KADOKAWAがゲーム事業を強化する。

 そのきっかけを作ったのは、2021年6月にKADOKAWAの代表取締役社長に就任した夏野剛氏だ。現在は夏野社長の主導でモバイルゲーム事業に注力しているという。2023年はどんな手を打つのか、ファミ通.comでは夏野氏に話を伺うことに。

「フロム・ソフトウェアだけじゃない」赤字もリスクも気にせず原作を尊重したゲームを開発。「30年以内に電脳通信に脳を直結できる」と語る、夏野社長のKADOKAWAゲーム事業リブート戦略

 取材現場に現れた夏野氏は、開口一番こう言い放った。

「フロム・ソフトウェアだけじゃないでしょってことなんですよ」

 こちらが質問する前に、いきなりである。

 KADOKAWAのゲーム事業というと、グループ企業であるフロム・ソフトウェアが2022年2月に発売して大ヒットを記録した『エルデンリング』の話題は避けては通れないが、それだけではないというのだ。

 豊富なIPを抱えながらも、そのゲーム化はほぼライセンスアウトに頼っていたというのが従前のKADOKAWAのゲーム事業だった。だが、現在はゲーム事業推進室という部署を中心に、社長直轄の事業として自社IPのゲーム化を進める新体制を敷いている。

 2022年11月29日には新体制下のゲーム第1弾となる『陰の実力者になりたくて! マスターオブガーデン』(以下、カゲマス)がサービスイン。12月には全世界で100万DL突破記念キャンペーンが実施されるなど、滑り出しは好調だ。

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「フロム・ソフトウェアだけじゃない」赤字もリスクも気にせず原作を尊重したゲームを開発。「30年以内に電脳通信に脳を直結できる」と語る、夏野社長のKADOKAWAゲーム事業リブート戦略
「フロム・ソフトウェアだけじゃない」赤字もリスクも気にせず原作を尊重したゲームを開発。「30年以内に電脳通信に脳を直結できる」と語る、夏野社長のKADOKAWAゲーム事業リブート戦略

 さらに深掘りしていくと、

  • KADOKAWAのゲーム事業の金銭的なリスクはすべて夏野社長が負う
  • IPの世界観を取り込んでシステムを構築するような、IPを尊重したゲームが大事
  • 今後もグループ会社がKADOKAWAのIPを活かしたゲームを作る可能性がある

 など、興味深い取り組みが出るわ出るわ。「KADOKAWAのゲームにはクオリティが高いイメージがないのでは?」とストレートにぶつけたら、

「そのためにゲーム開発の体制を一新しています」

 と、包み隠さず話してくれた。いまは圧倒的に人手が足りないので我こそはというクリエイターを大募集中だという。

 さらに話を進めると「僕は30年以内に電脳通信、PCやネットワークに脳を直結できるようになると思っています」と、夏野氏は大真面目に語る。

 本稿ではそのKADOKAWAが進めるゲーム事業について、夏野剛氏、それにゲーム事業推進室を率いる熊谷美恵室長にお話をうかがった。たっぷり2時間にわたるロングインタビューをお届けしよう(聞き手:ファミ通グループ代表・林 克彦)。

「フロム・ソフトウェアだけじゃない」赤字もリスクも気にせず原作を尊重したゲームを開発。「30年以内に電脳通信に脳を直結できる」と語る、夏野社長のKADOKAWAゲーム事業リブート戦略

夏野剛

株式会社KADOKAWA 代表取締役社長。文中では夏野。

熊谷美恵

株式会社KADOKAWA ゲーム事業推進室 室長。文中では熊谷。

豊富なIPのライセンスアウトではなく、KADOKAWA主導でモバイルゲーム化

夏野今日、この場で僕が語りたい本題は、「フロム・ソフトウェアだけじゃないでしょ」ってことなんですよ。

 なぜいまKADOKAWAがゲーム事業について語るのかと言えば、やっぱり代表取締役社長である僕自身がiモード(※)時代にゲームに多く関わってきたし、セガサミーホールディングスやグリーといったゲーム会社で社外取締役もやっていることが大きく影響しているんです。

※iモード:1999年2月に登場した、NTTドコモの対応携帯電話でメール送受信やWebサイト閲覧などを行えるサービス。ゲームコンテンツも数多くリリースされた。夏野氏は立ち上げ・運営の中核メンバーのひとり。

夏野2000年代にはSCEと任天堂が覇権を争う中、第3のプラットフォームとして出てきたのが携帯ゲームでした。ゲームだけの売上で言うならそれらのプラットフォームに匹敵するほどに拡大した。そんな時代を作ってきた人間としてKADOKAWAの社長になったときに思ったのは、「何でコンソールゲームしかやってないの」と。

 せっかくの自社IPなのに、モバイルゲームの多くはライセンスアウト。ライセンスを許諾してほかの会社がゲーム化したものばかり。海外でのIP展開も同じ。うちは許諾を出すだけの状態だった。「ゲームと海外事業がもったいない!」というのが行動を起こすきっかけでした。

