VRユーザーにおすすめしたい、“いま、遊んでおきたい1本”に、『Last Labyrinth』がある。

 『Last Labyrinth』は、2016年にプロジェクトが発表され、2019年にOculus向けなどに配信された1作。いまはOculus Quest 2でも遊ぶことができる。本作は、見知らぬ館に閉じ込められたプレイヤーが、謎の少女カティアとともに、数々の謎解きに挑戦しながら館からの脱出を目指すという、パズル要素が強い脱出アドベンチャーだ。

 そのゲーム性は高い評価を受け、この4年間で数々の賞を受賞しているのはご存じの通りだ。

 本作のディレクター/プロデューサーを務めるのは、あまたの代表取締役社長、高橋宏典氏。高橋氏は、テクモ(当時)にてゲームプランナーとしてキャリアをスタートさせ、ソニー・コンピュータエンタテインメント(当時)に入社後は、『どこでもいっしょ』シリーズの立ち上げに参画し、1作目(1999年)のディレクターを担当。『こねこもいっしょ』や『トロと休日』などでも、ディレクター/プロデューサーを務めた。

 その後、PCオンラインゲームの会社などを経て、2008年にあまたを設立。あまたでは、おもにモバイルゲームや、PC、家庭用ゲーム機向けの受託開発をおこなっている。アニプレックスのプレイステーション VR用ソフト『Fate/Grand Order VR feat.マシュ・キリエライト』やソニー・ミュージックレーベルズの『輝夜月LIVE@ZeppVR2』での開発協力、スクウェア・エニックスの『電車でGO!! はしろう山手線』のVRパート開発など、VRの受託開発でも多くの実績がある。

 自身のこだわりが色濃く反映されたという『Last Labyrinth』について、高橋宏典氏にお話をうかがった。

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高橋宏典氏

あまた
代表取締役社長

『Last Labyrinth』Oculus Storeサイト

VRに魅せられて『Last Labyrinth』の開発に着手

――『Last Labyrinth』が初めて世に出たのは、2016年でしたよね?

高橋そうですね。最初にお披露目したのが2016年の東京ゲームショウになります。まる4年がんばっているタイトルになりますね。私たち、あまたという会社の本業はゲームデベロッパーで、ふだんは大手ゲーム会社さんからご依頼いただいたゲームを受託して、ゲームを開発・運営しています。

 ですが、自分たち自身のタイトルも作っていきたいとはずっと思っていました。ただ、さすがにAAAタイトルは作れないので、インディーという形でオリジナルタイトルを作っていこうと思ったときに、VRというプラットフォームに可能性を感じて、立ち上げたのが『Last Labyrinth』のプロジェクトになります。

――あまたオリジナルタイトルとしては、『Last Labyrinth』が第一弾となるのですね。

高橋モバイルでは出しているのもあるのですが、VRやコンソールのようなハイエンド機向けについては、あまたとしては第一弾になります。

――2016年というと、“VR元年と呼ばれていましたね。

高橋そうですね。東京ゲームショウ的にもVRのブースがものすごく盛り上がっていました。VRにトライしたことに関しては、経営者脳とクリエイター脳でそれぞれ判断がありまして、クリエイター脳的には、単純に“新しいデバイスで新しい表現にチャレンジしたい”ということで取り組みました。一方で経営者脳的には、“デベロッパーとして、技術的なショウケースとしても見せたい”という意味合いもあったんです。

 それまで私たちはモバイル向けをメインで開発していたのですが、社内には、私も含めて家庭用ゲーム機向けソフトの開発歴キャリア20年以上のベテランがけっこういるんですよ。ただ、会社のトラックレコード(過去の実績)としては、家庭用ゲーム機での開発経験がなかったので、インディーとしてチャレンジするのであれば、技術ショウケースとしても、「ハイエンドのグラフィックスやゲーム作りができます」とアピールできるものになっているのであれば、受託を受けるシチュエーションでも、営業資料代わりに使えるのではないかと判断したんです。そういう意味では、VRが経営的な要請とクリエイターとしての興味で、いい感じに一致したところはあります。

