ずいぶんと過ごしやすい気候になってきた今日このごろ。もうすぐ夏も終わり。今回は、こんな季節に観ていただきたいアニメ作品をご紹介します。

 それは『色づく世界の明日から』。2018年の10月から12月にかけて全13話にわたり放送された、P.A.WORKS制作の青春・ファンタジーアニメです。

 秋から冬にかけて放送された作品ではあるものの、夏祭りから始まり、夏祭りに終わる本作の物語は、過ぎゆく夏に想いを馳せるこの時期に鑑賞するのにも、うってつけ。

 なお、本作は公式サイトには「Amazon Prime Videoにて独占配信中」と記載されていますが、2020年9月現在、dアニメストアやU-NEXTでも観られるようになっています。この記事を読んでビビッと来た方は、これらの動画配信サービスでぜひとも視聴してみてください。

アニメ『色づく世界の明日から』(Amazon Prime Video)
アニメ『色づく世界の明日から』(dアニメストア)
アニメ『色づく世界の明日から』(U-NEXT)

色をなくした少女は、魔法のちからで60年前へ旅立つ

 物語の始まりは、2078年。日常の中にほんのささやかな“魔法”が存在する未来の世界で、幕を開けます。

 主人公の月白瞳美(声:石原夏織)は高校2年生。彼女は魔法使いの一族の末裔ですが、幼いころ、無意識で自分に掛けてしまった魔法で色覚を失っており、その影響であまり感情を表に出さない女の子になっています。魔法にも苦手意識が芽生え、あまり関わらないように日々を過ごしてきました。

 夏祭りの日、祖母の琥珀(声:島本須美)と待ち合わせをした瞳美。瞳美と違って、琥珀は非常に力の強い魔法使い。遅れてやってきた琥珀は、瞳美に向かってこう告げます。

「あなたはいまから、高校2年生の私に会いに行きなさい。魔法であなたを過去へと送ります」

 そうして瞳美は、60年前(つまり2018年)へと送られてしまいます。

 街の風景や、母校の制服のデザイン、携帯デバイスなどのテクノロジー……自分が知る世界と、さまざまなものが少し違っている2018年。瞳美はこの時代の学生に道を案内してもらったりしつつ、戸惑いながらさまよいます。

 そんな彼女の目を引いたのは、自分と同じくらいの年齢の少年が描いていた、ある1枚の絵。

 その葵唯翔(声:千葉翔也)という少年の絵を見た瞬間、ずっとモノクロに見えていた彼女の世界は、鮮やかな色を取り戻したのです。

長崎の町並みと“ささやかな魔法”が織りなす美しい映像

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画像は『色づく世界の明日から』Blu-ray BOX 2

 瞳美は2018年の世界で、自分の祖先が営む“まほう屋”でお世話になることに。祖母である琥珀は魔法を学ぶための留学期間中ということで、ひとまずは転校生として、60年前の母校へと通うことになります。

 ここで瞳美は、道に迷っていたときに助けてくれた学生たちや、絵を描いていた少年・唯翔と再会。しかし内向的な性格もあって、断りたい提案を断れなかったり……彼らに自分の気持ちをうまく伝えられず、悩みます。

 瞳美から見た世界は、モノクロの映像で表現される本作。それと対比されるように、通常の画面は、色とりどりに、美しく描き出されます。その落差は、瞳美の心がいかに周囲に対して“閉じている”かを象徴しているかのよう。

 本作の舞台は長崎県長崎市がモデルとなっており、過去のいくつかのP.A.WORKS作品と同様、背景に用いられているのはその多くが実在のスポット。長崎観光公式サイトの『色づく世界の明日から』スポット紹介ページをチェックすれば、その再現度の高さがよくわかります。

 そんな写実的な映像の中、瞳美や琥珀が使う、ちょっぴり幻想的な“ささやかな魔法”が登場することで、本作の世界は独自性の高いものになっています。

 時間跳躍の魔法は例外として、本作で描かれる魔法は“きれいな光を生み出す”とか“絵に描いてあるものを動かす”といった、些細な効果しか持たないものがほとんど。けれど、これらの視覚効果は美しく、その魅力の一端は、OPアニメーションからも感じられることでしょう。

 監督を務めるのは、『凪のあすから』などでもおなじみの篠原俊哉氏。『凪のあすから』は海の中で暮らす人々と陸の人々が織りなすファンタジー作品でしたが、現実的な世界に少しのファンタジー要素が混ざる世界観、そしてファンタジーだからこそ描ける人間ドラマは、両作の共通点と言えそうです。

