アトラスの人気RPG『真・女神転生』シリーズ最新作、『真・女神転生V』(以下、『真V』)を深掘りしていく当連載。主人公の“禁忌の存在”たる姿──“ナホビノ”に焦点を当てた前回に続き、今回は、本作屈指のイケメン悪魔と言っていいかもしれない“フィン・マックール”に着目する。

 『メガテン』の識者として知られるフリーライター・塩田信之氏による、神話上の逸話などをふまえた知識、解釈を頭に入れておけば、『真V』もより味わい深くなるかもしれない。今回もお見逃しなく。

『真・女神転生V』(Switch)の購入はこちら(Amazon.co.jp)

塩田信之(しおだのぶゆき)

ゲームやアニメなどのジャンルで活動の多いフリーライター。編集プロダクション“CB's Project”創立メンバーとして、SFC版『真・女神転生』のころより多数のメガテン関連書籍を制作。『真4Fと神話世界の旅』などアトラス公式サイトのコラムや、『真・女神転生 DEEP STRANGE JOURNEY』限定版付属『メガテンマニアクス』の編集執筆なども担当してきた。

神の血を引く英雄たちの時代

『真V』にケルト神話の英雄フィン・マックールが登場すると聞いて、小躍りするくらい喜んだ方もいるかもしれません。ケルト神話の英雄といえば、『メガテン』でおなじみのクー・フーリンがまず挙がると思われますが、それに次ぐ存在と言えるのがフィン・マックールです。

 光の神ルーの子とされるクー・フーリンは、その美貌で数多くの女性たちを虜にした、と神話にありますが、フィン・マックールも負けてはいません。“フィン”は彼の通り名ですが、そこには“美しい”という意味が含まれています。『真V』公式ツイッターで掲載された土居政之氏による悪魔紹介に「『イケメン』な悪魔を出したい」とのお言葉がありましたが、もう名前からしてイケメンであることは約束されているわけです。

 フィン・マックールの物語は、クー・フーリンが活躍したアルスター地方(アイルランド北東部)を舞台に描かれますが、時代としては数百年後になります。クー・フーリンが光の神の子なら、フィンは“銀の腕”を持つことで知られる神々の王ヌァザの曾孫(母親がヌァザの孫)とされました。

 クー・フーリンの登場する物語は“アルスター物語群(サイクル)”に分類され、フィン・マックールを中心とするお話は“フィニアン物語群”あるいは“フィアナ物語群”と分類されます。フィアナとは、アイルランドの各国にひとつずつあった騎士団のことで、加入するには戦う能力だけでなく教養も必要とされたエリート集団です。フィンは、“知恵の鮭”を食べたことで多くの知識を得て、魔物退治をすることで王に認められ、フィアナの長となります。

中世の騎士ロマンスに連なる物語

 フィン・マックールにはサヴァという妖精の妻がいるのですが、出会った時には魔法で子鹿に姿を変えられていました。フィンと出会い、本来の姿を取り戻したサヴァは、結婚して3年のあいだ一緒に暮らすのですが、フィンが戦いに出かけて8日間留守にしていたあいだに姿を消してしまいます。留守中に何があったのかを家来に聞くと、フィンにそっくりな人物が現れ、サヴァを子鹿の姿に変えて連れ去ったといいます。

アーサー王伝説』をご存知の方なら、このエピソードにアーサーの父ウーサーの物語を思い出されるのではないでしょうか。ウーサーは同盟関係にあるコーンウォール公の奥方に横恋慕し、公が戦いに出ている間にマーリンの魔法で姿を変えて思いを遂げました。そのとき奥方に宿ったのがアーサーです。『アーサー王伝説』は9世紀ごろから文書に語られるようになり、15世紀にサー・トマス・マロリーによる『アーサー王の死』としてまとめられるまで数多くの語り手たちが時間をかけて成長させた物語です。そこにはケルト由来と考えられるさまざまな物語が吸収されました。

 サヴァが姿を消してから数年後、長い髪をした、見た目麗しい子供が森で発見されます。フィンはサヴァの子と信じ、“オシーン(子鹿)”と名付けて育てることになります。“フィニアン物語群”の多くは、後にオシーンが詩作して語ったものとも言われます。

『真・女神転生V』新たな悪魔“フィン・マックール”のルーツはアイルランドの神話で描かれていた。その興味深い逸話とは……?【『真V』深掘りコラム第2回】
『真V』におけるフィン・マックール