「フロム・ソフトウェアだけじゃない」赤字もリスクも気にせず原作を尊重したゲームを開発。「30年以内に電脳通信に脳を直結できる」と語る、夏野社長のKADOKAWAゲーム事業リブート戦略

夏野携帯ゲームはベンチャーが市場を開拓してユーザーが拡大したところに大手が参入するという構図。スマートフォンでも同じことが起こっている。市場が成熟したいまならしっかりビジネスになるんです。

 ところがKADOKAWAの社長になってみたら、スマートフォンのゲームにはほとんど手を出していない。

 (グループ会社の)フロム・ソフトウェアやスパイク・チュンソフトはそもそもコンソールゲームの会社としていい作品をたくさん作ってきたから、それはわかる。でも、KADOKAWA本体はものすごく多くのIPを抱えていながら、ほとんどをライセンスアウトしてしまっていて、「これでいいのか!?」と考えたわけですね。

――KADOKAWAのIPがゲーム化されるにしても、たしかにライセンスアウトの作品が目立ちますね。

夏野2015年くらいまでは、『パズル&ドラゴンズ』や『モンスターストライク』のように、誰もがプレイしているようなビッグヒットがまだありました。ところが、国内の5年に関してはもう単独のタイトルで1000億円を稼ぐなんていうヒット作はほとんど出てきていません。

――そもそもモバイルゲーム市場全体を見ても、原作付きのタイトルがとても増えた印象です。

夏野まさにそれもゲーム事業にテコ入れをしようと思ったきっかけのひとつです。一部のタイトルがランキングの上位を独占し続けるような時代が終わって、意外に小粒なゲームがキャンペーンやいろいろな状況を受けてランキングを書き換えている。それがいまの状況です。

 モバイルゲームのビジネスは明らかに変化してきていて、あらゆるジャンルの、それもIPをベースとしたゲームがたくさん出てきている。そんな中、新たなゲーム性を持った革新的なゲームがときおり出てきてそのフォロワー(のようなタイトル)が流行ったり、またその一方で、短時間で簡単に遊べるハイパーカジュアルのような新しい遊びかたも生まれてきた。

 つまり、それぞれのライフスタイルに合わせたゲームを遊ぶ、分散化した時代になっているわけです。こうした群雄割拠な時代こそIPが強みを発揮する。集客のマーケティング費用がオリジナルタイトルに比べてはるかに安くつくからです。でも、IPをゲーム化するのであれば、時代にマッチしたものでなければなりません。

 IPが持つそれぞれの世界観をゲームに取り込んでシステムを構築するような、IPを尊重したゲームを出すことが大事。そのIPのファンがゲームを遊ぶことで、さらにIPを好きになってもらうのが理想なんです。

――ゲームがしっかり世界観を再現したものなら、ゲームからIPへの送客も期待できますね。

夏野そこまでIPを活かしたゲームを作るのであれば、やっぱりIPを知り尽くしたIPホルダーがきちんと関わって作らないと。いわゆるライセンスアウトではなく、KADOKAWA自身でゲーム事業を再編して本気で取り組もうというわけです。

熱量の高いファンを満足させるゲームをいかに生み出すか

――KADOKAWA自身で、KADOKAWAが持つIPをゲーム化していくことに本腰を入れるわけですね。

夏野ライセンスアウトという手法は自社のリスクがほとんどなしにお金が入ってくる旨みがある。それはたしかです。でもそうじゃない、っていう話をしたんですけど、社内では誰も乗ってこない(笑)。やっぱりリスクが怖いんですよ、みんな。

 そこで、2025年くらいまで、我々が投資して新規に作るスマホのゲームは、すべて社長直轄のプロジェクトにすると宣言したわけです。熊谷(美恵氏)を責任者に据えて、僕がリスクを負います。

――かなり大きな動きで、驚かされました。

夏野出版事業で無数のIPを生み出し、映像事業、IPやキャラクターの商品化を担うMD(マーチャンダイジング)事業、ゲーム事業までグループとして手がけながら、そのIPをモバイルゲームでは活かしきれていなかった。

 そうした部分の改善は、長らくゲーム業界に身を置いてきた僕としてはある意味、当然の行動とも言えます。

――さまざまな事業がグループ内に一体となっているのは強みですよね。でも、一方で、出版社としてIPを生み出した作家さんの意向を最大限に汲まなければならない難しさもありそうです。

夏野じつはそこの葛藤はアニメ化のときにきちんと答えを出しているんです。IPのゲーム化は、(原作よりも)アニメをベースとして作られることが大半ですよね。

 作家さんと編集者の協力で作品は生み出されます。でもそれをアニメ化するためには、組織としての力が必要。声優さんや主題歌を誰にするか、アニメ制作はどこに発注するかなど、さまざまな取り決めが必要ですし、お金もかかります。

 このアニメ化の段階で、作品は作家さんと編集者だけのものでなく、組織の意志も関わって形作られるものへと成長を遂げます。ゲーム化はアニメ化のときの組織がさらに拡大するだけですから、(新規の)難しさはないんですね。

