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 2021年5月14日に発売した『ファミコン探偵倶楽部 消えた後継者・うしろに立つ少女』は、ファミリーコンピュータ ディスクシステムで、1988年、1989年に発売されたオリジナル版をフルリメイクしたNintendo Switch用タイトル。

 少年探偵の主人公を操作して、それぞれのタイトルで起こった事件を解決していく推理アドベンチャーが楽しめる内容となっている。

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『ファミコン探偵倶楽部』インタビュー。企画の発端から開発中のエピソードを少年探偵ばりに聞く【ネタバレあり】

 本作は、多くのテキストアドベンチャーゲームを開発してきたMAGES.が開発を担当。任天堂からは坂本賀勇氏を始めとする原作を手掛けたスタッフが関わっており、当時の雰囲気そのままのリメイク作品として仕上がっているのがポイントだ。

 本記事では、『ファミコン探偵倶楽部 消えた後継者・うしろに立つ少女』を手掛けた開発のキーマンである任天堂の坂本賀勇氏と、MAGES.の浅田 誠氏へのインタビューを掲載。

 リメイク作を開発することになったきっかけに始まり、開発の苦労話や見てほしいポイントについて伺った。

 なお、インタビュー中には若干のネタバレ要素が含まれているので、これからゲームをプレイしようとしている人は、クリアーしてからご一読いただくことをオススメする。

※『ファミコン探偵倶楽部 消えた後継者・うしろに立つ少女』レビュー記事はこちら

『ファミコン探偵倶楽部』インタビュー。企画の発端から開発中のエピソードを少年探偵ばりに聞く【ネタバレあり】

坂本賀勇(さかもとよしお)

 任天堂にて、ファミリーコンピュータ ディスクシステム版、スーパーファミコン版の『ファミコン探偵倶楽部』を手掛けた。そのほかの代表作として、『メトロイド』シリーズや『トモダチコレクション』シリーズなど。

浅田 誠(あさだまこと)

 MAGES.取締役。『PSYCHO-PASS サイコパス 選択なき幸福』、『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』など、数々のテキストアドベンチャーゲームを手掛けてきたプロデューサー。

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いちファンの熱意から生まれたフルリメイク作

――30年以上の時を経て現代機に復活した『ファミコン探偵倶楽部』ですが、いったいどういった経緯から、リメイクの企画が生まれたのでしょうか。

坂本さかのぼるとけっこう昔になるのですが、任天堂にはソフトメーカーさんをサポートする部署があって、ある日、その部署のスタッフから、浅田さんを紹介されたんです。「リメイクを作りませんか」と。

浅田リメイクを作りたいと思ったのは、単純な話なんです。自分自身が、『ファミコン探偵倶楽部』の大ファンだったので、現代機でリメイクされた作品をやりたい、作りたいと。少し昔ですが、任天堂の担当者さんと弊社の今後のラインアップを話していたときに、その最後に「『ファミコン探偵倶楽部』のリメイクを作りませんか?」と、そういう話を挟ませてもらって。

――そこから、リメイクの話が動き出したと。

浅田その後、一度企画書をお見せしたのですが、「企画書だといまいち伝わりづらいですよね」という話をして。自分の頭の中には作りたいゲームのイメージがある程度固まっていたので、もうテスト版を作って坂本さんにお見せしたほうが早いと思い、すぐに作ってきたという経緯があります。

――まだ企画が成立する前にテスト版を作ったと。

浅田本当にリメイクを作りたかったので、できることなら最善を尽くそうと。そのテスト版は志倉(志倉千代丸氏。MAGES.の代表取締役会長)には話を通してありますが、会社にはほぼ内緒で作りました(笑)。そのテスト版を任天堂さんに気に入っていただけたので、「じゃあ企画をスタートしましょう」ということになりまして。

――リメイク作の提案を聞いて、坂本さんはどのような印象を持たれましたか?

坂本まずは「えっ? 本当に?」という感じです(笑)。どういうことなんだろうと思ってそのテスト版が動いている動画を見せていただきました。すでにかなりの完成度のものに仕上がっていましたし、浅田さんの作品に対する熱量もすごく感じましたので、そのときから私は「この話は受けたい」と率直に思っていました。テスト版の段階からキャラクターはアニメーションしていましたし、ボイスもついていて驚きました。

浅田MAGES.では声優事務所を持っているので、そこの人員に協力してもらって仮ボイスを当てました。仮であること以外は、ほぼ製品版に近い完成形のイメージが見えるものになっていたと思います。

――浅田さんのいちファンとしての願いが叶ったわけですね。

浅田そうですね。感無量です。企画がスタートしてからは、どういった形でリメイク作を作るのかをじっくり話し合いました。ここらへんがいちばん開発で時間をかけたところだったんじゃないかなと、振り返って思います。

