岩手県がゲーマーに歩み寄ってきている
2019年5月10日~12日に渡って開催された“C4 LAN 2019 SPRING”。参加者が自由にゲームを遊ぶイベントだ。
会場内にはひと際異彩を放つブースがあった。岩手県の物産展である。
数百人ものゲーマーがわいわいしている横でおいしい名物を販売。百貨店の催事場コーナー担当者が岩手県エリアごと異世界転生したみたいである。
これだけでも十分にミスマッチでおもしろいのだが、岩手県の進撃は止まらない。プロゲーミングチーム・DeToNatorともコラボしてしまったのだ。
所属ストリーマーのSPYGEA氏を期間限定の宣伝部長として起用し、サイン会やクイズ大会を実施。アンケート回答者にはDeToNatorロゴやSPYGEA氏の写真をプリントしたゲーミング南部せんべいを配っていた。
SPYGEA氏の実家は岩手県のアスパラ農家。自身の配信でもたびたび岩手県を話題に出してきた。そんな彼が自治体といっしょに働いている。ファンは感慨深いだろう。
ブース内では物腰の柔らかい初老男性が接客していた(冒頭の写真の左端)。年齢的に偉い人なんだろうなと思ったら、岩手県の副知事・保和衛氏だった。
わざわざ副知事が来訪して、しかもふつうに現場に立つ。フットワークが軽すぎないか。
保和衛(たもつかずえい)
岩手県の副知事。2018年4月より現職。インタビュー本文中では保。
保副知事は2018年12月開催の“C4 LAN 2018 WINTER”を視察。CPU・グラボメーカーのAMDロゴやPCショップのドスパラブースに反応していたらしい。アテンドしたC4 LAN主催会社の社長から聞いた。
おもにPCオンラインゲームを担当する僕からすると、PCに興味を持ってもらえるのはうれしい。PCがお好きなんですかと聞いたら、「ええ」と笑顔。そして、
「自作も好きですね」。保副知事はPC自作派だったのだ。
保若い頃はPCなんてなくて、平成5年に初めて買ったんですよ。FM TOWNS IIを。すばらしい名機でしたね。最初からCD-ROMドライブがあったのでゲームもやりやすくて。
そういうところからPCを使うようになって、自分で作れば好きなマシンにできることに気づきました。いままで2台作って、いまも1台は現役(※)。我が家で動いてます。
うおおおお。令和の時代に聞く“FM TOWNS II”という言葉。何とも趣き深いではないか。
保副知事は僕らPCユーザーの大先輩だった。この人は信頼できる。
※2019年5月23日発売の週刊ファミ通では「3台作って2台が現役」と書いたが、「後になって正確に数えたら、きっちり仕上げたのが2台で、いまも使っているのは1台でした」とのこと。わざわざ訂正してくださるなんて、まじめな方なのだなあと思った。
保副知事自身、同世代の人たちと比較してPCやゲームに対するリテラシーが高いのだと思う。そういう人が自治体側で直接動いてくれる。心強いと言うほかない。
岩手県は以前からゲームに注目しているらしい。2015年には位置情報ゲーム『Ingress』を活用した取り組みを実施するなど、ゲーム好きへのアピールに積極的だ。
保『Ingress』は現実の世界がゲームのフィールド。モニュメントなどがポータルになってますよね。観光地をポータルにしてもらえばゲームをしながら観光地巡りができると思って、イベントも実施しました。『Ingress』を岩手で遊んで、美味しいものを食べて温泉に入ってみてはどうですか、と。
「観光振興のために『Ingress』を活用させていただいた」と言ったほうがいいですね。
早くから『Ingress』に注目したことが、『ポケモンGO』ブームでさらに活きた。ポケストップの多くは『Ingress』のポータルから作られているため、岩手にはポケストップがたくさんある。
保副知事は「岩手は『ポケモンGO』を遊びやすい土地。ぜひお越しいただきたいですね」と語った。
ゲームやネットコンテンツに対する先見の明がすごい。そう言えば、ニコニコ超会議には6年連続でブースを出展している。
決して「いまeスポーツが流行ってるからゲームに乗っかろう」みたいに短絡的な発想ではないのだ。
若い人たちに岩手ファンになってもらいたい
岩手県が本腰を入れてゲーマーと接する理由は何なのだろう。もう少し詳しい話を聞いてみる。
――岩手県としてはどういった意図でC4 LANに出展したのでしょうか?
保岩手県では以前から文化やソフト的なもので地域を盛り上げようと取り組んできたんです。“いわてマンガプロジェクト”ですとか。
東日本大震災、若い人たちがたくさん県外から復興支援に来てくれて、いろいろな形で岩手を知ってもらう機会が増えました。
一方で、岩手では若い人が都会、首都圏に出て行ってしまう。本当は住みやすくて、食べものも美味しくて、暮らしやすい土地です。その人たちに、そういうことも知ってほしいと思っていたんですね。
――なるほど。復興を応援してもらえるのはありがたい。そして、もともと岩手はいいところですよ、と。
保そうですね。そうした土地柄に加えて(岩手県の)行政としては、岩手県を“若い人たちがやりたいことを実現できる場所”にしたい。ですから、(若い人を)応援するような取り組みに力を入れています。
このC4 LANやニコニコ超会議に出展するのも、そのような施策の一部です。若い人たちがいるところに行って、岩手をアピールする。わかってもらって、ファンになってもらう。
そのうちに、岩手の観光をしてみようとか美味しいものを食べに行ってみようとか、そういう行動につながる可能性はあると思います。岩手のファンが増えることによって、県民もまだそうでない人も、元気になっていけるのではないか、と。
――若者が出ていくのは全国の地方自治体に共通する悩みだと言います。手応えはどうですか?
保ゲームを遊んでいるみなさんは全国に散らばっていて、一堂に集まって盛り上がるお祭りみたいなイベントはなかなかないですよね。そういう場所ですから、貴重だと思います。
この会場では、ゲームの中で冒険者として活躍される方もたくさんいると思うんですよ。冒険者の皆さんには、美味しいものを食べてライフもマナも十分に回復してもらったらうれしいですね。
このご時世、PRならネットコンテンツだけでもいいはず。手間をかけてリアルのイベントに出展する理由は、「若者が何に魅力を感じているのか、入り込んで熱気に触れないとわからないから」だそうだ。
熱気を肌で感じるために、全国からゲーマーが集うC4 LANは有効だ。展示会系イベントと違って参加者が滞留するので、コミュニケーションも図りやすい。
机の前で頭を捻るだけでは実感できない部分は、たしかにある。また、顔を合わせることで岩手に好感を覚えた参加者も多いと思う。少なくとも僕は術中にはまり、岩手に行きたくなってしまった。
ゲームを通じた今後の広がり
岩手県はゲーマーのコミュニティに飛び込んできてくれた。興味を持たれるのを待つのではなく、興味を持ってもらいに行く。
ちなみに、SPYGEA氏の起用もC4 LANがきっかけ。2018年12月の視察の際に「岩手出身のすごいゲーマーがいる」と紹介を受けたらしい。DeToNator代表の江尻氏は地方コミュニティの活動にも興味があるそうなので、相性はバッチリだった。
行政の世界ではボトムアップが大切だと言われている。地方自治体が自分たちなりのやりかたで幸せづくりを目指すことが、最終的には日本全体の力になる。ゲーマーコミュニティとも共通する部分があると思う。
アツいぞ、地方。おもしろいぞ、岩手。ゲーマーへのアプローチが単発の企画で終わることがないように、今後の広がりに期待したい。