2020年9月2日~4日、初のオンライン開催というかたちで行われたCEDEC 2020。本稿では、会期初日の9月2日に行われた、バンダイナムコスタジオの指田稔氏による“オールドビデオゲームのキービジュアルを読み解く~歴史の中での役割とその価値の再発見~”の内容をリポートする。

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 本セッションでは、ビデオゲーム黎明期の1980年代初頭から90年代にかけて描かれた、タイトルの顔とも呼べるキービジュアルの手描き原稿の発掘と整理、保存の現状というユニークな内容が語られた。

キービジュアルのサルベージリポート

 旧ナムコ時代からのスタッフが多く在籍するバンダイナムコスタジオでは、開発資産の管理も行っており、キービジュアルもその対象のひとつになっているという。

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 ゲーム黎明期のキービジュアルは現代のようなデジタル制作ではなく、手描きで原画が作成され、完成した原画を撮影したポジフィルムを配布し、それらを使ってポスターなどが作成されていた。

 しかし、キービジュアルの原画はあくまでもゲームを制作するうえでの生まれる成果物といった位置づけで、ポジフィルムを配布した時点で原画の役割は終了したものと考えられていた、と指田氏は語る。

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 とは言え、原画自体の作品としての存在感は強く、当時のゲームは認知度も高く、多くの記憶に残っているもの。そう考えた指田氏は、原画が会社で保管されているのであれば見てみたい、と社内で原画に関して話を聞いたそうだが、そこで驚きの回答が得られたという。

 なんと、80年代のアーケード作品の手描き原画は多くが行方不明になっていたというのだ。このことにショックを受けた指田氏は、どの原画が残っているのかを調べることにしたという。このときはまだ興味からの行動で、ほぼ趣味の範囲だったそうだ。

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 手描き原画の状態を調べるべく社内でヒアリングを行うと、「捨ててはいないはず」、「どこにあるかはわからないけど、あるはず」、「どこかで保管しているのでは?」などのぼんやりとした回答ばかりが得られ、そもそも資料がしっかりと管理されていなかったことが判明。

 販促部署に預けられたのち、戻ってきたものがあったりなかったり、あるいは保管していた担当者が退職するなどして行方不明になったもの、倉庫を引き払う際に捨てられてしまったものなど、原画の保管状況はかなりまばらだったようだ。

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 幸いにも、コンシューマーゲーム用のキービジュアルは社内のグラフィックデザインの部署で丁寧に保管されていることが判明した。アーケードゲームからコンシューマーに移植された作品はパッケージを流用するものが多く、廃棄を逃れた原画もあったようだ。

 しかし、この時点で80年代初頭までのアーケードゲームの原画については絶望的だろう、と考えていた指田氏だったが、そこにひとつの情報が飛び込んでくる。

 埋立地の倉庫に、鍵が紛失して開かないままになっている、当時の保管ロッカーがあるというのだ。

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 鍵が開けられないまま物置状態になっていたとは言え、さすがに原画はないのではないか、と思いつつも、指田氏はある日の夕暮れ、電動ドリルやバールを用意し、社内の有志を募ってそのロッカーに向かったという。

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 そしてロッカーを破壊して開けたところ、中には80年代末期から90年代なかばごろまでに制作された手描き原画が数十点近く保管されていたのだ。

 ただし、このときに発見されたもの以外、人気タイトルであるがゆえにイベント展示などに駆り出されたものについては、倉庫を引き払った際に紛失されたことが確定したという。

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 その後、2015年に本社の引っ越し作業があった際に、全社メールで各所に連絡を行い、開発者が保管していた原画や、広報で管理されていたカレンダー用の原画や広報誌の表紙原画などを回収し、原画を一点に集約することができたという。

 ものによってはゴミとして処分される直前に改修されたものもあり、思い入れのある人間が動かないと簡単に捨てられてしまうことを実感したそうだ。

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 このとき、指田氏は原画がなぜ処分されてしまうのかを考えた。そこで出た結論は、“用が済んだものだし、置いておく場所もないから”というもの。

 保管しておくに値する価値がなければ、会社としても取っておく意味はない、ということを痛感した指田氏は、手描き原画の価値を新たに定義し、その価値を高める施策を行う必要がある、と考えた。

 こうして、手描き原画の保管と管理を行い、その再利用を促進、あるいは手描き原画のアートとしての価値、あるいは開発資産としての価値を模索する動きが生まれたのだ。

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データベース制作とデジタルデータ化

 指田氏の活動によってサルベージされた手描き原画は一点に集約されたが、この時点ではまだいつ捨てられるかわからない状況に変わりはなかったという。

 手描き原画の再利用の一環として行われているのが、社内展示だ。指田氏による作品の簡単な説明なども添えて、新社屋の壁面に原画が飾られているそうだ。

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 筆致が見える原画のインパクトは大きく、デジタルネイティブな世代の社員にもそれなりのインパクトを与えた、と指田氏は語る。

