アトラスの人気RPG『真・女神転生』シリーズ最新作、『真・女神転生V』(以下、『真V』)を深掘りしていく当連載。新登場のイケメン悪魔こと“フィン・マックール”に焦点を当てた前回に続き、今回は、神に忠誠を誓う天使“アブディエル”に注目する。

 『メガテン』の識者として知られるフリーライター・塩田信之氏による、神話上の逸話などをふまえた知識、解釈を頭に入れておけば、『真V』もより味わい深くなるかもしれない。今回もお見逃しなく。

塩田信之(しおだのぶゆき)

ゲームやアニメなどのジャンルで活動の多いフリーライター。編集プロダクション“CB's Project”創立メンバーとして、SFC版『真・女神転生』のころより多数のメガテン関連書籍を制作。『真4Fと神話世界の旅』などアトラス公式サイトのコラムや、『真・女神転生 DEEP STRANGE JOURNEY』限定版付属『メガテンマニアクス』の編集執筆なども担当してきた。

主人公が読んでいる本のタイトルは?

『真V』の主人公について、最初の情報が映像とともに公開されたとき、SNS上などで大きな話題になりました。これまでの『真・女神転生』シリーズにはあまりいなかった、少女マンガにでも出てきそうな眉目秀麗な美少年が主人公! ということで、これまでシリーズを遊んでいなかった方も含め、男女のゲームファンに大きなインパクトとともに受け止められたようです。

 そんな彼のビジュアルを見てみると、繊細な花の刺繍の施された制服の立ち姿には、その片手に文庫本を開き持っています。添えられたプロフィールには趣味が読書とあるのですから、その理知的な容貌も納得です。同じように読書を趣味とする方には、プロモーション映像でちらりと見えた本から、彼が読んでいるのはミルトンの『失楽園』ではないか、との予想もネット上を賑わせました。

『真・女神転生V』神に忠実なる天使“アブディエル”は、あの『失楽園』で登場していた。【『真V』深掘りコラム第3回】
『真V』の主人公

 現時点で実際に読んでいる本が『失楽園』なのかは確実な情報としてはありませんが、プロモーション映像第3弾が公開され、いくつかの初登場の悪魔たちとともに天使アブディエルの存在が明らかになると、『失楽園』のことが私の頭に再び浮かんできました。土居政之さんが悪魔についてのコメントに書かれていた通り、アブディエルは『失楽園』に登場する天使だからです。細かいことを言えば、『旧約聖書』の“歴代誌上”にもその名前は出てきます。ただし、最初の人間アダムから、預言者アブラハムを経た子孫のひとりとして同じ名があるだけです。その名には“神の僕”という意味があるため、敬虔な信仰を持った人だったのかもしれません。『失楽園』には、アブディエルに限らず『聖書』に登場する名称が、人間だけでなく地名までも、天使あるいは悪魔の名として登場しているのです。

『真・女神転生V』神に忠実なる天使“アブディエル”は、あの『失楽園』で登場していた。【『真V』深掘りコラム第3回】
『真V』における天使アブディエル

『失楽園』の作者ジョン・ミルトン

『失楽園』と言うと、日本では「ああ、不倫のドラマね」と思われることのほうが多そうです。もちろん、渡辺淳一のベストセラー小説をドラマ化した『失楽園』のタイトルは、ミルトンの『失楽園』に由来します。互いに不倫どうしのカップルが楽園のごとき快楽に溺れていると、関係が家族や会社に露見してしまう。一転して、針のむしろのような状況に陥ったことを、楽園を追放されたアダムとイヴに例えているというわけです。

 ということで、ミルトンの『失楽園』とは、『旧約聖書』の“創世記”に描かれている最初の人間アダムとイヴの夫婦が、禁じられた“智恵の実”を食べたことで楽園“エデン”から追放されるエピソードを叙事詩として描いた作品です。また同時に、聖書にかつてあったと示唆されている、天上で高位の天使だったルシファーが神の敵対者となり、悪魔となった戦いも描いています。

 ミルトンは神学、あるいは哲学、場合によっては神秘主義的な思想を下敷きにしていますが、その内容は宗派によって扱いは異なりつつ、広くキリスト教世界に浸透しています。『メガテン』においても、これまでのシリーズで何度となく描いてきた神や天使と悪魔の対立構造は、『失楽園』に結実した物語が基になっています。

 そんな叙事詩の作者であるジョン・ミルトンは、意外に思われるかもしれませんが17世紀のイギリスで活躍した詩人です。生まれた1608年は、まだウィリアム・シェイクスピアが活躍していたころで、若き日のミルトンは彼に憧れ、賛美する詩も書いています。

 17世紀半ばになると、イギリスで清教徒革命が起こり、ヨーロッパを旅していたミルトンも国に戻って自らその渦中に入っていきます。なお、1年近く旅行していたミルトンは、ローマや古代のギリシアに並々ならぬ関心を持っていたようで、それは『失楽園』で神話を引き合いにした描写が多数見られることからも理解できます。

