2020年9月2日~4日の期間、CEDEC公式サイトのオンライン上で開催中の日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けのカンファレンスCEDEC 2020。

 本稿では、CEDEC2日目となる2020年9月3日に行われた“『十三機兵防衛圏』たったひとつの冴えた音響:サウンドコンセプトとその実装”をリポートする。

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 講演者として、『十三機兵防衛圏』のサウンド制作を担ったベイシスケイプの崎元仁代表取締役社長/作曲家/プロデューサーと、金子昌晃氏(サウンドデザイナー/マニピュレーター/エンジニア)が登場。

 制作の際に使用されたツールの提供元であるCRI・ミドルウェアから、取締役CTO兼エンターテインメント事業本部研究開発部部長櫻井敦史氏も参加した。

『十三機兵防衛圏』を支えたサウンドの世界

 本講演では、『十三機兵防衛圏』の小気味よくテンポのいいゲーム演出をどう演出し、没入感を増強させたか、ゲームプレイを盛り上げる仕組みがサウンド面ではどのように作られていたかを解説。サウンドミドルウェア“CRI ADX2”を活用した実装についても詳しく語られた。

 おもに、サウンド制作を担ったベイシスケイプのおふたりにより、前半では作曲面について、後半ではそのコンセプトをゲーム上でいかに実現、実装するか技術面について解説が行われた。

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 アドベンチャーパート“追想編”と、巨大ロボット“機兵”を操作して戦う戦略シミュレーションパート“崩壊編”を繰り返してストーリーが進行する本作。パートによってサウンド面でも工夫が凝らされている。

 まず登壇したのはベイシスケイプ取締役社長でもある崎元氏。ゲーム(劇伴)音楽の作曲技法について語られた。

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 まず、崎元氏はゲーム音楽における音の重要性を説明。ゲームの中の“音”は、音声>効果音>音楽という順に重要だと考えており、音楽(メロディー)は「背景に入るもの」だと認識。「あまり曲に集中しない状態でプレイヤーが聴いている」というの状態をいかに作るのかが重要と話した。

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 作曲時に崎元氏がこだわっているポイントとして、「悲しい場面で悲しい曲を鳴らす必要は必ずしもない」と述べ、和風のゲームでもあえて和楽器を全部外してロックにしたり、ほかの人に任せる際も「もっと変態な曲に書け」、「ほかの人がやらないようなことを一発かましてこい」と指令を出すのだという。

 あえて変化球的な作りかたをしたうえで、曲として成立するように作曲家、音楽家としての技術を使う……と考えているのだという。

 さらに、最近では、AIやディープラーニングを使用して、どのような劇伴音楽がプレイヤーの心を揺さぶるか調査を試みたそうだ。

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 スケール、コード、転調、主要素の音量(主旋律とほかのバランス・音量差)、テンポなどをパラメーター(事前確立)として設定。

 どのように調査を行ったのか詳しい説明は行われなかったものの、データのもととなっているのは崎元氏の実感であったり、ゲームプレイをしている人の隣で、音楽の効果についてヒアリングを行った結果とのこと。

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 その結果、とくに有効だったのが

  • テンポ
  • 音程の分布(高い音が多いか、低い音が多い)

 の2項目。逆に効果が限定的と考えられる、あるいは効果があまり変わらないというのが

  • スケールチェンジ
  • コード
  • 主要素の音量
  • 調の平行移動

 とのことで、「いちばん有効なのが“テンポ”だった。テンポはわりと自由に変えることができるので、作曲家としてはガッカリ(笑)」と話す。

 今回の結果は、経験則からあってる部分もあれば、違う部分もあると語り、劇伴として求められる曲の機能について理解が深まったという。

 パラメータとして設定した要素はそれぞれ独立しているので、すべての要素を矛盾せず入れ込むことができる。「悲しい曲を書いて」とオーダーをされても、これを踏まえれば、曲の中で“変態なこと”をしていても影響の大小が見極められるため、作曲の自由度が上がるのではないか、とまとめた。

サウンドの主観的表現

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 続いて、『十三機兵防衛圏』では、サウンドデザインからデータ作成、実装や選曲まで非常に幅広い範囲を担当していたという同社の金子昌晃氏にバトンタッチ。

 開発中、全体的なサウンドの目標を“音楽をしっかり聴かせる”、“音声をしっかり聞かせる”と設定。ゲーム内で多くの音が重なっても、それぞれがしっかり聞こえるように調整が行われた。