 また、原画が残っていることがグループ会社内でも共有され、周年イベントなどで原画を利用させてほしいというニーズも増加していき、2019年以降は集約した原画のデータベース化が進められた。

 指田氏いわく、このあたりで手描き原画の管理、整理が趣味から仕事に変わっていったそうだ。

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 古文書や古美術の扱いに慣れたスタッフを招き入れ、約3ヵ月で400点近い素材を整理し、保存状態や作者などの情報をデータベース化したという。

 古い原画など、保存状況がよくなかったものについても、この時点で改めて保存状況が整えられたそうだ。

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 400点の原画のなかには、使用用途がはっきりと判明しているものもあれば、部分的に使用されたものでどの作品に使われたものなのか判別できないものも含まれているようで、これらについての調査は引き続き行われているという。

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 集約された原画は、改めてスキャナーや写真撮影を行い、高解像度でデジタルデータ化が進められている。写真撮影のほうが再現度は高くなるが、そのぶんコストもかかるということで、すべてではないが一部に使用されているようだ。

 本セッションが行われた時点で、140点程度のデジタルデータ化が進められているという。そのうちの十数点は写真撮影でのデジタル化が行われ、かなり大型の印刷にも対応できるようになっているとのことだ。

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 セッション内ではデジタルデータ化された原画が多数紹介された。これらの原画が再び何かのかたちで世に出ることかもしれない、と考えるとワクワクさせられる。

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 リマスターされたデータは、現在は閉店してしまったが、VR施設のMAZARIA店舗内にポスターとして展示されるなどしたそうだ。画像を見ればわかる通り、かなり大きなサイズでの印刷となっている。

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 また、フランスのアートウォッチブランド“ラプス”とのコラボレーションウォッチにもリマスターデータが使用されているという。

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 データのデータベース化に向けた道筋は立ったものの、まだ課題もあると指田氏は語る。

 90年代後半から2000年代、デジタル作画によるキービジュアルのデータベース化は、場合によっては手描き原画よりも困難になることが予想されるというのだ。

 データの保存場所が手描き原画以上に曖昧である、保存形式によって開けない可能性、あるいはそもそもの解像度が低いなど、さまざまな問題が予想されるということだが、こちらもなんとかしてデータベース化が進んでほしいものだ。

キービジュアルから読み解く時代背景

 続いて触れられたのが、キービジュアルの読み解きだ。キービジュアルをただ懐かしむのではなく、開発者の視点で見ることにより、開発史や当時の担当者の思考や工夫を読み解くことで、得られるものがあるのではないか、というのが指田氏の考えだ。

 キービジュアルはそもそも商品のコンセプトを的確に伝えるものであり、それによってユーザーに「おもしろそう! やってみたい」という意識を喚起させるもの、と定義したうえで、各時代のキービジュアルを読み解いていくことに。

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1.『ギャラクシアン』(1979年)

 まずは、『ギャラクシアン』のキービジュアルだ。指田氏は、これを当時のナムコのビデオゲームにおけるキービジュアル第1弾として位置付けているという。

 『ギャラクシアン』以前はキャラクターの絵を描き起こして運用することはあったものの、一枚絵としてキービジュアルを作ったのは本作が初と思われる、とのことだ。

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 ポスト『スペースインベーダー』として登場した本作は、当時としても画期的だったが、指田氏はキービジュアルに書かれた“文明への挑戦か 宇宙怪獣来襲! たて! 銀河戦士!!”という文言に注目。

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 「キービジュアルに描かれているものが宇宙怪獣なのか?」、「しかしパイロットのようなものも描かれているが?」など、キービジュアルに描かれている内容とゲームの内容とに整合性がなく、冷静に考えると疑問に思うポイントは多い。

 当時はまだゲームの表現力が低く、商品のよさとは別に、ゲーム内で表現できないもの、想像上の世界を表現するという比重が大きかったのではないか、と指田氏は指摘する。

 また、アーケードゲームの黎明期は、新作を出せば高い確率でヒットするという時代だったこともあり、キービジュアルへの要求もシビアではなく、デザイナーが表現したかったことが前面に出ているのではないか、というのが指田氏の考えだ。

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 当時最先端のものであったコンピューターアートとしてのゲームにふさわしいビジュアルとして、格好よさが優先された、レコードジャケットに近い発想で描かれていたのではないか、とも指摘も加えられた。

