『邪神ちゃんドロップキックX』に聞く違法アップロード対策の結果。台風直撃赤字100万円イベントやアニメ内外の行動で沸く『邪神ちゃん』の謎にも迫る

　ことの始まりは、ある動画のURLを貼ったアニメ『邪神ちゃんドロップキックX』ツイートだった……。

　そのツイートに載せられた【違法より早い】と書かれた動画は、公式サイドが違法アップロードを封じるために本編放送前にいち早く放送内容を切り抜きしたものだった。これを見た最初の感想は、なるほどである。

　アニメ業界の違法アップロードは、削除されてはアップ、アップされては削除のいたちごっこが慣習化していたが、こうして公式が抑止力となる動きをしていけば、止められるのかもしれない。非常におもしろい取り組みだと思い、記事化をしてみることにした。

　その数日後、再び公式Twitterは躍動する。今度は放送中（2022年9月現在）の『邪神ちゃんドロップキックX』1話を100分割にする所業で邪教徒（※1）たちをざわつかせる。

　入念に準備したプロモーションの一環としてやっているのでは？　と思い、居ても立っても居られなくなった筆者は、普通に公式サイトのお問い合わせフォームからインタビューの申し込みをした。

　本稿では、その全貌をお届けしていく。アニメ放送中の忙しい時期にもかかわらず、お相手をしてくれたのは宣伝プロデューサーの栁瀬一樹氏である。どうでもいいが、筆者はお礼に“邪神ちゃんテン”（※2）に赴いてグッズを買った。

アニメ3期まで突き進んで残ったのは頭のおかしい精鋭だけ

――インタビューのご快諾ありがとうございます。栁瀬さんが本作でご担当されていることをお伺いさせてください。

　私はクリエイターさんが作ってくれた素晴らしい作品を、ひとりでも多くの方に届けることを仕事にしています。『邪神ちゃん』は、ほか作品と比べて宣伝予算が恐ろしいほど少ないので、いろいろな工夫をしています。

――なるほど。いろいろな工夫のうえで、たくさんのユニークな広報活動が生まれてきたんですね。これを考えているのはすべて栁瀬さんなのでしょうか？

　私がひとりで考えているわけではありません。『邪神ちゃん』関係者には頭がおかしい人が多いので「こんな企画どうかな？」みたいなものが出ると、それを私が形にしていく、というケースが多いです。

――……ちょっと待ってください。関係者に頭がおかしい人が多いというのはもちろんユニークな意味で、ですよね？

　いえ、実際に頭のおかしい人が多いですね。厳密に言うと頭がおかしくて愛のある人しか残っていません。そうじゃない人はクールが変わっていくごとに魔界に帰って行きます。

　いや、もうアニメ3期なんて最終的に足りなかった資金はみんな自腹ですから。私も『邪神ちゃん』で稼いだお金はすべて『邪神ちゃん』に使用していて、儲けはありませーん！

――なんでちょっとうれしそうなんですか。本当に頭がおかしい人しかいないじゃないですか！　少し気になったのですが、昨今のアニメは製作委員会方式を採っていることが多いと思いまして、『邪神ちゃん』の製作委員会ってどんな感じなのでしょう？　イメージだと、それこそ邪神ちゃんの脳内会議並みにカオスなイメージなんですが……。

　ほかのアニメの製作委員会にも参加しているのでわかりますが、『邪神ちゃん』の委員会は、通常とはかなり違った作りになっていますね。いろいろな規模の会社さんが数十社くらい参加しています。カオスなわけではないですが、ありがたいことに、いまはかなり自由にやらせていただいております。

――そうなのですね。ちょっとだけ謎が解けました。先ほども少しお話に出ましたアニメ3期実現や楽曲CD化ではクラウドファンディングを使用するなど、作品全体でかなりフットワーク軽くさまざまなことに挑戦されていますが、その理由をお聞かせください。

　やはり通底しているのは、原作者のユキヲ先生を含めチーム全員が『邪神ちゃん』を生き残らせたいと思っていることです。我々は弱小なので、豊富な資金力と巨大な媒体力も持っている大手と同じ方法で戦って勝てるわけがありません。

