eスポーツが盛り上がるなか、一部の熱狂的なゲーマー界隈で、「これこそがもっとも過酷なeスポーツではないか」と密かに話題のゲームがある。

 音ゲーのド定番『beatmania IIDX』シリーズの“行脚王”だ。

『ビートマニア』でDJの腕ではなくプレイした店舗数を競う猛者たちがいる。“行脚王”こそ、もっとも過酷で楽しいeスポーツ説

 『beatmania IIDX』シリーズは1999年からアーケードで稼働しているKONAMIのDJシミュレーションゲーム。“行脚王”とは、スコアやDJとしての腕ではなく、プレイした店舗などを競うというランキングだ。

※編注:多くのゲームセンターは感染症対策が行き届いていますが、プレイヤー側でも対策を徹底したうえでゲームを楽しみましょう。

 そもそも、“beatmania IIDX行脚”とは何なのか。文字通り、『beatmania IIDX』を求めて日本全国、はたまた海外のゲームセンターを巡る行為のことだ。わかりやすく言えば全国スタンプラリーみたいなもので、タイプは3つに分類される。

  • エリア行脚:都道府県と海外の『beatmania IIDX』をどれだけ制覇できるかを競う
  • 店舗行脚:国内・海外の『beatmania IIDX』のあるゲームセンターをどれだけ回れるかを競う
  • 筐体行脚:どれだけ筐体を制覇できるかを競う

 2021年4月1日現在の主戦場は、2020年10月から稼働中の『beatmania IIDX 28 BISTROVER』。行脚王を目指す猛者たちによるデットヒートがくり広げられている。

 なぜ、行脚王は過酷なのか。理由のひとつは、作品が切り替わるごとに記録がリセットされてしまうこと。モチベーション維持がたいへんなことが予想できる。筆者は日本1周を経験したことがあるが、1回で十分である。

 もうひとつは、スケジュール管理の難しさだ。ランキング上位の成績を見ると、明らかに私生活を犠牲にしないと出ないであろうペースの数字が並ぶ。いったい、成績上位者はどんな生活を送っているんだろうという素朴な疑問が湧き上がってくるレベルなのである。

『ビートマニア』でDJの腕ではなくプレイした店舗数を競う猛者たちがいる。“行脚王”こそ、もっとも過酷で楽しいeスポーツ説
e-AMUSEMENT会員になると閲覧できるランキング表。100位まで掲載されている。

 たとえば、前作『beatmania IIDX 27 HEROIC VERSE』の店舗行脚王が回った数は、975店舗。前作の稼働期間は約1年だったので、1日に3件ほど回らないと達成できない計算となる。果たして彼らは、どれほどストイックな生活をしているのか。3人のプレイヤーに話を訊いてみた。

 まずは975店舗を回った店舗行脚王・れきさん。25作目の店舗行脚王でもあるれきさんは、かなりみっちりと計画を立てて動くほうだという。「私は30歳で、会社員としてふつうに働いています。土日に2日くらい有給休暇をくっつけて動ける時間を増やしたりしますね。あとは(祝日も加えた)3連休だったり、お盆休みなどの長期休暇などにまとめてやっています」。

 ここまできっちり行動するのには理由がある。なぜなら、れきさんは既婚者だからだ。「なるべく家庭の時間を確保しようと思って、行脚の日数はそれなりに制限していました。ですので、短期間にどれだけ回れるかが勝負になってきます。妻が長期出張で留守の間に7日間連続で行脚して122店舗回ったこともあります」。

 短期間に多く回るにはコツがあるという。「朝早くオープンして早めにクローズするゲーセンと、遅くにオープンして夜遅くまでやってるゲーセンがあります。その辺りをうまく調整してスケジュールを組んでいきます」。

 移動時間も考慮してスケジュールを組むらしいが、食事の時間は抜けることが多いそうだ。「ゲームセンターの混雑状況は予測できないので、ご飯を食べる時間がなくなるときもあるんですよ。食事ができそうなときは(ゲームセンターの)近くでご当地飯を探したりします。ゲームセンターに食堂が併設されていることもあって、食事も含めてそのお店を楽しむなんてこともありますね」。

 と笑いつつも、最後に昨今のゲームセンター事情についてつぶやいた声のトーンが印象的だった。

「ちなみに975店舗というのは日本全国すべての『beatmania IIDX』が稼働しているゲームセンターです。10年ほど前の行脚王が1400店くらい巡っていたことを考えると、年々ゲーセンの数が減っているんです。各地の店舗に行脚の思い出があるので、閉店のお知らせを聞くと寂しいですね」。

