『マジック:ザ・ギャザリング』(以下、MTG)の世界大会“第27回マジック:ザ・ギャザリング世界選手権”で日本人選手が優勝を果たした。2021年10月11日の話だ。

 1993年に誕生した『MTG』は、『シャドウバース』や『ハースストーン』、『遊戯王OCG デュエルモンスターズ』といった対戦型カードゲームの始祖。これらの界隈にとって、ある意味もっとも権威ある大会である。

 チャンピオンの名は高橋優太。彼はなぜ強いのか。話を聞く機会を得たので「やっぱり頭がいいんですか?」とシンプルな質問をぶつけたところ、回答は「ふつうだと思いますよ」だった。

【MTG】カードゲームで重要なのは筋肉と人当たり。『マジック・ザ・ギャザリング』世界王者・高橋優太に訊く、おじさんが強い理由

 これだけではさすがに納得できない。そこで、さらに深堀りしていくと、

  • トップに立つには筋肉も大事
  • 『MTG』はおじさんが強い。若い子は『MTG』筋が足りてない
  • 「運で負けた」と思うのは自分のレベルが低いから
  • 性格が悪いとゲームも弱くなる
  • 性格はインストールできる。そのためには読書が効率的
  • 腹黒くてもいいけど、人当たりや言葉遣いは重要

 など、『MTG』とは別のところでも価値のある金言が続出した。生きていくうえでのヒントを得たインタビューの始まり始まり。

【MTG】カードゲームで重要なのは筋肉と人当たり。『マジック・ザ・ギャザリング』世界王者・高橋優太に訊く、おじさんが強い理由

高橋優太(たかはしゆうた)

CardRushPros所属の『マジック・ザ・ギャザリング』プロプレイヤー。文中では高橋。

優勝して夢が終わり、つぎの目標を探している

――世界選手権の優勝、本当におめでとうございます! まずは率直な気持ちを聞かせてください。

高橋 ありがとうございます。まだ夢が続いている感じがあります。これが現実だって理解はしてるんですけど。少し喪失感はありますね。

 いままで何十年も追いかけていた夢が叶ったうれしさがある反面、「これからの人生どうしようか?」という迷いもあります。その迷いと向き合うために、人生の先輩に話を聞きに地方を回っていました。

――その先輩というのは『MTG』で知り合った人でしょうか?

高橋 過去に(『MTG』の)プロツアー王者になった大澤拓也さんです。僕がまだ10代の頃に優勝されて。僕はそのトーナメントで0-5(で敗退)したんですけど、同じ大会で日本人が優勝したことで僕の再起につながったんです。「あれくらい努力してみるか」って。

 その後、交流も続けさせていただいて、一時期は同じ職場にいたこともありました。

――世界選手権優勝後に久しぶりに再会されて、大澤さんからはどのようなアドバイスがありましたか?

高橋 「子どもがかわいい!」としか言ってませんでした。ただの親ばかでしたね。

――何をしに行ったんですか(笑)。

高橋 いやいや、それで十分なんです。尊敬している人と会って得られることって、文章にしたらきっと300文字くらいです。そんなもんじゃないですか。(大事なことは)言葉ではない何かだったりしますので。

強くなること=レベル上げ。大会にはボスキャラが出てくる

――『MTG』の存在は知っているけどそこまで詳しくないという人も多いです。いろいろと聞かせてください。高橋さんは何がきっかけで『MTG』を始めて、どうして現在もプレイしているんですか?

高橋 小学生の頃に少年ジャンプで『遊戯王』が連載されていて、当時はカードゲームブームだったんです。

 中学生くらいでいったんそのブームは収まるのですが、僕はカードゲームがずっと好きだったんですね。近所にカードショップがあって、週末は30人ぐらいのプレイヤーが集まってプレイしていました。

【MTG】カードゲームで重要なのは筋肉と人当たり。『マジック・ザ・ギャザリング』世界王者・高橋優太に訊く、おじさんが強い理由

高橋 続けていたら、どんどん自分が強くなっていくのが楽しかったんです。RPGのレベル上げというか。最初がレベル15だとして、もっとやりたいと東京に来たらレベル30になり、強い人たちの練習に混ぜてもらってレベル50になり。

 そうするとボスキャラが出てくるんですよ。世界大会のボスはレベル90くらい。レベル上げが好きで、気付いたら自分がレベル90越えになっていたんですよね。

――カードゲームを始めたきっかけは『遊戯王』だったんですよね。なぜ『遊戯王』のカードゲームではなく『MTG』を選ばれたのでしょうか?