――クリエイター目線で判断して、2016年当時は、技術的にも取り組む価値があるし、魅力的に映っていたとは言えそうですね。

高橋デバイスを被って遊んでみたときの体験の質が、これまでのゲームとはまったく違うというのはあります。「これくらいでしょう?」と予想していたのをさらに超えるような新しい体験が作れるデバイスだというところは、たしかにすごく魅力的でした。まあ、実際に被ってみないとなかなか魅力が伝わらないというのは、VRの抱える課題でもあるのですが。

――いずれにせよ、そういった新しい体験をもたらしてくれることを意図して作り上げたのが、『Last Labyrinth』なのですね。

高橋そうですね。どうせ作るのであれば、VRならではの体験をどのように作っていくかというのは、企画の段階からすごく意識していました。

――『Last Labyrinth』は、どのようなコンセプトで進めていったのですか?

高橋これは僕個人の興味の領域でもあるのですが、“プレイヤーがプレイヤーのままでプレイするゲーム”に心惹かれるんですね。ゲームには、プレイヤーはゲームの世界の登場人物になりきってプレイするというケースが多いと思うのですが、僕は、プレイヤーはプレイヤーのままでプレイするという珍しいゲームデザインが好きなんです。まさに『どこでもいっしょ』がその例です。それにプラスしてパートナーとなるキャラクターが存在するというテーマのタイトルですね。『どこでもいっしょ』自体は、ビサイドのクリエイターさんといっしょに作ったタイトルなのですが、テーマ自体は僕個人の興味がけっこう入っています。『どこでもいっしょ』と同じテーマが『Last Labyrinth』に踏襲されているとは言えるかもしれません。

 プレイヤーがプレイヤー自身としてゲームを体験する。かつ、仮想のキャラクターとのコミュニケーションの新しい描きかたが、VRデバイスを使えばできるのではないか、というのが最初にあった『Last Labyrinth』のコンセプトです。

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――プレイヤーがプレイヤーのままで振る舞うことに心惹かれるのですか?

高橋はい。それはクリエイターとしての個人的な興味として、すごく高いです。VRというものは、世界中に自分自身が入り込む感覚がふつうのゲームよりも高いというか、“そこに自分がいる”という没入感が極めてデバイスだと思っていて、そこが僕のクリエイターとしての興味と一致して、おもしろいことができるのではないかとワクワクしたんです。

――高橋さんの興味とVRの属性がまさに合致していたということですよね。『Last Labyrinth』が2016年にお披露目された段階では、たしか製品化が明確にされていたわけではなかったですよね?

高橋2016年の東京ゲームショウで出展したときは、プロトタイプくらいの段階でした。製品化の道筋も明確にはなくて、何かしらのアライアンスが組めないかというのを模索するための取っ掛かりの意味合いもありました。

 そもそもプロトタイプの段階では、じつはコントローラーすら使わないゲームでした。2016年の段階では、フットペダルで遊ぶ仕様だったんです。

――あら、なぜそういう仕様にしたのですか?

高橋当時は、Oculus Questは、もちろんまだなくて、最初のOculus Rift CV1も2016年3月に、HTC VIVEは4月発売されたばかりでした。プレイステーション VRは2016年10月発売なので、東京ゲームショウ2016の時点では出ていませんでした。 そのときは、プロトタイプとして制作していたので、とくかくシンプルな操作にしようと思っていたんです。プレイヤーが縛られているという設定は当時から変わっておらず、基本的にワンボタンでプレイできるというゲームデザインも、いまの製品版と同じなのですが、完全に身動きが取れないのでフットペダルでレーザー照射をするという仕様にしていたんです。

これまでのゲーム開発のノウハウが通用せず、いちから取り組んだ

――2016年からVRゲームの開発に取り組んできて、いろいろと難しさも感じていたと思うのですが、どのようなところで試行錯誤されたのですか?

