ドルビー・ラボラトリーズが展開するドルビーと言えば、映画やゲームなどで誰しも一度はそのロゴを目にしたことがあると思うが、音響や映像技術などでおなじみのブランドだ。HDR(ハイダイナミックレンジ)にフォーカスした映像技術のDolby Vision(ドルビービジョン)や、音響システムのDolby Atmos(ドルビーアトモス)はご存じの方も多いのでは。

 Dolby VisionやDolby Atmosは、Xbox Series X|Sにも採用されているテクノロジーだが、ドルビーでは、今後なお一層ゲーム分野に力を入れていくという。そんなドルビーの戦略に関して、Dolby Japan 代表取締役社長 大沢幸弘氏に聞いた。

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大沢幸弘氏(おおさわゆきひろ)

Dolby Japan 代表取締役社長
商社でIT系の仕事に関わり、2004年にFlashなどで知られるマクロメディアの日本法人に。エンターテインメントの技術系の会社を歴任し、2013年よりDolby Japanの代表取締役社長に就任。「日本のよさと海外のよいところを混ぜて、ハイブリッドで経営できたら」とのこと。

●Dolby Atmos(ドルビーアトモス)
 効果音などの“移動する音”に対して座標情報を持たせておき、再生するデバイスのスピーカーの数に合わせて音を生成する“オブジェクトオーディオ”による記録再生方式。従来のサラウンドにおける前後左右の平面の動きに加えて、上下の表現を可能にし、より立体的な音響が楽しめるようにしたのが特徴。

●Dolby Vision(ドルビービジョン)
 明るさをより広い幅で表現できる表示映像技術である、HDR(ハイダイナミックレンジ)にフォーカスしたシステム。従来の一般的なテレビに用いられてきたSDR(スタンダードダイナミックレンジ)よりも明暗差の階調である色深度を増やすことで、よりリアルな映像を表現できるようになる。

Dolby x Game

自然にある音や映像をあるがままに伝えたい

――まずは、せっかくの機会なのでドルビーがどんな会社で、どんな方針なのかをお教えいただけますか?

大沢ドルビーという会社は、自然にある音を、あるがままに皆さんに届けたいという思いに突き動かされて、レイ・ドルビーが1965年に創業した会社です。それが映像にも力を入れ、いまは音と映像の両方を手掛けています。

――映像に力を入れ始めたのは、いつごろのことなのでしょうか?

大沢15年くらい前ですね。とくに力を入れているのが、HDR(ハイダイナミックレンジ)――日本語で言うと“輝きの度合い(輝度)”と“コントラスト双方の広い範囲”のことです。もちろん、解像度も高いほうがいいわけですが、すでに素人が差を見分けられないくらいのところまで来ています。不足していたのは、輝度とコントラストの幅を広げることで、それで決定的な画像の差が出せるんです。ただ、業界ではずっと忘れられていたことでした。

――ということは、HDRという概念は古くからあったのですね?

大沢その通りです。ずっと以前から概念はあったのですが、狭い幅のままで来てしまった。ドルビーは「解像度もHDRも必要」と主張していたのですが、それがようやく5~6年前くらいから賛同してくれる人が増えてきまして、ここに来て一気にHDRがムーブメントになっています。

――新しい世代の家庭用ゲーム機でも、HDRは注力ポイントになっています。ドルビーが思い描いていたビジョンが現実のものになったということですね。

大沢根底にあるのは“そこにあるありのままの音や映像を、そのままお届けしたい”という創業者の願いです。ゲームや映画、ドラマなどで、作り手が届けたい映像をありのままに届けるのが私たちのミッションです。

――HDRで実現し得るものとは何ですか?

大沢読者の皆さんに文字でお伝えするのはなかなかに難しいのですが(笑)、パッとイメージしやすいのは、まず映像が立体的になります。加えて、「これまで6色セットだった色鉛筆が、100色セットになりました」といったところでしょうか。そうすると、多くの色を出せますから、よりグラデーション豊かに、色も正しく出せるようになります。つまり、よりキレイになり、表現力も高くなるわけです。

 そんなHDRのテクノロジーを駆使したのが、当社が提供しているDolby Visionとなります。ご存じの通り、HDRは当社の独自規格というわけではないのですが、15年間この技術を磨き続けてきたので、一日の長はあると自負しています。ありがたいことに日本のテレビメーカーさんは、4Kのテレビで軒並みDolby Visionを採用してくださっています。

――言ってみれば、15年の研究の集大成といったところですか?

