2021年9月30日、作曲家のすぎやまこういち氏が敗血症性ショックのため、90歳で逝去された。

 すぎやま氏は、ゲームファンならおなじみの『ドラゴンクエスト』(以下、『DQ』)の音楽はもちろん、歌謡曲やCMソングなど多岐にわたる楽曲を手掛けており、「世代を問わず一度は氏の音楽を耳にしたことがある」と言っていいほどの国民的な作曲家だ。さらに、文化人としても多くの功績を残した人物でもある。そのため、すぎやま氏の訃報に際しては、作曲したゲームやアニメに触れていたファン、競馬を愛する人々や関係者、そして政財界の重鎮など、多くの人が追悼の言葉を綴った。
 
 このことからも、いかに氏が多くの人に愛されていたかがわかる。本記事では、すぎやま氏の生き様や偉業を、『ドラゴンクエスト』シリーズの活動を中心にあらためて解説していく。

【追悼企画】すぎやまこういち氏を偲んで ~その音楽で世界中を楽しませてくれたすぎやま氏の“歩み”を振り返る~

すぎやまこういち氏の略歴

 まずは、すぎやま氏の略歴を紹介しよう。

 すぎやまこういち(本名:椙山 浩一)氏は1931年4月11日、東京都生まれ。高校在学中から作曲を始める。フジテレビに入社後はディレクターとして人気番組を手掛けながら積極的に作曲活動も行い、グループサウンズ流行の火付け役としても活躍。独立後も、下記のように幅広いジャンルの楽曲を手掛けた。

 音楽はもちろんのこと、ゲーム好きや愛煙家としても知られ、日本作編曲家協会常任理事、JASRAC(日本音楽著作権協会)理事、日本カジノ学会理事、日本バックギャモン協会名誉会長、喫煙文化研究会代表などを務め、文化に対しての貢献も数多く行っている。

手掛けたおもな提供楽曲

  • ヴィレッジ・シンガーズ/『亜麻色の髪の乙女
  • ザ・タイガース/『花の首飾り』、『君だけに愛を』など(ザ・タイガースの多くの楽曲)
  • ザ・ピーナッツ/『恋のフーガ』 など

手掛けたおもなアニメ・特撮音楽

  • 帰ってきたウルトラマン』(主題歌)
  • ゴジラvsビオランテ』(音楽)
  • 科学忍者隊ガッチャマンII』(主題歌)
  • サイボーグ009』(第2期音楽)
  • 伝説巨神イデオン』(主題歌)
  • 魔法騎士レイアース』(音楽監修) など

手掛けたおもなゲーム音楽

  • 『ドラゴンクエスト』シリーズ
  • 半熟英雄 あぁ、世界よ半熟なれ…!!
  • 不思議のダンジョン2 風来のシレン』 など

その他の音楽

  • 東京競馬場と中山競馬場で使用されるファンファーレ全般
  • ザ・ヒットパレード』(テーマ曲)
  • クイズ・ドレミファドン!』(テーマ曲) など
【追悼企画】すぎやまこういち氏を偲んで ~その音楽で世界中を楽しませてくれたすぎやま氏の“歩み”を振り返る~

『ドラゴンクエスト』シリーズをともに制作した堀井雄二氏と鳥山明氏からのコメントも

 すぎやま氏が残した数々の“足跡”のうち、ゲームファンである読者の皆さんにとって、もっともなじみが深いのは『DQ』シリーズの音楽だろう。

 そのため、すぎやま氏の逝去に際しては、氏と関わりの深かった『DQ』シリーズに関わるスクウェア・エニックスの開発陣からも氏を追悼するメッセージなどが数多く発信された。また、すぎやま氏との関係も当然ながら深かった堀井雄二氏と鳥山明氏も、「ドラゴンクエスト」シリーズ公式サイト“ドラクエ・パラダイス”内にてコメントを発表した。

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 氏が『DQ』のために生み出した音楽は、いつまでもプレイヤーの心の中でも鳴り響き続けるだろう。