高橋いままでのゲーム開発で培ったノウハウを使えないところがけっこうあるところですね。とくに演出面が難しいです。通常のゲームでいうところのカットシーン(イベントシーン)は、これまでの映像文法では、いろいろな手法を駆使して演出したり、物語を伝えることができます。それがVRだと通用しない。そもそもVRの場合、まずプレイヤーがどこを見ているのか、わからないんですね。強制的に何かを見させることができない。現実世界といっしょなので、特定の何かを見てほしいということをコントロールできないというのが、困ったことのひとつめとしてありました。

 ふたつめが、カットの切り返しができないことです。VRって、基本的にリアルタイムで物事が起こり続けているので、途中でカットできないんですよ。従来だと、キャラクターどうしのやり取りを適宜カットを切り換えながら見せていえば、ある程度テンポよくストーリーを展開できるのですが、それが一切使えなくて、すべてを“ここであるがままに起こっていること”として見せないといけないわけです。かつ、プレイヤーがどこを見ているか分からないので、見てほしいものがあった場合、そこを見てもらうように上手に演出しないと、そのシーンで何が起こっていたのかわからなかったということにもなりかねない。

 注目してもらいたいシーンを見てもらうべく緻密に段取りを組んで、視線誘導の演出をしっかりしていくことが、VRの特徴である臨場感を生むという意味では、すごく大事なことであり、難しい点であると思いました。

――なるほど……。ちなみに、注目してほしいシーンを見てもらうための視線誘導の演出は、シチュエーションごとに異なっていて、これがあればできる、という方程式のようなものはないのですよね?

高橋うーん、細かいパーツを取り出せば、汎用性のある演出もあるのですが、基本はそのときどきのシチュエーションに応じて異なりますね。自然に見てもらいたものがあるのに、“これから何か起こるから、ここに注目してね”みたいなマークとかを出したりしたら、それこそ興醒めになるじゃないですか。自然に見せるための方法論として、音を鳴らすとか、声をかけるとか、パーツごとに見ればいろいろな方法論はあるのですが、シーンによってどう自然に見せるかは、マップの作りなども含めて、シチュエーションに合わせた最適解を考えていく必要がありますね。

――カットを切り替えることができないのでテンポがよくないということに対する対応はどうされているのですか?

高橋それは、見ていて飽きられないようにがんばります……みたいな話になってしまいますね(笑)。ゲーム機能的にはスキップもできるのですが、VRでは一連のシーケンスを3次元空間で起こったこととして見せる形になるので、少し興醒めになってしまう。

 VRゲームを作っていて思ったのは、VRは芝居っぽいなということです。ご存じの通り、ゲームはドラマや映画の影響が大きいのですが、VRはむしろ芝居ですね。『Last Labyrinth』では、プレイヤーが動けないという縛りのある作りだったのでなおさらだったのですが、プレイヤーの立ち位置も芝居っぽいというか、お芝居って意図した場合を除いては、観客席にお尻を向けないですよね。観客席に向かって話しかけている。ナイフみたいな小道具がある場合でも、それが観客席にうまく見えるように動かしたりする。ナイフみたいなのがあるのも型じゃないですけど、上手く観客席に見えるように動いたりすると思うんですけど、そういう意味では、いままでのゲームは映画やドラマといった映像文法の影響が大きかったのですが、VRはお芝居的な文脈の演出手法がけっこう使えるなというのは気づきでした。

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――とても興味深いお話ですね。もしかしてお芝居なんかもけっこう観られて研究されたりしているのですか?

高橋もともとお芝居は好きなんですよ。舞台をやっている友人も多いので。

――ああ、そういう意味では、高橋さんの蓄積が『Last Labyrinth』に活かされているところも多いのかもしれないですね。お話をうかがっていると、VRゲームの開発は、通常のモニターで遊ぶゲームに比べて難しい部分もあるのかなという印象を受けてしまうのですが、いかがですか?

高橋たしかに、難しい部分もあるとは思います。これまでお話していないところですと、VR酔いの問題もありますし。あとは、操作方法やカメラワークなどが、従来までのゲーム開発のノウハウが使えない部分がありますね。VRというプラットフォームならではのいろいろなノウハウを身につけながら作らなければいけないという部分は、まだまだたくさんあるなと思っています。

――本作では、パートナーとして女の子のカティアが登場しますが、とても魅力的に描かれていますよね。従来のゲームとは異なる、VRならではのかわいさの演出で、気を配った点をお教えください。

高橋視線を合わせるタイミングはすごく大事ですね。VR開発者界隈だと、“プレゼンス”と表現しているのですが、眼が動いてプレイヤーのことを見てくれると、“ここに生きて存在している”という意識が、なぜか高まるんです。その視線と、プレイヤーに対して興味を持っているようなことがうかがえるしぐさを組み合わせたりすることで、愛着感を高めていくということは、かなり意識的にやっています。

――なるほど。興味を持ってもらうしぐさってなんですか?