大沢そうですね。たとえばですが、サッカーやラグビーなどのスポーツ競技などを放送したときに、夕方の試合だと、競技場の屋根がグラウンドに影を作ることがありますよね。そうするとボールと選手が影と日なたを行ったり来たりすると、見えづらくありませんか? Dolby Visionだとそれがないんですよ。“輝きの度合い”と“コントラスト”の幅を広げて自然に近づけただけで、見づらさが解消されるんです。

――なるほど。

大沢国旗やユニフォームの色にしてもそうですね。いままでの技術では本当の色が出せなかった。それがHDRだと、自然な立体感と圧倒的な色彩の豊かさが出せるので、本当にそこにある色が出せるようになるんです。まあ、HDRも日々進歩していますので、研究はまだまだ続けています。

 一方で、音の分野を突き詰めたのが、Dolby Atmosとなります。

――Dolby Atmosのロゴは、映画館などでもよく目にしますね。

大沢いままでは、ドルビーサラウンドとして、包み込まれるような音を提供してきました。でも、本当の音って、じつは立体ですよね? おそらく人類史上初めて立体音響が表現できるようになったのが、Dolby Atmosなんです。

――かつては、5.1chサラウンドなどがありましたが、スピーカーの数は関係ないのですか?

大沢たしかに多くあったほうがいいのですが、スピーカーの数やチャネルの数を超越したのがDolby Atmosです。Dolby Atmosは、スピーカーがふたつだけのスマートフォンでも多く採用され、すばらしく広がりのあるサウンドを提供していますし。

 Dolby Visionを一般的な言いかたで言うとHDRというのに対して、Dolby Atmosは “オブジェクトオーディオ”と呼びます。言ってみれば個々の音に立体の座標軸を設定するようなイメージですね。それにより、雷が鳴ったり、小鳥がさえずったり……と、Dolby Atmosにより、いままで実現できなかった自然の音がちゃんと表現できるようになるわけです。

――Dolby Atmos自体も少し前からあった技術ですよね?

大沢そうですね。技術自体は10年くらい前に開発しました。日本で初めて映画館に入ったのが2013年くらいかな。よくIT業界では“エコシステム”と言われますが、映画や配信などで使われるようになってきて、対応ハード製品も増えてきて、いきなり認知度が上がってきました。

 2021年6月からはApple MusicがDolby Atmos対応になっています。それから、iPhone 12以降で撮った動画はDolby Visionになっています。Vimeoというクリエイター向け動画共有サイトがあるのですが、VimeoはDolby Vision対応なので、テレビの一般的な番組の画質を、ユーザーの配信動画の画質が追い越しているような状況ですね。消費者が意識せずに使っている新しい機器の多くが、Dolby AtmosやDolby Vision対応になっているということです。

Gaming Vision 比較
ドルビーの公式サイトで視聴できる、Dolby VisionとSDRの映像の比較。従来と比べて明るさやコントラスト、色彩などがいかに違うかがわかる。

クリエイターの意図をちゃんと表現できるかが重要

――ドルビーでは、今後ゲーム分野に力を入れていくとうかがいました。

大沢ドルビーは、多くの分野で広く使われています。ゲームも同様で注力しています。どの分野でも広く使われていることが、業界や消費者にメリットがあると信じています。たとえばあるクリエイターのすぐれた作品があった場合、「この作品はいいな」と思っても、「PCではすごいけど、テレビではダメだとか」「映画ではよいがゲームではダメだ」では、製作者も消費者も困りますよね。

 Dolbyの技術を駆使してすばらしいひとつのコンテンツを作ったときに、いつでもどこでも誰でもその魅力を味わえるとしたら、作ったスタジオもハッピーだし、消費者もハッピーですよね。Dolbyは、そういう世界が必要だという考えでいます。どの分野も大事だし、Dolby VisionやDolby Atmosの効果が出ると思うんです。

 ただ、その中でも、とくに高くドルビーの効果が出る分野の代表がゲームだという認識でいます。ゲームはインタラクティブで、かつ臨場感のニーズがとくに強い。あたかも、そのバトルやファンタジーの世界に入り込んだかのような気分を味わえます。先ほどもお話しした通り、ありのままの音や映像、雰囲気をそのまま表現できるようにするのが、ドルビーの使命です。そのためゲーム分野は、もっとも挑戦しがいのある分野のひとつです。

――ゲームはインタラクティブ性があるぶん、ありのままの音を再現するのは難しいのではないですか?

