2022年6月17日にダウンロード版がNintendo Switch向けにリリースされた、ホラーRPG『OMORI』のレビューをお届けする(※)。

 なお本レビューでは、ゲームのストーリーについて具体的なネタバレはしていないが、ライターの考察が含まれるため、物語のおおまかな展開については触れている。また、レビューに当たっては2021年12月に配信されたSteam版でプレイした。そのため、Nintendo Switch版とは若干仕様が異なる可能性があることをご理解いただきたい。

※Xbox版も同日配信。現時点では英語対応のみで、後日アップデートで日本語に対応するとのこと。

『OMORI』ニンテンドーeショップサイト 『OMORI』Microsoft Storeサイト

人生は逃げたってなんとかなる、でも、逃げ切れないこともある

もしなんかの問題にぶつかったら、とにかくまずそれから逃げてみること、特にそれが重大な問題であると思われれば思われるほど秘術をつくして逃げまくってみること、そしてもし逃げきれればそれは結局どうでもよかった問題なのであり(中略)だから逃げて逃げて逃げまくれ
(庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』(中公文庫,1973)118-119頁)

 これは、作家の庄司薫が1969年に発表し、同年の第61回芥川賞を受賞した『赤頭巾ちゃん気をつけて』の中の一節である。なんとも勇気づけられるというか、読むだけで気持ちがスッとラクになるような文章だ。

 人間生きていれば、逃げ出したくなったり、目をそらしたくなったりすることは少なくない。個人的な話をすれば、いまこの原稿を書いている作業デスクが手のつけようがないほどに散らかりまくっている事実からはもう数年間逃げ続けているし、サラリーマンとして働く中で同期がつぎつぎと役職に就いている現実からも目をそらし、出世という過酷なレースから逃げ続けている。それ以外にもいろいろなことから逃げ続けた人生だと思う。

 でも、とりあえず死んではいない。生活もまあまあやれている。庄司薫が言ったように、逃げ続けたって意外となんとかなることは多いのだ。

 ただし、この「なんとかなる」ってのには“自分のなかでは”というエクスキューズが付くことを忘れてはいけない。逃げた結果は“解決”じゃなくて“忘却”であることがほとんどで、問題自体は残り続ける。だから、逃げることには終わりがなく、タフな人生の選択とも言えるのだ。

 実際、さきほどの心地よい一節にも、つぎのような続きがある。

「どうしても逃げきれない問題があったらそれこそ諸兄の問題で……。そうだ、でもそうしたらどうするのだろう?」

 『OMORI』が描くのは、まさにこの「どうしても逃げ切れない問題」であり、「でもそうしたらどうするのだろう?」と悩み苦しみ、あがく少年たちの姿だ。

ポップでカラフルな独創性に彩られたRPG

『OMORI』レビュー。このゲームは本当に怖い、でもすべてが愛おしくて、魔法のような作品だ

 アメリカのインディーゲームメーカーOMOCATが手掛けた『OMORI』は、『MOTHER』シリーズを始め、さまざまな日本のゲームから影響を受けて生まれた。そのため、海外産インディーゲームとは思えないほどに、日本のユーザーになじみやすいルックスの作品となっている。

 開発には『RPGツクール』を利用し、ゲームのつくりはターンベースのベーシックなRPG。突然姿を消してしまった友だちの“バジル”を探すため、主人公のオモリはオーブリー、ケル、ヒロたちとともに“ヘッドスペース”と呼ばれる世界を旅していく……というストーリーも、(表面的には)ベーシックな冒険物語だ。

 一方、冒険の舞台となるヘッドスペースをはじめ、キャラクター、セリフ、サウンドといったゲーム全体のデザインはポップでカラフルな独創性に彩られている。

『OMORI』レビュー。このゲームは本当に怖い、でもすべてが愛おしくて、魔法のような作品だ

 とくにノートに描いたラクガキがそのまま動き出したような戦闘シーンは見ているだけで楽しく、やる気ゲージを消費して発動する"畳みかけ"の仲間との一体感も心地よい。“にこにこ”、“いらいら”、“しょんぼり”といった感情によって有利不利が生じる3すくみのシステムは、作品の雰囲気ともよくマッチした秀逸なアイデアだ。

 そのほかにもキャラごとに異なるフィールドアクションや、豊富なサブクエスト、ゲーム内の携帯トイ“ペットロック”を使ったミニゲームなど、遊び心に満ちた要素が盛りだくさん。インディーゲーム離れしたボリューム感となっている。

