ファミ通.comの編集者&ライターが夏休みのおすすめゲームをひたすら紹介する連載企画。今回取り扱う作品は、『Road 96』です。

【こういう人におすすめ】

  • ロードムービーが好きな人
  • ゲームを通じて政治的な問題に触れたい人
  • 旅情に浸りたい人

ヨージロのおすすめゲーム

『Road 96』

  • プラットフォーム:Nintendo Switch、プレイステーション5、プレイステーション4、Xbox Series X|S、Xbox One、PC(Windows PC、Steam、Epic Games Store)
  • 発売日:Nintendo Switch、PCは2021年8月16日配信、プレイステーション5、プレイステーション4、Xbox Series X|S、Xbox Oneは2022年6月16日配信
  • 発売元:PLAION(プレイステーション4パッケージ版はPLAIONから発売)
  • 開発元:DigixArt
  • 価格:パッケージ版は3828円[税込]、ダウンロード版はNintendo Switch、PCは2196円[税込]、プレイステーション5、プレイステーション4、Xbox Series X|S、Xbox Oneは2480円[税込]
  • 備考:Nintendo Switch、プレイステーション5、Xbox Series X|S、Xbox One、PCはダウンロード専売
『Road 96』(PS4)の購入はこちら (Amazon.co.jp)

 夏、旅の季節である。くるりは旅をテーマにした『ハイウェイ』という曲の中で「僕が旅に出る理由はだいたい100個くらいあって」と歌っていたが、『Road 96』で描かれる旅の理由はただひとつ――独裁国家からの脱出だ。

 『Road 96』の舞台となるペトリアは強権的な大統領タイラックによる独裁国家。メディアは政府のプロパガンダを垂れ流し、真実を求めるものは反政府分子として警察に取り締まられるような事態がまかり通っている。そんな状況に抵抗するように“黒い旅団”と呼ばれるテロリストたちが暗躍。しかし、国家に対する破壊活動はときに一般市民も巻き込むことがあり、国全体が不穏な空気に覆われている。

『Road 96』レビュー。独裁国家から脱出する旅路はひとつとして同じものはなく、2度と体験できない一回性の儚い旅になる【おすすめゲームレビュー】

 唯一の明るい兆しは、3ヵ月後に控える大統領選挙でタイラックの対抗馬として立候補しているフローレス議員の存在だ。民主的な政策を掲げる彼女に期待する国民は多い。だが、言論弾圧や偏向報道の影響もあって、現時点での支持率は大差でタイラックに負けてしまっている。

 いままでも、これからも希望を持てそうにない国――それがペトリアだ。だから若者たちは脱出を試みる。三方を海に囲まれた同国唯一の国境線へ続く96号線を目指して、徒歩やバス、ヒッチハイク、ときには盗難車を使って進む。

 プレイヤーが操作するのは、そんな若者たちのひとりである。

国外脱出は物語の始まりにすぎない

『Road 96』レビュー。独裁国家から脱出する旅路はひとつとして同じものはなく、2度と体験できない一回性の儚い旅になる【おすすめゲームレビュー】

 “独裁国家からの脱出”なんて書くと、SF小説に出てくるようなディストピアを想像する人もいるかもしれないが、『Road 96』は時代こそひと昔前の設定だが、基本的には我々が住む現実世界と地続きだ。

 国境までの道にはダイナーもバーもモーテルもあり、その風景はアメリカのロードサイドそのもの。旅の途中で訪れるそれらの場所にはさまざまな人や厄介ごと――覆面をしたふたり組の強盗の共犯になったり、人気キャスターといっしょにテロリストの密会現場をスクープしたり、バーテンになって不慣れなカクテルづくりに挑んだり――が待っており、そこで下す決断に応じて、物語の展開も変化していく。

