レビューを書くためのゲームプレイにおいては、実証と検証が欠かせない。マニュアルに書かれていることは実際にプレイして確認しなければいけないし、プレイ中に浮かんだ「これをやったらどうなるんだろう?」という疑問の解消はレビューの質を左右する重要なポイントと言える。

 言い換えれば、プレイ中の疑問を放置して記事を書くなんてのはライターの怠慢でしかなく、決して許されないことなのだ。だから先に謝っておく。

 大変申し訳ない。僕はひとつの疑問を解消しないまま、THQ Nordicから2022年7月19日に発売されるNintendo Switch、プレイステーション4、Xbox One、PC向けゲーム『エンドリング - エクスティンクション イズ フォーエバー』(以下、『エンドリング』)のレビューを書いている。

 ライターとして許されないこととわかってはいるのだが、どうしても検証できなかった。かわいい子ギツネたちを見殺しにするなんて……そんな残酷なこと、僕にはできなかった。

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『エンドリング』はキツネが原作のすぐれたキャラゲーである

『エンドリング』レビュー。完全に惚れた、“地球最後のキツネの親子”はあまりに尊い

 『エンドリング』は、自然破壊と環境汚染によって荒廃した世界を舞台にしたアクションアドベンチャーゲーム。作品の魅力について語るべきポイントはいくつもあるが、なによりも優先して読者に伝えるべきは、とてつもなくキュートな主人公たちの存在だろう。

 プレイヤーが操作するのは、地球上で最後の生き残りとなったキツネの親子(母狐+小ギツネ4匹)。母キツネは親子で生き残るために必死だが、子どもたちはそんな苦労など露知らず。無邪気に母の後ろをついてきて、ようやく見つけた貴重な餌を遠慮なくむさぼり食う。

 そんな親子の光景はあまりに尊くて、思わず「これはキツネが原作のすぐれたキャラゲーである」なんて冗談めいたことを言いたくなるほどだが、あながちこれは冗談ではなかったりする。

 『エンドリング』をゲームとしておもしろくしている要素は、キツネをちゃんとキツネとして描いている点にあるからだ。

生き残るために狩り、子どもたちに餌を与える

 野生動物ってのは生き残るために生きている。生きるために絶対必要なのは餌の確保であり、加えて種の存続のためには繁殖と子育ても欠かせない。それらを行うために、動物には相応の能力が備わっているものだ。キツネに関して言えばすぐれた嗅覚と、しなやかな体の動きによる狩猟スキルがソレに当たるのだろう。

 何が言いたいのかというと『エンドリング』のゲームプレイは、上に書いた内容そのまんまということだ。つまり、親子で生き残るーーそれだけである。

 世界は自然破壊と環境汚染によって荒廃してしまっているが、小動物はまだ多く生息しているので、それらを餌にすればいい。前述のとおり、幸いキツネには狩りに必要な能力が与えられている。

 フィールド上にある餌(獲物)は匂いを発しており、一定距離まで近づくとキツネの嗅覚で感知できる。この状態で嗅ぐアクションを行うと画面上に緑色のラインで匂いが表示されるので、それを辿ればやがて獲物にたどり着くというわけだ。

 匂い(ライン)は時間経過とともに薄くなっていくが、そのときは再び嗅ぐアクションをすれば色は濃くなる。何度も何度も嗅ぎながら、じっくりと獲物を追い詰めていこう。

『エンドリング』レビュー。完全に惚れた、“地球最後のキツネの親子”はあまりに尊い

 獲物が視界に入ったらいよいよ狩りの時間だ。気づかれないように忍び足で近寄って、仕留められる距離になったらとどめのアレである。キツネの狩り映像や写真でおなじみ、跳躍からのダイブハンティングである。

 狩りに関する一連のアクションは、狙う獲物の種類によって若干行動を変える必要はあるが(聴覚が鋭いウサギは忍び足で近づいても気づかれてしまうので、茂みに身を隠して待ち伏せるとか)、匂い感知→嗅ぐ→ハンティングという基本構成は同じ。そのため、何度もくり返すと作業的に感じてしまうきらいがある。

 しかし、小ギツネたちが餌をむさぼり食う瞬間はなんど体験してもいいものだし、なにより安堵感をプレイヤーに与えてくれるかけがえのないものだ。

『エンドリング』レビュー。完全に惚れた、“地球最後のキツネの親子”はあまりに尊い

 と言うのも、育ち盛りの小ギツネたちはいつだって食事を求めており、放置すればすぐに死ぬ。

 ゲームのルール説明に言い換えれば、画面左下に表示されている子どもの体力ゲージはけっこうなスピードで減少していき、ゲージがゼロになると、小ギツネ1匹が空腹で動きが鈍くなり、その状態が続くとキャラをロストする。

