ゲーム開発と3Dアート制作会社Virtuosの上海在住日本人スタッフが語る “我在中国的生活”

海外大手ゲーム開発スタジオVirtuosから見る中国での開発。上海在住の日本人スタッフが語るその魅力と可能性_03

 “ゲーム開発”は、さまざまな役割のスタッフが関わる仕事だ。緊密に、かつ、できる限りコンパクトなゲームコードの構築に全力を注ぐプログラマーやエンジニア、さらにそれを視覚的に具現化するデザイナー、ゲームサウンドに息を吹き込むアーティストやサウンドエンジニアが存在し、開発が進む。

 開発を進める上で、これらの人員を適材適所に配備し、指示を出す役割は、たとえれば、オーケストラの指揮者のような立ち位置だ。Virtuos(ヴァーチャス)上海スタジオでゲームプロデューサーを務める中川亮(なかがわ りょう)氏はまさしく、このポジションで、開発の指揮を執っている。

 ご存じでない方のために説明しておくと、Virtuosは、シンガポールに本社を構えるゲーム開発および3Dアート製作会社だ。2004年に中国・上海で創業し、現在は全世界で6つのスタジオを含む12つのオフィスを有し、スタッフ1700名を擁するグローバル企業。世界のゲームパブリッシャー上位20社のうち18社と取引し、ゲーム開発とアート制作に関するサービスを提供しているそうだ。

 東京でコンピュータグラフィックス(CG)のアーティストとしてキャリアをスタートさせた中川氏は、Virtuosとの偶然の出会いが上海に渡るきっかけとなったという。今回は中川氏に、現地中国での開発秘話について訊ねた。

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――これまでのキャリアと、Virtuosでの最近の仕事について教えてください。

中川学生時代は美術大学で映像学科を専攻し、フィルモグラフィー、フォトグラフィー、CGの勉強をしていました。映像を学ぶ過程で、とくにCGについては興味があり、卒業後は、CGコンテンツに特化した映像業界に進むことを決意しました。

 大学卒業後、都内にある3Dモデル制作、キーフレームアニメーションや作曲などを手掛けるスタジオに就職し、3DCGジェネラリストとしてCG制作の全工程に携わりました。また、リアルタイムデモ(In-Game Cinematics:IGC)向けのプリレンダリングの制作も担当し、当時は朝から晩までPCの前で働くことがふつうでした。

 3DCGジェネラリストとしてキャリアを積んで5年経ったころ、知り合いを通じてゲームデベロッパーのVirtuosと出会い、アシスタント・アートプロデューサーとして仕事をしないか、とお声がけがありました。

 Virtuosではアート部門で約3年間、3Dキャラクターモデリングや3Dの背景モデリング、キャラクターアニメーションやコンセプトアートなど、日本に拠点を置くクライアント様のアートアセットの制作を担当しました。

 その後、ゲーム部門に異動し、アシスタント・ゲームプロデューサーとして『ファイナルファンタジー X/X-2 HD リマスター』や『ファイナルファンタジー XII ザ ゾディアック エイジ』などのプラットフォーム移植に携わりました。2019年10月からはチームリーダーとして新規ゲーム移植プロジェクトを遂行し、その中のひとつはもう完成間近です。ご期待ください!

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――Virtuosの上海スタジオで働くことを決意した決定打は?

中川学生のころから海外で働きたいと思っていました。しかし、いざチャンスが巡ってきたとき、中国語(北京語)をまったく話すことができなかったので、正直、中国行きを少し躊躇しました。ただ、Virtuosのグローバルでのビジネスへの期待、各国のクリエイティブな仲間と仕事ができるチャンス、そして中国の成長を見たいという好奇心が後押しし、上海行きを決意しました。いま思えば、中国のダイナミズムを体感できる好機を逃さずに正解でした。

――中国での開発のメリットとチャレンジングな点を教えてください。

中川中国、とくに上海は、日本と距離的にも非常に近く、時差も1時間程度なので、日本とのコミュニケーションがオンタイムで行える点がメリットです。

 とは言え、日本のクライアント様から見れば、我々は海外にあるパートナーです。私が中国に来たばかりのころ、言葉の壁を感じたのと同じように、クライアント様も母国語が通じないことで少なからず不安を感じていらっしゃると思います。そこは日本人の私が対応することで不安を取りのぞければと思って仕事をしています。

 また、社内の文化や価値観の違いにとまどうこともありました。たとえば日本は結果に至るまでの過程を重視することがありますが、中国では違います。私がVirtuosに入社したころ、“進捗報告”は、尋ねられない限り他者と共有しないことに気づきました。つまりプロセスは重視されません。ここでは、受動的ではなく主体的にアクションを起こし情報を提供することを意識して行動しています。

 Virtuosは優れた開発技術力を持った会社です。それを土台に、さらに社内外で“コミュニケーション”を円滑に進めることが私の大きなミッションだと感じています。

――開発にあたっての裏話などありましたらお教えください。

中川案件を進めていく過程で、仕様の確認や、問題点とその解決に向けた検討方法など、さまざまな情報の伝達がクライアント様とプロジェクトチーム内で発生しますが、3、4年ほど前まで、コミュニケーションは基本的にメールで行っていました。

