2018年8月22日〜24日の期間中、パシフィコ横浜にて開催される、日本最大のゲーム開発者向けカンファレンス“CEDEC 2018”。3日目にあたる24日には、“ビデオゲーム黎明期の開発資料を紐解く ナムコ開発資料のアーカイブ化とその活用”と題し、過去のゲーム開発資料の保存と研究・活用についての講演が行われた。

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貴重な開発資料が劣悪な環境に!?

 本講演に立ったのは、バンダイナムコスタジオの兵藤岳史氏。冒頭、兵藤氏は参加者を見ながら「この講演は、平均年齢がいちばん高いんじゃないかと思っていました(笑)」と冗談交じりに話し、会場を温めてからスタート。

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兵藤岳史氏

[2018年8月27日16時30分修正]兵藤岳史様のお名前について一部誤りがあったため、該当の文章を修正いたしました。兵藤様、および、読者並びに関係者の皆様にご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。

 まず兵藤氏は、『パックマン』や『ゼビウス』など、1980年代ナムコのアーケードゲーム開発資料の一部を公開。『パックマン』の仕様書には“PUCK MAN”、『ゼビウス』の開発ノートには“シャイアン”と、当初企画されていたタイトルも記されており、会場からは驚きの声が上がる。そのうえで、兵藤氏は、これらの開発資料について“ゲーム史における最重要一次資料”、“ナムコという会社のDNA”と位置づけ、価値のあるもの、残していくべきものと語った。

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 では、それらの貴重な開発資料がどんな場所に保管されていたのか? 資料は川崎市にある会社の倉庫にあったそうなのだが、そこは気温・湿度調節などがされていない、一般的な倉庫。それどころか、ひどいときには雨漏りすらしていたような場所に置かれており、廃棄されていてもおかしくない状態だったのだという。

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 こうなってしまった理由として、まず急激な組織拡大と開発部門の分割が背景にあったと兵藤氏は語った。1983年のファミコンブームの到来からナムコはさまざまな開発部門が誕生し、組織も急激に拡大。それにともない、仕様書は残しておくという以前からのルールが、自然と守られなくなっていったというわけだ。つぎに、ふたつ目の要因として挙げられたのは開発拠点の転移と分割。引っ越しするたびに何かがなくなるのは世の常と言えるが、開発資料も同じように自然となくなっていき、残っていた資料も“とりあえず倉庫に送っておこう”という流れになっていたのではないかということだ。

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 さらに、3つ目の要因として挙げられたのが価値に対する見解の相違。これは、企業で利益を出すために新しいものに目を向けていると、古いものに価値を見出せなくなってしまうという、多くの企業が陥る状態であり、1980年代のナムコのアーケードゲームという、当時大きな注目を集めたタイトルの開発資料であっても、同様の経過をたどってしまっていたわけだ。

 結果、これら3つの要因が重なり、倉庫に過去の貴重な資料が放置されている状況に。兵藤氏は、「会社の資料を保存しようと思うと、必ずこれに疑問を持つ声が上がるので心しておいたほうがいいと思います」と、参加者にアドバイスした。

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開発資料廃棄の危機! “ナムコ開発資料アーカイブプロジェクト”発足

 そんな状況を打破するため、兵藤氏たちが起ち上げたのが“ナムコ開発資料アーカイブプロジェクト”。きっかけになったのは、ナムコのOB・岸本好弘氏が開発したアーケードゲーム『バラデューク』の資料を求めて来社した際だとのこと。資料が見つからず、兵藤氏らが探索を始めたことから、倉庫の開発資料も発見されたそうだ。

 そして、これらの資料を廃棄させないよう、プロジェクトを発足。会社を説得するために“開発資料の保存と活用”、“エモーショナルクオリティー(コンテンツに対する想い)の増大”のふたつの目標を掲げたという。加えて、ふたつの目標を達成するために、資料の“保存”、“整理”、“活用”、“アピール”と4つの方針も設定。これらを社内でアピールし、兵藤氏は予算を抑えてもらうことに成功したという。