「フロム・ソフトウェアだけじゃない」赤字もリスクも気にせず原作を尊重したゲームを開発。「30年以内に電脳通信に脳を直結できる」と語る、夏野社長のKADOKAWAゲーム事業リブート戦略

夏野今回のゲーム事業の再編ではユニット制を導入しています。これは現場のアイデア。原作の編集者とアニメのプロデューサー、そしてゲームのプロデューサー。この3者でひとつのユニットを組み、ゲーム化をはじめとしたIPビジネスに取り組んでもらおうと。

――それぞれの責任者が直で意思の疎通を図りながらゲーム制作にあたるわけですか。

夏野むだな時間を使わずに、3者で方針を決めてくれ、と。ことがうまく進めば、その成果はそれぞれの働きに応じて持っていっていいし、うまくいかなくてもペナルティーはなし。金銭的なリスクはぜんぶ社長である僕が負いますから

 おもしろいのは、各セクションの利益の取り分をどうするか、ゲームごとに自由に決められるようにしたんですよ。そうすると、アニメ側がものすごく積極的なもの、編集部側が積極的なものなど、かなりバラバラなんです。

 たとえばゲーム好きな編集者が「俺が気に入るようなすごいゲームを作りたい」という意識と熱意があれば、その編集者主導でやったほうがいいと思います。熱意は大事ですから。

――KADOKAWAのIPって、それを支えるファンの熱量が高いのが特徴だと感じています。やっぱりゲームの作り手側にも熱意は必要ですよね。

夏野ファンの熱量の高さは強みです。非常に重要な部分。モバイルゲームの世界は一部の課金ユーザーの熱量によって無料ユーザーを支えているという構図ですよね。

 つまり、熱量の高いユーザーに楽しんでもらえるからこそゲームが成り立つ。せっかく熱量の高いファンがいるIPなら、そのコアなファンがきちんと楽しめるゲームを作りたい。だからこその自社主導ですね。

――アニメ化を経ているIPは状況が整理されているからゲーム化がスムーズとのことですが、アニメ化の際にはさまざまな企業が出資する製作委員会が作られるケースが多く見られます。ゲーム化もその影響を受けることがありますが、KADOKAWAの場合はどうでしょう?

夏野KADOKAWAがほかの出版社と違うのは、アニメ制作の事業部をグループ内に持っているという強みです。だから製作委員会に頼らずアニメを制作することも不可能ではないですし、製作委員会を作るにしても、版元とアニメ制作を担当する我々がもっとも多く資金を出します。つまり、製作委員会の意向を主導できる立場にあるわけです。

アニメ化される40/5500のIPからゲーム化するタイトルを選別

――やはりゲーム事業へのテコ入れが目指すのはIPが持つ価値を最大化させるということになるのでしょうか?

夏野そうです。ただ、ゲームという市場はものすごく広く、ヒット率も低いです。当社のような(抱えている)IPの点数が多い企業は、少なくとも年間5本くらい出していく必要があると考えています。そのうち1~2本が当たるとリクープ(製作資金を回収できること。ここではその他の作品にかかった費用も含む)できるような計算。僕はこれを目指すべきと思っています。

 幸いなことにコンソール系では昨年はフロム・ソフトウェアの『エルデンリング』が、その前には『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』も大ヒットしていますし、2~3年に1回、どーんと大きく当たる周期性が生まれています。これにスパイク・チュンソフトも組み合わせて考えればもっと平準化して考えることができます。

 このポートフォリオの中に、スマートフォン用のゲームをコンスタントに5本くらい加えられるようにし、全体を通してみれば常に利益が出るような状態にしていきたい。最初は年間2~3本から始めることになると思いますが。

「フロム・ソフトウェアだけじゃない」赤字もリスクも気にせず原作を尊重したゲームを開発。「30年以内に電脳通信に脳を直結できる」と語る、夏野社長のKADOKAWAゲーム事業リブート戦略

夏野言ってみればバンダイナムコエンターテインメントさん的な立ち位置を目指したいということですね。ただ、我々が違うのは開発ラインを持っていないということ。そこは外部のゲームスタジオに頼らざるをえませんが、ビジネスモデルとしては自分たちでリスクを取りながらIPのゲーム化を推進していくと。

――つまり、コンソールではフロム・ソフトウェアがあり、スパイク・チュンソフトがあり、そしてモバイルゲームはKADOKAWA本体が出版やアニメの事業局と連携して進めていくわけですね。

夏野そうです。コンスタントに年間5本くらい出せるようになったら、熊谷を社長にして別会社を作ってもいいとは思っています。ただ、そうなると熊谷が責任を負うことになります。僕の配下でやってる限り責任は僕が取るから、冒険もできるんですよね。

 みんな失敗して責任を取らされるのは怖いわけですよ。しかも、いまはスマートフォン用のゲームを数億円じゃ作れなくなってしまいましたからね。

――既存のIPをベースにきちんと作り込んだゲームを出そうと思ったら、やっぱり10億円以上はかかってしまうような産業になっていますよね。

夏野先ほどの製作委員会の話ではないですが、もう映画と同じような構造になりつつあります。しかも、制作費が仮に10億円で収まったとしても、それを売っていくためにはさらに倍のお金がかかる。だからこれは、KADOKAWA本体という大きな枠組みの中でこそできる戦略だなと思っています。

――大量にあるIPの中からどういう基準でゲーム化する作品を選んでいくのでしょう?