すぎやまこういち氏ヒストリーとその偉業

 数々の功績を打ち立てたすぎやま氏は、どのような人生を送られたのだろうか。簡単ではあるが、ここでは改めて氏の歴史を振り返っていこう。いかにすぎやま氏が多彩に活躍された人物だったのかがわかるはずだ。

  • 1931年4月11日
    • 東京(現在の台東区)でその産声を上げる。子ども時代からクラシック音楽を好み、 おもちゃよりもレコードを買ってもらいたがるような少年として育つ

 幼少期は家族で歌を楽しんでいた、すぎやま少年。戦後間もないころに両親が買ってくれたベートーベンの『交響曲第6番(田園)』、『交響曲第7番』、『クロイツェル・ソナタ』のレコードが人生の分岐点に。手巻きの蓄音機でくり返し聴き、譜面を見ていたそう。

  • 1946年
    • 日響(現在・NHK交響楽団)や東宝(現・東京交響楽団)の定期演奏会の会員になり、近代の作曲家による音楽に目覚める
  • 1951年
    • ピアノのない環境だったため、 入試科目にピアノがある音大入学を断念。東京大学の理科II類に入学

 音大志望だったが、家にピアノがなく、試験に合格するほどのピアノが弾けなかったすぎやま青年は、「仕方なく」学費が安い東大に進学。この逸話からも、すぎやま氏の能力の高さがうかがい知れる。

  • 1956年
    • 文化放送に入社
  • 1958年
    • 開局準備中のフジテレビに入社。テレビディレクターとして『ザ・ヒットパレード』、『新春隠し芸大会』などを始めとした、多数のヒット番組を世に送り出す

 「放送局に入れば、音楽を学びながら給料がもらえる」と考え、フジテレビに入社したすぎやま氏。『ザ・ヒットパレード』などの番組を手掛けながら、プロのアレンジャーの譜面を見て音楽の勉強を続け、作曲も続けた。また、当時流行の発信地だった東京・六本木で、峰岸徹さんや中尾彬さんなど、後年スターになった人物と交友を深めたことも知られている。

  • 1964年
    • アーティストへの楽曲提供やCMの音楽を手掛け、作曲家としての能力を世に知らしめる

 前述のように多くのミュージシャンに楽曲を提供したすぎやま氏だが、それだけではない。生涯で作曲したCM用の楽曲はなんと2000曲を越えるとも言われている。1987年に日本中央競馬会がJRAに名称変更したことを機に作曲された、東京競馬場と中山競馬場のGI競争で使用するファンファーレも氏によるものだ。

  • 1965年
    • フジテレビを退社。フリーの作曲家と契約テレビディレクターの“二足のわらじ”を履く
  • 1986年
    • 当時のエニックスにハガキを送ったことが縁で、『ウイングマン2 キータクラーの復活』の楽曲を担当
  • 1986年5月27日
    • すぎやまこういち氏が全楽曲を手掛けた『ドラゴンクエスト』が発売

 1985年にエニックス(当時)が発売した『森田和郎の将棋』への想いをすぎやま氏がハガキに書いて送ったところ、それを見たエニックス担当者がすぎやま氏に連絡。これが縁で『DQ』の楽曲を担当することに。当初、スタッフはすぎやま氏の採用に懐疑的だったが、その人柄に触れ、楽曲を聴いて納得したという逸話もある。

【追悼企画】すぎやまこういち氏を偲んで ~その音楽で世界中を楽しませてくれたすぎやま氏の“歩み”を振り返る~

 『DQ』が発売される以前、ゲーム音楽をプロの作曲家に依頼することは一般的ではなかった。自身も無類のゲーム好きであり、すでに一流の作曲家として認知されていたすぎやま氏が、音色などに制限がある当時のゲーム音楽を手掛けるというのは、まさに奇跡。これは、ゲームの歴史に新たな一歩が記された瞬間だったと言える。