　ですから「リスクがあるからやらない」とか「ほかに事例がないからやらない」という判断はなくて、大手ではできない新しいチャレンジを積極的に行っています。この、常にファーストペンギン（※3）であれという精神が、外側からは自由にやっているように見えるのではないでしょうか。

――そんなチャレンジ精神でいろいろなことに挑戦されて来たと思いますが、とくに印象深かったものはございますか？

　2018年9月のATM席（愛してるよみんな席。1席5万円）の完売が印象的です。ブルーレイやサイン入りグッズなどがついた最前列の特別席なのですが、イベントの成立のために5万円も支払ってくれた皆さまを讃えてATMコールが送られました。

　これは1期3話のメデューサが道ゆく人たちからATMコールをもらったことを模しているのですが……会場が一体となって「ATM！　ATM！」と叫び拍手する様子は、さながら邪教のサバトを思わせる異様な光景でした。

　最近でこそ、プロスポーツの世界でもサインボールや選手挨拶が付いた高価格のチケットを販売したりする動きが始まってきましたが、当時アニメイベントでそんな商品はありませんでしたから、ほかの作品のプロデューサーたちからもお前たちは一体なんなんだと随分注目されました。

　じつは、この経験がその後のクラウドファンディング設計などにつながっていきました。

“やたらYouTubeおすすめでみかける下半身蛇女のアニメ”で広まる『邪神ちゃんドロップキック』

――つぎにお聞きしたいのはファミ通.comでは記事ランキング1位も獲得した違法アップロード対策についてなのですが、とくに1話を100分割した結果、どのような効果があったんでしょうか？　【違法より早い】のときは、チャンネル視聴者数が増えたようですが……。

　では、せっかくなので最新の分析を。大量切り抜きの真の価値は“たくさんYouTubeおすすめに表示される”ことにつきます。これはウェブ広告と非常によく似ていて、例えばみんな読んだことないのになぜかサバサバした女性や小悪魔的な女性教師のマンガを知っているじゃないですか。

　あれと同じで、細切れにした邪神ちゃんを大量に放流した結果“やたらYouTubeおすすめでみかける下半身蛇女のアニメ”の認知が高まったんですね。

　これと非常に相性がよかったのが配信サービスへのフル開放で、1期2期は一部の配信サービスに限定して配信を行なっていたのですが、3期はあらゆるサービスで視聴可能にしました。このふたつが組み合わさったことで、3期は本当に多くの方にご視聴頂けるようになったと感じています。

――“やたらYouTubeおすすめでみかける下半身蛇女のアニメ”というワードがすごいですね。でも、それだけ効果があるのなら、ほかのアニメ作品も『邪神ちゃん』の真似をしたらよさそうなものです。

　いや、それがなかなか難しい課題がありまして、ほぼすべての深夜アニメは3ヵ月1クールという単位でいなくなってしまうので、普通は作品単体でYouTubeチャンネルを運営したりしないんです。

　YouTubeおすすめに表示されるためには、登録者数が何万人もいる状態が必要なのですが、その前提条件が整わないのです。ですから可能性があるとしたら、スマホゲー原作でゲーム側とセットでチャンネルを運営しているケース、もしくは出版社やテレビ局単位で複数の作品を継続的に扱っているケースであればどんどん切り抜きをやったらいいですね。

――なるほど～！　だ、そうですので、世のアニメ宣伝の方々もいかがでしょうか……。続いてなんですが、Twitterを拝見していると本当にファン（邪教徒）の方々と距離が近くて、いつも驚いてしまいます。個人的にはアニメの公式Twitterとは思えないほど親しみやすい感じがするのですが、何か意識していることはあるのでしょうか。

　10年前にドコモのdアニメストアのTwitterをやっていたのですが、そのころから作品やクリエイターに対するリスペクトを欠かさないことを強く意識しています。

　そうすると自然と、企業広報として情報を一方的に上から発信するのではなく「リクエストを承ってこんな作品を入荷したよ！」とか「どうですこのリエールさまの表情！超かわいいですよね」とかいう書きぶりになっていきます。このあたりが親しみやすいと思っていただける理由かもしれないですね。

