ローカライズの秘訣に迫る

 ローカライズというジャンルで、極めて高い存在感を放っている企業がある。ハチノヨン(8-4)だ。2005年に源紘子氏とジョン・リカーディ氏により設立された同社は、日本タイトルの英語化、英語タイトルの日本語化の両方向において数多くのタイトルを手掛け、その高いクオリティーは数多くのゲーム関係者から高い評価を受けている。ハチノヨンのローカライズの“秘訣”とは? 源氏とリカーディ氏にインタビューを実施した。

ハチノヨンのローカライズはなぜ、これほど評価が高いのか? 日本語と英語のゲームをつなぐ職人集団に迫る_01

ハチノヨン
代表取締役
源 紘子氏(右)

ハチノヨン
エグゼクティブディレクター
ジョン・リカーディ氏(左)

まずは、“言語の壁”を何とかしたいという思いがあった

――まずは、ハチノヨンさんが設立された経緯をお教えください。

 明確な経緯というのも、じつはそんなにないのですが……(笑)。当社の設立は2005年になるのですが、もともとジョンとは友だちで、設立する数年前から「いっしょに会社ができたらいいね」みたいな話はしていたんです。それがなかなか具体的な話にはなっていなかったのですが、それがあるとき「いまがタイミングだな」と何となく思ったときがあって、勢いで設立してしまった感じです。

――それまでおふたりはどのようなお仕事をなさっていたのですか?

ジョン 私は20歳くらいのときからアメリカの大手ゲームメディアで働き始めて、25歳くらいのときに日本に来たんですね。日本にいるあいだもメディア関係の仕事はしていたのですが、少しずつローカライズに関わることになりました。

 私も20歳くらいのときからゲーム業界に入って、いまは存在していないゲームパブリッシャーで数年間仕事をしました。そのあとは、ゲームのライセンスを取り扱う会社でエージェント的な仕事をしたり、マーベルコミックのオフィシャルファンクラブを運営している会社に入社したり……という感じです。そのあとですね、ジョンとハチノヨンを設立しようということになったのは。

――おふたりは、ローカライズという点で結びついたところがあるのですね?

 大きな括りで言うと、“言語の壁”ですね。私がパブリッシャーやエージェント会社にいたとき、言語の壁が原因でうまくいかなかったプロジェクトをたくさん見てきました。文化的な背景や言語のニュアンスが伝わらないことでボタンの掛け違いが生まれて、そのままうまくまとまらなかったというか。ローカライズをされたゲームをたくさん遊んできたジョンにとっても“言語の壁”は大きなもので、せっかくすばらしいタイトルなのに、ローカライズされるとニュアンスが抜け落ちてしまうことが残念で、“言葉の壁”を何とかしたいというのは、ふたりの共通した思いだったかもしれません。

――ハチノヨンを設立しての方針はどのようなものだったのですか?

ハチノヨンのローカライズはなぜ、これほど評価が高いのか? 日本語と英語のゲームをつなぐ職人集団に迫る_05

 そのことは社名に端的に表現されていまして、弊社のハチノヨンという社名でお気づきの方もいらっしゃると思うのですが、この社名は『スーパーマリオブラザーズ』の最終面である8-4から取っているんですね。それはやはり、“ゲームに特化したお仕事をしたい”という強い意志のもとに設立した会社なので、そういう名前を付けました。

ジョン 私は子どものころから日本のゲームを取り寄せて遊んでいて、ローカライズされたものに触れ合う機会がずっとあったのですが、プレイしながらフラストレーションを抱いていて、「もっとちゃんとしたローカライズならば、もっと楽しめるのに」という思いをずっと抱きながら育ってきたんですね。当時は、「英語化されていれば大丈夫でしょう?」という風潮があったのですが、でも本当はゲームのテキストって、ゲームをプレイしているあいだはずっとついてくるものだし、そこが自然にしっくりと入ってくるものじゃないと、ゲームプレイの印象もぜんぜん変わってしまう。とても大事なものなのに、それを気づいていない方たちも多いんだなと思っていて、その水準を上げたいと考えて始めたところはあります。

――ローカライズの問題というのは、洋の東西を問わず、当時はあったのですね……。海外では日本のゲームを好きだといってくださる方も多いのですが、そういう方はローカライズの壁を乗り越えて好きになってくれていたのですね?