高橋たとえば、顔を覗き込んだり、微笑みかけてくるとかですね。

――たしかに、『Last Labyrinth』ではそんなしぐさがけっこうありますね。かわいさという点において、2DとVRの描きかたで違いとかはあったりするのですか?

高橋根本的にはないですね。ただ、体を太くするか細くするかといった、プロポーションの調整とかはどのゲームにもあると思うのですが、VR固有のポイントとしては、モニターで見ている印象とVRで見たときの印象がけっこう違うという問題がありますね。2Dだとすごく細いプロポーションのキャラクターがいても、「そういうデザインなんだな」と許容してもらえるのですが、VRだと、あんまり細くしすぎると、ちょっとした違和感を抱いてしまうこともけっこうあったりします。

 『Last Labyrinth』では、ある程度アニメルックを意識していましたが、過度にデフォルメを効かせずに、現実感のあるような体型になるように、デバイスを被っては確認して調整をして……を、何度もくり返しました。

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――2016年からVRの開発に取り組まれて、前例がなかっただけに、開発のたいへんさは相当なものがあったと想像されますね。

高橋VRであることに加えて、それなりに規模の大きいオリジナルタイトルの開発は、会社としてはほぼ初めてのチャレンジでもあったので、試行錯誤はけっこうありました。まずはパズルを考えるのがそもそもたいへんで、“VRの世界でどういうパズルを解いてもらうか”という縛りの中で、バリエーションをひねり出すのはひと苦労でした。

 あとは、『Last Labyrinth』ではパズルを解くのに失敗すると罠が発動してカティアが死んでしまうのですが、その死にかたにも非常に苦労しました。これはVRならではのポイントがいくつか絡んでいて、言葉だけで取り出すと不穏なのですが、すぐに死んでしまわれると困るんですよ(笑)。

――(笑)。

高橋さきほどお話したように、VRは注目してもらうために視線誘導をしないといけないので、銃で撃たれたりすると一瞬なので、下手をするとその瞬間を見ていなかったということも起こり得るんです。どんな死にかたでもいいという訳ではないんです。罠が発動するのは、ドキドキハラハラする時間でもあるのですが、一方で、プレイヤーの視線誘導の時間でもあって、死ぬ前にステップを踏んでドキドキするような死に至る死にかたじゃないといけないという。こうなると、VRならではの縛りなのか、『Last Labyrinth』ならではの縛りなのか分からないですけど、その死にかたのアイデアは、たくさん出して決めていきました。

――ちなみに、これも言葉にすると少し不穏ですが、とくに”会心の死なせかた”ってあります?

高橋どれも気に入っていて、『Last Labyrinth』でぜひとも注目していただきたいポイントのひとつなのですが、会心の死にかたというか、実際に作ってみたら想像した以上にショッキングになってしまった部屋があります。電車の部屋でギロチンにかけられるというシチュエーションがあるのですが、そのアニメーションが妙に生々しくて……。『Last Labyrinth』では、『ICO』や『ワンダと巨像』も担当した福山敦子がリードアニメーターを務めているのですが、渾身のアニメーションで、カティアの死に様を描いてくれたんですね。もともと福山は非常に繊細で細やかなタッチのアニメーションを作る人なのですが、彼女のスキルで、ショッキング度が上がってしまいました。

――それはすごい。

高橋ただ、ショッキングとは言いながら、ゲーム中の表現には気をつけていまして、血は出たりしませんし、人体損壊の表現は、ゲーム中では一切していないんですね。具体的な表現はしないようにしています。

 それがSNSなどを見ていると、「すごいグロなものを見せたられた」とか、「女の子がミンチになった」みたいなことが書かれているのですが、実際には錯覚なんですよ。画面をコマ送りにしていただければわかるのですが、血は一切出ていません。

――ユーザーさんが脳内で変換しているんですね(笑)。

高橋脳内で補完していただけるような演出にするのは心がけたのですが、表現していないのに見たという人がとても多くて。

――それは、作り手としては勝利とは言えるかもしれないですね。

高橋うれしいことなのですが、その分レーティングも上がってしまいました(笑)。

――錯覚でレーティングも上がるのですか?