高橋 『遊戯王』も『ポケモンカードゲーム』もやったんですけどね。いろいろやったうえで、『MTG』のバランスがいちばん自分に合ってると感じたんです。カードゲームもいろいろで、運2:技術8のゲームもあれば、運5:技術5のゲームもあるわけで。『MTG』は“運と技術のバランスがいい”と言いますか。

レベル上げタイプと天才タイプ

――シンプルな質問をひとつ。どうしてそんなに強いんですか?

高橋 自己分析できたからなのかもしれません。自分が“レベル上げタイプ”だとわかったので、とにかく反復練習。基礎トレーニングと反復練習をくり返していたらレベルが上がってました。

 たまに“天才タイプ”がいるんですよ。彼らは効率的に強くなる。レベル30からいきなりレベル50に上がることがある。自分が“天才タイプ”ではないと知っていたので、そっち方面は目指しませんでした。

――『MTG』において、“天才タイプ”とはどのような方でしょうか?

高橋 たとえば石村信太朗さん(※)。……いや、練習量よりも理論を組み立てるタイプだと思うので、天才という言葉がふさわしいのどうかはわからないですね。

※石村信太朗さん:愛称は“ライザ”。環境のデッキ構成が固定化してきたタイミングでも、まったく新しいデッキを生み出す日本を代表するデッキビルダーのひとり。

――世間一般の“天才”とは違うイメージですね。突然のひらめきだったり、何となくできちゃう人を天才と呼ぶと思うんですけど。

高橋 ひらめきの部分が強い、というのありますね。ふつうの人じゃ考えないようなデッキを作れるのは天才タイプだと思います。僕はほとんどできなくて、既存のものを磨き上げるほうが得意。

――ということは、行弘賢さん(※)もそうでしょうか?

高橋 あ、そうですね。デッキやアイデアを作る人は“天才タイプ”だと思います。

※行弘賢さん:愛称は“けんちゃん”。日本に3名しかいないMPL所属選手のひとり。トップレベルの大会でもオリジナルデッキを何度も持ち込んで結果を出すデッキビルダー。配信がめっちゃおもしろい。

――やっぱり割合としては天才タイプの方が少ないのでしょうか。

高橋 そう思います。今回の世界選手権に出場していて、いっしょに練習した井川良彦くんもきっとレベル上げタイプですね。お互いにレベルを上げまくるのが好きだった。

――ほかのゲームジャンルでも、その2タイプに分けられそうです。地道にレベル上げができる人は安定した成績を残すイメージがありますね。

高橋 たぶん(プロ格闘ゲーマーの)ときどさんとかはそうですね。僕が目指すのはそこ。努力型の最高峰みたいな。ときどさんと梅原大吾さんの著書は読んでます。おもしろかったですよ。

【MTG】カードゲームで重要なのは筋肉と人当たり。『マジック・ザ・ギャザリング』世界王者・高橋優太に訊く、おじさんが強い理由

――レベル上げがお好きなら、ボディビルとか相性がいいんじゃないですか?

高橋 筋トレも好きですよ。レベル上げみたいなものですから。筋肉は大事です。やっただけ効果も出ますしね。

――『MTG』のプレイにも影響しますか?

