『なつもん! 20世紀の夏休み』(以下、『なつもん!』)は、2023年7月28日にスパイク・チュンソフトから発売予定のNintendo Switch向けソフト。『ぼくのなつやすみ』(以下、『ぼくなつ』)を手掛けた、ミレニアムキッチンの綾部和氏による最新夏休みゲームだ。

 プレイヤーはサーカス団の団長の息子となって、自然に囲まれたよもぎ町で魚釣りや虫取り、ラジオ体操、夏祭りなど、思い思いの夏休みを体験できる。

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 本稿では、綾部氏を始めとする『なつもん!』を手掛けたクリエイター陣のインタビューをお届け。インタビューは、6月上旬に開催されたメディア向けのハンズオン(いわゆる体験会)の後に実施された。出席者は本作の原作・脚本・ゲームデザインを担当する綾部氏のほか、ミレニアムキッチンとともに『なつもん!』の開発を担当するトイボックスの和田康宏氏と、スパイク・チュンソフトの榊原昌平氏だ。

※本作のレビュー記事はこちら

綾部和氏(あやべかず)

ミレニアムキッチン/ディレクター

和田康宏氏(わだやすひろ)

トイボックス/プロデューサー

榊原昌平氏(さかきばらしょうへい)

スパイク・チュンソフト/プロデューサー

夏休みをテーマにした、完全なオープンワールドのゲームを作りたい!

――本作の開発がスタートした経緯を教えてください。

和田2年ちょっと前だったと思いますが、春ぐらいに、うちの金沢(金沢十三男氏。プロデューサー、ディレクター、シナリオライター)の発案で綾部さんとお話をさせていただいたのがきっかけです。

 そのとき金沢が思いついたのが、僕と綾部さんがいっしょに仕事をしたらおもしろいんじゃないか、ということでした。というのも、僕は『牧場物語』シリーズに長年関わっていて、綾部さんは『ぼくなつ』を作っている。お互いに戦わないゲームと言いますか、そういった異端なタイトルを作っているので、いい化学反応が生まれると思ったみたいです。

 綾部さんとは『なつもん!』で組む前から交流があって、たまにお食事をごいっしょさせてもらったりしていたので、僕自身、おもしろい化学反応があるのではないかと期待していました。今回は、綾部さんのほうに作りたい作品の明確なビジョンがあったので、クリエイティブな部分は綾部さんにすべてお任せして、僕はちょっと引いた立場で、開発を見ることに専念してゲームを完成させました。

綾部以前、『クレヨンしんちゃん オラと博士の夏休み』(以下、『クレヨンしんちゃん』)というタイトルを作りまして、それが終わるか終わらないかのタイミングで、和田さんと金沢さんに声をかけていただきました。

 『クレヨンしんちゃん』は、背景が2Dのゲームで『ぼくなつ』の手法を踏襲したものなんですね。せっかくなので、新作は夏休みをテーマにしながらも、完全にオープンワールドのゲームを作りたいという発想がありました。

 それで開発がスタートして、最初に全体マップのラック、いわゆる地図ですね。精度の高い地図を最初に作れば、その後の開発がスムーズに進むと思ったので、地図を2日ぐらいで完成させてから本格的に動き出しました。

和田いま綾部さんがお話した地図に関して補足しますと、真上から見た地図なんですね。地形が描かれていて、等高線で高さがわかるようになっていて。2年前の春ぐらいに開発が始まって、地図ができたのが秋ごろだったと思います。

綾部そうでしたね。

和田ランドスケープというのですが、綾部さんが作った2Dの地図をうまく3Dの地形で表現することができました。それはひとえに、Unreal Engineの力だったりもするのですが、そのときに確かな手応えができました。

 綾部さんにも見ていただいて、この短い時間でここまでできるのだったら、もっともっとアイデアだったり、ゲームデザインだったりに、綾部さんが力を入れられると感じてもらったのではないかと思います。

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舞台となる町やその周辺の地図は、ゲーム内でも確認できる。

綾部とにかく土台ができるまでが早くて、そこから先はひたすら上に要素を積み重ねていく期間が取れました。結果的に、制作環境などのいろいろな要素がいい方向に働いて、オープンワールドの夏休みゲームとしてうまく作れたのではないかと手応えを感じています。開発していていこんなに楽しかったり、さまざまなアイデアを入れたりっていうのは、初めてじゃないかというぐらい、いろいろなことができたので。

――スパイク・チュンソフトがパブリッシングを担当することになった理由は?

