2022年8月23日から25日にかけての3日間にわたって開催された、日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC2022”。

 本記事では2日目に行われたピクセルリマスター版『ファイナルファンタジーVI』(以下、『FFVI』)に関するセッション“「いとしの あなたは とおいところへ・・・」 FINAL FANTASY VI ピクセルリマスター オペラ7か国語歌唱への挑戦”の模様をお届け。

 登壇したのはスクウェア・エニックスの、ピクセルリマスター版『FF』のサウンドディレクターを務めた宮永英典氏、ローカライズ部の春口友佑氏、英語翻訳を担当したゲアホールド ポーラ ケイ氏、韓国語翻訳を担当した金 在仁氏。そして今回のセッションのテーマとなっている、オペラシーンの編曲を担当した音楽家・椎葉大翼氏も登場した。

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なぜ生歌化、多言語化したのか?

 『FFVI』のオペラと言えば、作中でも印象の強いイベントのひとつ。マリア役に扮した仲間のひとりセリスが、オペラを歌唱する。歌詞の選択肢や行動による分岐があり、オペラを成功させるミニゲームにもなっている。スーパーファミコンの音源で、まるで本当に歌唱しているかのような雰囲気を当時味わえた。

 そしてピクセルリマスター版では、オペラシーンが生歌収録されている。しかも、歌唱は日本語バージョンだけでなく、英語、韓国語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語と、7バージョンも収録されているのだ。

 本セッションでは、どのように7ヵ国語ものオペラシーンを収録したのかという制作秘話が語られた。

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 まずオペラシーンをどのようにアレンジするのか考えたところ、やはりオペラらしくシンフォニーなフルオーケストラのイメージだったという。そしてできれば、生歌も入れ込みたいと考えたときに、ピクセルリマスター版『FF』の音楽監修をしている、オリジナル版を作曲した植松伸夫氏から「可能であれば、少しでも多くの国の方々に笑顔になってもらいたい」という、熱い想いを受け取ったという。

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 制作陣もなんとか多言語での収録がしたいという想いが固まる中、懸念点も生まれる。ピクセルリマスターされているとはいえ、ドット絵で描かれるシーンにリアルな歌声がマッチするのか、浮いてしまうのではないか、という懸念があった。

 そこでピクセルリマスター版『FF』のプロデューサー・秋山利夫氏が一大決心。なんとオペライベント専用の開発チームを立ち上げたのだ。キャラクターは2D、背景は3Dにすることで、生歌が浮いてしまわないようにしようと考えたというわけ。

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 背景の試作段階では、なんと『ドラゴンクエストビルダーズ』を用いて、ゲーム内でオペラ劇場を組み立てて、それを参考イメージにしていったのだとか。そこにキャラクターやテキストを合成して、完成系のイメージを固めていったそうだ。原作を担当した北瀬佳範氏もチェックをして、「これなら大丈夫だ」とGOサイン。いよいよ多言語オペラシーンの制作がスタートする。

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培われた歌詞の歴史

 すでに日本語からの翻訳作業がある程度進んでいたときに、いきなり飛び込んできた多言語生歌収録に、不安が大きかったと語る春口氏。しかし植松氏の熱い想いを受け取って、これはチャレンジすべきだろうと考えたそうだ。ただし、クオリティーの問題で、ローカライズされた全言語に対応するのは難しいと判断。

 ピクセルリマスター版は12言語対応だが、実際に生歌収録されたのは7ヵ国語のみ。英語はグローバルに使用されている言語なので当然対応しよう、オペラだからこそイタリア語は入れたい、などの話をしていたが、基準としてはゲームボーイアドバンス版『FFVI』ですでにローカライズされている言語と、例外として韓国語を加えた7言語にしたそうだ。

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完成版の映像も、対応原語すべてで公開された。
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 生歌を入れるその前に、まずは肝心のアレンジ(編曲)。椎葉氏は、スーパーファミコン版のたった4音の音色で奏でていた曲を、指揮者を含む49人編成に大拡大。

 この編成に、まずはそのままオリジナル版の音符を当てはめてみたそうだ。歌唱部分の音符はそのまま活かすことができ、より盛り上げたい間奏パートは、思いっきり楽器を増やすという編曲に。