夏野まず、出版物がだいたい年間5500作品ほど発表されます。また、うちでアニメ化されるものが40を超えるくらい。もっと増やせって言ってるんですけど。これらアニメ化された作品の中から選んでいくことになります。

 いまゲームが先にありきでアニメ化を進めるタイトルも仕掛けていますが、もちろんこれは例外。主流となる40/5500の中から、年間5本のゲームを作っていくのが目標です。

ゲームステアリングコミッティを創設して、開発情報をグループ内で共有

――2023年にリリースできそうな数はどれくらいですか?

夏野トータルでは現在4つのタイトルを開発中ですが、この中から1~2本を発売したいところです。年間5本のゲームを出すには常に10本程度のラインが走っている必要があります。それがベストですね。

――なるほど。2023年に1~2本のタイトルを発売できそうであると。それらのタイトルは、夏野さんが社長に就任されてから開発が動き始めたのでしょうか?

夏野前からも動いているものもありますし、就任してからのものもありますね。その最初の成果が『カゲマス』です。

熊谷モバイルゲームは熱量の高いユーザーによって支えられているというお話がありました。『カゲマス』はリリース当初から熱量の高いユーザーに支持していただけていて、とても好調ですね。これはアニメの影響も大きいと思います。

――一般的に言えばこれだけ従来と違うことを始めようとすると、社内の理解を得るだけでもかなりの時間がかかりそうですが、すごいスピード感ですね。

夏野くり返しになりますけど、社長直轄のプロジェクトとして、僕がリスクをすべて負うと宣言したことも大きく影響していると思います。

――あくまでも将来の可能性の話ですが、KADOKAWAのIPをフロム・ソフトウェアやスパイク・チュンソフトといったグループ内のゲームメーカーがゲーム化することもありえるのでしょうか?

夏野もちろんです。そのためにゲームステアリングコミッティ、“ステコミ”と呼ばれる事務局を作りました。このステコミにはフロム・ソフトウェアの宮崎英高代表取締役社長、それにスパイク・チュンソフトの櫻井光俊代表取締役社長も加わっていて、常にどのパイプラインがどこまで進んでいるかということが報告されるので、(彼らもIPの)状況を把握しています。

 さすがに彼らがモバイルゲームを出す可能性は低いですけど、コンソールでIPをゲーム化することは大歓迎ですね。もちろんモバイルとコンソールでまったく違うゲームになっていたっていいわけで。

――IPの持つ力を最大化するという観点で言うと、より多くの環境でゲーム化の可能性があるのは大きな意味があるし、ユーザーとして見てもめちゃめちゃ期待できるお話です。

夏野モバイルゲームとコンソールではターゲットユーザーが違いますからね。最近はSteamもかなり認知が高まっているので、そっちで出すのもおもしろいかもしれない。

 とくに海外はモバイルゲームよりはコンソールやPC、とくにPCが強いし、ダウンロード販売はコスト的なメリットもありますからね。

――ここ1~2年の話で言うと、モバイルゲームに力を入れていたメーカーさんがコンソールに進出したり注力したりという機運が高まっているように思います。

夏野モバイルゲームで戦ってきた人たちが、この3年くらい、みんなコンソールに注目し始めていますね。

 でもモバイルゲームと違ってコンソールはプラットフォーマーとの関係性も大事だし、割合が減ってきてはいるとは言ってもパッケージの生産と在庫管理、流通といったモバイルゲームにはない要素を考えないとならない。その分、資金力も必要になります。

 もっとも、ダウンロード販売が増えてきたからこそ、モバイルゲームメーカーはコンソールやSteamのあるPCに注目し始めた部分もあるんでしょうけど。

開発会社とのキャッチボールを重ねて質を向上。良質な作品をリリースすることが先決

――この流れで、すでにコンソールを得意とするメーカーをグループ内に持つKADOKAWAが「モバイルに注力していく」というのは、ユニークに感じられます。ただ、同じグループに身を置く媒体として、あえてちゃんと聞きたいことがあります。ユーザー目線で見ると、KADOKAWAのIPを使ったゲームって、現状ではクオリティへの信頼感があまりないというのが現状。いちばんの懸念であるその部分を、どのように改善されていくのでしょうか?