榊原『なつもん!』は、スパイク・チュンソフトらしくないタイトルだと感じている方が多いと思いますが(苦笑)、今後は『なつもん!』のようなタイトルもリリースしていきたいと考えていたなかで、和田さんや綾部さんたちからお声がけいただき、ご縁を感じて弊社がパブリッシングすることになりました。

 じつはスパイク・チュンソフト初の試みとして、ゲームの起動時に弊社のロゴが出てこないようにしています。弊社のロゴは骸骨をモチーフにしているので、『なつもん!』の世界観には相応しくない。世界観を崩さないためにも、弊社の代表に直談判してロゴを入れないことにしました。そういった細かいところまで、丁寧に開発を進めています。

――今回、主人公の少年をサーカス団の団長の息子にした理由を教えてください。

綾部理由は大きく分けてふたつあります。まず夏休みが終わったら、舞台となる町から主人公が去っていく設定にしたかったんですね。ですので、短期間だけその町にいるというキャラクターで、どういう設定がいいのだろうと考えました。

 また、このゲームには成長要素があって、ステッカーを集めると主人公のジャンプ力が上がるなど、超人的なアクションができるようになります。そこにも違和感を抱きにくいキャラクターにしたかったので、サーカス団の団長の息子にしました。

 キャラクターのイラストを担当してくれた、ヒョーゴノスケさんの絵がものすごく好きだったこともあり、お気に入りのキャラクターになりました。

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――1日の時間の長さの調整は、たいへんだったのではないでしょうか? 時間の進みかたを3つの中から選べるようにした理由も併せて教えてください。

綾部時間の長さに関しては、正解がないんですよ。これぐらいがちょうどいいなっていうのがじつはなくて。そこで、ちょっと足りないぐらいの時間の流れを目指しました。もう夕方になっちゃった。あとちょっと時間があればなと多くのユーザーに感じてもらえるように、うまく調整できたと思います。

 ただ、ここで家に呼び戻されたらさすがに泣くだろうなという場所があるんですね。そういった場所では、時間が流れないようにフォローしています。

 時間の進みかたを3つの中から選べるようにしたのは、先ほど説明したように調整はしたものの、速いと感じる人や逆に遅いと感じる人がいるかもしれません。正解はないので、3つの時間の流れを用意しています。時間の流れはいつでも切り換えられるので、今日はじっくり遊びたいから、流れを遅くするといったこともできますよ。

和田1日の時間の長さの調整は本当にたいへんでした。とくに最初はコンテンツが揃っていないので、時間が余りがちな傾向になるんですよ。そうすると、このゲームは密度が足りないんじゃないかと感じて、密度を埋めるためにコンテンツをたくさん増やそうとしてしまう。

 ですが、増やしたコンテンツは本当にこのゲームに必要なコンテンツなのかっていうところもきちんと吟味しなくてはいけなくて。最後の数ヵ月間は、時間の調整とコンテンツの吟味を重点的に行っていました。最終的には、綾部さんがお伝えしたように、ちょっと時間が物足りないバランスになっていると思います。

――カメラワークについてもお聞きしたいです。室内は固定カメラで、外はフリーカメラにした理由は?

綾部オープンワールドを採用していますので、外はフリーカメラにしています。室内のカメラワークを固定にした理由はいろいろあるのですが、『ぼくなつ』のように2Dの背景を固定して歩けるようにしないと綾部の味が出ないんじゃないかと言うことで、室内は固定カメラにすることが早々に決まりました。

 ただ、3Dで作った世界の中で固定カメラになっているので、情報量がものすごく詰め込まれているんですよ。生活感のある部屋にできているので、いいとこ取りができたんじゃないかと思います。

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和田ちょっと補足というかフォローをすると、綾部さんの味っていうところにも繋がるのですが、リアルに近い縮尺で部屋を作っていくと、日本の家屋は狭いんですよね。そのなかでフリーカメラにしてしまうと、カメラがいろいろなところにぶつかったり、めり込んだりして、快適なプレイフィールを保つのが難しくなります。それが固定カメラにした、開発上の大きな理由です。