『Road 96』レビュー。独裁国家から脱出する旅路はひとつとして同じものはなく、2度と体験できない一回性の儚い旅になる【おすすめゲームレビュー】

 場面によってはちょっとしたミニゲームや謎解きが発生することもあるが、どれもそれほど難しいものではない。基本的にはエリア内で起きる必要なイベントを見たら、つぎのエリアへ移動する手段を選択して進むことをくり返す、シンプルなゲームシステムとなっている。無数のシチュエーションが用意されたウォーキングシミュレーターと言えばわかりやすいかもしれない。

 肝心の国外脱出に関しても成功条件はそれほどシビアではなく、国境へ到達するまでに体力とお金をちゃんと準備しておけばあっさり成功するし、じつは逃亡に失敗してもそれほど問題なかったりする。

 と言うのも、国外脱出は本作の最終目標ではないからだ。

逃亡する若者の視点を通じて描かれるペトリアの未来

『Road 96』レビュー。独裁国家から脱出する旅路はひとつとして同じものはなく、2度と体験できない一回性の儚い旅になる【おすすめゲームレビュー】

 『Road 96』でプレイヤーが操作するのは国外脱出を試みる若者である。しかし、脱出に成功しても、失敗しても物語は終わらない。ペトリアの若者たちが旅に出る理由はたったひとつだが、旅に出る若者は何人もいるのだ。つまり、プレイヤーは操作する若者を変えながら、ペトリアからの脱出をくり返し試みることとなる。

 じゃあ、この作品の主役が誰なのかと言えば、それは国境までの道中でプレイヤーが出会う、ペトリアという国に翻弄される人々であり、引いてはペトリアという国の未来だ。

 このような構造にある本作において、プレイヤーが操作する若者たちは、たとえるならペトリアを舞台にしたドキュメンタリーを撮影する監督兼カメラマンのようなもの。無数の選択肢は監督によるディレクションとも言えるし、実際のところ『Road 96』はストーリーテリングの面において、先が読めないドキュメンタリー性も特徴的な作品となっているのだ。

あなたが体験する旅路は開発者すら見たことがない、あなただけのものだ

『Road 96』レビュー。独裁国家から脱出する旅路はひとつとして同じものはなく、2度と体験できない一回性の儚い旅になる【おすすめゲームレビュー】

 さきほど本作の物語について“その場で下す選択に応じて、物語の展開も変化していく”と書いたが、一般的なゲームにおける物語分岐とはちょっと違う。ふつう物語の分岐というのは、電車の路線図のようにあらかじめカッチリと決まっているものだが、本作はプロシージャルという自動生成技術でプレイ内容に合わせてイベントとイベントをランダムにつなぎ合わせていく。

 たとえば僕が体験したとある旅は、ただならぬ雰囲気の男性といっしょにテロリストたちが使う無線アンテナをバットでぶっ壊し、泥酔したクマのような体躯のトラック運転手とサッカーのPK対決を行い、ヒッチハイクで拾ってくれた人気ニュースキャスターとリムジンの中でいっしょにトリップして空中散歩を楽しみ、訪れたモーテルでは警察に協力してテロリストを探して、最後は危険な山道を通って隣国にたどり着いた。

 それぞれのイベント内容は固有で用意されたものだが、バットを振り回し、PKを楽しみ、トリップして警察に協力するという旅路は、たぶん開発者すら見たことがない僕だけのものであり、同時に2度と体験できない一回性のものなのだ。

『Road 96』に感じる“旅情”

『Road 96』レビュー。独裁国家から脱出する旅路はひとつとして同じものはなく、2度と体験できない一回性の儚い旅になる【おすすめゲームレビュー】

 『Road 96』は政治的でシリアスなゲームだ。一方で、自動生成される“一回性の旅”という儚さも有した、ロマンチックな作品でもある。そこに僕は現代において失われつつある“旅情”を感じるのだ。

 旅情とはざっくり言えば旅先で抱くなんとも言えない侘しさや、しみじみとした感情のこと。杉作J太郎氏のエッセイ集『男の花道』に収録された“Y2J”には、この旅情について印象的な話が書かれている。