『ファミコン探偵倶楽部』インタビュー。企画の発端から開発中のエピソードを少年探偵ばりに聞く【ネタバレあり】

――任天堂の皆さんからは、どういったリクエストをされたのでしょうか。

坂本『ファミコン探偵倶楽部』のリメイク作が発売されたとして、いちばん反応してくださるのは原作のファンの方たちだと思います。幸運なことに根強く支持していただいているタイトルなので、そういうファンの方々に「なんか違うな」と思われる作品にしてはいけません。まずは原作のファンの方に喜んでいただける内容にしたいと思っていましたが、浅田さんたちはすでにそういう心構えでいらしたので、我々からこうしてほしいというリクエストはなかったと思います。

――原作をそのままリメイクするという方針は最初から決められていたのでしょうか。

浅田うちのスタッフにも『ファミコン探偵倶楽部』のファンがたくさんいて、原作を変えるというのは最初から頭の中にはありませんでした。原作のテイストをどれだけ残せるのかという点ですが、幸い任天堂さんには原作を手掛けたスタッフの方がいらっしゃったので、坂本さんを含む原作スタッフの方々にご協力いただきつつ開発をさせていただきました。

――原作のスタッフの方に監修をしていただけるのであれば、百人力ですね。

浅田ありがたいことに、のめり込んで作業をしていただくことができて、“任天堂監修”というよりは、“任天堂さんといっしょに開発した”という感覚です。そのおかげで、原作の“味”みたいなのはリメイク作にかなり入れ込めたんじゃないかなと。自分としては、当初からの目標通りのゴールにたどり着けたと考えています。

――リメイク作を作るうえで、難しかった部分などはあったのでしょうか。

浅田今回のゲームはこれまでの我々のテキストアドベンチャーゲームとまったく異なる作りかたをしているんです。本作は、いわゆるイベントCGみたいなものや立ち絵などが存在していなくて、各シーンに合わせてそれぞれ専用のグラフィックを作っています。開発中にはそれを仮組みしたものを坂本さんに細かくチェックしていただいていましたが、お互いのイメージのすり合わせをしていくのがたいへんでした。坂本さんの頭の中にあるイメージを具現化することが、リメイク作には絶対に必要な要素ですから。

坂本『ファミコン探偵倶楽部』には、本作独特のテンポというか、間というか、そういう部分を大事にしていましたが、それらを言葉で伝えて再現していただくのは無理があったので、直接調整のお手伝いをさせていただきました。もともと、MAGES.さんに作っていただいた仮組みのゲームはすごくよくできていたので、私個人としては作業していて楽しかったです。

『ファミコン探偵倶楽部』インタビュー。企画の発端から開発中のエピソードを少年探偵ばりに聞く【ネタバレあり】
ファミリーコンピュータ ディスクシステム版『ファミコン探偵倶楽部 消えた後継者』
(C)1988 Nintendo/TOSE

――そのすり合わせをするのに、難航したシーンはありましたでしょうか。

坂本MAGES.さん側の作業はどのシーンもたいへんだったと思いますが、難航したものはなかったと私は思います。浅田さんはじめ、MAGES.の皆さんがしっかりと『ファミコン探偵倶楽部』を理解してくださっているので、大きなズレがあるシーンなどはほぼありませんでした。本当に細かい部分で言葉遣いを直したり、目線を変えたりとか、そういったものがほとんどでしたね。個人的なお話をすると、『消えた後継者』のほうは初リメイク作なので、原作のままではセリフが足りていなかったり、フラグが煩雑だったりする部分がありました。そこは原作を作った者の責任としてなんとかしなければと思い、だいぶ作業をさせていただいたのですが、それがすごくたいへんだったなと、振り返って思います。

――たしかに、ファミリーコンピュータ版と同じゲーム内容だと、現代ではテンポが悪いものになりそうですね。

坂本MAGES.さんが目コピで起こされた資料を基に、それをもとにフラグなどを整理していきました。ひとつ気をつけていたのが、どこまでゲームのテンポをよくしてしまっていいのかということでした。『ファミコン探偵倶楽部』では、試行錯誤してシナリオが先に進んだときの達成感も、ゲームの魅力だったと思います。そのため、シンプルで簡単なゲームにしていいものなのか、逆にどこまでプレイヤーを悩ませるべきなのか、バランスを考えるのが難しかったです。