すぐれたRPGとは言い難い……だが、物語はそれを補って余りあるすばらしさ

『OMORI』レビュー。このゲームは本当に怖い、でもすべてが愛おしくて、魔法のような作品だ

 ただし、ここまで挙げた要素がすべて楽しいものかと言ったら、個人的にはその多くが「べつになくてもいい」という評価になってしまうのが正直なところだ。とくに戦闘シーンのテンポの悪さが目立つ。

 前述したとおり、ラクガキが動き出したような演出は確かに楽しい。でも、毎回それを見せられるのは冗長でしかない。戦闘と探索をくりかえして進行するターンベースのRPGにおいては、見た目の楽しさも大事だが、快適さはもっと大事なはずだ。

 各種寄り道要素も、それに取り組む必然性が薄いこともあって、のめり込むことはできなかった。正直『OMORI』はゲームのテンポ、システムの完成度といった面においては、すぐれたRPGとは言い難い。

 しかし、それを補って余りあるほどに物語が魅力的だ。

 約40時間のプレイを経て、すべてのエンディングを確認したいま、オーブリー、ケル、ヒロは僕にとっても忘れがたい友人になった。現実の友人に対しても、彼らのように振る舞える人間でありたいと思うほどだ。

 そして、オモリとバジル。フィクションのキャラクターに対してこんなことを言うのは我ながらバカげたことだとはわかっているが……僕はふたりの未来を心底案じている。『OMORI』のすばらしい物語はじつに感動的で、誠実で、残酷だから。

なにかを必死に隠している『OMORI』のやさしい世界

『OMORI』レビュー。このゲームは本当に怖い、でもすべてが愛おしくて、魔法のような作品だ

 『OMORI』の物語とはどんなものなのか?まず、ゲーム開始直後の展開(開始から15分くらい)をざっと紹介しよう。

 オモリがヘッドスペースで最初に訪れるのは、散らかった子ども部屋のような空間。そこにはカードゲームで遊ぶオーブリー、ケル、ヒロの姿があり、オモリを見つけた3人は大騒ぎで彼を歓迎する。

『OMORI』レビュー。このゲームは本当に怖い、でもすべてが愛おしくて、魔法のような作品だ

 部屋を出て広場に行くとオモリの姉“マリ”がピクニックの準備中だ。そこにはもうひとりのお友だちバジルもいて、みんなでだらだらとおしゃべりしたり、バジルが撮影した写真アルバムを広げたりもする。

 広場には少し意地悪な子がいたり、ボス(という名前のボス)がバジルをさらおうとして戦いも発生したりするが、じつはみんなそんなに悪いやつじゃないことがすぐ判明する。そのあと、オモリ、バジル、オーブリー、ヒロ、ケルの5人はバジルの家で新しい植物を見るために遊びへ向かう。

 ……自分で書いていて頭がクラクラするほどのほんわかムードだが、じつは『OMORI』の物語の大部分はこの調子だ。たとえば失恋した宇宙海賊とのてんやわんや、高飛車なお姫様のお城で巻き起こす大騒動などなど、ほんわかというよりは“幼稚”といったほうがふさわしい展開ばかり。エピソードどうしのつながりも脈絡がなく、序盤は楽しさよりも混乱を覚えつつゲームを進行することになるだろう。

『OMORI』レビュー。このゲームは本当に怖い、でもすべてが愛おしくて、魔法のような作品だ

 しかし、脈絡がないように見えた物語はあるひとつの展開を挟むことによって、あぶり出しのようにじわじわとつながりを見せ始める。画面上で進行する物語は相変わらずほんわかしていて幼稚だったとしても、プレイヤーに見えている景色はゲーム開始直後とは全然違うものになってくるのだ。

 序盤で抱いた混乱はやがて強い好奇心に変わり、最後はオモリたちの行く末を見届ける使命感に変わるだろう。『OMORI』の物語は、そんな感情の動きをプレイヤーに与えてくれるすばらしいものだ。
 
 ただし、真実への道は不穏さで舗装されている。

『OMORI』レビュー。このゲームは本当に怖い、でもすべてが愛おしくて、魔法のような作品だ

 バジルのアルバムからすべり落ちた不気味な写真、フィールド上に説明もなく浮いている鏡、真っ赤な光が漏れる窓、オモリたちの行く先々に姿を見せるひとつ目の真っ黒なおばけのような存在。さきほどの序盤の展開説明では言及しなかったのだが、ゲームを開始して最初にオモリがいる“ホワイトスペース”もかなり不穏だ。その名のとおり真っ白な空間にはPCとネコとノートとティッシュ箱がぽつんと置かれていて、ノートを開くとそこにはアブナイ感じの絵が……。