高橋 そうですね。集中力を維持するために筋トレは必要だと思います。どんな競技でも、トップに立つにはフィジカルが必要なんじゃないかなあ。

――適度に筋トレをすると集中力がアップするって言いますよね。血流がよくなって脳に十分な血液が届くから。『MTG』の大会は1日中戦い続けるわけですし、集中力の持続は大切だろうなと思います。

高橋 朝9時から夜8時くらいまで、長いと11時間くらい戦います。疲れて集中力が切れちゃうんですよ。フィジカルトレーニングは30代になって体力が落ちたと感じて始めました。

 いかに自分をベストコンディションにするか、いつも考えています。体調管理にも近いですね。

――じつはピアノもかなりお上手だとか。これもレベル上げですか?

高橋 ピアノもレベル上げに近いと思います。どの音とどの音が合えばいい和音になるかを考えたり、反復練習が求められますし、練習の効率も大事。

 メンタルを保つには、運動や音楽はいいですよ。それに集中すると思考がクリアになる。瞑想に近いのかもしれません。

自分のミスに気付き、冷静に分析できるのも実力のうち

――カードゲームの強さや魅力って何なんでしょうか?

高橋 じつは昔、カードゲームの強さについて考えたことがあって。それについて話していいですか。

――ぜひお願いします!

高橋 強さ=相手より多く考えられることだと思います。極論を言うと、カードゲームってその局面に応じてベストなカードを手札から出すだけのゲームですからね。強い人って要は“選ぶのがうまい”んです。

 すごいスキルに思えないかもしれませんけど、それは将棋や囲碁もいっしょです。“ここで桂馬を出すと有利”とわかるのが強さ。何手も先を読む能力というか。相手はこう考えるだろうからこっちはこうしようとか、思考を連鎖させることがカードゲームの強さにつながるのかなと。

――では、将棋や囲碁とは何が違うのでしょうか? 相手と1対1で読み合いをする思考型のゲームというのは共通ですよね。

高橋 本質はあまり変わらない気がします。囲碁・将棋の漫画なんかも好きでよく読むんですけど。

 強いて言うなら、(デッキの)事前準備があることと、運の要素があることですかね。いいタイミングで最適なカードを引けるかどうか。運がよければ初心者が上級者に勝つこともある。初心者が僕に勝つ可能性も十分にありますからね。

 それがカードゲームのおもしろいところでもあるんですけど、真剣にやっていると「運が悪くて負けた」と考えたい瞬間がある。でも、そこで冷静になって自分のミスを分析できる人だけが生き残るんです。ミスに気付けるのも実力のうち。

――運と言えば麻雀もそうですよね。どんなに強いプロも相手が天和(牌が配られた段階で役が揃っていること)を出したらどうしようもない。

高橋 個人的に運(による勝ち負け)を少しずつ削っていくのが楽しいですね。麻雀はどうなんでしょう。うまい人に勝つのはきっと難しいんですよね。

――麻雀も単発の試合だと初心者が勝つ可能性はありますけど、試合数が多いほどうまい人とそうでない人の差が出ると聞きます。たとえば長いシーズンを通して何試合もやると、うまい人は最終的な勝率が高いと。

高橋 やっぱりそうなりますよね。長期間にわたって正確なデータを出せば、運でどうにかなる割合は減っていくはず。それは『MTG』もいっしょです。今回の大会もそうでした。僕は(2020年の9月から今年の7月にかけて)48人のリーグ戦で100試合以上して、48分の4に入ったことで世界選手権の権利を得たんですね。

 試合数が多くなればなるほど、運による負けが削られていく。確率が収束していきますね。実際、上位10人は前から言われていたリーグ内の実力者ばかりになりました。

【MTG】カードゲームで重要なのは筋肉と人当たり。『マジック・ザ・ギャザリング』世界王者・高橋優太に訊く、おじさんが強い理由

――100試合という長丁場だと調子の浮き沈みもあると思うんですよ。成績が悪くなったときはどうやって切り抜けていたのでしょうか?

