松山洋氏トークライブイベントで明かされた『エンタメ薬』後日譚_01

 2017年11月7日、サイバーコネクトツーの代表取締役社長、松山洋氏のトークライブイベントがクリーク・アンド・リバー社本社にて開催された。このイベントは、松山氏の著作『エンターテインメントという薬 -光を失う少年にゲームクリエイターが届けたもの-(以下、エンタメ薬)』(発行:Gzブレイン)の出版を記念したもの。ゲーム制作を志す学生や若手の開発者など約40名が参加し、松山氏の語る"ゲーム業界の現状とこれから"、そして『エンタメ薬』にまつわる裏話を熱心に聞いていた。

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サイバーコネクトツー代表取締役社長、松山洋氏。

 ここでは、トークライブの中から興味深かった話を抜粋してお届けしよう。まずは、松山氏による業界分析、"数字で見るゲーム業界"。トークライブでは、参加者に質問を投げかけ、バンバン当てながら進行していったので、ぜひ自分なりに考えながら読んでみてほしい。なお、ここからの話はすべて国内の家庭用ゲームビジネスについてのもので、タイトル数などの情報はイベント用にサイバーコネクトツーが用意したスライドを引用している。

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「1年間で発売される家庭用ゲームソフトのタイトル本数は何本だと思いますか?」

 最初の質問は、国内で1年間に発売されたタイトル数は何本か、というもの。検討もつかない人も多いのではないかと思うが、参考になるのはゲームソフトは原則、毎週木曜発売ということ。「流通の都合で、通常は木曜日発売。ただし、先週末のように3連休があると水曜日発売になるので、『.hack//G.U. Last Recode』も11月1日水曜日に発売しました。あとは、『モンハン』などのビッグタイトルは混乱を避けるために土曜発売になりますね」(松山)。例外はあるにしても、毎週木曜に発売ということは、1年間に52回の発売日がある。参加者は「200本」、「1週間に20本出るとして、1040本」、「10000本」など悩みつつも回答していたが、果たして……?

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 2017年の発売タイトル数は現時点までで、435本! じつは2007年以来、ずっと右肩下がりに落ちてきたタイトル数が今年やっと増加に転じたのだという。昨年、今年とソフト豊作の年が続いたが、「去年は大作が多かったからそこを避けたんでしょうね」と松山氏は分析。とはいえ、2007年には1000本近いタイトルが発売されていたものが半分以下に。400本ということは、平均すると週に約8本が発売されていることになる。

 と、ここで第2問。

「世の中の人は1年間に何本のゲームソフトを買っているのでしょう?」

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 一般的にゲームソフトを購入するのは子どもたちが多く、子どもを対象にした調査ということだが、これはなんとなく想像がつく人も多そう。答えは、東京ゲームショウに足を運ぶ熱狂的なゲームファンで平均8.8本、一般のゲームユーザーで平均4本ということだ。子どもたちがゲームソフトを購入する機会を考えると、誕生日やクリスマスのプレゼント、お正月のお年玉。参加者の中には「子どもの日」と答える人(松山氏いわく、「ええとこの子やな」)もいたが、年に数回、特別なときに親などから買ってもらう姿が思い浮かぶ。

 さて、年間に400本以上のタイトルが発売され、子どもたちは年間に4本のソフトを買っていることがわかったが、なんだかアンバランスだ。いったい、家庭用ゲームのビジネスでどんなことが起きているのか? 松山氏はさらに質問を投げかけ、紐解いていった。

「2017年に100万本以上売れたタイトルは何がありましたか?」

 この質問も、答えられる人は多いかも? 2017年途中までの暫定集計だが、ニンテンドー3DS用ソフト『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』、ニンテンドー3DS用ソフト『モンスターハンターダブルクロス』、プレイステーション4用ソフト『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』、Nintendo Switch用ソフト『スプラトゥーン2』の4本だ。ちなみに、松山氏の予想では、Nintendo Switch用ソフト『スーパーマリオ オデッセイ』が年末にかけて本数を伸ばし、この上位4本に食い込むだろう、とのこと。

 国内の販売本数ランキングをさらに追っていくと、10位のプレイステーション4用ソフト『NieR:Automata(ニーア オートマタ)』は約34.3万本、48位のニンテンドー3DS用ソフト『大逆転裁判2 -成歩堂龍ノ介の覺悟-』は約10.4万本、100位のプレイステーション4用ソフト『シャドウ・オブ・ウォー』は約3.5万本。前述の通り、年間約400タイトルが発売され、そのうちの上位1/4に入っても販売本数は3万本程度というわけだ。

 では、ゲームソフトは何万本売れれば黒字になるのだろうか? 松山氏は「もちろん、物による」としながらも、「たとえばプレイステーション4で、きちんとワールドワイドで勝負できるタイトルを作ろうとしたら最低10億円かかります。もちろん、開発費だけじゃなく、宣伝費など諸々の費用も必要。そういうことを鑑みると、業界的には10万本売らないと赤字になっちゃうじゃん、と言われてます」。ということは、先ほどのランキングによれば、1年間に発売される400タイトルのうち、黒字となっているのは上位48本のみ。乱暴な言いかたになるが、「家庭用ゲームソフトは、だいたい1割が黒字、残りの9割は赤字ということです」(松山)。