 ひとつの例ですが、『ファイナルファンタジー XII ザ ゾディアック エイジ』の共同開発では、スクウェア・エニックス様との間で毎日膨大な情報が行き来していました。1日に数十通のメールがやり取りされ、かつチーム内での共有と確認は中国語、時に英語への翻訳を挟み、議題ごとに枝分かれすることもあるので、メールは膨大な量になっていきました。

 問題は、協議事項によって検討に日数が必要な用件があったり、レス(返信)が途中で途絶えて埋もれてしまったり、また情報の整理とメールのトラッキングに、多くの時間を消費してしまったりすることです。

 そんなコミュニケーションの効率化を図るべく、新たなツールが導入され、クライアント様とのコミュニケーション方法も随分変化してきました。たとえばチケット制のソフトウェアJIRAや、最近ではチームコミュニケーションツールのSlackを導入することでやり取りがとてもスムーズになりました。ゲーム開発を取り巻く環境は、プロダクション側でも進化が起きていると実感しています。

――クライアントさんとのやり取りで印象的だったことなどは?

中川そうですね、『ファイナルファンタジー XII ザ ゾディアック エイジ』の共同開発でSwitch版とXbox One版の開発を担当させていただきましたが、当初見積もっていた以上に技術的難度が高く開発が難航してしまった経緯があります。

 各プラットフォームに合わせた対応を検討していく中で、当初想定していた以上に数多くの課題があることが判明しました。

 スクウェア・エニックス社のプロデューサー様、ディレクター様には、上海まで直接足を運んでいただき何度も打ち合わせをして擦り合せを行いスクウェア・エニックス様と弊社のチームが一丸になり問題を解決し、マスターアップまでやり遂げて、最後にお礼のお言葉を頂戴したのですが、なんとも言えない達成感がありましたね。

――中国で感じたカルチャーショック的なことは?

中川どこにおいても共通して言えることですが、ゲームプロデューサーとしてゲーム開発のチームをまとめるためにも、各部署やポジションのスタッフとの相互コミュニケーションは欠かせません。グローバルに仕事を進める上で言語のバリアもありますが、中国人の同僚が堂々と英語を話している姿を見たときは驚きました。これまでの経験上、ゲーム業界で、日本人スタッフが積極的に英語を話すような機会は少なかったように思いますが、中国のチームの姿勢は違っていました。さらに驚いたことは、ここ(上海)では日本語を理解できるスタッフにしばしば出くわします。

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――いまの中国での生活はどんな感じですか?

中川2012年11月に初めて上海に来て以来、毎日の生活ははるかに便利になってきています。中国ではモバイルアプリの普及が進み、買い物のほとんどがキャッシュレス決済できるため、言語のハードルは非常に低くなったと感じています。上海に住み始めたころ、レストランで、現金で会計しようとしたときに、私が払った100人民元札が本物か偽物かキャッシャーの人が確認していたのを思い出します。

 長期休暇が取れたときは母といっしょに中国各地に旅行に行きます。とくに田園地帯や農村部への旅はとても感動します。最近旅行した貴州省も素晴らしい場所でした。

――現在は新型コロナウイルスの影響でたいへんかとも思いますが……。

中川旧正月休みに合わせて今年1月末頃に日本に一時帰国していたのですが、ちょうど中国でコロナのピークを迎えていたころに上海に戻りました。当時多くのお店が営業を停止していのたですが、いま現在はマスク着用という点を除いて、以前の生活水準までほぼ回復したという実感です。ただし、公共の場所やお店によっては体温を測っていますし、人が多く集まる場所では規制が入るなど今も徹底しています。

 たとえば、ちょうど7月31日から8月3日までChina Joyでしたが、今年は例年と異なり、入場チケット購入時にオンライン上で個人情報の登録が必要となりました。会場への入退場の際は、ゲートでQRコードをスキャンし、人の流れを追跡できるように管理していました。

 私は、デベロッパー・カンファレンスの一日パスポートを購入していたのですが、会場に到着したら、中に入れてもらえないというハプニングがありました。詳しく聞いてみると、政府の指導が急遽入り朝から人数制限をしているということで、ほかにも入れない人が大勢いました。1時間半粘って私はあきらめたのですが、知人に聞いたら後で入ることができたようです。こういった思い切った変更が躊躇なく入るのは、よくも悪くも中国の強さだと思います。

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――ゲーム開発の仕事とは別に、ゲームファンとして楽しむためにプレイしているゲームは?

中川アクションあり、アドベンチャーありの『The Last of Us』が大好きです。ストーリーも印象的です。先月に発売された続編の『The Last of Us Part II』も手に汗握るサバイバル・ゲームなので、刺激的です。

――Virtuosでの日々を振り返っていかがですか?

中川Virtuosは2004年の創業から今年で16年目を迎えますが、いまでは全世界でスタジオが6つ、オフィスが12ヵ所、スタッフが1700名以上と、とても大きな会社になりました。 Virtuosはアジアと欧米の文化がバランスよくミックスされた職場です。クロス・カルチャーな経験を通じて自身の知見を広げたいという人には最適だと実感しています。Virtuosが重要視する、エキサイティングで刺激的な職場づくりから、エキサイティングなゲームが生み出されると信じています。

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