 もうひとつ、“フィニアン物語群”には、騎士団に属する若い戦士ディルムッドの物語があります。ここではすでにフィン・マックールは年老いた騎士団長となっていますが、他国の王女グラーニャと婚約しています。婚儀のためにやって来たグラーニャは、あろうことか夫の部下であるディルムッドに恋をし、自分を連れて逃げる“ゲッシュ(誓い/呪い)”をかけ、16年もの長きに渡る逃避行をさせるというお話です。

 この物語もまた、『アーサー王伝説』のアーサー王とその妻グィネヴィア、そして騎士ランスロットの物語を思い起こさせますが、また同時にやはり『アーサー王伝説』に取り込まれている『トリスタンとイズー』や、クー・フーリンの時代の『悲しみのディアドラ(ノイシュとディアドラ)』ともよく似ています。こうした儀劇的な境遇の恋愛物語が広く愛され、各地でいくつものバリエーションに枝分かれした背景を窺わせます。そんな民話としての拡散は、日本の昔話のようでもありますが、子鹿に変身させられていたサヴァの物語は、どこか『鶴の恩返し』などに代表される“異類婚姻譚”を思わせますし、ギリシア神話の『変身物語』(オウィディウス)にも似ているのは面白いですね。

『真・女神転生V』新たな悪魔“フィン・マックール”のルーツはアイルランドの神話で描かれていた。その興味深い逸話とは……?【『真V』深掘りコラム第2回】
『真V』におけるクー・フーリン

オシーンの物語と『浦島太郎』

 フィン・マックールの息子とはいえ、ちょっと話題からズレてしまいますが、オシーンが主役となる物語が『浦島太郎』とよく似ているということは覚えておくと、いい話題になるかもしれません。

 オシーンには、ケルト神話に描かれるいわゆる“天国”にも似た妖精の国“ティル・ナ・ノーグ”を訪れる、“冥界下り譚”みたいな話があります。騎士団の一員として戦いに参加し、ただひとり生き残ったオシーンは、妖精の女王ニァヴ(クイーンメイブやマブといった存在に近い)に見染められ、ともに妖精の国へと向かい、3年のあいだ夫婦としてともに暮らします。しかしそのあいだに元の世界では数百年が経過しており、故郷へと戻ったオシーンは、そこで一瞬にして老人の姿に変わってしまうのです。

 妖精の国へは白馬に乗って移動しますが、白馬といえば女神エポナを思い出させますから、浦島太郎を乗せた亀が実は乙姫の変じた姿だった、という話にも符号します。奇妙なほどよく似ているのは、ことによると『浦島太郎』が影響を受けている中国の古い神仙思想とも関連があるからなのかもしれません。『浦島太郎』の物語は『日本書紀』にもその“原型”が窺える古い物語です。その原型を辿ると、『天女の羽衣』のように天女と出会い、ともに神仙の世界を巡る中国の古い物語にたどり着きます。中国には、壺の中に神仙の暮らす世界があって、そこに迷い込んだ男の話がおとぎ話として語られ、“壺中天”物語と総称されています。

 だいぶ横道にそれてしまいましたが、ケルトの古い物語には、船でさまざまな異界を訪れる物語が数多くあって、異界で魔力を持つ女性と結婚するという、男性にとって夢のような物語が意外と共通していたりするようです。思えばギリシア神話の『オデュッセイア』でも、英雄オデュッセウスは船で島にたどり着き、魔女キルケと出会ってしばらく幸せな日々を送るところがよく似ています。

 そういったお話は、アイルランドにキリスト教を伝えたとされる聖パトリックに、オシーンが直接話したと伝えられています。ケルトの神話は、キリスト教よりも古くから口承で伝えられてきたのですが、文書として残されることはほとんどなかったのです。それらが文字で記録されたのは、カエサルの『ガリア戦記』やタキトゥスの『ゲルマーニア』など、異国人による信憑性の疑わしい記述が含まれるものや、キリスト教の僧侶たちによる思想的にバイアスのかかったものが多かったのも事実です。アイルランドを含む島嶼部などに古い記録も残されていることから、キリスト教以前の宗教や伝説を取り戻す努力も試みられていますが、なかなか難しいようです。

『メガテン』好きにとって馴染み深いだけに、『ケルト神話』という未だ曖昧模糊とした謎の多い神話とその歴史に、さらなる光が当たることで、フィン・マックールやクー・フーリンらのゲームでの活躍も、より面白く感じられるようになるのではないかと思います。
 

『真・女神転生V』(Switch)の購入はこちら(Amazon.co.jp)