高橋 よくぞ聞いてくれました! これも話したかったんですよ。(2020年)9月にリーグ戦が始まったときから日本人5人でチームを組んで、戦略を練ったりデッキを作ったりしたんです。それが大成功したときもあれば、大失敗してみんな負けたときもありました。戦いが終わるたびにチーム内でフィードバックをして、改善していくんですね。

 カードゲームは試行回数とデータ数が大事なんです。データの母数が多いほうが良質な判断材料になる。月に3回とか試合があると人手が足りなくなったりして、そういうときは外部から協力者を募ったりもしました。

 議論するたびにおもしろいくらいよくなっていって。1年間の総決算みたいな大会で日本人3人が結果を出して、世界選手権は(全出場者16人中)5人が日本人になりました。

――世界選手権に日本人が5人出場するって、すげえことなんですか?

高橋 すげえことです。大会に出ること自体が狭き門ですしね。まず、ふたつのリーグのそれぞれ上位4人。それとは別にレベル80~90の選手しか出られないような大会があって、その予選を突破しないといけない。2019年の世界選手権は日本人選手は0人でした。オンライン(※)になったことで日本人が勝てる土壌ができたのかもしれない。

※オンライン:以前の世界選手権ではリアルのカードが使われてきたが、2021年大会はスマホ/PCゲーム版の『MTG』こと『MTGアリーナ』で実施されている。

――なぜオンラインだと日本人が勝てるのでしょう? 練習しやすいとか?

高橋 いちばんの理由は“時差ボケがないこと”ですかね。いままでのプロツアーは、日本から飛行機で現地の木曜日くらいに行って、時差ボケに苦しみながら金曜日から戦う、みたいな感じだったんですよ。

 あと、やっぱり異国の地ですからね。いろいろストレスがあるわけですよ。伝手がなかったら自分でホテルを取らないといけないし、旅に慣れてないと電車とかバスの移動もたいへんじゃないですか。

――食事も合わないかもしれないし、みたいな。

高橋 それもありますね。さっきベストコンディションの話をしましたけど、そこからかなり遠い状態です。自宅でトーナメントに出られることが、日本人にとっていい環境なのかなと思います。

 大きな大会はたいていアメリカかヨーロッパ開催なんです。日本でやるのは数年に1回くらい。日本人は海外慣れしていない人も多いですからね。

――なるほど。英語圏の人だったら外国に行ってもストレスは少なそうですしね。

『MTG』はおじさんが強い。若い子は『MTG』筋が足りてない

――『MTG』はアメリカ発祥のゲームですから、アメリカが強豪国というのは理解できます。日本はどうなんでしょう。プレイヤー人口に対して競合の比率が高いのでしょうか(世界選手権の出場選手16人のうち5人が日本人だったことから)。

高橋 ブラジルでいちばん強いPVというプレイヤーの記事によると、強い国ランキングで不動の1位は間違いなくアメリカであると。で、2位が日本だったんですよ。層が厚いみたいで。みんなもうおじさんなんですけど。

 これ、『MTG』のいいところなんですよ。おじさんが強い

――いい言葉ですね。

高橋 動体視力とか瞬発力が必要なわけではないので。脳みそが元気なら30~40代でも十分戦えます。

――将棋と少し似ているのかもしれません。基本的には若いほうが強くて、30代頃には経験も積んで脂が乗ってくるというか(※)。

※年齢:将棋の棋士は競技人生が長く、60歳前後まで第一線で戦い続ける人は多い。藤井聡太氏(19歳)は別格としても、比較的若い30代は強豪揃い。なお、数多くの永世タイトルを獲得している羽生善治氏は、麻雀のプロリーグ“Mリーグ”初代チェアマンであるサイバーエージェント藤田晋氏との対談で「運要素の強い麻雀ではすごく抽象的なものを認識しないといけない。それには経験値が必要だから、麻雀のトップ層は将棋よりも少し年上なのではないか」という旨の発言をしている。

高橋 うーん、どうなんでしょう。(将棋のことは詳しくないので比べにくいのですが)『MTG』の場合はレベル70にならないとわからない知識があるんですよ。強くならないと装備できない剣みたいな。

――若いプレイヤーがトーナメントでいきなり優勝したとしても、上位勢との戦いでふるいにかけられることはあるわけですよね。最終的に残るのは古参プレイヤーだったりして。

高橋 若い子はまだ基礎力が足りてないんです。基礎のくり返しで身に着ける筋肉が。

――『MTG』筋が。

【MTG】カードゲームで重要なのは筋肉と人当たり。『マジック・ザ・ギャザリング』世界王者・高橋優太に訊く、おじさんが強い理由

高橋 あと、強い相手との戦いかたってあるんですよ。それは何戦もやって勘を身に着けないといけない。今年1年で学びました。

――それはどういうことですか?