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 予算をもらったことで、プロジェクトもいよいよ活動を開始。第1段階として、2016年3月から対象となる資料を把握するための分類などが行われ、専門業者の協力のもとそれらを調査。書類以外の開発機材などについては、“廃棄が妥当のもの”、“保管するもの”などの選別とともに、目録が作成された。さらに、第2段階では第1段階で選別された資料で、保存する資料はラベリングやエクセルによるリスト化も行われ、バンダイナムコスタジオの門前仲町本社へと移動されたとのことだ。

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資料研究−−『マッピー』とアイデアコンテストを題材に

 つぎに兵藤氏は、実際に見つかった開発資料のひとつ『マッピー』の資料を紹介。さらに、その中でも当時の非常持ち出し書類(重要書類)であった本作の企画書、仕様書、最終仕様書(リリース後の仕様書)、取扱説明書資料も一部公開。ナムコでは会社から承認されていない段階の企画書を“KV”と記載していたとのことだが、“KV”段階では『マッピー』のタイトルが“パニックハウス”となっており、おなじみのトランポリンもまだ存在していなかったことが、資料の調査で明らかとなった。しかし、たった1週間後の企画書にはトランポリンが登場。ここで会社からも認められたようで、正式な企画書である印“V”が与えられていた。また、雨漏りの被害を受けていた最終仕様書には本作のドットパターンなども。

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 ほかには、開発者個人のメモ資料なども残っており、そこに記されていたロケテストの売り上げ比較には『ポールポジション』、『ペンゴ』、『ゼビウス』といったそうそうたる名作のタイトルが。当時の社長・中村雅哉氏によるテストプレイの感想も書かれており、「社長は気に入ったようで、相当数連続プレイしていた(1.5時間で2.5ゲーム)」という、当時の開発者でしか記せない貴重なコメントには、会場から笑いが起こった。

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 続いて紹介されたのは“90’初夏アイデア募集”の資料。ナムコでは定期的にアイデアコンテストを開催しており、開発者だけでなくゲームセンターで働いていた人にもアイデアを募集していたとのこと。1枚の紙に自分が思い付いたさまざまなゲーム(ビデオゲーム以外も可)のアイデアを書き、1位になると豪華賞品が与えられたほか、アルバイトが開発部門に入ることもあったようだ。

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 そんな資料の中には、なんと、現バンダイナムコスタジオの代表取締役社長・中谷始氏が考案したアイデアも。また、プールにビニールシートを浮かせただけのシンプルなアミューズメントも紹介されており、参加者はこれらを食い入るように見ていた。けっきょくのところ、このアイデアコンテストで1位になった案が現実になることはなかったようだが、これらの資料について兵藤氏は「昔はできないと思ったアイデアもいまならできるかも」とコメント。古い資料が、いまのゲーム開発に役立つかもしれないことをアピールした。

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 兵藤氏は、ゆくゆくはこれらの資料をデジタル化し、容易に検索できるようにデータベース化を目指すという。教育機関での活用など、一般への公開も模索しつつ、「一次資料は博物館のような場所に常設展示できれば」と今後の展望についても言及。さらに、そのうえで、ほかの企業にも眠っている資料があるのではないか、協力してそれらの資料を一般の目にも触れさせることができるような機会を作っていかないかと、参加者に呼びかけた。

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 最後の質疑応答では、「プロジェクトを立ち上げる際、具体的にはどうやってまわりの人を説得したのですか?」という質問が。対して兵藤氏は「『パックマン』の資料をを出して、“本当に捨ててもいいんですね?”と言いました(笑)。実物を出せば効果がありますよ」と答えると、会場中で大きな笑いが。貴重な資料の公開とともに、驚きと笑いが絶えない講演となった。