 さらに、作品のイメージにあった音、絵とマッチする音づくりを目指したと語る。“音の主観的表現”を目指すと独自の表現で方針を表した。画面は俯瞰視点で描かれるが、音の演出については自分がそこにいるような感じを目指したという。

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 たとえばセリフの処理。通常の音声収録ではマイクと口の距離が近いため、耳もとで会話をしているような印象になって、画面のイメージと合わない。

 そこで、収録した音声データに広場系リバーブ(残響効果)、森のリバーブをかけて、遠くで収録したように加工を行う。逆に、クラウドシンク時の“心の声”はその処理を行わないことで、内心でしゃべっている感じにしたという。このように後処理でキャラクターの特徴や全体のバランスを考慮して調整を行い、すべての音声に対して距離感を感じられるよう調整を加えているとのこと。

ゲーム音楽ならではの調整

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 ゲーム音楽は、音声や効果音を目立たせるために、音量を下げることがしばしばあり、音楽単体で鳴る場面でも、CDで聞く音量よりも小さく抑えられている。

 また、人の耳の感度はラウドネス(人の耳に聞こえる音量)の大きさによって変わり、小さい音になるほど低音への感受性が低くなるという特性があるため、『十三機兵防衛圏』の音楽は、あらかじめ低域を持ち上げるような調整が行なわれているとのことだ(追想編のみ)。

戦闘シーンでの“集中音”を際立たせる方法

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 戦闘を行う崩壊編では、通信で、ラジオ越し、電話越しになるような加工が施されている。この効果を加えると、感度のいい帯域(人間が聞こえやすい周波数)の音声のみ残す形になり、わざわざメロディーを目立たせようとしなくても聞こえやすくなる。そのため、追想編でのボリュームに比べて、崩壊編では、曲のボリュームはあまり下げなくてもよくなっているという。

 また、戦闘シーンとなる崩壊編では、効果音や音声が多数重なり音楽も激しくなる。その戦闘中、機兵が攻撃を開始するときの演出音を“集中音”とし、この音がより目立つように調整が行われている。メロディー系はあまり音量を下げず、ベース、バスドラムの音をより控えめにするという別々の調整を施すことで、集中音を目立たせた。

 その調整のために、音楽は高域と低域の2トラックに分けられ、高域ではメロディーが、低域ではバスドラムなどリズム音を、それぞれ個別に設定できるようにしたとのことだ。

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気持ちいい爆発音と戦闘の爽快感

 戦闘中、爆発音が流れる際には、低域トラックに強めに調整を掛け、高域トラックは残す。この調整により、爆発した瞬間に「やった!」という爽快感と、戦闘を盛り上げるメロディーが流れ続けるという状態を両立させたと解説した。

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 さらに、連射音の作りかたも公開。連射音は、破裂音が大量に連続して再生されるが、1発目だけは音量が大きく、2発目以降小さくなるように設定されている。

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 金子氏は、実際に口頭で「バン、パラララララララという感じです」と表現。

 この“同じような音が続いたとき、2音目からは音が控えめに聞こえる”というのは、人間の脳にも同じような機能があり、それをデータとしてシミュレーションした形になるのだとのことだ。

 また、同じ音が連続して鳴ると音量が跳ね上がったりフランジング(エラー)が起きてしまうため、本作では2フレーム以内に同一キューの再生が行われる場合はキャンセルになるよう設定されている。さらに、ミドルウェアCRI ADX2の“多重再生禁止時間”を使い、条件をつけていて禁止時間を伸ばしたりと調整を重ねたと語る。

 ただしこの方法には欠点があり、同じ場面で左右から爆発音がする場合、どちらからしか出なくなるという落とし穴がある。その場合、手作業で設定したり、微妙に異なる音が鳴るように個別で微調整を行ったという。

 『十三機兵防衛圏』の戦闘シーンでの、雨あられのように降り注ぐ大量のミサイルやそれが爆発したときの気持ちよさは、このようにサウンドの細かな調整もその実現に大きく役立っているのだ。

「プレイヤーにも頭痛を体感させる」サウンド制作

 続いて、3つの実例をあげて、実際の演出を解説。紹介されたのは、追想編の

  • クラウドシンク
  • シーンの早送り
  • 東雲諒子の頭痛

 の3つのシーンだ。

クラウドシンクは考えごとをしている感じに

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 アドベンチャーパート“追想編”で、手に入れたキーワードについて深く考えたり、それぞれを関連付けるシステム“クラウドシンク”。