『ファミコン探偵倶楽部』インタビュー。企画の発端から開発中のエピソードを少年探偵ばりに聞く【ネタバレあり】

――『ファミコン探偵倶楽部』が原作だからこその悩みですね。リメイクをするうえで、演出を変えざるを得なかった部分などは、ありましたでしょうか。

坂本大きくはありませんが、細かいところならいくつか。『消えた後継者』のワンシーンで、熊田医院で“とる”のコマンドでレントゲンを調べるとお話が進むという仕掛けがありました。これは“取る”と“撮る”をかけたひらがなコマンドならではのネタなのですが、リメイク作では当然“とる”の文字が漢字の“取る”になっています。同じネタが成立しなくなるのでリメイク版では“見る・調べる”にコマンドを変えることにしました。

――なるほど。コマンドがひらがなだったからこそ使えたネタなわけですね。個人的には、『うしろに立つ少女』のラストシーンで主人公が電話に出るシーンがボイスが入ったことでどうなるのか、発売まで気になっていました。声で電話の相手がすぐに分かってしまうのではないか……と。

浅田あのシーンは……演技を変えればいけるだろうと思っていたので、あそこの演出をどうしようかという心配はしませんでしたね。

――『消えた後継者』では、最後の迷路マップがかなり親切な設計になっていました。

坂本『うしろに立つ少女』はスーパーファミコン版準拠なので迷路マップは存在しないのですが、『消えた後継者』では重要なシーンなので、こちらは残しています。迷路を巡るときにヒントとして鏡が表示されますが、あれは「方向音痴な自分のためにヒントを出してください」とお願いしたという経緯があります(笑)。

あゆみちゃんのキャスティングは坂本さんのこだわり!?

――一新されたキャラクターデザインについても、お話をお聞かせいただけますでしょうか。

浅田お話は最初から変えるつもりはありませんでしたが、グラフィック面は変えざるを得ませんでした。ですので、坂本さんとお話をしつつ、キャラクターデザインのイメージを固める作業は、開発の初期に行いました。最初に方向性を決めるまでが、けっこう時間がかかりましたね。なんだかんだで、ボツになったキャラクターデザインも含めて、120体くらいは仕上げたかと。

――本作ではキャラクターがアニメーションしますし、グラフィック面の開発の物量もたいへんだったのではと想像します。

浅田うちがふだん作るゲームの3倍から5倍くらいはグラフィックを描いていると思います。アニメーションをつける作業が存在するためキャラクターデザインは初期に決めないといけないので、最初から最後まで、たいへんな作業続きでした。任天堂さんには、本当によく最後まで付き合っていただけたなと感謝しています。

『ファミコン探偵倶楽部』インタビュー。企画の発端から開発中のエピソードを少年探偵ばりに聞く【ネタバレあり】

――本作の主人公とヒロインのあゆみには、それぞれ緒方恵美さんと皆口裕子さんがキャスティングされています。このキャスティングに至った経緯なども、お伺いできますか?

浅田キャスティングについては、任天堂さんとの打ち合わせの2~3回目のときにしたと思います。坂本さんに声のイメージはありますか? と伺ったら「あゆみは皆口さんにしてほしい」と。

坂本ボイスについてはMAGES.さんは専門なので、あまり口を出さなくていいかなと思いました。ですが、ひとつだけワガママを言えるなら、あゆみは皆口さんに続投(※)してほしいと言いました。

※サテラビューで配信された『BS探偵倶楽部 雪に消えた過去』にはキャラクターボイスが存在し、登場するあゆみは皆口裕子さんがボイスを担当している。

浅田そのほかのキャスティングについては我々が検討しました。あゆみが皆口さんなら、主人公は皆口さんと同世代で少年の声が合う人……という発想から考えて、緒方恵美さんにしたという経緯があります。

――皆口さんのボイスやキャラクターデザインのステキさから、SNSでは「あゆみちゃんかわいい」という意見がよく見られました。

『ファミコン探偵倶楽部』インタビュー。企画の発端から開発中のエピソードを少年探偵ばりに聞く【ネタバレあり】

坂本そうですね。かわいいと言ってくださる方が多くて、開発者としても非常にうれしく思います。ですが、ボイスが存在することによって、収録したあとにセリフをちょっと変えたいということがしづらいんです。セリフを足す以外の方法でどうにか変えていくしかないので、なかなかたいへんな作業でした。

浅田任天堂さんはテキストアドベンチャーゲームってそんなに作られていないと思うので、ボイス回りの作業はたいへんだったと思います。アクションゲームとかRPGとはボイスの収録日数や物量がまったく違いますから。坂本さんにも東京に1週間ほど来ていただいて収録に同席していただきましたが、あれもたいへんでしたよね?

坂本たいへんでしたが、個人的にはすごく楽しかったです(笑)。

――ゲームをプレイしたファンの方の意見などには、どんなものが見られましたか?