 年によって多少の差異はあり、昨年は約2割が黒字タイトルだったというが、それでもほとんどのゲームソフトが、かかったコストを回収できるほどには売れていない。それでいてなぜ、このビジネスが成立しているのかといえば、「1~2割の黒字タイトルが、残りの赤字分を埋めているんです」(松山)。

「わかりますか? 赤字タイトルにかけてしまった費用、その赤字を簡単に埋められるだけ、ゲームビジネスは儲かる、ってことです。ただし、売れればの話。だからみんな、その1~2割、本数で言うと上位50本以内に入ることを夢見て、ヒット作を目指して開発をしているんです」(松山)

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 参加者の多くはすでにゲーム業界で働いている人たちだったが、楽しいクイズ形式のトークから急転直下、突きつけられた厳しくも夢のある現実にどこか神妙な表情。松山氏は彼らに、「ゲームクリエイターはこの市場に対して、どういう戦略を立てれば上位50本に入れるのか。はっきり言って、何がおもしろくて売れるのか、おもしろさに対するアンテナを持っている人間じゃないと話になりません」とさらに熱い言葉を叩きつけた。

「しかも、おもしろいだけじゃダメ。"おもしろそう"じゃなきゃ、ゲームは売れないんです。遊べばおもしろいのに売れなかったソフトなんていっぱいある。おもしろく作ることだけに注力しても、売れなきゃ意味がない。だから、"おもしろそう"で、"おもしろ"くて、"売れる"ものを作る必要があるんです。皆さんだって、まずそうなものは食べないでしょ? おいしそうだから選んでもらえる。おいしそうとか、かわいい、きれい、かっこいいがないとふり向いてもらえないんです。だから、これからのクリエイターが考えなくちゃいけないことは、それをどう設計するかなんです」(松山)

 そのために必要なのは、「遊ぶ、読む、観る、体験する」こと。お客さんが望むものを作るためには、彼らがいま、何を楽しんでいるのかを知る必要がある。ゲーム、マンガ、アニメ、映画……とにかくたくさんインプットすべき。ひとりではアンテナを張るにも限界があるが、友だちなどと「おもしろかった自慢」の情報交換するなど切磋琢磨していくことも大切だ。松山氏は、ゲームクリエイターとしてあるべき姿を以下のように表現し、まとめのメッセージとした。

「作る達人は楽しむ達人」

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 トークライブでは最後に、11月1日に発売された『エンタメ薬』を紹介。大半の参加者がすでに同書を読んでいたことから、その後の後日譚が語られた。まだ読んだことのない方に説明すると、病気のため3週間後に視力を失う少年が「『.hack//G.U. Vol.3 歩くような速さで』を遊びたがっている」と連絡を受け、まだ発売前の同ソフトを少年のもとに届けた、という松山氏の10年前の体験を軸にしたノンフィクション。その少年ヒロシくんと今年、2017年に再会し、改めて10年前のことを本にしようと当時を知る関係者らに取材して執筆している。詳しくはぜひ、書籍特設サイトへ!

 「じつは先週、この本を届けにヒロシくんのところへ行ってきました」と切り出した松山氏。ヒロシくんはもちろん、いまはもう目が見えないので紙の本は読めないが、「親戚の人にでも配ってください」(松山)と、本を渡してきたそうだ。書かれている内容については、事前に音読してくれるソフトで聴いてもらっていたとのことで、今回改めて「自分のことが本になって、実際のとこどうだった?」と聞いてみると……。

 「取材中に自分がしゃべったことについては、「ああ、そんなこと言ったなー」って聴いてたそうなんですけど、「あの、本の感想とはちょっと違うんですけど……パンが食べたくなりました」って(笑)」(松山)

 この言葉の真意については『エンタメ薬』を読んでみてほしいが、同書にはハードボイルドなパン屋、こと"澤田珈琲"が登場するのだ。10年前当時の超重要人物なのだが、松山氏も知らなかった真実が10年経って初めて明るみに出る、という本の中でもキーパーソンとなる人物。『エンタメ薬』の原稿を読んで(聴いて)、初めて真実を知ったヒロシくんはサワダさんに手紙を出すことにしたそうだ。

 そんな澤田珈琲にも挨拶に行ったという松山氏。「本を読んだ人みーんなから、澤田珈琲に行きたい、って言われるんですよ! どんな人なんですか? ほんとにあんなしゃべりかたなんですか? って。いや、私以外の人にはふつうの態度だと思うんですけど。なので、証拠映像としてお店に行って動画を撮ってきました。"澤田珈琲に行ってきた"っていう動画なので、ぜひ笑って拡散してください(笑)」とのこと。

 トークショーのあとには松山氏のサイン会、懇親会が行われ、多くの参加者が交流を楽しんでいたようだ。数々のクリエイターセミナーを開催しているクリーク・アンド・リバー社によると、トークショーのあとの懇親会への参加率は過去最高だったとか。登壇者も参加者も熱意に溢れ、活気あるイベントだった。