――たしかに『邪神ちゃん』のTwitterからは機械的な感じがなくて、純粋に作品を推してくれる意識みたいなものを感じます。いまは“邪神ちゃんテン”や“邪神ちゃんMAD＆動画投稿祭”などの情報も発信していますが、そもそもMAD動画投稿祭が始まった経緯を教えていただけないでしょうか。

　1話100分割をアップロードしたときに、ヤフーニュースのコメントに「MAD動画の素材になったらどうするのか」と書かれていたのを見て「そうかMAD動画の素材にすればいいのか」と思いました。

――なる……ほど？

　それでドコモで働いていたときの上司のドワンゴ・栗田さん（※4）に相談して、すぐ決まりました。これもまた誰もやったことがない企画だったので、チーム内で止める人はいませんでしたね。

――わあ（語彙消失）。実際に各部門賞なども設けられており、かなり力の入った企画ですが、実際にユーザーさんが投稿された動画はいかがでしょうか？

　もちろん、皆さんの力作は拝見しています。ドット絵とかビットで楽曲を打ち直してとか、ご自身でアニメを描くとかはすごかったです。ぜひ、安易に決まった型にはめにいかず、どんな形でもよいのでほかの人にはないアイデアが盛り込まれたものをもっと見たいですね。投稿お待ちしております！

イベントに台風直撃で赤字100万円超え。そして売れるこけし。『邪神ちゃん』は場外乱闘がアツい！

――あっという間にYouTubeの“【公式】邪神ちゃんねる”も登録者15万人を突破しております。記念に行われたイベントには残念ながら、台風が直撃してしまいましたね……。

　はい……。 8月13日に15万人突破を記念して豪華なリアルイベント（※5）を企画していたのですが、台風が直撃し、販売していたチケットは全額返金。それでも楽しみにしてくれた皆さまのためにオンラインで無料配信したところなんと赤字額は100万円を超えてしまいました！　アーカイブを残しているのでぜひご覧ください！

――赤字100万円!?　射的が1発＄100とか笑っている場合じゃないですね。ぜひ、動画の広告収入で補填していただかないと……。

　いや、それがちょっといろいろな仕様で“おのれ台風、天使のオンライン納涼祭”のアーカイブ動画は収益化できないんです。もう本当に、これは100万円赤字ということをネタにすることでしか昇華できません。

――傷が深すぎますよ。そうだ、代わりにこけしの動画をたくさん再生してもらいましょう。あれはいいものだ……。

　あの動画は素晴らしいですね。ちなみに邪神ちゃんこけしは、“邪神ちゃんテン”関連グッズの中で売れ行きNo.1なんです。もう伝統工芸品とアニメ作品のコラボとしては、歴史に名を刻みつつあるくらいのすごい売れ行きになっています。

　理由は“【公式】邪神ちゃんねる”の媒体パワーが上がってきたのと、マジメにNHKみたいな動画を作ったことだと思うんです。

　普段は頭がおかしいことやっているのに、いきなりマジメなことを？　みたいなギャップで本気の商品だということが伝わってくれたんだと思います。

――すごく作り手の方への真摯さや視聴者への配慮が伝わる設計で、本当にいい動画でした。ここまで話してきて聞くのもなんなのですが、ファミ通.comにはアニメ『邪神ちゃん』をまだ観たことがないという方もいらっしゃると思います。ずばり栁瀬さんから見たアニメ『邪神ちゃん』のおすすめポイントを教えてください。

　『邪神ちゃん』は場外乱闘も含めて“いまこのとき、この瞬間しか楽しめないコンテンツ”です。前にクラウドファンディングで作ったCD『神保町哀歌』は、そのときに参加してくれた方は入手できましたが、今や中古販売市場ではものすごいプレミア価格がついてしまいました。

　オンデマンド全盛なので放送終了後にまとめて楽しみたいという方もいらっしゃると思いますが、運営側にとっても予測不能なできごとが続々と発生する作品なので、ぜひ公式ツイッターをフォローしていただき、リアタイで楽しんで頂ければ幸いです。