ジョン 当時は悪いのが当たり前でした。「残念だけど、そういうものなんだ」と思いながら、「ローカライズはヘンテコだけど、ゲームとしてはおもしろいよね」という感じで、みんなふつうに受け入れていました。寂しいことではあるのですが……。でも、当時でもニンテンドー・オブ・アメリカ(NOA)のゲームは、ものすごくローカライズが優秀で、すばらしい仕事をしていたんです。ですので、「できる人がいるということは、改善できないハズがない」とは思っていましたね。その後、NOAさんからもお仕事をいただけるようになったりして、かなり感慨深いです。

――ちょっとふわっとしたご質問になってしまいますが、設立してからいかがでした?

 設立してからしばらくは、日本のタイトルを英語にローカライズする仕事をしていました。じつは設立してからいまに至るまで、仕事が絶えたことが1度もないんです。それは運がよかったというのもあるし、たくさんの友だちに助けていただいたというのもあります。これまでお付き合いがなかった会社さんでも、ジョンや私のゲーム業界内での過去の経験を信用してくださって、「じゃあ、1回試しに頼んでみよう」といった感じで依頼してくださる方たちが多くて、そういう形でいただいたお仕事は絶対に大事にしようということで、失望させないように一生懸命がんばってお仕事をして……というのをくり返していくうちに、リピーターになってくださって。お友だちに、「設立したらしいから、頼んでみようか」といった感じで支えられたこともありました。本当に嘘みたいな話なのですが、仕事が途切れたことがないんです。

――営業活動的なことはなさったことがない?

 設立に間に合わずに、設立前に個人で受けたお仕事があるのですが、それが終わって「営業しようか」という感じにもならずに、つぎのお仕事が入ってきた感じの流れがずっと続いています。ただ一度だけ、危機的なことはありました。音声収録のためにスタッフを海外に派遣しなければならなかったのですが、クライアントさんから入金していただくタイミングが合わずに、20万円くらい足りなくなってしまったんですね。そのときは父に「20万円貸して!」と。若かったですね(笑)。

――ずっと日本のタイトルを英語化するという仕事をされていて、いつから英語のタイトルの日本語ローカライズを手掛けることになったのですか?

 5年前ですね。

ジョン 2012年に『スキタイのムスメ:音響的冒剣劇』というiOSのゲームを手掛けたのがきっかけですね。

 それまでもクライアントさんから、「英語から日本語化もやってほしい」とか「ヨーロッパ言語もやってほしい」というリクエストは何度となくいただいていたのですが、弊社としては“高いクオリティーの翻訳を提供したい”という思いが強くて、“納得のいくクオリティーのものを提供できる自信がない場合は、絶対に受けたくない”と決めていたんですね。まあ、ヨーロッパ言語をやるとしたら、現地の会社と組めばいいのでしょうが、自分たちの目で見て、“これはちゃんとしたクオリティーだ”ということがわからない限りはやりたくなかったんです。ですので、英語から日本語化というのも、日本語をチェックして納得できるクオリティーだということでOKを出せるスタッフが整わない限りは、やりたくなかったんです。そこでちゃんとしたものが作れるという自信が持てたことに加えて、『スキタイのムスメ:音響的冒剣劇』というタイトルにすごく惚れ込んだところもあって、「じゃあ、やろうか!」と。