大沢実際のところ、ゲームではリアルタイム性が必要で、遅延も許されません。ようやく、Dolby VisionやDolby Atmosの技術を活用できるノウハウが固まってきて、ゲームメーカーさんやプラットフォーマーさんにご提供できる段階になってきました。各タイトルに活用していただくのに、いまや最適なタイミングと言えると思います。

――なるほど。家庭用ゲーム機も新しい世代になって、Xbox Series X|Sでは、Dolby AtmosやDolby Visionが採用されていますね。

大沢はい。Dolby Atmos対応のゲームソフトは現時点で43タイトル以上がリリースされています。Dolby Visionのほうは、Xbox Series X|SがDolby Visionへの対応を発表した時点で、「100本以上の旧作がDolby Visionでサポートされる」とアナウンスされています。それらのタイトルは、ハードが対応し、Dolby Visionの形でアウトプットされるようになるということですね。

 もちろん、これから新作が続々と出てきます。2021年12月に発売された『Halo Infinite』は、Dolby VisionもDolby Atmosにも対応しています。ポイントは、トリプルAと呼ばれる大作がDolby VisionやDolby Atmos対応で作られているということです。

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2021年12月9日に発売された『Halo Infinite』のXbox Series X|S版はDolby AtmosとDolby Vision対応。今後両方のテクノロジーに対応するタイトルも増えていきそうだ。

――ドルビーのテクノロジーを各ゲームコンテンツに盛り込むことは、どれくらいの敷居の高さなのですか?

大沢敷居は低いです。映画でも何でもそうなのですが、1回ドルビー以外の技術で作ってしまって、あとからDolby VisionやDolby Atmos対応にしようと思うと手間がかかりますが、最初からDolby VisionやDolby Atmosを前提にゲーム作品を作ろうとすると、全体の工程や費用は大きくは変わらないです。

 開発ツールやゲームエンジンも、Dolby VisionやDolby Atmosに対応してきていますので、既存のものでできるんですね。こういうのも含めて、アメリカの技術の会社は“エコシステム”と言っていますが、気軽に取り組んでいただけるとうれしいです。

――さきほど、トリプルAタイトルはDolby VisionやDolby Atmosへの対応が進んでいるとおっしゃっていましたが、そこまで資金が潤沢ではないプロジェクトだったり、インディーゲームでもがんばればいける?

大沢行けます! 最初から予定に入れてくれれば。これは、僕らが話すと完全にセールストークになってしまうのですが、たとえばNetflixを始め最新のコンテンツ制作に詳しい方たちは、「最初からDolby VisionやDolby Atmosで作ります。それがいちばんシンプルで、トータルのコストも安いから」と說明してくださっているというんですね。逆に言えば、最初からDolby VisionやDolby Atmosで作っていただけるような環境が整ってきたということでもあります。

 ただ、初めて作る方は少しとまどうかもしれません。そのときは、私たちにおっしゃっていただければ、喜んで無償でアドバイスをさせていただきます。

――ゲーム分野で展開するにあたって、とくに注力しているポイントはありますか?

大沢どの分野でも共通なのですが、ゲームの分野でも大事なのは、やはりゲームを作っているクリエイターの意図がちゃんと表現できるか、です。いままではそれができていませんでした。立体的な音が十分に表現できませんでしたし、本当の色や本当のグラデーション、光と影などが表現できていなかったので。

 それが、Dolby AtmosやDolby Visionによって自然が自然のままに表現出来るようになってきました。さらに言えば、自然には存在しないけれど、自分で作り出したい音や映像なども、理想通りに実現できるようになりました。クリエイターの意図をかなえること。それが重要だという認識でいます。

――クリエイティビティをさらに広げられる、といったところが目標としてあるのですね。

大沢そうです。デベロッパーの方の作品制作を、ぜひ今後もお手伝いしたいと思っています。

――ちなみに、ドルビーのテクノロジーに対する、ゲーム開発者の反響はいかがですか?

大沢とても良好です。これはゲームには限らなくて、わりと共通のフィードバックになるのですが、サウンドのほうは「これが本当の自然の音だ」とか「これが自分たちが作り出したかった音だ」というふうに、クリエイターさんが期待した表現ができるようになったという声をいただきます。

 映像のほうでも同様で、「この何色とも明確に言えない色をしっかりと表現できた」という声もありました。やはりドルビーが最重要視しているのは “クリエイターの意図をちゃんと表現できるか”であり、それが実現できているのではないかと手応えを感じています。