 ゲームというものが不健全であるというイメージが強い時代に、最先端のアートを乗せることでそのイメージを払拭しようとしたのではないか、と指田氏は考える。

 絵自体についてはファンタジーアートの影響が見て取れるとのことで、プログレッシヴロックのジャケットを手掛けたロジャー・ディーンの影響があるだろう、とのことだ。当時のナムコの作品にはそういった影響が強くでているそうだ。

2.『ゼビウス』(1983年)

 『ゼビウス』が出たころにはコンピューターグラフィックスという言葉も登場しており、本作もビジュアルに力を入れた作品だったという。

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 当時はキャラクターのビジュアルなどを事前に描き起こすことはあまりなかったそうだが、そんな時代のなかで『ゼビウス』は敵味方ともにデザインが事前に描き起こされており、世界設定を丁寧に描いている点も特徴だったようだ。

 ゲーム内にもユーザーが興味を持つような仕掛けが設けられ、くり返し遊ぶことでより深い世界観にハマれる、単純なスコアアタックから世界を楽しむ遊びへのステップアップ、その転換点となった作品だという。

 セッション内で紹介された『ゼビウス』のチラシは、4面のうち3面をビジュアルにするという大胆な使いかたをしており、このあたりからもビジュアル性を押し出していることが伺える。

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 また、ポスターなどには主人公機であるソルバルウのイラストが使われることが多かったとのことだが、じつは現存している原画と質感の違うイラストが掲載されているものがあり、原画が2種類あるのではないか、といった疑惑も生まれたそうだ。

 しかし調査を進めたところ、どうやら当時ナムコが制作していた広報誌の創刊号で表紙として使用する際に、原画に背景と噴射炎を描き加えてリメイクされたらしいことが発覚したという。

 元の原画を残さずにリメイクしてしまう、というあたりにも原画に対する意識がうかがえるだろう。

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3.『ドラゴンバスター』(1985年)

 3つ目の『ドラゴンバスター』はかなり幻想的で、見た瞬間に「どんなゲームだろう?」と心を描きたてるもの壮大なものになっているが、残念ながら原画は失われているという。

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 1984年、85年には『ザナドゥ』や『ブラックオニキス』など、ファンタジーゲームが多く出た時代でもあり、その影響もあってこういったビジュアルになったのではないかと指田氏は語る。

 キービジュアルを見た瞬間にそのゲームを遊んでみよう、と思わせたならキービジュアルの役割は果たしている、としながらも、指田氏は実際にゲームを遊んだときにキービジュアルで想像させられたおもしろさと釣り合っているか、そこも重要であると指摘した。

 本作をプレイしたことがない人にも、プレイ動画などを探して実際にゲームを見てほしい、とのことだ。

4.『リッジレーサー』(1994年)

 続いて登場したのは、プレイステーションで発売された『リッジレーサー』の手描き原画だ。

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 これを見て違和感を覚えた人もいるかもしれないが、じつはこの原画はパッケージイラストとしては使用されず、実際にはゲーム画面をレンダリングした3Dグラフィックスの絵が使用されている。

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 これは、プレイステーションの売りが“家庭で3Dグラフィックスを楽しめること”だったことに起因しており、それゆえにキービジュアルでも3Dグラフィックスを使用することになったのではないか、というのが指田氏の考えだ。

 当時は手描き原画からコンピューターグラフィックスへの過渡期とも言える時期で、この差し替えもかなりギリギリでの判断だったのではないか、と指田氏は語っている。なお、手描きによるキービジュアルはパッケージではなく、裏面に使用されている。

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 このころから手書き原画は減少していき、少しずつCGで作られたキービジュアルが増えていったという。

5.『Jリーグサッカー プライムゴールEX』(1995年)

 最後に紹介されたのが、『Jリーグサッカー プライムゴールEX』のキービジュアルだ。

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 この衝撃的なビジュアルに触れる前に、指田氏はそれまでの、スーパーファミコンで発売されていた『Jリーグサッカー プライムゴール』シリーズのパッケージを紹介。

 こちらはサッカーの楽しそうなイメージや、Jリーグの公式作品であることなどが前面に出されたキービジュアルになっている。

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 ではなぜ『Jリーグサッカー プライムゴールEX』はまったく異なる方向性になったのか。指田氏は、ゲームのコンセプトよりもCD-ROMで発売されるということが要素として優先されたからではないか、と推察する。