 そうならないためには、作業的だろうがなんだろうがつねに獲物を追い続けなければいけないし、ときには木の上にある鳥の卵を盗んだり、人間が廃棄した生ゴミを口にしたりする必要があるのだ。

 狩りのアクションはくり返すうちに慣れてしまうかもしれない。だが、この“空腹との戦い”という危機は終始絶妙な緊張感をプレイヤーに与えてくれるはず。生き残るっていうのはラクではないし、泥臭いことなのだ。

生き残るうえでなにより厄介な“人間”という存在

『エンドリング』レビュー。完全に惚れた、“地球最後のキツネの親子”はあまりに尊い

 餌の確保だけでも命がけな『エンドリング』だが、そのほかにもさまざまな死の危険と隣り合わせである。

 まず、荒廃した世界で“生き残るために生きている”のはキツネだけではない。木の上からはフクロウが小ギツネを狙っていて、アナグマは縄張りを守るために親子を激しく威嚇し、道をとおせんぼしてくる。

 だが、なにより厄介な存在は人間だ。

 彼らはキツネの親子を食料にするため、あるいは毛皮目当てでフィールド内をうろつきまわっていて、罠を仕掛けてきたり、ときには正確無比な射撃をしてきたりもする。

 もし捕らえられるか、射撃や罠で母ギツネが死ぬとゲームオーバーとなってしまう。か弱い小ギツネたちは母なしでは生きられないからだ。

 捕えられそうになった瞬間に振りほどく程度の抵抗こそできるものの、それ以外で人間に立ち向かう術はない。出会ったらすぐに逃げるのが、生き延びるための掟だ。

小ギツネたちを愛でるよろこびと、まだ見ぬ土地へ向かう楽しさ

『エンドリング』レビュー。完全に惚れた、“地球最後のキツネの親子”はあまりに尊い

 どうにも殺伐とした話が続いてしまったが、『エンドリング』にはよろこびや楽しみに満ちた瞬間も多くある。

 まずは、再度の言及で恐縮だが、小ギツネの存在はいつだってよろこびだ。

 ゲームの最序盤では巣穴で母が食事を持ってくるのを待つだけのか弱さだが、やがて後ろをトテトテとついてくるようになり、行動をともにするうちに餌探しをサポートするほどにまで成長してくれる。

 たとえば、母ギツネでは入り込めないような隙間の先に餌が落ちているときは、小ギツネの出番だ。スルリと隙間へ入り込み、餌を咥えて戻ってくる子どもの姿を見るたび、あなたは少し誇らしい気持ちになることだろう。

 フィールドをかけまわり、新たな景色に出会うのも『エンドリング』の楽しみのひとつだ。

『エンドリング』レビュー。完全に惚れた、“地球最後のキツネの親子”はあまりに尊い

 本作のフィールド移動は基本的に左右への横スクロールだが、要所要所に画面奥や手前に分岐・方向転換できる場所があるため、キャラ操作は平面的だが実際には立体的なオープンワールド構造となっている。

 ただし、最初からすべてのエリアが解放されているわけではない。ゲームの進行に合わせて障害物が取り除かれたり、地形に対してなにかしらのアクションを行うことで行ける範囲が広がっていく仕組みだ。

 ゲーム開始時点ではフィールドは雪に覆われているが、それが溶けると緑が顔を見せてくる。荒廃した世界で目にする命の芽吹きはなんとも感動的だし、なにより雪によって閉ざされていた道が拓けるのがうれしいところだ。

『エンドリング』レビュー。完全に惚れた、“地球最後のキツネの親子”はあまりに尊い

 行動範囲が広がると、人間社会を目にする機会も増えてくるだろう。『エンドリング』の世界はポストアポカリプスってわけではないものの、全体的に終末観が漂っていて殺伐としている。

 防護服に身を包んだ人が監視の目を光らせ、ある場所では白衣を着た人々が必死になにかを調査していて、周囲を監視ドローンが飛び回る雰囲気は、インディーゲームの名作『INSIDE』を彷彿とさせる不穏さ。その手の世界観が好きな人にはたまらないだろう。

セリフやテキストの説明を避けた印象的なストーリーテリング

『エンドリング』レビュー。完全に惚れた、“地球最後のキツネの親子”はあまりに尊い

 先に書いたとおり、『エンドリング』のゲームプレイでやることは“親子で生き残る”ことだけである。そのためにプレイヤーは危険を回避しながら餌を探し続けるわけだが、じつはそれだけでは親子で生き残ることはできない。