ジョン 『スキタイのムスメ:音響的冒剣劇』に関しては、内容に惚れ込んだということもありますが、そもそもハチノヨンと深い関係があるタイトルなんです。ハチノヨンには、2008年から7年間、3人目のパートナーとして、マーク・マクドナルドが在籍していたのですが(2015年に卒業して、水口哲也氏のエンハンス・ゲームズに入社)、そのマークが、『スキタイのムスメ:音響的冒剣劇』の開発会社であるCapybara Gamesさんに企画・立案を担当したSuperbrothersのクリエイターを紹介したという経緯があるんです。そこから『スキタイのムスメ:音響的冒剣劇』が生まれているという事情があったので、「日本語化する」というときに、断れるようなタイトルではなかった。もちろん、私たちにも「絶対にやりたい!」という思いもあって、ちゃんと体制を整えました。それがきっかけになって、英語から日本語のタイトルを積極的に手掛けるようになりましたね。

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――ちょっと、微妙な質問をさせてください。お話をうかがっていると、ハチノヨンさんのスタンスとしては、依頼があったお仕事を受けるというパターンが多いみたいですが、タイトルそのものがクオリティー的にツラかった場合はどうされるのですか?

ジョン なかなかお答えしづらい質問ではあるのですが、「このタイトルよくないよね」っていうところでやらないということはなくて、本当にハチノヨンはすごく恵まれていて、仕事が絶えないでここまでこられて、ずっと忙しくさせていただいているという前提があって、ある程度選択させていただいているということはあるかもしれません。とくに、英語から日本語化のチームは、小さい規模からスタートして、いつも仕事がパンパンの状態になっているなかで、それこそ“残業をしてでもやりたいプロジェクトかどうか?”というところではありますね。

 あとは、そのプロジェクトを“やる”、“やらない”となったときに、「ちゃんとうまくできるのか?」というところも、大きな判断基準になってきます。「私たちだからこそ、うまくできたよね」というタイトルじゃないと、お仕事をお受けしてもお互い幸せにならないと思うんです。そういうこともあって、依頼があったお仕事は、想定される座組みから判断して、お受けするかどうかを判断することも多いです。「あの人は、このフランチャイズが好きだから」とか、「この人を入れたら絶対にいいプロジェクトになるよね」とか、「あの人だったら愛情をかけてくれるから、一歩上のクオリティーになるよね」という基準で決めることが多いです。絶えず忙しくしている中でいい仕事をするには、やっぱり一歩踏み込める情熱がないといけないという思いがあるので、そういう選びかたをしています。そんなに偉そうなものでもないのですが。

――お互いがハッピーになるためには、そういう情熱を持てる座組じゃなかったら、あえていいタイトルでも残念だけれども、お断りすることもあるということですね?

 そうですね。私たちは設立時に翻訳料金の設定を、他社さんとは比べずに自分たちの値付けで決めてしまったのですが、これだけ長いこと仕事をしていると、クライアントさんから「よそだともっと安いよ」と言われることもあって、そういうふうに言われ続けて、「ああ、うちって高めなんだな」ということに気付かされたんですね。でもそう思うと、もっと安いところでできるという状況の中で弊社を選んでいただけているというときに、お互いハッピーな状況じゃないと先に続かないし、お互いうれしくないお仕事になってしまう。そういうこともあって、“お互いがハッピーになれる”というところを判断基準にしてきたところはあります。

――たとえ高くても、「しょうがないなあ~」とか言いながら、ハチノヨンさんにクオリティーを信頼して仕事を依頼してくれるのですね?

 そうなんです。「高いけど、いい仕事をしてくれるよね」と思ってもらえてこそ、やっぱり私たちもうれしいというか、いっしょにお仕事をして喜んでいただけるのはうれしいですね。

――逆に言うと、“いいものを作る”という自信があるからこそ、値付けは変えないという矜持がある?

 と言えたらかっこいいんですけど(笑)、弊社も労力をかけてクオリティーを高めているようなところがあるので、あまり下げてしまうとカツカツになってしまう。ご覧いただければおわかりいただけると思うのですが、けっこう質素な感じでやっているんですね。いいものを作ろうと思ったら、やはりそれなりにコストがかかってしまう。クオリティーを守ろうと思ったら、現状でいかざるを得ないというのが実情です。

ジョン お金のためにやっているのではなくて、タイトルに対する愛情だったり、ゲームに対する愛情だったりが先に立ってやっているところはありますね。

――肝心のローカライズに対する方法論などはあとでうかがうとして、まずはハチノヨンさんの事業のほうを聞かせてください。2005年に設立されて、2012年に英語から日本語化の展開があって、今年は『UNDERTALE』で初パブリッシングを手掛けるという転機があったかと思われるのですが、その経緯は?