  • 1987年
    • “ドラゴンクエストファミリークラシックコンサート”が初開催

 『DQ』で生み出された楽曲がクラシック調ということもあり、ゲーム音楽をオーケストラで奏でるという試みを早くから積極的に行っていたすぎやま氏。このほかにも、『DQ』をモチーフにしたバレエやミュージカルなど、さまざまなイベントにも精力的に携わった。

【追悼企画】すぎやまこういち氏を偲んで ~その音楽で世界中を楽しませてくれたすぎやま氏の“歩み”を振り返る~
【追悼企画】すぎやまこういち氏を偲んで ~その音楽で世界中を楽しませてくれたすぎやま氏の“歩み”を振り返る~
金管楽器のみによる演奏が行われたことも。このとき、すぎやま氏は進行役として“お話”を担当されていた。

 すぎやま氏の主催する『DQ』楽曲のコンサートで初めてオーケストラに触れたというゲームファンも多く、オーケストラの魅力を伝え、その裾野を広げることに尽力し続けたことも氏の大きな功績のひとつと言えるだろう。すぎやま氏は、2019年まで会場でタクトを振るい続けた。

【追悼企画】すぎやまこういち氏を偲んで ~その音楽で世界中を楽しませてくれたすぎやま氏の“歩み”を振り返る~
すぎやま氏の足跡を振り返るのに最適な作品を紹介しよう。まずは『交響組曲「ドラゴンクエストV」天空の花嫁 すぎやまこういち』(ブルーレイ/収録時間91分(+映像特典7分/発売:キングレコード/価格:6600円[税込])を。こちらは、2013年に東京芸術劇場で行われた、すぎやまこういち指揮、東京都交
響楽団による素晴らしい演奏を収録している。
  • 1988年
    • 交響組曲 ドラゴンクエストIII』で第30回日本レコード大賞特別企画賞を受賞
  • 1989年
    • ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』で第3回ゴールドディスク大賞特別企画部門賞を受賞
  • 1995年
    • バレエ ドラゴン・クエスト』が初上演
【追悼企画】すぎやまこういち氏を偲んで ~その音楽で世界中を楽しませてくれたすぎやま氏の“歩み”を振り返る~
2020年に東京文化会館で上演された、スターダンサーズ・バレエ団におけるバレエ『ドラゴンクエスト』を収録している『バレエ ドラゴンクエスト2020』(ブルーレイ/発売:キングレコード/価格:6600円[税込])。12月8日発売予定だ。
  • 2016年
    • ドラゴンクエスト ライブスペクタクルツアー』が初上演
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  • 2016年
    • 最高齢でゲーム音楽を作曲し作曲家としてギネスブックに認定

 当時85歳だったすぎやま氏は、“最高齢でゲーム音楽を作曲した作曲家(The oldest videogame music composer)”としてギネスブックに認定された。その記録は2016年1月28日時点で、84歳292日というもの。当然、申請すればその記録を自身で更新することになったはずだ。もしかすると、今後この記録を破る作曲家が出てくるかもしれないが、おそらく向こう数十年は破られることはないだろう。

【追悼企画】すぎやまこういち氏を偲んで ~その音楽で世界中を楽しませてくれたすぎやま氏の“歩み”を振り返る~
  • 2018年
    • 旭日小綬章を受章

 旭日小綬章とは、“国や公共に対して功労のあるもの、とりわけ顕著な功績のある者”に贈られる、日本の勲章のこと。すぎやま氏は2018年秋の叙勲でこの勲章を受章している。これはつまり、すぎやま氏のこれまでの活躍が、国に認められたという証だ。認められた貢献はゲーム音楽家としてのものだけではないだろうが、氏をゲーム業界人として考えると、誇らしい受章だったと言える。

  • 2020年
    • 文化功労者に選出

 文化功労者とは、 文部科学大臣が選出した“文化の向上発達に関してとくに功績のあった人物”を指す。音楽はもとより、さまざまな協会で旗振り役として積極的に活動も行ったすぎやま氏は、文化という大きな枠組で考えても八面六臂の活躍をしたのは間違いない。そんな氏の選出には、 多くの人が納得したことだろう。