高橋 簡単に言うと“相手のペースに飲まれない”こと。リーグ戦の途中で2019年王者に当たったりもして「自分、浮かれてるな」って思ったことが何度かありました。ふだんの自分じゃない。定石じゃないプレイをしている。そういうのをなくすために(試合や練習の)量をこなすようにしました。

――相手が格上だからふだん取らないリスクを取ってしまうとか、そういうことでしょうか?

高橋 ちょっと違いますね。相手はつねにベストなプレイをしてくるんですよ。レベル差を感じた瞬間であり、それに適応しなきゃいけないとも思ったんです。相手は世界最強。ミスを期待するな。だから自分は最善手を打たないといけない。

――ふだんは相手のミスにつけ込んで勝つことも多いんですか?

高橋 たくさんありますよ。8割くらいはそうなんじゃないかな。

――というと、カードゲームはいいプレイをしたら勝てるというものでもないんですね。ふつうのプレイをずっとやり続けるのが重要、みたいな。

高橋 そうですね。減点形式に近いのかも。100点からスタートして、ミスで点数を減らさない人が勝つんです。

――なるほど。淡々とペースを維持できる人が強いわけですか。で、トップクラスになるとその精度がすごいと。

高橋 1ミスしたら負けます。さっきも言いましたけど、ミスに気付けるのも実力なんですよ。自分のレベルが低いうちは、自分のミスに気付かずに、「運で負けた」と思っちゃうんです。

――あー! 仕事に置き換えても耳が痛い気がします。敗北を自分のせいにできるのは大事ですね。

高橋 あ、いや、言い訳は必要ですよ。あまり自責思考が強すぎるのもよくない。「いまのは運ゲー」だからって流すメンタルの強さというか図太さも大事。でも、後々で敗因を冷静に分析して飲み込める人が上に上がれる気がします。

 相手が強いと運ゲーは発生しないんですけど、極限まで拮抗すると最終的には運ゲーになることもあると思います。そこに至る過程はやっぱり好きですね。

大会中に強敵との戦いでレベルアップ。強い対戦相手は“はぐれメタル”

――今回の世界大会、高橋さんは開幕3連敗から奇跡の逆転優勝を果たしました。ドラマチックすぎて、ほとんど少年漫画の世界。大事な大会で0勝3敗スタートという最悪の展開で、諦めかけたりしませんでしたか?

高橋 0-5(全敗)しないようにしよう、くらいの感覚です。

――そんなに冷静だったんですか?

高橋 カードゲームで勝つためには、自分の感情をうまくコントロールするのが重要だと、以前から思っていました。“ティルト”というポーカー用語があって、感情にかられて理性的じゃない行動をするって意味なんですけど、それは『MTG』でも起こるんですよ。運の要素で負けると感情的になってしまう。

 『MTG』の“土地”(※)が、人をティルトに誘いやすいんです。大事な場面で“土地(カード)を引けない”。そういう不運にあったときに、感情じゃなくて理性で動けるかどうか。後から冷静に振り返るのも大事です。

 いま振り返ると、(0勝3敗でのスタートになったときは)ティルトに陥ってましたね。土地を引けない負けが続いて、大事な試合でこんなに連続するかーって。

※土地:呪文を唱えるために必要な“マナ”を生み出すシステムのこと。極論を言うと、土地カードを引いて事前準備ができないとどうしようもない。

【MTG】カードゲームで重要なのは筋肉と人当たり。『マジック・ザ・ギャザリング』世界王者・高橋優太に訊く、おじさんが強い理由

――ふつうは冷静じゃいられないですよね。

高橋 ほんとにそうです。ただ、(0勝2敗からの3人目の)対戦相手がすごく強かったおかげで冷静に引き戻されました。「これが自分の実力なんだな」って。うれしかったですよ。