夏野そのためにゲーム事業推進室という部署を作り、体制を一新したわけです。ただ、圧倒的に人手が足りない。もう本当に足りない。自分の足跡を残したいと思っているゲームプロデューサーはどんどんKADOKAWAに来てほしいですね。これは大きなチャンスだと思います。

 いまいる会社でくすぶってるくらいなら、ぜひこっちへ(来てほしい)。ゲーム化されるときを待ち構えているIPがいくらでもあるぜ、と。

「フロム・ソフトウェアだけじゃない」赤字もリスクも気にせず原作を尊重したゲームを開発。「30年以内に電脳通信に脳を直結できる」と語る、夏野社長のKADOKAWAゲーム事業リブート戦略
KADOKAWAの“IPライセンスビジネスサイト”より。これらのアニメ作品がゲーム化の候補として考えられる。

――業界的にもKADOKAWA本体はゲーム事業のイメージが薄いと思うんですよね。そういう意味では、転職を考えているクリエイターには穴場かもしれません。

夏野正直な話をすると、IPのファンになったところで、その後ろにKADOKAWAがいるとか、誰が作ってるとかはあまりわかってないというか、気にしていない人が多いと思うんですよね。

 そんな中で優秀な人材を集めようと思ったら、まずは業界内である程度のプレゼンスを上げないとならない。だからいまは中途採用を積極的に実施しているし、それに未経験者でもいいからとにかくゲーム好きな人材を集めてきてとお願いしています。

 さらに言えば、ドワンゴからも人材を引っ張ってきています。ドワンゴはエンジニア集団でゲーム好きがいっぱいいますからね。こっちに来たいという人も多いですよ。

熊谷グループ内で“FA型異動制度”という組織間(あるいはグループ内の企業間)の移籍ができるシステムがあるんですけど、そこでも一生懸命に「来てください」とアピールしている最中です。ただ、優秀な人材に魅力を感じてもらうためにも、まずはすでに動き始めているゲームをちゃんと作って、ゲーム事業部としてのキャリアを積んでいかないとなりません。

 本来なら、版元プロデューサーも開発会社から上がってきたゲームに対してレビューを返し、キャッチボールを重ねて確実に品質を上げていくことが大事です。これは『カゲマス』でもしっかり実施しました。せっかくの新体制ですから、それを活かしてクオリティに関してもしっかり担保していきたいと思っています。開発会社の選定がまた重要で、そのパイプ作りにも注力しているところですね。

夏野僕が就任する前のことですけど、ゲーム業界のみんなが「KADOKAWAっていい会社だよね」って言うんですよ。つまり、ライセンサーとして厳しいことを言わないし、ほとんどお任せでゲームを作らせてくれるから、いちばんやりやすい相手というわけですね。

――それはクオリティチェックや条件設定が甘いということですか?

夏野そういうことです。俺、そこの社長になっちゃったんだけど。ここからは厳しくやらせてもらいますよ?(笑)

――ライセンスアウトによるゲーム制作にはリスクが少ないというお話がありましたが、ゲームの完成度が低いとIPを毀損する可能性がありますよね。

夏野おそらく「品質管理が甘い」という認識はなかったんだと思いますよ。それはKADOKAWAだけでなく、ライセンスアウトでゲームを出しているほかの出版社も同じ。「いっぱい許諾を出していくつか当たりが出ればいい」というように、感度が麻痺しちゃっていたのかな、という感じもします。とくに海外市場へのライセンスアウトではその傾向は強いと思います。

ゲーム事業推進室は出版やアニメとゲーム制作という異文化間のロジックを翻訳するのが役目

――熊谷さんはこの新体制でかなりの重責を担うことになったわけですが、改めていままでの経歴を教えていただけますか?

熊谷セガで23年間、ゲームプランナーとしてゲーム開発に携わってきました。その後はコロプラに転職して、6年ほど開発スタジオの現場で仕事をしてきました。ずっとゲーム制作の前線にいたんですけど、だんだん立ち位置が変わってきて、組織マネージメントとかリソース管理を要求されるようになって、ゲームを作る現場から距離が空き始めていたんですね。

 キャリアの終盤にさしかかってきたいま、このまま人の面倒を見るようなことを続けていていいのかな? と自問自答しているような状態でした。そんなときに、KADOKAWAがゲーム事業を新しく立て直そうとしているという話をうかがいまして。

「フロム・ソフトウェアだけじゃない」赤字もリスクも気にせず原作を尊重したゲームを開発。「30年以内に電脳通信に脳を直結できる」と語る、夏野社長のKADOKAWAゲーム事業リブート戦略

熊谷傍から見ると、KADOKAWAのゲーム事業ってポテンシャルを活かせていないように感じられて、それなら私の経験は絶対に役立つはずだと思ってコンコンとドアを叩きました。

 すると、同じようなタイミングで社長に就任した夏野から「ゲーム事業を変えていくぞ!」というメッセージが来て、ゲーム事業推進室も生まれ変わったという流れですね。

――ゲーム事業推進室がいまの体制になる前はどんな部署だったんですか?

熊谷各出版社単位でゲームを担当していた部署があって、数年前に合流したのがゲーム事業推進室でした。夏野の音頭で事業自体が社長直轄となり、グレードアップしました。

――以前からゲーム事業推進室があったとはいえ、やっぱりKADOKAWAは出版社であり、アニメの会社じゃないですか。ゲームを作る立場として外から入ってきた熊谷さんから見て、当時のKADOKAWAはどんな印象でした?