 自社からパブリッシングするというのは今回が初めてなんですけれども、ほぼパブリッシャーみたいなことは、じつは『スキタイのムスメ:音響的冒剣劇』でやっていて、ユーザーさんへのご対応だったり、PRだったりといったことは、全部弊社でやっていました。ただ、iOSのソフトをリリースするときは、日本語版を配信するときは、チェックボタンを押せば済むようなところがあるので、そのために日本語版だけ“ハチノヨンがパブリッシャー”ということで、その部分だけをやるのであれば、ワールドワイドでCapybara Gamesさんがパブリッシャーとなるほうがシンプルだったので、お任せするという。

ジョン 『ローグ・レガシー』や『ショベルナイト』のプレイステーション4版、プレイステーションVita版もほぼ同じ関わりかたをしていますね。

 そういう意味で言うと、“初パブリッシング”というと、私たちの気持ちでいうと『スキタイのムスメ:音響的冒剣劇』だったりするのですが、オフィシャルな意味での“初パブリッシングタイトル”は、『UNDERTALE』になりますね。これは、弊社がパブリッシャーとして立つことがいちばん理に適う形だということをトビーさんともお話して、お互いに「そうだね」って、納得したのでこういう形になっています。

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『ローグ・レガシー』
『ショベルナイト』

――『UNDERTALE』の日本語化に関しては、トビーさんからハチノヨンに話があったんですよね?

 そうですね。

ジョン アメリカにFangamerというゲームのグッズ化などを手掛けている会社があって、私たちは昔からいい関係でお仕事をさせていただいているのですが、トビーさんとFangamerの代表は、『MOTHER』コミュニティーを通して、それこそ同志のような間柄だったんですね。それで、Fangamerの代表がトビーさんに、「日本語にするなら、ハチノヨンがいいよ」って言ってくれたんです。

――ああ、なるほど。ここでも人の縁があったのですね。家庭用ゲーム機化に対しては、ハチノヨンさんの働きかけがあったのだとか?

 ご存じの通り『UNDERTALE』はもともとPCゲームだったのですが、日本でPCゲームのユーザーさんの層というと、そんなには大きくないじゃないですか。もっともっとたくさんの人に遊んでもらいたいという思いがあったので、「コンシューマーゲーム機への移植を考えてほしい」ということを言い出したのは、ハチノヨン側ですね。

ジョン コンシューマーゲーム機にするとなると、移植をするメンバーが必要なので、それも私たちが引き受けるということになり、そういうこともあり自然と、「パブリッシングもハチノヨンがいいね」という流れになりましたね。

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『UNDERTALE』

最大限クリエイターの意に沿う形でローカライズをする

――ローカライズにあたっての方針を教えていただけますか?

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 前提としてあるのは、クリエイターさんの意を汲んで、それに最大限沿う形でローカライズをするということになります。

ジョン 言葉1語1語に注目するというよりも、どちらかというとそこにある感情だったり、感覚の部分をすごく大事にしているところはあります。もちろん、クライアントさんによっては言葉に忠実に翻訳するほうを好む方もいれば、感覚的に翻訳するほうが好きな方もいます。それはクライアントさんによってぜんぜん違う。まあ、そのタイトルがフランチャイズだった場合は、前作とのバランスを取りながらローカライズしていくので、必ずしも方針通りというわけでもないのですが。

――クライアントさんの意向によって、字義通りを厳密に訳すこともあれば、思い切って意訳するときもあるのですね?

