笑)。

松野そうですよね(笑)。ダイナミックに世界が変わるのであれば比較的自由に物語を構築できますが、一方で、開発の物量が増えますよね。マップやイベント用のアニメーションも増やさないといけない。

おっしゃる通り、すごくキツイことです。それでも、『鈴蘭の剣』では、膨大な時間や労力をかけて自分の可能な限り、物語、キャラクター、ステージなどたくさん作っています。

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松野マップやステージがどのくらいありますか?

マップはすでに300個近くできていて、ステージは1000個以上あります。

松野ちなみに、郭さん自身のクリエイターとしての価値観を作ったのはなんでしょう?

ゲームですね。ゲームがいちばんです。

松野 私のように、1980年からゲーム制作を始めたクリエイターの大半は、マンガやアニメ、映画などを自己解釈し、構築し直してゲームの中に取り込んでいったんですよね。アーケードゲームやPCゲームが80年代にはありましたが、やはりゲーム以外の文化からの影響が色濃い世代だと思います。そういった意味では、郭さんのような世代のクリエイターさんはゲームそのものに影響された方も多いと。

そうですね。我々のときにはすでにゲームがメインになっている時代でしたので、強く影響を受けました。もちろん、マンガ、アニメ、映画も、知らないうちに影響を与えてくれて、それは人生の一部にはなっています。ですので、自分自身の人生を、ゲームの中に表現していくことが、クリエイターとして大切なのかと考えます。

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作り手側の愛情とこだわりが感じられる『鈴蘭の剣』

松野先ほど、『鈴蘭の剣』の中にオンラインゲームのようなフレームワークを構築したいともお話がありましたが、それに関連してお聞かせください。『鈴蘭の剣』もオンラインゲーム同様に、そのサービスが続く限り“終わり”がないですよね。サービスを続けるにあたって、物語をどのように広げていくのがいいのか、何を目指しているのか、教えてください。

基本的には、本作には物語の歴史があります。その中で起承転結のある物語を、全体的な歴史の中の1章もしくは1つエピソードとして、今後サービスを継続していくにあたって 3ヵ月に1度、チャプターとしてリリースしようと考えています。

松野オンラインゲームで言うと、いま『ファイナルファンタジーXIV』という、スクウェア・エニックスさんが手掛けているタイトルがありまして。すでに、始まって10年以上経っているのですが、システムやキャラクター、物語などをアップデートし続けていています。この運営方法はひとつの成功体験として存在していて。見習うべき手法だと思いますがいかがでしょうか?

おっしゃる通りです。

松野今回、音楽に崎元仁さんを起用した理由をお聞かせください。

『タクティクスオウガ』に対する愛情がまず理由のひとつです。お仕事をお願いするにあたっては、まず、“この曲はどういった場面に使うのか”、“その場面がどんな雰囲気で何が起こるか”をご説明して、後は崎元さんのご判断にお任せしました。

松野イメージ通りに仕上がりました?

はい! 素敵な楽曲をたくさん作ってくださいました。2020年から取り分けて発注していました。いまは全体で50数曲あります。

松野郭さんから、「こういった音色を使ってほしい」などの注文はありましたか?

そうですね、いわゆる典型的なオーケストラの雰囲気だけでなく、ヨーロッパの少数民族の音楽のようなエッセンスも入れてほしいと発注しました。

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――せっかくなので、松野さんが『鈴蘭の剣』をプレイした感想を聞かせてください。

松野開発途中のバージョンでしたので、序盤のみのプレイとなります。全体的にアニメーションが非常によくできていると感じました。ドット絵の表現は、作り手の愛情とこだわりをすごく感じました。ゲームとしてもふつうにクオリティーが高いですし。これからブラッシュアップに多大な期待をしています。早く完成したバージョンを遊びたいですね。

――郭さんがピクセルに対する愛があるとおっしゃっていました。ゲームの中で、それが感じられたのですね。

松野そうですね。プレイヤーとしての思い出補正の具現化がされているなという印象です。当時のスーパーファミコンでは8×8ドットの1セルに対して使える色数は16色しかない(※モードによって異なる)など、いろいろな制限がありましたが、思い出の中ではもっと色数をいっぱい使っていて、「キャラクターがすごく豊かに動いていたなあ」という感覚が、当時のゲームを遊んでいたプレイヤーにはあるのではないでしょうか。『鈴蘭の剣』は、そういった90年代のゲームを思い出補正のまま具現化されているといった印象でした。