熊谷何と言いますか……たいへんでした(笑)。やっぱり出版とゲームでは文化が違うというか、共通言語を持てていないイメージ。思っていることを説明するのも一苦労で、誰にどう説明したらゲーム事業を興せるんだろうと、そこから悩んでました。

 それまではライセンスアウトばかりでしたから、ゲーム作り=信頼しているゲーム会社にIPを任せるというのが社内の常識。社内でゲームの企画を起こすことに対する合意を得るのも難しい状態でした。

夏野その「共通言語がない」というのは、いまもまだ変わってない部分かもしれません。先に編集部、アニメ、ゲームとでユニットを組んでゲーム制作に取り組んでいると言いましたが、その3者の中はもちろん、開発会社とのあいだでニュアンスの共有が難しい。編集者やアニメプロデューサーが大事にしたいことでも、ゲームのロジックでは成立しないこともありますから。

――たとえば、漫画や小説で「このシーンでは死ぬくらいの恐怖感が必要」と考える編集者はいるけど、同じことをゲームでやると成立しない、のようなことでしょうか。

夏野まさに、そういうこともあると思います。ほかにわかりやすいところで言うと、ビジネスモデルの違いもあります。出版物はそれを買ってもらった時点で利益が確定してますけど、モバイルゲームでは無料部分を超えて課金してもらわないと収益が上がらない。つまり、常識の部分からしてロジックが違うんです。

熊谷そうしたロジックを翻訳してコミュニケーションをサポートするのも私たちの仕事ですね。

夏野モバイルゲームのビジネスモデルが特殊なのは、ゲームとしていくらおもしろいものであっても、まったく利益が出ないものがいくらでもある。たとえばドワンゴの『テクテクテクテク』がそうでした。僕からすればあれほどおもしろいゲームはなかったんだけど、なにせ課金の要素がほとんどゼロだったから失敗してしまいましたね。

ゲーム化実現の選定基準は、そこに関わるキーパーソンの熱量

――IPをゲーム化するときの、夏野さんから見た判断基準を教えてください。

夏野企画段階や開発会社の選定なんかでは、キーパーソンの熱量をまず見ます。要は「おもしろいゲームを作れる」と当人たちがどれだけ信じているか。売上予測とかシミュレーションを出してくるときに弱気になっていることもあります。そんなときは「自信がないなら止めようよ」ってよく言ってます。

 だって100%成功すると思っていたって実際の成功率は20%くらいなのがモバイルゲームの世界。100%成功すると思ってない時点でアウトなんですよ。

――つぎの段階では何を見て判断されるんですか?

夏野さすがにゲーム化されるようなIPだと、僕でも原作を読んだり見たりしています。そこで知ってる世界観がきちんとゲームに反映されているかを考えますね。

 よく気になるのが、ビジュアルのバランスがおかしいもの。アニメの世界って、建物にしても生物にしても、とにかく巨大なものが出てくるじゃないですか。それが迫力につながることもある。でも、モバイル端末の狭い画面の中で動きも表現しなければならないとなると、つい小さく描いてしまうんですよ。

 それはもう、作品がもともと持っているおもしろさのポイントがゲーム化によってずれちゃってる状態です。

 開発者はどうしてもゲーム内のシステムで場面を描こうとしがちなんですが、そこに収めるために小さく描いて迫力がなくなるくらいなら、画面からはみ出させて一部しか見えないようにしたり、いっそムービーで代用してもいいわけです。

――なるほど。ファン目線だから気づきやすいポイントかもしれませんね。最初から20%しか当たらないと割り切ったうえで投資しているのは、エンタメの本質を夏野さんがご理解されているからだと思います。ゲームに対してそういう視点を持たれるきっかけは何だったのでしょう?

夏野それはもう、iモードですよ。まったく人気が出そうもないコンテンツがバーっとヒットするのをさんざん見てきました。ただやっぱり、作り手の本気が影響しているように思えました。

 プラットフォーム側でしたから、莫大な広告予算を使えるんです。当時は携帯の宣伝をするときにどのゲームをいっしょに取り上げるか、つまり公式コンテンツと認定してもらうために無数に来る申請を全部審査してましたから。

――iモードというサービスの中で多数のゲームに触れたことが原体験なんですね。

夏野あとね、iモード以前にも、パソコン通信の時代からいろんなサービスが出てきては朽ち果てていくのを見ているわけですよ。(iモードに限らず)もちろんすごいものもたくさんありました。『フランキー・オンライン』(※)なんて、最初に見たときの衝撃はすごくて、ちょっと感動しちゃった。何が起こるか、すごくわくわくしたんですよね。

※『フランキー・オンライン』:1995年6月にスタートしたコンテンツ。CD-ROMとインターネットを融合させたシステムが斬新。ハイパーメディアクリエイター・高城剛氏の会社、フューチャー・パイレーツが運営していた。

――郵便局まで行ってメールを送ったりできましたよね。

夏野そうそう! メタバースの走りですよね。その後に『セカンドライフ』が出てきたときもおもしろいと思ったんだけど、やっぱり高い人気はそう長続きしなくて。

 あのGoogleでさえ、ヒットさせるのは難しい。『Google+』もダメだったし、『STADIA』も早々に見切りをつけた。Googleはいろいろなサービスを考えてはダメならすぐ撤退するっていうやりかたはすばらしいですよね。

KADOKAWAが考えるメタバース。N高・S高では7000人の生徒を対象にVRを使った授業を実施中

――メタバースという単語が出てきたのでついでにお伺いします。メタバースやNFT、Web3といったトレンドがありますが、夏野さんやKADOKAWAとしてはこれらにどう携わっていくのでしょう?