高橋上がりましたね。Oculus版などは、IARCのレーティングを通していて、オンラインで自己申告する審査方法なのですが、当初は16歳以上推奨の“16+”だったのが、途中からレーティングが、18歳以上推奨の“18+”になってしまいました。 ほかの“18+”タイトルなどに比べると、表現はぜんぜんマイルドなのですが……。

――パズル要素のアイデア出しもたいへんとのことでしたが、「この仕掛けはよくできたなあ」というのはありますか?

高橋もしかしたらユーザーさんからしたらけっこう難問かもしれないのですが、個人的にけっこう気に入っているのは、天秤の部屋のパズルです。複数の天秤に錘がいくつか載っていて、同じ重さに釣り合わせましょうという、パズルとしては比較的見かけるものではあります。メモとかがあれば連立方程式みたいなのを書いてすぐに解けるのですが、シチュエーション的には囚われている状況なので、脳内の短期記憶と計算を同時にがんばらないと解けないものになっているんです。

 SNSなどを見ていると、早々のあきらめて(デバイスを脱いで)メモを書いて解いたという方も多い一方で、ゲームの設定だから、シチュエーションにしたがって解くという方もいて、本気の本気で考えると、脳みそが痺れてくる感じがすごくするんですよ。そのへんの感じが堪らないですね。これはスタッフのひとりが考えてくれたパズルですね。

――脳みそが痺れる感覚(笑)。

高橋SAW』という映画があって、恨みを買った人が罠にかけられて、解けないと死んでしまうという内容なのですが、その『SAW』の被害者になった気分というか。死ぬ瀬戸際になったら、それは本気で脳みそをぶん回すよね、みたいな。なりきりシチュエーション的にも、本気でやったときの感じとして、その部屋が気に入っています。

――いずれにせよ、『Last Labyrinth』は、いろいろな感情が喚起されるゲームとも言えるかもしれないですね。

高橋そうですね。喪失感みたいなのもありますし、罪悪感みたいなものも生まれる。その点は、ふつうのゲームだと発生しない複雑な感情が同時に沸き起こるゲームではありますね。“プレイヤーがプレイヤーのまま体験する”という意味で、複雑な感情を喚起させることは、意識したところではあります。

――VRだからこそ、さらに複雑な感情が増幅させられるということはありますよね。

高橋そこはまさに僕が勝手に、『Last Labyrinth』を『どこでもいっしょ』の後継作のつもりだと思って作った部分でもあります。『どこでもいっしょ』も、パートナーと親睦を深めていって、自分を理解してくれる人だと思った矢先にお別れがきて悲しい気持ちになるのですが、「そういう気持ちになるとは思わなかった……」という感想をいただくことが多かったんです。それって、ゲーム中にいるキャラクターに感情移入しているわけではなくて、“自分自身の感情”として感じていることですよね。

 そういう意味では『Last Labyrinth』も『どこでもいっしょ』のありように近いというか、プレイヤーはプレイヤー自身としてカティアとコミュニケーションしているという感覚は強いですし、そこで自分がやってしまった行為の代償として、カティアの死に様を見てしまったりするところも含めて、『Last Labyrinth』を『どこでもいっしょ』の精神的な後継作だと、自分の中では強く思っています。

――見た目は、相当違う後継作ではありますね(笑)。あと、さきほどVR酔いのことをおっしゃっていましたが、『Last Labyrinth』の開発に取り組んできて、どのような解決策を見出したのですか?