ジョン そうですね。とはいえ、いくら意を汲むからといっても、まったく違うものに書き換えてしまったりというようなことは。ほとんどないですけれども。逆にそこまでしてしまうと、クリエイターさんのもともとの意図が消えてしまう気がするので……。あくまで翻訳する中で、ほどよいバランスで変えていくが大切だと思っています。

 たとえば、これはベタな話になってしまいますが、日本とアメリカとでは祝日が違います。いまでこそ、ハロウィンも日本に浸透してきましたが、10年~20年前はそうではなかった。そのため、昔はゲーム中に“ハロウィン”という言葉が出てきても、「何それ?」という感じで伝わらなかったんです。それをどう日本語にするかというときに、忠実に日本語化するのだったらカタカタで“ハロウィン”と書くのですが、そうではなくて、「日本で同じようなお祭りで、同じような感覚を得られるものは何だろう?」と、一歩踏み込んで訳してあげたほうが、テキスト全体、ゲーム全体で自然なものに仕上がることが多い。必要である場合は踏み込みたいというのが、弊社の方針ではあります。

――最新作の『UNDERTALE』も同じような作法で?

 『UNDERTALE』に関しては、ふつうのお仕事のしかたとも、ちょっと違ったところがあるんですけどね……。といいますのも、あのタイトルでは、ローカライズにあたってトビーさんがそれこそほとんどのセリフやト書きに対して。「ここでは、こういうニュアンスで言っています」、「ここは、こういうことを意図しています」とか「この文章の中では、この言葉がすごく重要です」と、逐一コメントを送ってくださったんです。それを参考にして、いかに日本語に再現していくかということをしていくなかで、ときに「これを訳すとなると、どうしても意図が伝わらない」と、トビーさんに相談することもありました。そんなときはトビーさんが「じゃあ、テキスト自体を変えよう」ということで、トビーさん自身の手によって、オリジナルのテキストに変更が加えられることもありましたね。

――そんなことまであったのですか?

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ジョン そうなんです。トビーさんのケースは少し極端ですが、弊社の方針として、なるべくたくさんの資料をクライアントさんからいただいて、お仕事をしたいと思っています。ゲームのビルドをお借りするのはもちろんですが。設定資料だったり、キャラクターのバックボーンだったり、過去作のテキストだったり……。「存在するすべての資料をください!」とお願いしています。それを勉強しながら翻訳作業をしていくのがうれしいというか、いいものに仕上げていきたいという思いがあります。

――『UNDERTALE』のローカライズのときは、引用されたゲームの事実確認をするために、オリジナルゲームを入手してプレイした、といったこだわりぶりがあったみたいですが、そういったこだわりはハチノヨンさんにとって当たり前のものなのですか?

ジョン そうですね。さきほどもお話しした通り、私たちの根底にあるのは“クリエイターさんの思いを汲む”ということです。たとえば、『ショベルナイト』に関しては、クリエイターさんの中に、“ファミコンのゲームを忠実に再現したい”という気持ちがあって、たとえば音楽にしても、ファミコンのディスクシステムのスペックで、実際に鳴らせる音にこだわって作曲しているんですね。その強いこだわりをテキストにも反映させるとしたら、これが本当のファミコンのゲームだったら、本来はカタカナ表記で遊ぶことになる。ですが、いまだとそれを嫌がる現代のユーザーさんもいらっしゃるわけです。であれば、クリエイターさんの思いにも応えたいし、ユーザーさんの利便性にも配慮したいし……ということで、設定によってカナで遊べるモードと、漢字カナ交じりで遊べるモードを用意することにしたんです。

――それもまた、えらいこだわりですねえ……。

ジョン 『UNDERTALE』を作ったトビーさんも、『MOTHER』を始めとする日本のゲームを愛して育ってきた世代なので、その思いをしっかりと受け止めて解釈して、それをテキストのなかでも表現していきたいということを、最初に触れたときからすごく強く思っていました。

――とにかく、“クリエイターの思いを汲む”ということですね?

ジョン ゲームをプレイしていただいて、「すごくよかった」って言っていただきたいですし、ローカライズに反響があるとうれしいですからね。とはいえ、実際のところはローカライズうんぬんは気にせずに、プレイした人が喜んでくだされば、それにまさる喜びはないです。

担当の愛情を注ぐことで一段階上のローカライズに

――ローカライズ作業って、どのように進めていくのですか?