 それでいて、『凪のあすから』は複数人の男女の、実ることのない片想いを含む切ない恋愛模様が見どころでしたが、『色づく世界の明日から』で描かれる人間ドラマはもう少し爽やか。これはシリーズ構成を手掛ける柿原優子氏の作風によるところも大きいかもしれません。

 本作の場合、いくつかのほのかな恋心は描かれるものの、物語の主題は、他者に対して心を開くこと、そうしてやがて本当の自分を見つけることにあると言えるでしょう。

大切な友達との毎日が、瞳美に“鮮やかな色”をもたらす

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主要キャラクターの集合画像。右下から時計回りに月白瞳美、月白琥珀、川合胡桃、深澤千草、葵唯翔、山吹将、風野あさぎ(画像は『色づく世界の明日から』Blu-ray BOX 3)

 瞳美は、唯翔や、友人となった山吹将(声:前田誠二)、川合胡桃(声:東山奈央)、風野あさぎ(声:市ノ瀬加那)、深澤千草(声:村瀬歩)が所属する“写真美術部”に入部。

 唯翔は絵を描き、そのほかの部員は風景の撮影を行うこの部活で、瞳美もまた写真を撮りはじめます。部活動を通じて瞳美は、お互いの意見に耳を傾け合い、協力し合うことの難しさや、楽しさを知ることに。

 第4話『おばあちゃんはヤメテ!』からは、まだ高校2年生の祖母・琥珀(声:本渡楓)も登場。イギリスから帰国した彼女も同じ部に入部し、“写真美術部”は“魔法写真美術部”になります。

 60年前の琥珀は元気はつらつとしていて、誰とでも打ち解けられる性格。瞳美とは対照的です。また、「魔法でみんなを幸せにしたい」という目標を持って魔法を学んでおり、その考えかたは、瞳美がもう一度魔法と向き合うきっかけにも繋がります。

 もうひとり、瞳美にとって大きな存在になるのが唯翔。唯翔は瞳美に似て内向的な性格で、絵を描くのも自分自身のためでした。しかし、自分の絵が瞳美に“色を思い出させた”ことを知り、その気持ちにも変化が訪れます。彼の悩み、そして心境の変化が描かれる第6話『金色のサカナ』は、物語前半の転機となるエピソードです。

 そのほかの登場人物たちも、将来のことや、気になる異性のことなど、なんらかの悩みを抱えていて……いっしょに過ごす中で気持ちを共有し、やがて彼らと瞳美は、それぞれを大切な存在だと感じるように。以前はあまり感情を表に出さなかった瞳美ですが、笑ったり、怒ったり、泣いたり。さまざまな表情を見せるようになります。

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画像は『色づく世界の明日から』Blu-ray BOX 1

 けれど、未来からやってきた瞳美は、いつまでもこの時代にいられるわけではありません。別れのときは、刻一刻と迫ります。

 瞳美と唯翔の気持ちが溢れる第11話『欠けていく月』は、本作でもっともロマンチックなエピソード。そして物語はクライマックスへ。切なくも、幸福な時間は過ぎてゆきます。

 大切な人を思いやる、やさしい言葉。そして、誰かを笑顔にするための“ささやかな魔法”。本作を彩るこれらは、物語を見届ける僕たちにも、心地よい余韻と感動をもたらします。

 『色づく世界の明日から』には、衝撃的な展開や、手に汗握るシーンはありません。話題性という意味では、決して高くはないアニメと言えるかもしれません。

 けれど、繊細で美しい映像、その中で瞳美たちが経験する優しく温かな日々は、きっとあなたの心にも、新しい色を加えてくれることでしょう。

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作品情報

スタッフ

  • 監督:篠原俊哉
  • シリーズ構成:柿原優子
  • キャラクター原案:フライ
  • キャラクターデザイン・総作画監督:秋山有希
  • 美術監督:鈴木くるみ
  • 撮影監督:並木智・富田喜允
  • 音楽:出羽良彰
  • アニメーション制作:P.A.WORKS

キャスト

  • 月白瞳美:石原夏織
  • 月白琥珀:本渡楓
  • 葵唯翔:千葉翔也
  • 風野あさぎ:市ノ瀬加那
  • 川合胡桃:東山奈央
  • 山吹将:前田誠二
  • 深澤千草:村瀬歩
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