 共和制に組したミルトンは、イギリス王権が復古すると思想犯扱いとなりますが、そのころすでに盲目となっていた50代のミルトンは、口述筆記によって『失楽園』を作ったとされています。ミルトンの生涯をざっと見ると、サタンの起こした反乱にも清教徒革命が影響していると思われます。しかし見かたによっては、シェイクスピアに憧れ、古典の舞台となったローマやギリシアの地を訪れ(ようとし)たミルトンの抱くロマンを集大成したものが『失楽園』であったようにも思えます。

『真・女神転生V』神に忠実なる天使“アブディエル”は、あの『失楽園』で登場していた。【『真V』深掘りコラム第3回】
『真V』における天使アブディエル

『失楽園』で登場するアブディエル

 全12巻にわたる大叙事詩である『失楽園』ですが、アブディエルが登場するのは5巻の後半と6巻の前半だけです。しかも、物語上のリアルタイムで活躍するわけではなく、エデンを訪れた天使ラファエルが、アダムに話して聞かせる過去のエピソードに登場するキャラクターという扱いとなります。あくまでも脇役ではありますが、サタンの率いる神に反旗を翻した軍勢の中で唯一、サタンに異を唱えて神のもとへと戻った、とても印象深いキャラクターと言えます。

 物語が始まった時点でサタンの反乱は始まっており、すでに一度戦いに敗れています。それが『旧約聖書』のどのあたりの話かというと、天地創造の前になります。神とその被造物としての天使たちが天上にいて、中でもルシファーは“明けの明星”と呼ばれ、神にも認められた高位の存在だったわけですが、第1巻でもう悪魔サタンと呼ばれています。サタンやベルゼバブ、ベリアルといった高位の悪魔たちが、率いる軍勢を鼓舞する様子がまず描かれます。

 それからサタンは、神が単独で新たに作った“エデン”に単身乗り込み、アダムとイヴを陥れようと考えます。ラファエルは神によってアダムとイヴのもとに遣わされた存在で、アダムによる歓待を受けながら、求めに応じてサタンの反乱がいかに始まったかを話し、そこに熾天使(セラフ)アブディエルの活躍が含まれているわけです。

 ラファエルによるサタンの軍勢との戦いの描写が続き、そこでもアブディエルは登場しますが、やがてラファエルの話は天地創造や人類創造へと移っていき、ラファエルが去った後に蛇となったサタンがイヴに智恵の実を食べさせます。アダムはそれを知り、諦めとともに自らも果実を口にし、神によってミカエルが遣わされて楽園を追放されるのです。

『真・女神転生V』神に忠実なる天使“アブディエル”は、あの『失楽園』で登場していた。【『真V』深掘りコラム第3回】
『真V』における天使アブディエル

神学か、神話か

『失楽園』はイギリスの文学史において、シェイクスピアと並ぶとも言われるほど重要な作品です。そこにはアダムを視点とし、神や天使たちとの対話を通じて神学論が語られています。サタンの誘惑に負け、原罪を背負うことになりますが、楽園を追放されてなお希望と信仰を持ち続ける、ミルトン自身の信仰心の表れた書物でもあります。

 しかし、それと同時にサタンは一部のパートにおいて主人公として描かれ、一般的な堕天の理由とされる“驕り”ではなく“人間に対する嫉妬”に起因するものとして弁護を試みているようにも見えます。悪魔たちは雄弁に演説し、神に対する畏怖を抱えつつ戦いへと邁進する苦悩があります。悪魔たちそれぞれが、天使あるいは異国・異民族の神としての自己の立脚点を持ち、天使たち同様の位階を定め、秩序立った組織を作っています。アブディエルはそんな悪魔たちの集団の中で異を唱えるわけですが、見方によっては悪魔たちの思想を際立たせているのかもしれません。

 聖書におけるエデンの物語と比べて目立つのは、イヴの美しさに対する言及の多さでしょう。サタンの軍勢には、聖書において後に人間の女に恋慕したがために堕天させられるアザゼルもいます。また、神に関する描写には、ギリシア神話のゼウス(ローマのユピテル)を重ね合わせたものが多く、ゼウスといえば女好きで浮気を火種とするトラブルメーカーでもあります。ミルトン自身が若いころに離婚についての本を書いていたり、妻や子を亡くすなどの不幸が続いたことも影響しているのかもしれませんが、男性であるアダムの優位性は色濃いものの、人類の母たるイヴへの思慕の念は強く感じられます。

『失楽園』の口述筆記を始める前のことですが、ミルトンは『アーサー王物語』などの叙事詩を書きたいと願っていたようです。そこには清廉な騎士達の物語があり、同時にロマンスや裏切りもあります。『失楽園』には、そんなミルトンの想いがいくつもの欠片となって、あちこちに散りばめられているのかもしれませんね。

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