ジョン お仕事をいただいたときは、最初にすることはチームを考えることです。たとえば、シリーズものだったとして、「このシリーズだったら、あの人が好きだよね。だったら、あの人をチームの真ん中にして、このプロジェクトを組もう」という感じです。さきほどもお話したように、そのシリーズやクリエイターさんのことが好きな人に担当してもらうことによって、そのゲームをより深く理解しながら翻訳できます。で、チームが決まったら、いまでこそふつうになってきていますが、“ファミリアライズ”という、ゲームを知ろうという期間を設けます。

――ファミリアライズですか?

 いきなり1日目から翻訳に入るのではなくて、そのゲームを勉強する期間というのをいただいて、そのあいだにチームメンバーは、それぞれゲームをプレイしたり、いただいた資料に目を通したりしています。みんな本当にゲームが好きなので、そこは楽しい作業なんですけどね。そうして作業に入っていきます。

――ファミリアライズ期間ってどれぐらい取るのですか?

 タイトルによってまちまちです。大きなタイトルだと、やっぱりそれなりに時間もかかりますね。

――そのファミリア期間で、意識の疎通を図るというか、ゲームの伝えたいことをチームで共有して、仕事に入るということですね?

 そうですね。

ジョン そのときに、ゲームに出てくる用語を、みんなでブレストして考えてみたりとか。

――ローカライズって、単独で……みたいなイメージがありました。

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 もしかしたら、これも特殊かもしれないのですが、弊社はひとりでローカライズを担当するということがなくて、3段階にわけているんですよ。まずは、“翻訳者”がいて翻訳をします。その翻訳者には、より正確に、より忠実に翻訳してもらうことを意識してもらって、その際に何かニュアンスがあったりとか、引っかかるポイントがあった場合は、それをコメントにして残してもらう。で、つぎのステップが“ライター”。ライターの仕事は、いわゆるライティングで、翻訳者が上げたテキストを、コメントなどを参考にしながら、ちゃんとしたいい文章にしていくんです。そのあとに“チェッカー”という立場の人がいて、ライターの文章からもとの意味が消えてしまっていないかをちゃんとチェックする。この3人がいて、なおかつプロジェクトマネージャーがいて……ということで、ローカライズは最低でも4人でチームを組んでやっています。

ジョン 最低で4人で、多ければ8~10名という体制ですね。

――そんなにいるんですね……。

 私たちとしては、あまり規模は大きくしたくないところではあるんですけれども。といいますのも、やっぱり少ない人数で手掛けるほうが、統一性が取れますので。とはいえ、クライアントさんの要望もありますし、すごく大きなタイトルを5年かけて翻訳するというわけにもいかないので、大人数で翻訳して、統一性を取るということはあります。

――4段階の体制というのは、いままで聞いたことがありませんでした。それぞれの立場はプロジェクトによって入れ替わったりするのですか?

 チェッカーが翻訳者になることはありますね。技術的な兼ね合いもあり、ライターが翻訳するというのはなかなかに難しい。できる方もいらっしゃいますけど、役割を分けたほうがうまくいくことも多いですね。忠実な翻訳はそんなにうまくなくても、ライティングがすごく上手な方もいたりするので。その逆もまたあります。

――得意分野というか、適正ですかね。

 そうですね。仕事をしているうちに、役割を分けることによってクオリティーが上がるんだなということに気付いて、どんどんそういう体制になっていっていったということはあります。翻訳とチェッカーの両方できる方も稀にはいるので、プロジェクトによってはお任せしてしまうときもありますけどね。

――ライターも、ある程度英語がわからないといけないですよね?

 日本語から英語に翻訳する場合は、英語に仕上げる人は日本語がわからなくてもいい人を選んでいます。というのも、なまじ日本語がわかると、そこにこだわって日本語に引っ張られてしまうことがあるんですね。まったく引っ張られない人というのが、どちらかというと条件ですね。

――ということは、英語から日本語に翻訳する場合も、英語を知らなくてもライターはできるかもしれない?