夏野メタバースについて、技術的に言うなら、本格的なメタバースと、擬似的なメタバースがあると思っています。

 擬似的なメタバースっていうのは、たとえば『フォートナイト』だったり『あつまれ どうぶつの森』みたいに、(オンラインゲームで)すでに実現している。多くの人たちで世界観を共有してデジタルな世界で暮らすように過ごす。でも、これらはテクノロジーでメタバースを実現しているのではなくて、世界観で実現してるんですね。これはもう昔から存在している。

「フロム・ソフトウェアだけじゃない」赤字もリスクも気にせず原作を尊重したゲームを開発。「30年以内に電脳通信に脳を直結できる」と語る、夏野社長のKADOKAWAゲーム事業リブート戦略
オンラインゲームの世界には一種の社会が構成。これもメタバースのひとつと捉えると、20年以上前から浸透していたことになる。画像は『ファイナルファンタジーXI』。

夏野一方、これをテクノロジーで実現しようとすると、必要となるのはVRで、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)がどうしても必要になる。でも、多くの人にとっては現在売られているようなHMDを常時着けたまま何時間も過ごすのは不可能じゃないですか。せいぜい30分といったところが限界でしょう。その30分で楽しめるメタバースを作ろうと思うと、かなり難しいわけですよ。

 ですので、現時点ではメタバースを作りにいくのではなく、それを構成するのに必要な技術要素は完全に押さえておく。これがメタバースに対する僕の、そしてKADOKAWAグループの考えかた。なぜなら、技術的な要素を押さえてさえいれば、KADOKAWAの豊富なIPを活かして参入するのは比較的簡単だと考えているからです。

――なるほど。HMDなどの技術革新が進んで機が熟したら、いつでも参入できる準備だけは整えておくわけですね。

夏野技術を押さえておくとは言っても、30分で楽しめる軽めのメタバースを作るのは、たいへんなわりに技術検証にならない。そこで、いまはそのVR技術を教育に使っちゃえと考えています。

 N高等学校(以下、N高)とS高等学校(以下、S高)でだいたい7000人くらいの生徒を対象に、HMDを装着してもらってVR授業を実施しています。コンテンツを作ってるのはドワンゴ。

――7000人ですか? すごい人数ですね。

夏野VR技術って、たとえばBtoBのビジネスではパイロットのシミュレーションなんかに使われていますけど、使用者の実数はかなり少ない。ところが、VR授業はすでに実用に入っていて、7000人がそれを体験している。だからいま、世界でもいちばん多くの人が使っているVR技術じゃないかと自負しています。

 もちろんVRは必須ではなくて、選択制です。いまの技術ではHMDを装着したままではノートを取るのが難しい。ですので、二次元の画面の授業と並行して走っています。授業の途中でHMDを着ければ、その瞬間の授業内容に合わせたガジェットがVRで体験できる。そんな学習教材としてVRを設計しているんですね。

 技術が進んでHMDがもっと軽量になって長時間装着できるようになれば、それに合わせてバランスも変えていくことになるでしょう。

 さらに言うと、僕は30年以内に電脳通信、PCやネットワークに脳を直結できるようになると思ってます。そうなれば、先生の授業とVR空間の情報を合成して頭の中で同時に処理するとか、もっといろいろなことが可能になるでしょう。

――なるほど、すでにVR系の技術もIPもあるけど、でもまだそのサービスを開発するには時期尚早である、と。

夏野最先端の技術と知識を常に習得し、授業でそれを活用もしています。でも、現状ではお客さんに価値のある体験をもたらすようなサービスができる状態にはないと思っています。

――NFTについてはどうでしょう?

夏野NFTもメタバースと似たような側面があると思います。まずNFTに使われているブロックチェーン技術はすでに確立しています。ただ、問題はマーケットにあるんです。

 いまのNFT市場は、ビットコインやイーサリアムをはじめとする仮想通貨で儲けた、いわゆる“億り人”で占められています。NFTを活用したコンテンツをリリースしても、それがどんなIPだろうと投機対象を探すそういう人たちがまず飛びついてしまって、本当にそれをほしがっているファンへとなかなか届かないのが実情。

 いろんな形でNFTの取り組みを行っていますけどね。その一例が、ドワンゴでやってる“売れそうもないNFT”。ニコニコ動画のファンでなければ価値を持たないようなものにNFTをつけて『ニコニコNFTコレクション』として、すでにリリースしてます。

――それ、言葉がすでにおもしろいですね(笑)。

夏野あとはMD(マーチャンダイジング)商品、たとえばフィギュアみたいな商品とNFTは相性がいいと思っているので、IPに関してはそういうNFTは手がけてますね。

 それと、東南アジアは日本と環境が違ってきちんと機能しているNFTマーケットがあるので、マレーシアの子会社でNFT付きキャラクターの開発なんかをやっています。日本ではまだそういう需要が全然ないので国内で展開する予定はないのですが。メタバースもNFTも、そんな風にいろいろ手を打ちつつも、極めて冷静に見ています。

KADOKAWAのゲーム事業が求める人材とは

――先ほど、ゲーム事業では人手が足らなくて人材を求めているとおっしゃっていましたが、どんな人材を求めているのでしょうか?