高橋VR酔いに関しては、ゲームデザインでかなり対処しようとは思っていました。プロトタイプの初期の段階では、縛られている設定は共通だったのですが、移動できないというのは確定していなかったんです。じつは、縛られてはいるものの、電動クルマ椅子に座って、スティックを操作することで部屋の中を自由に行き来できるという移動方法を、テストとして作っていました。

 ただ、それで試してみたら酔いやすいということもあったのですが、一方で、パズル部分をもっとシンプルなものにしたいという思いも生じたんですね。それで、いろいろと削ぎ落としていく中で、移動すらもカティアの手を借りないとできないくらい、ソリッドにしたほうがユーザーに伝わりやすいのではないか、ということで、自分は移動できないという設定を取り入れて、酔いの部分をゲームデザインといっしょに解決したんです。

※なお、VR酔いに関しては、Oculus Quest 2は従来のVR機器よりVR酔いを軽減する技術が用いられているとのこと。

――なるほど。そういうソリッドなところが、玄人受けするひとつの要因なのかもしれないですね。

高橋そうですね。ゲームデザイン的な要素だけを取り出すとシンプルなので、その辺もゲームを作っている人からすると、好みなのかもしれません。

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新しい時代のVRデバイスで、新しいチャレンジをしていきたい

――『Last Labyrinth』は2019年11月に、Oculus Quest向けなどにリリースされたわけですが、世に問うてみての手応えはいかがでしたか?

高橋2019年11月にリリースされて、約1年くらい販売してきたのですが、最初は僕らが国内メーカーだったこともあるとは思うのですが、日本の売り上げ比率が多めでした。そこでいただいたフィードバックとしては、“カティアがすごくかわいい”ということと、予想していた以上にセンシティブがゆえにプレイできない方が多くいらっしゃいました。

 “怖い”というのではなくて、カティアに対しての感情移入度が高すぎて、カティアが死んでしまうかもしれないという状況に対して踏み出せないようで、「最初の1、2面をプレイしてからできないです」というのを、何人かの方に言われました。やはりカティアに対する思い入れは高く、日本のプレイヤーからはストレートにカティアへの思いを伝えていただくことが多かったです。作っている側としては意図通りではあるので、嬉しいところです。

 海外ですと、北米ではリアクションは薄めだったのですが、ヨーロッパは、日本の方と近いリアクションで、ゲームコンセプトも含めて好きだと言ってくださる方が多い気がします。日本人の感性に近いというか、コンテクスト的に理解しやすいところがあるのかどうかはわからないのですが……。

――VR界隈での評価は極めて高いようですね。

高橋これは、自分で言うのも気恥ずかしいのですが、玄人好み過ぎるというか、“映画監督が好きな映画監督”といったところがあるのかなと、少し自己分析しています。ゲームデザインや体験のユニークさという点で、意識していた部分をかなりうまくできたなと自分でも思っていて、ほかのVRタイトルと違う体験がここにあるというところを認めていただいているかなと感じています。

 まあ、『Last Labyrinth』のようなユニークな体験と比較できるゲームが、ほかにあまりないというところが大きいのではないかとは思います。

――『Last Labyrinth』を終えて、今後はどのように考えていますか?

高橋引き続きVRタイトルには力を入れて作っていきたいなと思っています。

――『Last Labyrinth』の続編みたいなのは考えています?

高橋直接の続編というのはあまり考えていないです。ファンの方からは、「もっと部屋を増やしてほしい」といったリクエストもいただくのですが……。『Last Labyrinth』自体としては120%やりきったわけではなくて、「あれもできたかな」という気持ちもあるにはあるのですが、それはどんなゲームやプロジェクトにおいてもある程度はつきまとうことであって、テーマとしてはある程度は描ききれたかなと思っています。

 我々としては、今後のことも考えたときに、『Last Labyrinth』の経験を生かすことで、Oculus Quest 2も含めた、新しい世代のVRデバイスで新しいものができるのではないかと思っていて、新規のチャレンジをしていきたいは考えています。

――それは、ファンも喜ぶかと思います。今後作るタイトルは、ご自身の関心領域に則った企画になるのですか? いわば、『どこでもいっしょ』や『Last Labyrinth』の精神的な後継作という意味での。

高橋僕がディレクションやプロデュースをするなら、まずはそういうところをやってみたいです。プレイヤーがプレイヤー自身であって、パートナーと何かの体験をしていくこと自体は、まだまだ掘り下げる余地はいろいろとあると思っています。

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VRは今後ますます普及していく

――まだまだできる領域はたくさんあるということですね。では、VR全体のお話を聞かせてください。 “VR元年”と言われた2016年以降、VRの普及ぶりについては、どのように捉えていますか?