 相手がうまいから俯瞰で見られた。あ、これもこれも自分のミスだって。しかも、その後の決勝でその人と当たるという。

――めちゃくちゃドラマチック。

高橋 相手も戦績が悪くて、持ち得るカードをすべてデッキに入れて全力を尽くしてきたんですね(※)。ふつうなら負けている選手同士の戦いだから、お互いに心も折れているはずなんですよ。グダグダの泥仕合になりそうなものですけど、そのときの相手は、是が非でも1勝を勝ち得るべく必死だった。

 結果、その相手に負けて目が覚めたんです。そこから覚醒して決勝に進めて、さっき言ったように決勝戦の相手もその方。こんなことはなかなかないですね。

※3戦目の相手の動き:3戦目まではドラフトという対戦形式で行われた。ドラフトとは、支給されたカード群から、その場で選手たちがカードをピックし合って、その日の対戦に使用するデッキをアドリブで作成する形式。高橋選手の対戦相手はピックに失敗したため、安定性の高い強力なデッキを組むことができなかったが、ピックしたカードを総動員することで、安定性を度外視してでも、1勝をもぎ取りにきた。

――少年漫画的な展開。しかも、高橋さんも覚醒していて、大会中にレベルアップしたという。

高橋 実際、大会中のレベルアップってかなりの高頻度で発生するんです。大会の上位で当たる対戦相手は“はぐれメタル”ですからね。激レアなので滅多に会えないんですけど、得られる経験値がめっちゃ高いんです。

喪失と成長、10年前の日本選手権での失格行為

――2011年の日本選手権で失格となったお話について伺ってもよろしいでしょうか。感情的になった結果、自分の手元のカードを歪曲させ、サレンダー(投了)と勘違いした対戦相手とのコミュニケーションエラー&非紳士的行為としてのジャッジを受けたことについてです。

高橋 ずっとゲームだけに熱中してきた若者にありがちと言いますか。「おれゲーム強い」って調子に乗りがちなんですよ。いまでも、ほかのゲームの若いプレイヤーのSNS上や大会での言動を見たりしても(当時の自分を)思い出します。

 ゲームに熱中するのはいいんです。ただ、人格が育たないまま、SNSでフォロワーが増えたり注目されると少し危険ですよね。ゲームでアイデンティティを得て、弱い相手を見下すようになってしまう。ゲームの強さと地位がイコールだと勘違いして、非紳士的な態度に出てしまう。

 こうなると実力も落ちるんです。嫌なやつだとどんどん仲間が減る。いい練習ができなくて弱くなる。そうすると勝てなくなる。勝てなくなるとさらに性格が悪くなっていく。その悪循環に僕自身も陥っていた時期があったんです。

【MTG】カードゲームで重要なのは筋肉と人当たり。『マジック・ザ・ギャザリング』世界王者・高橋優太に訊く、おじさんが強い理由

高橋 僕のせいで引退してしまった選手もいます。ただ、とてもありがたいことにその方も今回の優勝を祝ってくれました。

――おお……。

高橋 僕の場合、日本選手権での失格というデカいパンチを食らいましたからね。それが気付くきっかけになりました。痛い目見ないとわからないですよ。頭が子どものままだと自分の未熟さに気付けない。試合でミスに気付けないのは自分のレベルが低いから。同じですよね。

――SNSや大会で変な発言をして干されかけている選手っているじゃないですか。

高橋 いますね。僕の友人でもいます(笑)。

――そうなったゲーマーは、どうやったら脱出できるでしょうか?

高橋 みんな痛い目を見ましょう。

――スパルタ!