 科学技術の進歩で世の中がどんどん便利になっていく驚きを、下ネタも交えながら語る杉作氏。しかし終盤で急に話のトーンが変わり「どうでもいいことかもしれないが、旅のロマン。旅情の類は確実に失われていくであろう。いつの時代も、科学の発達と引き換えにまず失われるものは、そうした腹の足しにならない情緒系統である」と複雑な心内を明かし、船の甲板から見る夜明け前の瀬戸内海の美しさと物悲しさを叙情的に描写するのだ。

 僕はこの話が本当に大好きで、たびたび読み返しては「ああ、自分も旅情に浸りたいものだ」と思うのだが、杉作氏の文章が書かれたのが20年以上前という事実を前にして、諦めに近い心境になるのである。

 現代はスマートフォンでいつでもどこでも情報が得られる時代。先が読めない旅なんてのは存在せず、目的地の混雑状況すら現地へ行かずとも確認できてしまう。ハッとするような景色に出会い、そこで抱いた感情を噛みしめるように胸の奥へとしまい込む……ようなことをする人は稀だ。しみじみとする前にSNSで景色を共有するほうが一般的だろうし、たぶん僕も一生懸命スマホで写真を撮る。

『Road 96』レビュー。独裁国家から脱出する旅路はひとつとして同じものはなく、2度と体験できない一回性の儚い旅になる【おすすめゲームレビュー】

 もちろんそうしないという選択肢はつねにあるが、一度知ってしまった快適さや楽しさを手放すのは難しい。杉作氏が危惧したとおり、科学の発達と引き換えに我々は旅情を失ったのだ。

 だが、皮肉にもプロシージャルという科学の発達の賜物であるシステムによって描かれた『Road 96』の予測不可能性に満ちた旅路は、“旅情”をゲームの中に鮮やかに復活させた。

 もちろん、“予測不可能性に満ちた旅路”の一点において、本作がすぐれた旅情を実現しているわけではない。陰影が濃く輪郭がハッキリとしているが温かみのあるグラフィックは、どこを切り取っても一枚の絵葉書のように美しく、本作の主題歌とも言える『The Road』は聴くだけで旅に出たくなる高揚感に満ちているし、『Far From Home』の弾き語りは旅先で抱く不安や寂しさを優しく包み込んでくれる。システム、グラフィック、サウンドのいずれもが、プレイヤーの旅情に訴えてくる……『Road 96』はそんなゲームだ。

 最後に、僕がとくにグッときたシーンを紹介しよう。前述のとおり、本作はプレイ内容に応じてランダムでイベントが発生するのだが、(たぶん)完全にランダムというわけではなく、ゲームの進行状況に合わせて発生するイベントは絞られる。加えて、一度のゲームプレイ内で同じイベントは発生しない。するとどういうことが起きるのかというと、物語の終盤でたまに“なにもイベントが存在しないエリア”に遭遇するのだ。

『Road 96』レビュー。独裁国家から脱出する旅路はひとつとして同じものはなく、2度と体験できない一回性の儚い旅になる【おすすめゲームレビュー】

 ただ通り過ぎるしかない、言ってしまえばハズレのエリアなわけだが、どういうことか僕はこのハズレのエリアで見た風景がゲーム全体をとおしていちばん印象に残っている。

 お店はひとつなく、クルマも通らないだだっ広い道を『Far From Home』を聴きながら歩いていると、山間に沈む夕日をバックにした石油採掘機のシルエットが見えてくる、ただそれだけのエリアだ。ただそれだけなのだが、僕には「これこそが旅だ!」と思えてしかたなかったし、「ああ、この旅もついに終わるのか」とセンチメンタルな気分にもなったのだ。

 夏、旅の季節である。旅のロマンをゲームに求めてみるのも悪くない選択だと僕は思う。

『Road 96』ニンテンドーeショップサイト 『Road 96』PS Storeサイト 『Road 96』Microsoft Storeサイト 『Road 96』Steamサイト 『Road 96』Epic Games Storeサイト
ファミ通.com編集者&ライターによるおすすめゲームレビューまとめはこちら