 この状態のとき、サウンド面でも、主人公が思考している状態をプレイヤーにも擬似的に体感させる演出として表現しているという。

 そこで“主観的表現”というキーワードを使用し、「このキャラクターが考えているんですけど、プレイヤーが自分で考えているかのような演出を目指しました」と金子氏。

 現実世界で自分たちが考えているときにどう感じているかを表現するため、身の回りの音すべてを水に潜っている状態のように曇らせ、考えごとに集中して周囲の音が聞こえなくなることを表現。

 また、キーワードを選択する際は、独り言のように選択肢の読み上げ音声が流れるが、この選択肢を素早く動かしたときの聞こえかたにも工夫がなされている。選択した瞬間に音声が流れると、カーソルを素早く動かした場合、音声がかぶってしまう。そこで、選択肢にカーソルを合わせた際、一瞬だけ遅れて音声が流れるようにした。

 こうすることで「何かを考えていて、つぎにまた別のことを考える。そのとき、すこし前のことがかぶるけど、かぶりすぎない。脳内で物事を考えるときにはこうなっているであろうという演出」に仕上がったのだという。

早送りの早送り感を出すために

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 追想編では時間の流れを速める早送りが可能。サウンド面では、早送り感を演出しつつ、音楽はそのまま流れるようにしている。

 早送り中は「キュルキュル」という音が鳴るが、それだけでは早送り感が出ず、低音を削りモノラルっぽく聞こえるようにするなどの調整で“早送り感”を出しているのだという。

 さらに、効果音は、早送り中にも鳴る音と省略される音に分かれている。作中には、電車がプラットホームに入って来るシーンがあるが、その電車の音は早送り中も鳴る効果音のひとつ。

 しかしこれがくせもので、早送り機能を止めるとその効果音も、電車がどれだけ進んでいるかという状態に合わせて再生されなければならない。どのように処理したかというと、早送りにしたぶんだけの時間をカウントしていて、効果音をその時間まで進めて、また生成する処理を施したとのこと。金子氏は、「これは意外と大変でした(笑)」と苦労を語った。

東雲諒子の“頭痛がしている感じ”を音で表現

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 13人の主人公のうちひとり、東雲諒子は謎の頭痛に悩まされている。

 ここでは、プレイヤーにも頭痛を体感させる演出がなされた。時間がたつと、まず画面が暗くなったりおかしくなり、しだいに曲や声、サウンドもおかしくなってくる。それはBGMの聞こえかただけでなく、メニュー画面を開いた際のシステム音まで、靄がかったような、すこしエコーが掛かる感じに変化するのだ。

 東雲諒子が頭痛を感じているのあいだは音楽、音声、効果音すべてに効果がかけられている。この頭痛サウンドエフェクトには3段階設定されており、コーラスとエコーで表現しているという。

 ここでは、この“すべての音がおかしくなる”というのが主観的表現にあたり、「アタマが痛くなると世の中こう聞こえますよねというふうに、本作ではさまざまな音を主観的に表現しています」と語った。

 金子氏は最後に、今回の講演は『十三機兵防衛圏』に特化した話なので、どこまで汎用性があるかわからないが、発表中で語った考えかたはさまざまな開発で応用が効くのではないかーーと語り、講演の結びとした。

記者の耳

 『十三機兵防衛圏』のサウンドについて、こまかな演出や具体的な設定が語られた本講演。秘められた“音”の数々の工夫について気付かされた。綿密に練り込まれたシナリオが高い評価を得る本作だが、音にも膨大な労力が込められ、工夫が凝らされているのだ。

 明かされるテクニックの数々はどれも新鮮で、聞くたびに感心しきり。プレイヤーとして遊んでいるときは気にしなかったけど、“考えごとをしているふうの音”とか、“実際に頭痛をしているときみたいな音”という状態を、いや、言われてみれば、どうやってそんな音作るんだよ! って、思いません?

 『十三機兵防衛圏』のキャラクターにどっぷり感情移入してしまう感じや、戦闘の興奮、爆発音の気持ちよさは、サウンド面の工夫によって裏打ちされていたのだ。“音”にも注目して、もう一度本作をプレイしてみたい。