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 続いては、歌詞の部分。もともと日本語で歌う前提で作られた曲なので、ほかの言語がその音の尺でちゃんと歌えるようにしなくてはならない。元となるゲームボーイアドバンス版のテキストが、本当に歌えるようになっているのかの確認から始まったという。また、英語に関してはこれまでの展開で、いくつかの歌詞のバージョンがあったそうだ。

 フランス語などのゲームボーイアドバンス版の翻訳を担当したスタッフに話を聞いたところ、当時からオペラをプレイヤーがちゃんと歌えるように歌詞の翻訳を心掛けていたのだとか。そして韓国語版は、金氏が新たに歌詞を書き起こした。

 翻訳は決まったが、ローカライズ担当は音楽担当ではないので、音楽への紐づけが難しい。そのため、独自のフォーマットを作って、音と言葉を結び付ける表のようなものを使用したそうだ。それを清書して楽譜にしたほか、単純な歌詞カードも用意して、歌手への配慮にも気を配ったという。

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 英語版は、スーパーファミコンでも発売された(※)。1994年当時、翻訳された英語の歌詞は、雰囲気自体はゲームに沿ったものだったが、歌える前提では作られていなかったようだ。その後、2006年のゲームボーイアドバンス版は歌えるように調整されていった、という歴史があるのだとか。

※正確に言うと、スーパー・ニンテンドー・エンターテインメント・システム(SNES)にて発売。

 また、オーケストラコンサート“Distant Worlds”ではまた別の歌詞で歌われていたこともある。

 基本的には、ゲームボーイアドバンス版の翻訳が素晴らしいと判断し、微調整はありながらも英語版もゲームボーイアドバンス版の歌詞が採用されている。ちなみに英語の歌は基本的に韻を踏んでいるのが自然とのこと。それも当時から取り組まれていたことに、制作陣も驚いたようだ。

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 韓国語は同じくアジア圏であるからか、日本語に近い要素があるという。内容はだいたい日本語と同じにしながらも、言葉のリズムも日本語と同じようにしようと心掛けたそうだ。また、キャラクター性も意識したという。日本語で言うところ、マリアは「です、ます」口調、敵方とも言えるラルスは「~だ」と高圧的な言葉に、恋人役ドラクゥは古風な口調になっているとのこと。

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植松氏からの感謝のコメント

 そしていよいよ歌唱収録。歌手を誰に選定するのか考えたところ、まずはセリスらしさを意識したという。ドラクゥ、ラルスは作中でもプロのオペラ歌手ゆえにとくに悩まずプロオペラ歌手を採用したのだが、セリスは軍の将軍として生きてきた素人だ。マリア役を歌うにしても、あまりにも上手すぎるプロオペラ歌手ではゲーム的におかしいのではと考えたそうだ。

 そのため、まずは一般的な歌手から探すことにした。しかし音域の問題で「やはりプロオペラ歌手でないと難しい」と判断し、最終的にはオペラ歌手にお願いする結果に。ただし、マリア役の歌手たちには「オペラ的に歌わないでください」と全員にお願いしたという。

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ちなみにあえてオペラっぽく歌唱したバージョンも特別公開されたが、こちらはCEDEC受講者限定。皆さんにもお届けできないのが残念だ。

 収録自体は国内スタジオのほか、海外スタジオでリモートディレクションも行った。翻訳者だけでは音楽的な言語知識での意思疎通が難しいので、音楽知識のある通訳も立ててコミュニケーションを取っていったそうだ。収録しながら関わったスタッフたち全員から、新たなアイデアが飛び交うことも。それにより歌もよりブラッシュアップされたという。

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 そして多言語オペラがいよいよ完成。専用チームが作られたことや、ほかの言語での歌詞に関すること、当時の翻訳家たちがすでに歌詞を意識していたことなど『FF』の歴史を感じられるセッションとなっていた。

 なお、完成版を植松氏に聴いてもらったところ、熱いメッセージの返答をいただけたそうだ。公開された植松氏のコメントを最後に、本リポートも終了とさせていただこう。

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