『ビートマニア』でDJの腕ではなくプレイした店舗数を競う猛者たちがいる。“行脚王”こそ、もっとも過酷で楽しいeスポーツ説
『ビートマニア』でDJの腕ではなくプレイした店舗数を競う猛者たちがいる。“行脚王”こそ、もっとも過酷で楽しいeスポーツ説
『ビートマニア』でDJの腕ではなくプレイした店舗数を競う猛者たちがいる。“行脚王”こそ、もっとも過酷で楽しいeスポーツ説
分刻みの予定をエクセルで管理しているということで、東北を回ったときのスケジュール表をご提供いただいた。王はつねに時間を管理しながら最速での行動を目指すのだ。

 れきさんとは異なり、#TA-Kさんは一風変わった記録の持ち主だ。「僕はエクストリーム行脚が得意で、非公式なんですけど、1日に回れる店舗数を競っています。朝の7時から翌朝の7時までノンストップで行脚します。それで、75店舗回りました」。

 75店舗とは! 1時間に約3店舗回っている計算になる。シンプルにすごい。

「やっている間は飯はゼリー飲料やカロリーメイトでしのぎ、コーヒーで眠気を抑え、何とか朝まで耐えました。足ががくがくになるので、もうやりたくないですね(笑)」

 18作目の店舗行脚王であり、全角各地への行脚も経験した#TA-Kさんも、話によると会社員。仕事との両立はどうしているのだろう。

「平日にやれるだけやっておき、土日に行脚に全力を尽くすという考えかたで仕事をしていました。大切なのは会社の同僚と信頼関係。平日に有給休暇をとっても協力してくれるような人間関係を作りましたね」

 たいへんそうだが、それ以上に楽しもうとする気概を感じる。何がここまでユーザーを駆り立てるのか。賞金はなく、「今後も賞金に関しては予定していません」と、コナミアミューズメント広報担当者もコメントしている。ありきたりな表現ではあるが、“お金で買えない価値”は、たしかにそこにあるのだろう。#TA-Kさんは「いままで知らなかった街に踏み入れることになるので、日本の広さを感じたし、新しい景色や価値観に触れることができた」とその魅力を語った。

 また、「僕は、何年もかかって全店舗制覇をしたんですけど、ゲーセンって個性が強いんですね」とは、beatmania IIDX行脚ラー・らいおんさんの弁。「仏像が中央に置いてあるゲーセンがあったりするんです。それを(撮った写真を)コレクションして眺めるのが楽しいですね。機会をくれたのは行脚王ランキングです。いつかKONAMI本社にある筐体(※)でプレイしてみたい」。

※「KONAMI本社には幻のbeatmania筐体がある」と、ファンの間では言い伝えられている。

『ビートマニア』でDJの腕ではなくプレイした店舗数を競う猛者たちがいる。“行脚王”こそ、もっとも過酷で楽しいeスポーツ説
個性あふれるゲーセンを写真に撮ってコレクションしているらいおんさん。行脚にはこんな楽しみかたもある。

 行脚王の戦いは、見る人によっては単なる時間の浪費と思われるかもしれない。しかも記録は1年足らずでリセットされてしまう。しかし、一見、ムダなものにこそ価値があるということを、3人の行脚ラーは教えてくれる。冒頭で“過酷なeスポーツ”と書いたが、その過酷さは本人たちにとって価値のあるものなのだろう。

 愉快な努力と見当違いの効率化の果てに、発見やクリエイティブは生まれるのだ。そんな前向きな感想を抱くほどに、ゲームを自分なりのやりかたで楽しむ彼らが生き生きとして見えた。

 なぜKONAMIはこんな酔狂なシステムを思いついたのであろうか。コナミアミューズメント広報担当者に直撃すると、「いろいろな店舗を巡ってもらう遊びであったり、旅行や帰省などで遠出した際にもゲーム機に触れてもらうきっかけを作る、という思いがありました」。

 今後の行脚王の予定や野望を聞いてみると「新しい企画も検討しておりますので、楽しみにしていてください」とのこと。どのような規模での遊びになるのか、気になるところだ。

 最後に、「KONAMI本社にある筐体を開放してほしい」というらいおんさんの夢を伝えてみると「現時点で公開の予定はございません」という答えが返ってきた。

 行脚王プレイヤーの中には、KONAMI本社の『beatmania IIDX』筐体を制覇して初めて全制覇と言えると考える人もいる。開発に必要な筐体だろうから一般開放が難しいのは重々承知。KONAMIさんの心変わりを待ちながら、音ゲーに興味のない人も、旅行気分でランキングに参加してみてはいかがだろうか。もちろん、感染対策もお忘れなく!