――まさに、松野さんの作品の思い出補正が具現化されていると言えそうですね。

松野ゲーム的にマップは疑似3Dになっているものの、『ファイナルファンタジータクティクス』のように、本当の立体にはなっていないですよね。

はい。3Dで作った後、フィルターなどをかけてわざと2Dに見えるようにしています。キャラクターも、もとはドット絵でできていますが、光源を変えたりするなどいろいろ工夫をして、環境に溶け込むように努力もしています。

松野マップも、3Dで構築することも可能だったと思いますが、それをあえて、2Dっぽく見せている狙いはなんですか?

本作は、『タクティクスオウガ』のほか、『オクトパストラベラー』からも影響を受けています。両作を比べると、『オクトパストラベラー』は3Dでピクセルタッチの演出をしていて、『鈴蘭の剣』は3Dを活かしてドット絵を表現しています。そこが違います。

――そんな違いが……。

私は黄金時代のピクセルが好きですので、いまどきのテイストにして、新しい世代にも受け入れられやすくなるような努力をしています。

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――そもそも郭さんは、ピクセルのどこに惹かれたのですか?

いまのグラフィックの表現技術は過剰に発達していて、まんべんなく、なんでも動かせることが当たり前の時代になりました。そんな時代だからこそ、我々のように黄金時代を経験してきた開発者にとっては、むしろピクセルの余白感が素晴らしいと感じます。

――余白感ですか。

たとえば、ピクセルのキャラクターたちは振り返ったり、うなずいたりなど微小な動きしかしませんが、そこには余白感があります。『タクティクスオウガ』では、システィーナというキャラクターがお姉さんと喧嘩して、港のそばでひとり海に向かって悶々としているシーンがありますが、そのシーンでは海風で髪の毛がフワフワと吹かれているんだろうなと想像ができます。そういった想像力を働かせられるのが魅力です。それを演出として使いたいんです。さきほどの松野さんの脳内補正のお話と通ずる部分ですね。

松野ピクセルのゲームは素晴らしいですが、いまはもう日本国内でピクセルを取り扱える職人を探すのは難しくなっています。

 ただ、ピクセルで描くのではなく、当時、使用可能な色数が限定されていた旧機種の仕様の中で構築する。それこそ、隣り合わせの色がブラウン管の中でどう滲んで目に映るのか、そこまで計算してデザインするわけです。そうしたことができる職人は時代の移り変わりとともに少なくなりました。たとえば、スクウェア・エニックスの渋谷員子さん(※)のような、失われつつある技術を持つ方はとても貴重だと感じています。

※『ファイナルファンタジー』シリーズのキャラクタードット絵の制作に長年携わり、“ドット絵の匠”として数々の作品でファンを魅了している。

ピクセルを扱えるクリエイターは、じつは中国にもあまりいないです。

――では、どうやって本作を制作されたのですか?

まずは、チームメンバーは『スーパーロボット大戦』シリーズの開発に参加した経験がありますので、ある程度基礎的な知識を備えています。あと、中国国内でピクセルタッチのゲームが出ていないので表には出てこないのですが、マニアで作れる人、好きな人はけっこう潜んでいます。ですので、ゲームを発表すると、好きだという人は「やらせてください」と手を挙げてくれます。そういった人たちといっしょに仕事をするうちに、さらにピクセル好きで作業もできる人を紹介してもらって……といった感じです。

――ピクセル人脈があるということかしら。

そうですね。ピクセル好きにはふた通りの人間がいます。ひとつは、我々のように黄金時代を体験してきた者。もう一方は、インディーゲームの開発者。インディーゲームにはピクセルで描かれたタイトルが多いです。ひとつのタッチ、ひとつの演出の手法として使われていて、それを遊んでピクセルが好きになった人がいますし、好きで自分で作っている人も相当います。

――松野さんはゲームをプレイされていて、自分の作品に影響を受けているなと感じた点はありますか?