 プレイステーションというハードがこれまでとは違うものを提供する、CDだからすごいぞ、という技術的革新をアピールする意図があったのではないか、というのだ。

 このビジュアルからは、当時いかにCO-ROMへの期待が大きかったかが読み取れるだろう。

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現代のキービジュアル

 時代ごとのキービジュアルの移り変わりを見た後に、話は現代のキービジュアルへと移る。

 90年代以降、ゲーム自体の数も増加し、ゲームのコンセプトにもユニークさが求められるようになり、内容も複雑化していった。そんななか、キービジュアルへの要求も変化し、それがどんな製品なのかがひと目でわかることが求められるようになっていった。

 指田氏いわく、キービジュアルに必要なのは、開発の骨子となる商品のコンセプト、その魅力を余すことなく表現すること、そしてその世界の持つ雰囲気をキャラクターやビジュアル要素を伴って魅力的に表現することだという。

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 ここで、実例として挙げられたのが2019年発売の『エースコンバット7 スカイズ・アンノウン』と、現在開発中の『テイルズ オブ アライズ』のキービジュアルだ。

『エースコンバット7 スカイズ・アンノウン』

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 『エースコンバット』シリーズには、シリーズを通して変わらないコンセプトがあり、それは下記のようなものだという。

 “プレイヤーは『エースコンバット』を遊ぶことで、最先端のリアルグラフィック空間を360度自由に飛び回る爽快感とともに、自分の判断で敵を定めて、つぎつぎに敵機を撃墜する快感を得ながら、難局を勝ち抜いていくエースパイロット体験ができる”

 これをいかに実現するかがシリーズでの毎回のコンセプトになるが、一方で『エースコンバット』シリーズではビジュアル表現への挑戦というものも毎回行っており、これもまたコンセプトに直結しているという。

 『エースコンバット7』のキービジュアルは、雲のなかを突き抜けて現れる戦闘機と、手前にいるキャラクターが向き合う瞬間。空を飛ぶゲームであると同時に、物語性のあるゲームであることを表おり、同時に戦闘機の大きさも強調するようになっている。

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 指田氏は、手前の人物が宇宙服のようなもの着ていたり、雲のなかの構造物に人が立っているという近未来感であったり、見た人間にワクワク感や疑問を与えつつ、端的に世界を表したビジュアルに仕上がっているとの感想を述べた。

『テイルズ オブ アライズ』

 続いて紹介された『テイルズ オブ アライズ』は、『テイルズ オブ』シリーズの新星をイメージしており、そこから夜明けとしてのアライズ、というがタイトルになっているという。伝統の継承や革新と進化が開発コンセプトになっているということだ。

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 本作のキービジュアルはそういったコンセプトを伝えるとともに、ふたつの星、レナとダナを巡る物語であること、それぞれの星の出身である主人公とヒロインの姿や、レナの支配を覆すための戦いに赴く姿が盛り込まれた、挑戦的なビジュアルなっている。

 全体的にダークな印象、焼けた武器を持つ主人公や、荒廃した背景など、さまざまな要素が計算のうえで、コンセプトを伝えられるように構成されたものになっているのではないか、というのが指田氏の見解だ。

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まとめ

 最後に、本セッションのまとめが行われた。

 オールドIPを整理、デジタル化することで、そのIPが新たに価値を持つことができ、そこに対する需要を促進できる。また、現代の開発者にとても意味のある資産として価値を持っている、というのが指田氏の意見だ。

 今回紹介したデジタルデータ化のなかで、そのことを確信できたと指田氏は語っている。

 昔のものに固執するのは後ろ向きだ、と言われることもあったそうだが、同じものであっても読み取りかたによってまったく異なる価値が生まれるのであり、成功例にせよ失敗例にせよ、当時どんな状況、どんな考えでそのアウトプットにいたったのか、というのは貴重な財産である、ということだ。

 また、アートとしてどのように絵の魅力を出したのか、というアプローチは多様であり、そういった意味でも過去のアートは刺激に富んでおり、時代が違っても開発者やアーティストの目線で見ることにより、今後の教材になるだろう、と指田氏は述べた。

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 今後は一般に向けて、キービジュアルのコンテクストとともにアートとしての見かたや価値を提供していきたいという話も出ており、ゲームファンとしてもこちらの展開に期待したいところだ。

 バンダイナムコスタジオを訪れた人が展示されていた原画への感想をSNSに投稿することも多いという。

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 時代が変わり、ゲームも変わっているが、根底は変わっておらず、過去のIPから地続きの上にいまがあることを感じ取ってほしい、と語って指田氏は締めくくった。

 今後の動きについては、構想はあるもののまだ確定している内容がないとのことで、こちらは乞うご期待となった。デジタル美術館などはいかがか、という質問に対しては「やっぱり原画で見てほしい」とのコメントもされており、現在の状況ではむずかしいかもしれないが、いつかは原画展のようなものを開催してほしいところだ。

※画像はオンラインでの講演をキャプチャーしたものです。