  • 2021年
    • 東京2020オリンピックの開会式で『序曲:ロトのテーマ』が入場曲に

 ゲームファンであれば、とくに印象深いのがこのトピックだろう。2021年7月23日に開催された、東京2020オリンピックの開会式における入場行進曲として最初にかかったのが、すぎやま氏による『序曲:ロトのテーマ』だった。荘厳さも感じられるこの楽曲は、大舞台の幕開け、そして選手の行進にベストマッチ。ゲームファンのみならず、国内外で大きな話題となったのは記憶に新しい。

 長く『ドラゴンクエスト』シリーズ作の音楽を手掛け、ゲーム業界の活性化やオーケストラ音楽の普及に尽力を続けた氏は2021年9月30日、90歳で逝去された。

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週刊ファミ通本誌インタビュー記事から氏の金言・名言を送る

 これまでに週刊ファミ通本誌で何度か行っている、すぎやま氏への取材やインタビュー記事の中から、すぎやま氏の“言葉”の数々を抜粋。氏らしい含蓄のある、そして印象的な発言を紹介する。

●好きなものを食べ、好きなように遊び、好きなように仕事をし、好きなように生きることを信条にしているのです。

2016年11月3日号 “ギネス記録を打ち立てた、すぎやまこういち氏を直撃!”より

●「たった5分で『序曲』のメロディができたのですか?」とよく聞かれるのですが、それは50数年生きてきたからこそだと思います。50数年+5分の時間をかけて作曲したのだと言えますね。

2010年3月11日号 特集“すばらしきゲームミュージックの世界”より

●無節操に曲の数を増やすと、クリアーした後に音楽の印象が何も残らないんですよ。

2004年12月10日号 『ドラゴンクエストVIII』特集“堀井雄二、すぎやまこういち、日野晃博、合同インタビュー”より

●僕にとっては、作曲という仕事そのものがライフワークであって、作曲活動の中でかなり大きな比重を占めているのが『ドラゴンクエスト』ということです。

2016年11月3日号 “ギネス記録を打ち立てた、すぎやまこういち氏を直撃!”より

●ゲーム音楽ですから、そのゲームが動くハードで音を出すっていうのが当たり前。その枠内でいかに音を作り、音楽らしくするかっていうのが僕の仕事です。

2009年9月10日号 『ドラゴンクエストIX』特集“開発スタッフインタビュー”より

●いい曲だけれども、ゲームのコンセプトとか絵に合わないこともある。それを無理に使うよりは寝かせておいて、何作か後でピタッと合うシーンが合ったら出してきたり。そういうストックはつねにたくさん用意してあるんです。

2009年9月10日号 『ドラゴンクエストIX』特集“開発スタッフインタビュー”より

●音楽を聴いて「ああ、『DQ』だ」って思えるものを作らないといけない。『DQI』のときから紡いできた基本コンセプトを考えながら、新たなものを作る。これに徹することが僕にとっての『DQ』らしさなんです。

2004年12月10日号 『ドラゴンクエストVIII』特集“堀井雄二、すぎやまこういち、日野晃博、合同インタビュー”より

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書籍『ドラゴンクエスト30thアニバーサリー すぎやまこういちワークス~勇者すぎやんLV85~』(AB版・192ページ/発売:スクウェア・エニックス/3565円[税込])も、ぜひ読んでほしい。活動歴、楽曲解説、インタビュー、対談、プライベート公開など、すぎやま氏の冒険の歴史が凝縮された一冊。『序曲』などを聴き比べられるCDも付いている。

 最後に。現在開発中の『ドラゴンクエストXII 選ばれし運命の炎』にも氏の楽曲が鳴り響くことに期待しながら、発売を待ちたい。そして、氏が生み出してきた音楽をこれからも楽しみたい。それが、すぎやまこういち氏の音楽に喜び、心を奮い立たされ、数多の冒険を過ごしてきた私たちにできることだろう。

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