 まるでノイズのように現れるこれらの不穏は、この幼稚でやさしい世界がじつはナニかを必死に隠そうとしている、あるいは目をそむけるために存在していることをプレイヤーに強く印象づける。

『OMORI』が描く怖さの根源は誰もが抱えている、だから他人事に思えない

『OMORI』レビュー。このゲームは本当に怖い、でもすべてが愛おしくて、魔法のような作品だ

 『OMORI』は本当に怖いゲームだ。

 前述した不穏な演出の中には「ぎゃっ!」とビックリさせられるものも少なくないが、もちろんそれが本作の怖さの本質ってわけではない。記事の冒頭でも書いたとおり、『OMORI』が描くのは、自身が抱えてしまった深刻な問題から逃げ出さず、向き合うことの怖さだ。

 この怖さのタチが悪いのは、抱えた問題の大小はあれど誰もが一度は抱いたことがある点だろう。誰だって解決しないまま放置している問題ってのはある。もしそれを「ちゃんと解決してこい!」と言われたら? ……こんなに怖いことはない。だから、オモリとバジルの苦しみが他人事には思えないのだ。

 一方で、トラウマ的な恐怖と向き合う怖さを描くことは、特段珍しいものではなかったりもする。むしろ、サイコスリラーのジャンルではベタと言ってもいいかもしれない。だが『OMORI』はそんなベタな物語からも離脱する。

 どうやって? “逃げ出さず、向き合うことの怖さ”を描くと同時に“逃げ続けて、向き合わない怖さ”にまで踏み込むのだ。この切り口はとても正直で、誠実なものだが、それ故に残酷だし、もしかすると本作においていちばん恐ろしい部分かもしれない。

 ただ誤解してほしくないのだが、『OMORI』は怖いだけのゲームではない。オモリが自身の抱えた問題とどう向き合うにせよ、友だちはいつだってそばにいてくれる。

『OMORI』レビュー。このゲームは本当に怖い、でもすべてが愛おしくて、魔法のような作品だ

 大切にしていた何もかもが変わってしまって、終わってしまったとしても、友情だけは決して消えない……そんな超ベタなメッセージを恥ずかしげもなくド直球でぶん投げてくる作品でもあるのだ。友情の素晴らしさを説くなんて、青臭くて甘ったるいメッセージに感じるかもしれないし、オモリの抱える問題を考えれば、その友情が続く保証はない。でも、プレイヤーにはそれを願う権利はある(もちろん、鼻で笑う権利もある)。

すぐれたRPGとは言い難い……だが、魔法みたいな作品だ

『OMORI』レビュー。このゲームは本当に怖い、でもすべてが愛おしくて、魔法のような作品だ

 この記事のゲーム概要を説明するところで、我ながらけっこう手厳しいことを書いてしまったと思う。また、物語の説明部分でも「ほんわかというよりは“幼稚”といったほうがふさわしい展開ばかり」なんて意地悪なことを書いた。それらの“苦言”をひと言でまとめれば「このゲームは全体的にダラダラしている」という表現になる。

 ダラダラするのはよくない。開発陣もその点は次回作への課題にすべきだと、偉そうに僕は思っている。でも同時に、『OMORI』のダラダラとしたところに、なぜか一種のいじらしさを感じてしまうのだ。

 くり返しになるが、僕は本作を、冒頭で引用した庄司薫が言うところの「逃げて逃げて逃げまく」った結果「どうしても逃げきれな」くなった物語と理解した。そこから翻って考えると、ヘッドスペースを舞台にしたダラダラとした展開は、オモリの逃亡と逡巡の軌跡とも見て取ることができる。そう捉えると、失恋した宇宙海賊とのてんやわんや、高飛車なお姫様のお城で巻き起こす大騒動などもすべてが愛おしく感じられてくるのだ。

 もちろん、この考えはまず間違いなく開発者の意図を超えた僕の思い込みだろう。だが、すぐれたクリエイティブはときに制作者が意図しないところで人々の心を掴むことがある。本当に魔法みたいな作品だ、『OMORI』は。