 固定カメラにすることで、もうひとつ利点がありまして、画角を意識して画面を見せることができます。どうやったらいい画面に見えるのか。これは綾部さんが長年『ぼくなつ』で培ってきたもので、もっとも得意とするところでもある。そういった相性のよさもあって、いまの形に落ち着きました。

――ほかに室内でこだわっているポイントがあれば教えてください。

和田開発としてとくに意識したのはローディングです。オープンワールドの世界で、建物への出入りをいかにストレスなく、短いロード時間で移動できるかという点は、ものすごく気を遣いました。

 ゲームを立ち上げたときは、少し長いローディングが入ってしまいますが、いったんゲームを初めてしまえば、どんなところに行ったり、出入りしたりしても、ほぼローディングのストレスを感じないような作りになっています。その切り換えにおいて、室内のデータの軽さが重要になります。見た目の解像度を保ちながらデータを軽くするなど、開発スタッフが工夫をしてくれました。

 また、工夫と言えば、室内から外の景色が見えるのですが、綾部さんの希望としては、そのままのフィールドの景色が見えるようにしてほしいと。それを実現するのは難しかったのですが、開発スタッフの工夫によって部屋の中から窓の外を見ても、フィールドの景色と違和感がないような見た目になっています。

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開発スタッフが楽しんで作った要素がギッシリ!

――フィールドでは、いろいろなところに登れてすごくワクワクしました。なんでも登れるのっていいですよね。

綾部主人公をわんぱくな男の子にしたかったんですよ。それでどこにでも登れるようにしています。ただ、最初は電柱に登れるぐらいで考えていたのですが、次第に登れる場所が増えていって……。

 開発やデバッグのことを考えると、登れる壁と登れない壁を分けたほうがいいですし、最初はそのつもりで考えていたはずなのに、いつの間にかほぼすべての壁を登れるようになっていました(苦笑)。

 なぜいまのような形になったかというと、作っていて楽しかったからだと思います。これはゲームを開発するうえで非常に重要なのですが、ありがたいことに、本作には作っていて楽しかった要素がたくさん詰まっています。

――そのぶん、苦労も多かったと思いますが……。

和田本当にたいへんでした(苦笑)。ほとんどの場所を登れるようにしたので、デバッグで全部チェックしたつもりでも、たくさんのプレイヤーの方に遊んでいただくと、自分たちが想像してなかったような場所の登りかたを発見する方が出てくるかもしれません。それが恐くもあり、楽しみでもありますね。

綾部僕がプレイしていたときもありましたからね。プレイ開始3日目の段階で、ルートを工夫することによって、本当は後半じゃないと行けない場所にたどり着けてしまったという……。オープンワールドのゲームらしく自由度は高いですし、プレイしていて楽しいんですが、デバッグはたいへんでした(苦笑)。

――ぜひここに登ってみてくださいというおすすめのスポットや、お気に入りの場所を教えてください。

綾部僕は山小屋ですね。ふつうは後半まで進めないとたどり着けない場所にありますが、工夫次第では序盤でも登れるかもしれません。山小屋から見る景色は絶景ですよ。

和田僕も山小屋がおすすめでしたが、綾部さんに言われたので、煙突にしておきます。子ども時代を思い出してもらうと、高いところに登るのはめちゃくちゃ楽しかったじゃないですか。当時の楽しさを、本作を通してちょっとでも感じてもらえるとうれしいです。

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榊原僕はよもぎ町のいちばん高いところに登るイベントで、訪れる場所がおすすめです。ゲーム序盤からチャレンジできますし、そこから見渡すよもぎ町の景色がきれいなので、ぜひ挑戦してください。

綾部もうひとつおすすめを紹介すると、灯台山という場所に花火師さんがいて、イベントを進めると毎日花火を打ち上げてくれるようになります。花火が打ち上がる時間に、近くにある灯台を登ってみてください。すると、打ち上げ花火を見下ろす形で見ることができます。かなり新鮮な体験ができますし、オープンワールドならではの楽しみかただと思います。

――インタビュー前にプレイしてみて、『ぼくなつ』と比べてかなりアクション性が増していると感じました。意識して差別化したのですか?