夏野基本的にはプロデューサー職です。編集部とアニメのプロデューサー、そして開発会社をとりまとめて、ゲーム制作を進められる人。ただ、さっきも言いましたけど、ゲームに詳しい人や好きな人なら経験者でなくてもいいと思っています。新卒を採るのもいいですね。

 うちのいいところはIPの源流である編集もやってるし、アニメもMDもやってる。しかもニコニコ動画みたいなサービスも持ってるという、グループ内企業の多彩さですね。

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夏野今後、ゲームにはどんな要素が入ってくるかわからない。昔からドラマ性の高いゲームはありましたが、いまは逆に映画やドラマにストーリーが分岐するゲーム的要素が入るようなことも始まっています。グループ内にある企業の多彩さはゲーム作りにとってプラスだし、たとえばゲームから派生したいろんなプロジェクトを展開していくチャンスもあるかもしれない。

 KADOKAWAはエンターテインメントのあらゆるジャンルを網羅しているので、一般的なゲーム会社よりも、グループ内だけでさまざまなキャリアパスを構築できる可能性があります。

熊谷いまの体制では、自分の時間を使って別の事業にコミットする兼務も可能なんです。前述のようにグループ内でのFAも可能ですし、仕事が合わなかったとしても完全に辞めてしまう前にいろいろ試せるのは魅力じゃないでしょうか。

夏野僕が社長に就任して、人事制度もどんどん変えていってます。たとえばKADOKAWA本体では、管理職になるよりも一匹狼のプロフェッショナル職になったほうが給与変動が大きいんです。成果を上げると給与が1.5倍になっちゃう。ところが管理職だとどんなに評価が高くても1.3倍にしかならないんです。

 僕がその制度改革をする前は、管理職にならないと給料が上がらない仕組みだったんですよ。でも、管理職になるということは、現場、つまりやりたいことから離れていくことでもある。だから、いまやってる現場仕事をがんばったほうが給与が上がるようにしました。そっち(現場)の方が性にあっている人もいるでしょうから。

 もちろん毎年1.5倍をキープすることは難しい。それでも下がっても1倍止まり。長期の病欠などのよっぽど大きな理由があれば0.7倍まで下がることはありますが、ふつうに仕事をこなしている分には下がることはない。下がるよりも上がる幅のほうがずっと大きいんです。

――ゲーム事業推進室の室長として、熊谷さんがほしいのはどんな人材ですか?

熊谷シンプルに言うとユーザー目線を持っている人ですね。いまの市場でどんなゲームが受け入れられるかを肌感覚で理解できる人がほしいと思っています。

 意外とそういうマーケティング的な判断ができるプロデューサーさんはいないんです。どうやったらIPの訴求力を広げられるのか、どうやってこのゲームを遊んでもらうのか、そういうことを自発的に考えられる人がいまは少なくて。

 開発会社に発注する仕事はプロデューサーとしてのキャリアがあればできますが、そのときに作ろうとしているゲームは本当にIPのファンの方たちに楽しんでもらえるのか。また、IPのファンだけでなく、IPを知らない一般的なゲームファンにも響くものになっているのかが判断できる人が理想ですね。

夏野マーケティングを知るという意味では、N高、S高のゲーマーを組織してテストプレイしてもらうというのも手かもしれないですね。KADOKAWAのゲームだけでなく、他社のゲームの感想を聞くのもいいね。N高、S高は2万4000人もいるんだから、どんなゲームだって誰かしらプレイしてるはずだから。

――グループ内企業の力をゲーム作りに活かすという意味では、たとえばファミ通でどんなIPをゲーム化してほしいか、アンケートをやってもおもしろいと思います。そのゲームが実際に出たら、投票した人はきっと喜びますよね。

夏野集合知だよね。もうゲームの案にしてもN高、S高の生徒たちに、あるいはニコ生で視聴者たちに企画書を提示してさ、「どっちがいい?」と聞いちゃうとかも手かな。どうせ失敗したって責任は僕が取ることになるので(笑)。

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 以上が、KADOKAWAのゲーム事業への取り組みだ。両氏へのインタビューから見えてきたのは、今回の組織編成がゲーム業界を見渡しても前例のない取り組みだということである。

 このような体制でゲーム制作に挑めるのは、コンテンツパブリッシャーとして多数のIPを保有するからKADOKAWAだからこそ、という要素も大きいだろう(そして、責任は自分が追うと宣言できる社長がいることも)。

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