――クリエイターの人にそんなに喜んでもらえるなんて、それはすばらしいですね。

大沢カメラで撮影したものを画面で表示したり、プリントアウトすると実際とはぜんぜん違うということが往々にしてあると思います。その、“撮ったときの印象をそのまま画面でも表示できるようにする”というのがDolby Visionの理念です。もちろん、途中でアーティスティックなフィルターをかけてもぜんぜん構わないと思うのですが、そもそも「これを出したかったのになぜこうなってしまうのか?」というのが、これまでずっと続いていたので、そこを直すことがDolby Visionの技術だったり、対応テレビだったりします。

――いずれにせよ、Dolby VisionやDolby Atmosは、ゲームに豊かなものをもたらしてくれそうですね。

大沢そうですね。“没入感”という言葉がいちばんしっくりくるのかなと思います。ユーザーの皆さんには、“本当のバトルのように”とか、“実際の○○のように”という、体感、体験を提供したいです。テクノロジーによって、より没入感を持ったゲーム体験ができる。それができるようになったのだと思っています。

――ところで、ドルビーのテクノロジーは、プレイステーション5やNintendo Switchに対応していませんが、将来的に対応する可能性はありますか?

大沢プレイステーション5に関して言えば、Tempestという自社技術の3Dオーディオに対応されています。ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)さんも、ゲームタイトルに関しては立体音響が必要だというお考えだと認識しています。だから、自社技術で対応されたんですね。そういう意味では、これからのゲームは立体音響が必要だということで、SIEさんもドルビーも同じ考えなんです。

 さらに、HDR自体の対応もプレイステーション5はしていますよね。SIEさんもHDRは重要だという認識でいると理解していますので、Dolby AtmosやDolby Visionをおすすめしているところです。

――向いている方向はいっしょというか、ビジョンは共通しているんですね。

大沢おっしゃる通りです。加えて、ソニーさんとして見れば、ドルビーの技術をもっとも多く使ってくださっている家電メーカーのグループでもあるんですよ。たとえば、Dolby Visionはソニーさんの4Kテレビほぼすべてに入っていますし、ソニーさんのアンプやサウンドバー、テレビはいずれもDolby Atmos対応ですね。ドルビーから見たら、もっともDolby VisionとDolby Atmosに理解のあるグループなので、いつの日かゲームの分野でも対応を考えてくださったらうれしいなと期待しています。

――Nintendo Switchに関してはいかがですか?

大沢ぜひ導入していただきたくて、おすすめしております。Nintendo Switchに関して言えば、より幅広い層の方がプレイされていて、同じゲーム機としても、また少しニーズが違うかもしれないという認識でいます。そういう若干違うかもしれないニーズに対して、うまく対応できたらと思っています。”ありのままの音“や”すばらしい映像“に対するニーズは、Nintendo Switchも共通だと思います。そもそも任天堂さんとは、ゲームキューブの代にドルビーサラウンド・プロロジックIIを採用していただいており、昔からのお付き合いがあります。今後も積極的におすすめしていきたいです。

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――では、ドルビーの今後の課題などがありましたら、教えてください。

大沢いま家庭用ゲーム機向けやPC向けのゲームでDolby VisionやDolby Atmos対応のソフトがどんどん増えようとしていますが、モバイルゲームに関しては、まだまだこれからの段階にあります。私たちの営業や広報がまだまだ足りていないのですが、これからモバイルゲームに対するサポートを、より積極的に行いたいです。

――iPhoneはDolby VisionやDolby Atmosに対応しているとのことでしたが、モバイルゲーム自体の対応はまだ進んでいないんですね。

大沢はい。中国ではテンセントさんなどがDolby VisionやDolby Atmos対応のゲームを積極的に配信していますが、日本はまだまだこれからです。日本でも、再生装置として、iPhoneなどはDolby VisionとDolby Atmosに対応していますが、どちらかというと、ネット配信などの映像を見るために使われがちでした。そこを今度はゲームでも、せっかく入っているこの機能を活用したい……ということで考えています。

 国内のメーカーさんにもご説明をして、興味を持っていただいている会社さんもたくさんありますので、これからに期待していただければと思います。

――今後の導入に期待したいですね。

大沢さらには、eスポーツの領域にも、Dolby VisionやDolby Atmosは、使っていただける技術として、今後まだまだ伸びていく余地はあると考えています。

――わかりました。最後に、ゲーム分野における今後のドルビーの目標を教えてください。

大沢ドルビーは、クリエイターの方の意図が十分に表現できて、ゲーマーの皆さんが、本当に臨場感や没入感の中で、ドキドキ、ワクワクしながらゲームを楽しめるような環境創りのお手伝いしていきたいです。今後ともご期待ください!