高橋2016年に“VR元年”と言って盛り上がっていたときは、けっこう速いペースでVRヘッドセットが普及していくのではないか、というイメージでいたと思うんです。そういう意味では、現実的なところとしては、そこまで短期間では普及しなかったというのは、率直なところです。

――予想したほど普及しなかった理由はどのへんにあると思いますか?

高橋やはり初期費用が高かったのがネックになっていたのではないでしょうか。セールなどでバンドルパックをフルセットで買うにしても、けっこうな出費になってしまうので、どうしても敷居が高くなってしまいますよね、あったかと。ヘッドセットだけでも安いものでも500ドルくらいはしてしまうので、そうなると好きな人が“それだけのお金を、この体験にかけてもいい”ということになってしまったのかと思います。

――『Last Labyrinth』に関しては、ある程度お金をかけてもかまわないくらいの体験は提供できているということですね?

高橋はい。そこは提供できていると思います。『Last Labyrinth』には、VRデバイスじゃないとできないような体験を詰め込めてはいると思います。

 ただ、普及速度という見地で言うと、2016年当時に思った通りの上昇曲線ではなかったというだけの話で、この4年間を見ると、前年比でアクティブユーザーが下がったということは、どの統計を見てもないんです。じつのところ、VRをアクティブに遊んでいるユーザーさんって、2016年以降右肩上がりで増え続けていて、そういう意味では、ベースになるユーザーさんも増えてきているのかなという手応えはあります。ユーザー数は右肩上がりで伸びているんです。

――徐々にユーザー数は育ってきているのですね。そこにOculus Quest 2がローンチされたことで、さらなる普及も促されそうですね。

高橋そうですね。Oculus Quest 2のような値段もリーズナブルで、性能も格段に上がったデバイスが出てくることで、さらにユーザーベースを増やす起爆剤になってくれるのはないかと、期待しています。

――では、クリエイター目線で見て、Oculus Quest 2を魅力的に感じるポイントはどこですか。

高橋トータルバランスと、リーズナブルな価格ですね。64GBのタイプが33800円[税抜]ということで、30000円前後になってくると、ゲーム機として買ってみようかなと判断する人がぐっと増えてくると思います。スタンドアローンで遊べるというのも大きくて、イベントなどでも来場者の方に「PCが必要です」と説明すると、興味がなくなってしまうというか、組み合わせないといけないという時点で敷居が高くなるんです。それが、「Oculus Quest 2では、これだけ買えばいいです」となると、メッセージとしてもシンプルですよね。

 あと、僕もいろいろなVRデバイスを使っていますが、コードがないということが、こんなにも軽快なものなのかというのは、開発している自分たちでもすごく思うことです。

――Oculus Quest 2でクリエイティビティが刺激される機能は、とくにどのへんですか?

高橋ケーブルがないので、自由に動けるところは刺激されます。“360度ぐるりと見回す”といったことが、ケーブルがあると体とかに引っかかって、現実に立ち戻るような微妙なストレスにつながるんですよ。

――やはり、Oculus Quest 2向けにもVRゲームを作ってみたいという想いはありますか?

高橋はい。さきほどお話したとおり、Oculus Quest 2の魅力は、バランスのよさと、制約が少なくいろいろなことがやりやすいハードだということです。クリエイティビティをすごく刺激されますし、Oculus Quest 2の特性を引き出せるようなゲームを作っていきたいですね。

――期待しています。いずれにせよ、VRは今後に向けてますます盛り上がっていきそうですね。

高橋そうですね。VRデバイスに関しては、Oculus Quest 2が発売される前の段階で、ワールドワイドでの販売台数が1000万台程度と言われています。これは調査会社の数字なので、多少のぶれがあるかとは思いますが、ハードが普及してきていることは間違いなく、多様なタイトルもどんどん出てくる時期になっています。

 これはよく言うことなのですが、VRデバイスは、通常のゲーム機を一世代買い換えたのとは、ぜんぜん違うベクトルの、新しい体験ができるゲーム機だと思っています。従来だと、「絵がきれいになった」といったような、ある程度想像できるアップグレードだと思うのですが、VRではちょっと違う体験のアップグレードができるんです。これまで試したことのない方は、ぜひ体験してみてほしいです。

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