高橋 痛い目を見ないと学ばないと思いますよ。自分もそうでしたし、いろんな選手を見てきたのでわかるんですよね。

――それもひとつの真理ですよね。若いうちに適度な失敗をしておいたほうがいいとも言います。そうじゃないと“悪いこと”の本質がわからない。人生と同じ。

プロゲーマーは世間からのバッシング・デジタルタトゥーとどう戦うか

――その結果、高橋さんのその行為はネットにも書かれ、いまだにバッシングされることもあるようです。本人が反省しているにも関わらず、残り続けてしまうネットでの悪評。どうやって乗り越えられたのでしょうか?

高橋 とにかく本を読みました。『インターネット社会と法』ですとか。あとは橘玲さんの著書をよく読みました。

 僕は怒りに対して耐性が低いんですよ。で、耐性をつけるために、頭のいい人たちの性格をダウンロードしようと思ったんですね。(あくまで表層的な部分ですが)性格はダウンロードコンテンツですから。ほかの性格を自分の性格に上書きできる。性格はインストールできるんです。頭のいい人の本を読むのが効率的ですよ。

――名言ですね。たしかに、ほとんどの大人は社会生活を送るうえで、真の性格はさておき、表層的な性格を繕っているわけであって。高橋さんのおっしゃる通りだと思います。

高橋 腹黒くてもいいんです。ちゃんとコミュニケーションを取れるならいい。人当たりは大事ですよ。そうじゃないと情報を得る機会を失ってしまいますからね。

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――知り合い同士の勉強会もそうですよね。嫌なやつのところには参加したくないですもん。

高橋 気持ちのいいギブアンドテイクの関係を作ったほうがいいですよ。自分から情報を出して、相手からも提供してもらう。言葉遣いも大事。伝えかたがケンカ腰だと決裂の原因になるかもしれない。そうなると情報を教えてもらえないから、自分にもデメリットになります。

 僕は5人で勉強会をやってましたけど、たった5人でしかも同じ目標を持ってるのに、言葉ひとつでケンカすることもありました。

――だから大人が強いというのはありそうですね。仕事でいろいろな人と関わっていれば、伝えかたも感情のコントロールもうまくなりそうですし。

高橋 頭のいい悪いっていろいろな考えかたがありますけど、“いい人を装うことすらできない=頭が悪い”だと思うんです。

――「どんなに本を読んでも、根本の性格は変わらない」と言い切っているのが、むしろ潔くてカッコいいです(笑)。

高橋 僕は悪人でいいんです。何だろう。(ドラゴンボールに登場する初期の)ベジータみたいなものですかね。

――ダークヒーローだから敵も作るけど、その分多くのファンに愛されるというイメージですかね。

幅の広い『MTG』の魅力

――もともとカードショップのマネージャーもされていて、現在もカードショップからスポンサードを受けるプレイヤーとして活動されていらっしゃいますよね。やはり今後も『MTG』を広めていきたい気持ちは強いですか?

高橋 そうですね。僕自身、『MTG』を通して精神的な成長ができた人間なので、この『MTG』の認知がもっと広まってほしいと思っています。いい方向には間違いなく向かっています。それこそ10年前に比べたらだいぶ違う。プレイヤーに企業のスポンサーがつく時代ですから。

 eスポーツだ何だとカードゲーム=ストイックなすごいものみたいに紹介されることもありますけど、カジュアルに遊んでも楽しいのが『MTG』ですから。世界一を目指してもいいし、友だちと対戦するのもおもしろい。

 コレクションアイテムとしてハマる人もいますね。たとえばこの2枚は今回の世界大会でも使った“イゼット・ドラゴン”のカード。シンプルに絵がかっこいいですよね。ほかに“青黒フェアリー”というデッキのカードも好きです。すごく美しいんですよ。

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高橋 あとはゲン担ぎ。大きな大会前にほしいカードを買ったりして、それでいい成績を収めたこともあります。

――“気合を入れるために好きなものを買う”ってよく聞きますし、そういうのもいいですね。ちなみに、おいくらでした?

高橋 えーっと、たしか○○○円くらいですね。

――生々しくて書けない! 本日はありがとうございました!

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