 ゲーム開始早々、小ギツネの1匹がスカベンジャーによって捕らえられてしまうからだ。つまり、餌だけでなく小ギツネの行方も追い続けなければ親子で生き残れないのである。

 小ギツネ探索でも頼りになるのは嗅覚だ。フィールド上にはスカベンジャーの痕跡がいくつも残されている。痕跡は餌と同様に匂いを発しているので、狩りをするときと同様にその匂いを追えばいいのだ。

 痕跡に辿り着くと、その場所で起こった過去のできごとが1枚の絵のように浮かび上がる。それは小ギツネがいる場所のヒントであると同時に、本作のストーリーテリングでもあるのだ。

 そこで展開する物語は、キツネの親子からすれば迷惑で身勝手な人間の話でしかないのだが、プレイヤーである我々の視点からだとキツネの親子と迷惑な人間、その両者に共通する思いを見いだせるものだったりする。

 また、本作のストーリー展開で個人的にいいなと感じたのは、キツネの親子に変な使命感を持たせなかったところ。

 母ギツネの目的はあくまで小ギツネを探すことであり、そこは最初から最後までまったくブレない。が、その行動が結果的に人間側の感情にも影響を与えるというところがなんともグッとくるのだ。

 セリフやテキストでの説明を避けて1枚の絵だけでストーリーを伝える演出の妙も相まって、心に残る印象深い物語となっている。

改めて検証不足をお詫びします

『エンドリング』レビュー。完全に惚れた、“地球最後のキツネの親子”はあまりに尊い

 最後に少し脱線するが、最近読んで印象的だった『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(稲田豊史、光文社新書)という本の話をさせてほしい。

 書籍のタイトルにもあるとおり、近年映画やドラマ、アニメ作品などを早送りで観る人が増えているそうだ。早送りする人たちにとって、ほとんどの映画は鑑賞ではなく情報収集のために触れるものだという。情報であればなるべく効率的に消費をしたい=早送り視聴すればいい、という考えなわけだ。

 そのことの是非について、僕はとくに何か意見を言うつもりはない。ただ、今回紹介した『エンドリンク』が(ゲームと映像メディアという違いはあるものの)、“効率的な消費”からはだいぶ遠い位置にある作品であることは間違いない。

 誤解を恐れずに言えば、『エンドリング』は“効率的な消費”が必要なほどリッチな作品ではないのだ。フィールドはオープンワールドだが、各所で発生するイベントの数は限られていて、広さに対して起きることの空白が多い。もし、早送りするような感覚で遊べば、「あっさり終わったな」という感想を抱くだろう。しかし、そのことをもって薄いとか浅いゲームと判断するのは早計だ。

 イベントは発生しないかもしれないが、すでに書いたとおりフィールドには人間社会の状況をうかがい知れる情報がふんだんに盛り込まれている。

『エンドリング』レビュー。完全に惚れた、“地球最後のキツネの親子”はあまりに尊い

 生きるための餌探しも大事だが、ときには少し休んで壁にスプレーで書かれたラクガキをじっくり眺めてみるのもいいだろう。「なにより厄介な存在は人間だ」と書いたが、すべての人間が厄介ってわけでもない。彼らがこの荒廃した世界でどんな暮らしをしているかを見学するのも一興だ。

 有り体に言えば“考察のしがいがある”ってやつなのだろう。「なにも起きないから」と駆け抜けてしまうのはあまりにももったいないと僕は思う。

 そしてしつこいようだが、なんといってもキツネの親子たちという存在はあまりに大きくて、これは本当にいくらでも見ていられるくらいに愛おしい。

『エンドリング』レビュー。完全に惚れた、“地球最後のキツネの親子”はあまりに尊い

 リアルなルックスではないが、かといってデフォルメされすぎているわけでもない、絶妙なさじ加減の愛らしさでプレイヤーのハートを鷲掴みにするのだ。

 それだけに、餌を確保できず小ギツネを死なせてしまったときのツラさときたら……しかも最悪なことに、小ギツネが1匹死んでもゲームは続く。なんと、道に死骸を残したまま!

 おそらく、3匹全員死ぬとさすがにゲームオーバーになるのだろう。でも、確認はしていない。そんなのツラすぎるから。1匹か2匹死んだ状態でストーリーを進めたら、もしかしたら物語になにかしらの変化があるかもしれない。でも、確認はしてない。そんなのツラすぎるから。
 
 改めて、レビューを執筆するうえでの検証に不足があったことをお詫びしておく。でも、一度でも『エンドリング』を遊べば、あなたもきっと同じ気持ちになってくれるはずだ。

※画面写真はすべてNintendo Switch版のものです。

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