綾部最初から明確に差別化しようとしたわけではありません。先ほど登れる場所が増えたというエピソードをお話しましたが、いろいろな要素が増えるうちに、アクション性がどんどん増していき、差別化しているように見えたのではないかと思います。

和田綾部さんが作りたかった作品の原点は、わんぱくでやんちゃな少年が自由に動き回れる、オープンワールドの夏休みゲームでした。作りたいものを形にした結果、『ぼくなつ』とは違った作品が生まれました。

――ゲームを進めると、サーカスの公演のお手伝いも楽しめます。いろいろな演目が用意されていますが、とくにおすすめの演目を教えてください。

綾部大車輪の上でパフォーマンスを行う“ホイール・オブ・デス”が、見応えがあっておすすめです。サーカスの演目は音楽も作り込んでいますし、演目と音楽をうまく同期させる工夫も凝らしているので、音楽にも注目してもらえるとうれしいですね。

和田サーカスの目玉である空中ブランコや綱渡りも見てほしいので、おすすめをひとつだけ挙げるのは難しいな……。ちゃんとサーカスを取り上げたゲームは、世の中にあまりないと思いますが、本作では作中でしっかり扱っていますので、すべての演目を楽しんでいただけるとうれしいです。

 個人的に印象に残っているのは、巨大な球体の中でバイクがグルングルン回る演目です。記憶が定かではないのですが、僕が子どものころに実際にサーカスで見た演目が、いまもあることに驚きました。世の中が窮屈になり、決まりが増えてできないことが多くなるなかで、サーカスはがんばり続けているんだなっていうのがうれしかったですね。

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榊原僕もバイクの演目が印象に残っていましたが、かぶってしまったので、シーソーの演目を紹介します。序盤からある演目で、ニヤッとできるキャラクターのやり取りを楽しんでもらえたらうれしいです。

――先ほど、和田さんは世の中が窮屈になったとお話されていました。ゲームもいろいろな配慮が必要とされるなかで、本作では線路の上を歩いたり、グリ鉄砲(どんぐりを撃ちだすおもちゃの銃)で人や動物を撃ったりと、やんちゃなことができます。これらの要素を実装に踏み切った理由を教えてください。

和田世の中が窮屈になったのは、あくまで僕個人の感想なのですが、オープンワールドのゲームは、プレイヤーがやりたいことをやりたいようにできることがいちばん正しい姿だと思います。それを実現するために、僕や綾部さんはプレイヤーがやりたいであろう要素を詰め込んでいて、最終的な判断はパブリッシャーであるスパイク・チュンソフトさんにお任せしています。

榊原確かに社内でも、線路の上を歩けるのはどうなんだろうという意見はありました。とはいえ、やはりゲームですので、遊びの体験の選択肢を潰すと楽しさが損なわれてしまいます。これは大丈夫、これはダメという判断は、要素をチェックしながら逐一行いましたが、綾部さんが生み出した世界を和田さんがプロデュースしてくれているので、おふたりの意見を尊重するようにしています。

綾部ちなみに、グリ鉄砲はおもちゃの銃なので、殺傷能力はありません。町中には、グリ鉄砲で撃つことで動作する仕掛けを用意していますし、高い木に止まっている虫を気絶させて捕まえるという使いかたもできるので、そういった形で楽しみながら活用してください。

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――本作は、周回プレイなどのやり込み要素はあるのですか?

綾部周回プレイは用意しています。本作は要素がかなりあるので、かなり効率よく進めても、1周のプレイではやり残したことが発生してしまいます。そこで一部データを引き継いで、夏休みをやり直せるようにしました。

――最後に、本作の発売を心待ちにしているファンにメッセージをお願いします。

綾部『ぼくなつ』のファンの方も安心して楽しめる、より自由度の高い夏休みゲームができました。体感的には、4キロメートル四方の舞台をオープンワールドで用意しています。コンテンツもいろいろなものがありますので、新しい大地で遊び倒してください。

 ちなみに、同じ種類の魚をたくさん釣ったり、大きな魚を釣ったりすると、晩ごはんを作ってもらう楽しみも体験できます。また、捕獲できる虫の中には、虫ではないものもいます(笑)。そういった発見を楽しんでもらえるとうれしいですね。

和田自分が探偵となって困っている人を助けたり、ちょっとした謎を解決したりできるエピソードも用意しています。ちょっとした探偵気分も味わえますよ。

榊原僕たち大人が子どものころに体験した魚釣りや虫取りといった楽しい遊びは、いまの子どもたちにも通用すると思います。大人はもちろん、子どもも楽しめるゲームになっていますので、親子で楽しんでもらえたらうれしいなと思います。

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