坂本発売された直後としばらく経ったあとで、けっこう意見が変わったなと感じました。最初のころは、おそらく原作のファンの方がプレイされていて、「あゆみちゃんや婦警さんがかわいい」という意見や、リメイクしたものに対してポジティブに受け止めてくださった意見が多かったんじゃないかなと思います。時間が経つと、今度は「原作を知らないけどやってみた」という人が増えていって。本作でテキストアドベンチャーゲームをデビューしたという声もあって、すごくありがたいなと思います。

――本作でテキストアドベンチャーゲームに入門したという意見も見られたんですね。

坂本いま流行りのVTuberさんのゲーム実況とかを観ると、若者にどうゲームが捉えられているのかを知ることができておもしろいですね。

――坂本さんはVTuberのゲーム実況なども観られるんですね。新しいファンが増えたという実感はありますでしょうか。

坂本スタッフに、「この人が『ファミコン探偵倶楽部』を実況しているよ」と教えてもらって観たのですが(笑)。そういったアプローチから、若い人にもゲームを伝えられたんじゃないかという手応えがあります。

――浅田さんはいかがでしょうか。

浅田自分はどうしてもファン目線になってしまうのですが、同じく原作のファンの方からの好評のご意見が多くて、ほっとしています。さきほどのお話でもあったシナリオのテンポについても概ね好評の意見が多くて安心しています。坂本さんとシナリオ担当の任天堂のスタッフさんのおかげです。あの見直しだけでも、相当な労力がかかっているはずなので。本当に、坂本さんたちがいなかったらどうなっていたんだろうってゾッとします。

坂本その作業はいま思い返してもゾッとしますね(笑)。『うしろに立つ少女』のスーパーファミコン版を作った当時は専用のエディターがあって、内容のチェックと修正を一度にひとりでできたんです。ボイスもありませんし、足らないセリフはチェックしながらすぐに足すことができましたので、楽だったんですよね。こんなご時世じゃなかったら、MAGES.さんにお邪魔して直接触らせてもらえないかなって思ったくらい、チェックもやり取りもたいへんでした。

――カーソル音やテキストのスクロール音がレトロ調にできる設定も、原作のファンには好評でした。

浅田あれは、自分が趣味で入れようと決めたシステムでした(笑)。このリメイク版は、当時のプレイヤーの皆さんには過去の自分との同窓会のように楽しんでもらいたいと思っていて、できればグラフィックも含めて全部原作バージョンに変えることができるといいなと考えていたのですが、技術的には難しいものでした。そこで、せめて音だけでも昔に戻して、懐かしんでもらえたらと思って導入しました。

『ファミコン探偵倶楽部』インタビュー。企画の発端から開発中のエピソードを少年探偵ばりに聞く【ネタバレあり】

――かなり革新的なシステムが満載のテキストアドベンチャーゲームを作ったMAGES.ですが、今後こんなゲームを作ってみたいというビジョンはありますか?

浅田この企画を進めるうえで掲げていたのが、「2Dテキストアドベンチャーの最高峰を作ろう」というものでした。じつは本作には、ほかの作品でやろうと思っていた技術を使っている部分もあるんです。任天堂さんや開発スタッフのおかげで最高のゲームを作ることはできましたが、振り返ってもかなり無謀なことをしたなって思います。これと同じレベルや、これ以上のものをもう一度作れと言われると、かなりしんどい(笑)。ただノウハウなどはかなり溜まりましたし、こういった技術などを使って、できるのであれば、『ファミコン探偵倶楽部』の新作を作りたいですね。

――今後も新作を期待しています! 最後に、ファンの方々に向けてメッセージをお願いできますでしょうか。

浅田現代ゲームのクオリティーで『ファミコン探偵倶楽部』をプレイしたいと思った自分が、予算や計画も未定のまま、始めた企画となっています。自分と同じような原作ファンの方にはきっと楽しんでいただけるものになっています。きっとあのころの自分と同窓会ができると思うので、まだプレイしていないという人は、ぜひ遊んでみてください。

坂本システムを大きく変えるわけではなく『ファミコン探偵倶楽部』を再現したので、いまの若いお客様にどう捉えていただけるのかと不安に思う気持ちもありますが、すごくおもしろいゲームに仕上がっています。「昔のテキストアドベンチャーゲームってこういうふうだったんだな」と歴史を感じるような気持ちでもけっこうですので、ぜひプレイしてみていただきたいです。きっとそのよさに気がついてもらえると思います。

『ファミコン探偵倶楽部』インタビュー。企画の発端から開発中のエピソードを少年探偵ばりに聞く【ネタバレあり】