2022年8月23日~25日の期間に開催された、日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC 2022”。本稿では、8月25日に行われたセッション“【アルセウス+スカーレット・バイオレット】ポケモン2つを同時に作る、ポケモンモデル制作環境”の模様をお届け。

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1年で2タイトルを制作するため、1000種類以上のポケモンモデルを共通化

 セッションではまず、ポケモンのモデルの制作体制について紹介。前澤氏の所属するR&D(研究開発部)では、ゲームエンジンやグラフィックの表現を実現するためのシステムを開発し、各タイトルの開発チームに提供する。その際、ゲームフリーク内部や外部の協力会社にある納品チームのチェックが行われている。

 なお、R&Dにはグラフィック、アニメーション関係のエンジニアが集約している。

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ゲームフリーク 研究開発部 CGテクノロジーディレクター・前澤圭一氏。

 本セッションでは、『ポケットモンスター』シリーズを開発するゲームフリークの研究開発部 CGテクノロジーディレクターの前澤圭一氏が登壇。

 2022年1月28日に発売された『Pokémon LEGENDS アルセウス』(以下、『アルセウス』)と、同じく2022年11月18日に発売予定の『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』(以下、『スカーレット・バイオレット』)、ゲーム性も見た目の方向性も異なるふたつのタイトルを同時に開発するにあたって行った“環境・フローの見直し”について解説された。

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 『ポケットモンスター ソード・シールド』(以下、『ソード・シールド』)までは、各タイトルごとの仕様・環境に合わせて、「どのような要素が必要か」、「どのような表現をするのか」という点をもとにシステムを開発し、提供していたという。

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 しかし、初代の『ポケットモンスター 赤・緑』から近年の『ソード・シールド』までのポケモンモデルの総数は1000種類を超えている。これを各タイトルごとに仕様から練り直して揃えていくのは、そろそろ厳しいものがあったという。それは、2018年ごろから感じていたそうだ。

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 1タイトルでも厳しいというときに、版画テイストでアクション寄りの『アルセウス』と、リアルテイストでオープンワールド調の『スカーレット・バイオレット』、ルックの異なる2タイトルを同時制作するのは限界がある。そのため、環境・フローの見直しが行われた。

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共通の環境・仕様を提供し、後工程でタイトルに合ったポケモンモデルに

 環境・フローの見直しとして最初に行われたのは“納品仕様の共通化”。これまで各タイトルごとに環境・仕様を制作してきたところの共通化を図った。この共通環境・仕様に則り、アセット制作・納品の工程を経てそれぞれのタイトル開発チームへ提供を行う。納品時には、標準マテリアル・基本骨格が設定されたものが引き渡され、各チームの後工程でタイトルごとに調整される。

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 検品は、自動チェックと目視チェックによって、見た目や負荷に問題がないかをチェック。負荷については、首の付け根や耳の付け根などはポリゴンが重なり負荷が大きくなりやすいので、軽くするために削減しているという。

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 続く後工程では、ポケモンのモデルに細かい調整が実施されるが、すべてのポケモンに一括して設定するものと、各ポケモンに個別で調整するものがある。たとえば『アルセウス』でいうと、後光の出かたや食事の際の食べ物の位置、ZLボタンを押して注目したときにどこを向くか、といったところはゲームのルールに紐づいているため、タイトル側で設定する。

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 そのほかには、IK(インバース・キネマティクス)や視線制御などの動的処理もタイトル依存のものとして後付けしていく。

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各タイトルの世界観に合ったグラフィックに調整。『スカーレット・バイオレット』のピカチュウは“『ポケモン』史上最高のふさふさ感”を表現

 環境・フローの見直しとして、グラフィックスライブラリも一新。各タイトルの後工程によってルックの後付けなど加工を行い、グラフィックのさらなるクオリティーアップも図れるようになった。

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 以下の画像では、左が納品環境のピカチュウで右は『アルセウス』のピカチュウ。納品データは共通のものだが、人物や背景などはタイトルに合わせて制作されているため、その間のイメージの差を埋めるべく、色合わせや質感の調整などが行われる。

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ミツハニーのようなむしポケモンの羽根を不透明にしたり、ミカルゲのようなポケモンの場合は背面だけを不透明にしたりするといった、タイトルにあった調整が実施されている。
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火の粉や煙などを表現する際には、パーティクルで対応。

 各タイトルのコンセプトにあったグラフィックにするため、『アルセウス』では版画風のニュアンスを追加。また、空や水などをコンセプトに合わせた景観表現を行ったり、色調補正を行って淡い色調に加工したりしている。

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 セッションでは、『スカーレット・バイオレット』における後工程での調整についても紹介。たとえば、ピカチュウは“『ポケモン』史上最高のふさふさ感”を表現。新ポケモン・クワッサのジェル部位、ミライドンの発光粒子、新要素“テラスタル”の質感も演出。そのほか、空・海・街並みもリアル寄りの表現となっている。

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ポケモンたちの膨大なアニメーションは、“モーションコピーツール”で共通化。ときにはモーションキャプチャーも活用

 『ポケモン』作品において、各ポケモンの特徴にあった動きというのも重要だが、それをひとつずつアニメーションで制作するとなると、膨大な物量となってくる。一方で、体形の似たポケモンも複数存在している。

 であれば、「ベースとなる動きを共通化してから個性付けをしていけば開発の労力が減るのではないか?」という考えが生まれた。これをきっかけに、アニメーションの物量対策を実施することになる。

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 まずはポケモンを人型、犬猫型、ヘビ型、ドラゴン型などで体型を分類。そこからモーションを共通化するための“モーションコピーツール”が開発された。

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 “モーションコピーツール”では、基本的に骨と骨をマッピングして同じ部位に該当するものをコピー。大きさが違う場合にも補正をかけてコピーが可能。骨構造が異なる場合でも、手が2本、足が2本と構造が似ていれば、リターゲットによって対応できる。

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ドラゴン型の場合、歩きかたのほかに翼や尻尾の動きをコピーできる。
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ヘビ型の場合、うねうねとした動きがコピー可能だ。

 コピーのもととなるポケモンがいない場合には、ゲームフリーク内部のモーションキャプチャーを導入。撮影したデータをそのままポケモンに流しこむことでイメージをつかむことができ、大幅な工数削減ができるそうだ。

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 一方、課題として、リガ―(※)が不足していることが挙げられるという。これについては、“ポケリグ”を開発して構造の標準化を行うことで、アニメーション制作の効率化を図ることができたそうだ。

※CGキャラクターにアニメーションを付けるための“リグ(動かす仕組み)”を設定する人。

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 また、ランタイムでの動的制御を行う場合も。ポケモンの背骨をシミュレーションすることで、アーボのうねうねとした動きや、レントラーなどの四足歩行のポケモンの傾斜歩行を自然と行えるようにしている。

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 共通の環境・仕様を用意することで各タイトルに合わせて制作する必要がなくなり、納品までの制作時間の短縮に成功。そして、後工程によってタイトルごとによる異なるルックとゲーム性を高い品質で実現。アニメーション制作の効率化も図られたことで、『アルセウス』と『スカーレット・バイオレット』の2タイトル同時制作が可能となった。

 我々が大きな間を置かずに高品質なゲームを手にできるのは、こうした企業努力のおかげ。日々感謝しつつ楽しみたいところだ。