――ありがとうございます。たしかに場外乱闘とは言い得て妙ですね。そんな『邪神ちゃん』ですが、今後やってみたい施策などがあれば、ぜひお聞かせ願えないでしょうか。

　私も、原作者のユキヲ先生もレトロゲームが大好きなので、レトロゲー企画は「ぜひやりたいね」と言っています。ふたりともセガ派で私は『ベアナックル』、『レンタヒーロー』、『アドバンスド大戦略』、『ガーディアンヒーローズ』、『シルエットミラージュ』、『スペースチャンネル5』などをプレイしてきました。

　ゲーム実況の仕方とかわからないのですが、邪神ちゃんやゆりねがこういうゲームを楽しく遊んでいる様子とか見てみたいなあと、いつも思っています。ぜひファミ通さんコラボして一緒にやりましょう！

――喜んで検討させていただきます！　ゆりねのミスプレイを過度にイジって大変なことになる邪神ちゃんの姿が安易に想像できます（2022年の夏は『異世界おじさん』と言い、セガ派が暗躍している!?）。それでは最後になりますが、いつも作品を応援してくださる邪教徒の皆さまへメッセージをお願いいたします。

　まずはこうして機会をくださったファミ通.comさんに。ファミ通さんはガバスシステムやクロスレビュー、ゲーム帝国のような頭のおかしい企画をどこよりも早くチャレンジされてきた媒体だと思います。そういう雑誌を読んで育ったことは私の仕事と無関係ではないと思います。育てていただいてどうもありがとうございます！

　つぎに邪教徒の皆さまへ。クラウドファンディングやふるさと納税、オーディション企画などいつも新しい企画を考えるたびに、必ず応援してくれてありがとうございます！　今回、いちばん番大きなチャレンジは神保町を飛び出した地方編でした。

　こちらにアンケートフォームを用意したので、実際に行きたくなったか教えてください。それぞれの自治体さんに皆さまの気持ちを伝えます！

　たくさん成功も失敗もくり返してきましたが、それらの歴史すべてが皆さまと一緒に作ってきた『邪神ちゃんドロップキック』という作品そのものです。

　現在、4期やります！　と気軽に口にすることができないほどアニメ制作が直面している状況は厳しいですが、決して諦めることなく今後の展開につなげていこうと思いますので、引き続きの応援よろしくお願いします！

“邪神ちゃんテン”覗いてきた（おまけ）

　8月某日。会社指定の健康診断に向かった筆者。左目だけ視力が悪い理由がいまいちわからず「なんでぇ～？」と考えていたら着いていた。丸井錦糸町店5F特設スペースで10月2日まで開催中の“邪神ちゃんテン”に……。

　原作10周年とテレビアニメ3期放送を記念して開催されているイベントで、オリジナルグッズはもちろん、貴重な原画や衣装の展示などが行われているし、お地蔵さんにお供えもできる。ちなみに開催当初は2022年9月11日までの予定だったが、約1ヵ月開催期間が延びるという衝撃。

　「『邪神ちゃん』よく知らないな～」という人に向けて、『邪神ちゃんドロップキック』年表も掲示されているので、これを読めば一瞬で邪教徒になれる。つまり、直感的に入場しても即邪教徒になれるということ。この心遣いに涙が出る。

　また、あふれる『邪神ちゃん』への気持ちを書き綴れるメッセージコーナーもあるので、たまりにたまった信仰心をここでぶちまけてほしい。

　“戦闘力が53万ありそうな地蔵通り”というヤバいスポットも見逃せない。各種酒類（お酒20歳になってから）をはじめ、何故か『ポケットモンスター シールド』が置いてあったり、恐らく邪神ちゃん接着用の瞬間接着剤があったり、イングヴェイ（※6）のCDがあったりと、カオスを凝縮したような感じになっていた。ここに定点カメラを置いたら、非常におもしろそうである。

　もちろん、おもしろいスペースもあれば、ここでしか見られないファン垂涎の原画やサイン色紙もあるので、ぜひ訪れてみてはいかがだろうか。