松野そもそも、このタクティクスRPGは、ボードゲームのウォーシミュレーションの影響を色濃く受け継いだジャンルです。有名なところでは、アメリカのアバロンヒル社が出した『タクティクスII』のスタイル、たとえば敵軍と自軍がフェーズで交互に戦うとか、そうしたゲーム性がそのままコンピューターゲームに持ち込まれているわけです。基本的なゲームシステムが大きく変化せず、細かなアレンジがここの商品のオリジナリティーを表現している。ですが、ジャンルとして大きな進化をしていない。

 『タクティクスオウガ』も同様で、マップを疑似3Dにして立体的な戦いができるようにしたり、フェーズからユニットの素早さで味方と敵が入り乱れて戦うというターンシステムを導入したりとさまざまなアレンジを加えています。ですが、それらは『タクティクスII』からの発展形でしかないわけです。

 ですので、『鈴蘭の剣』をプレイしていて思ったのは、『タクティクスオウガ』の影響というよりは、我々タクティクスRPGの制作者たちが脈々と受け継いできた、ボードゲームの精神を感じました。その意味では、正当進化したタクティクスRPGのひとつが、この『鈴蘭の剣』なんだろうなという印象ですね。

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タクティクスRPGは“ごっこ遊び”

――改めての質問となりますが、松野さんは、タクティクスRPGの魅力はどのようなところにあると考えていますか?

松野これは、郭さんが考えていることとはかなり違うかもしれませんが、“ごっこ遊び”という要素なのかなと思っています。おままごとと同じですね。私の子どもの時代は、テレビゲームがまだ存在しませんでした。ボードゲームやおもちゃしかなかった時代です。小学校のときには戦車のプラモデルを作ったりしていたのですが、取扱説明書には、戦車がどこで生まれて、どういう戦線で戦ったのかといったことが書いてありました。私は、それを見て参考にして粘土で戦いを再現したジオラマを作ったりしていました。要は戦車などのプラモデルを作って、頭の中で勝手に戦争ドラマを再現していたんです。

それは、まさに“ごっこ遊び”ですね。

松野ほかには、当時『ウォーゲーム』と呼ばれた戦争系のボードゲームを遊んでいました。私が最初に遊んだのは、1981年にエポック社から発売された『関ヶ原』だったと思います。徳川家康の東軍と石田三成の西軍による戦いを再現したものです。また、大河ドラマもたくさん見ていました。そのおかげで、部将たちがさまざま俳優で表現されている姿が頭の中に、セリフとともにありました。そして、ボードゲームをやるときに、ゲームのルールを無視して、「秀吉はここでこうする!」というような、自分のオリジナルの物語を再現して遊んでいました。

既存のゲームのルールの枠に収まりきらなかったのですね。

松野ですので、最終的にはそんなごっこ遊びに行き着くんです。そうした私の“ごっこ遊び”が発展したのが『タクティクスオウガ』です。そんなゲームが、長年ご支援いただけていることは、本当にありがたいことだと考えております。

――『タクティクスオウガ』の精神は脈々と生きているということですね。それでは最後に『鈴蘭の剣』を楽しみにしているユーザーさんにメッセージをお願いします。

28年前に『タクティクスオウガ』に出会って、そこから自分のゲームクリエイター人生はスタートしました。今日は松野さんとお会いできて、感無量です。自分が大きく影響を受けたタクティクスPRGの魅力とイノベーションを、本作ではできる限り皆さんにお届けできればと思います。そして、私は日本のゲームの学生だと思っています。いちゲーマーとして、その後はゲームクリエイターとして仕事をするにあたって、たくさん日本のゲームから学んでいます。自分の成長にたくさん役立っています。『鈴蘭の剣』は、日本のゲームという“先生”に対して、自分の宿題だと感じます。ぜひ日本の皆さんに、そして世界中の皆さんに対して、美しい古き時代のタクティクスRPGの魅力を、ときを超えて伝えることができたらうれしいです。

松野私は、いちゲームファンとして、そして作り手としても、シミュレーションゲーム、タクティクスRPGというジャンルを愛しています。今回は中国から新しいタイトルが生まれました。しかも触ってみるとすごくおもしろそうです。ぜひとも完成版を遊んでみたいなと思いました。読者の皆さんも、もし興味が湧いたのであれば完成版を楽しみにしていただいて、リリースされたときには手に取ってもらえたらなと思います。そして、今後もこうして、タクティクスRPGのジャンルが盛り上がってくれるとうれしいです。

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