 そうですね。そのために翻訳者にコメントをたくさん残してもらっています。落としてはいけないポイントや注意しなければいけないポイントはたくさんあるのですが、そのことを念頭に置きつつも、英語を意識せずに日本語にしていただいたほうが、自然なものに仕上がるんです。

――これは、2005年に設立されてから、徐々にできあがってきた方法論なのですか?

ジョン 複数人数でチームを組んで……というのは、最初からやっています。じつはこれは、設立当初にNoAさんのお仕事の仕方を参考にしたんですよ。

――ああ、ここで子どものころのゲーム体験が活きてくるのですね。

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ジョン まったく同じやりかたではないのですが、ライティングはちゃんとライティングに長けた担当が行っているということが、私たちが見ていてもすごく理に適っていたので、そのスタイルを踏襲させていただいたところはあります。もうひとつのポイントは、どんなに優秀なライターさんだったり翻訳者だったり、チェッカーだったりしても、人間なので絶対にミスはあるということです。ファミ通さんでも、ひとりで書いた原稿がそのまま記事になるということはないですよね?

――そうですね。

ジョン 誰でもミスというものはあるので、それを防ぐためにも、ふたりめ、3人目とちゃんと目を通すプロセスを当初から必ず設けています。このプロセスというのは、私が過去にメディアで働いていたときの経験が参考になっています。

――ああ、なるほど! 納得です。ところで、どの業界でもそうだと思うのですが、優秀な人材の確保はたいへんなのではありませんか?

 難しいですね。弊社の場合は、翻訳者よりもライターさんがなかなか見つからないです。弊社ではすごくきびしいテストを設けていて、“翻訳テスト”、“ライティングテスト”というのがあって、それを受けていただいてクリアーした方と、ごいっしょにお仕事をさせていただくのですが、なかなかクリアーしてくれる方が少なくて。けっきょくライターさんに関しては、設立当初からずっといっしょに仕事をしている人たちが多いですね。そもそも、広く一般に向けて、“募集中!”みたいな告知はしていなくて、知り合いから紹介してもらうみたいなことが多いのですが。

――売り込みなどはあったりするのですか?

 売り込みもありますね。

ジョン 英語から日本語のローカライズができる翻訳者さんやライターさんも、なかなか見つからないので、興味のある方がいたらぜひ!

――ローカライズ関連の優秀な人材は増えているのですか?

ジョン 肌感覚で言うと、いまのほうが優秀な人材は増えているような気はします。本当は、インターンを大量に採用して育成していく……ということができればいいんでしょうけどね。弊社みたいな規模だとなかなか人を育てていくのが難しい。優秀な人材の育成というのは、正直なところ悩みどころとしてあります。

――それは、業界を挙げての取り組みにすべきなのかもしれないですね。せっかくの機会なので、おふたりがいままで手掛けた中でいちばん手応えを感じたローカライズタイトルを教えてください。

ジョン (しばし考えたあとで)『NieR:Automata(ニーア オートマタ)』ですね。もちろん、ゲームがすばらしいというのが大前提としてあるのですが、コンビネーションがばっちり決まったタイトルでした。ヨコオタロウさんといっしょにお仕事するのは、じつはこれが3本目なんですけど、ずっと同じライターさんを起用しているんですね。もちろんチーム自体もとても優秀なのですが、ものすごく上手なライターさんで、私たちも余すところなく全力を注ぎ込むことができました。ヨコオさんとも3本目ということもあり、ずっと近い距離で理解し合いながらお仕事ができたというところもあって、すごくいい仕事ができたと自負しているタイトルです。

――3本目ともなると、相当意思疎通が図れている感じですね。

ジョン 経験の積み重ねは大きいですね。ヨコオさんとはたくさんお話をさせていただきました。『ドラッグ オン ドラグーン 3』のときは、プロジェクトが始まる前に、「もちろん、お話できないことだったり、構想段階のこともあるとは思うのですが、とりあえず現状お話いただけるとことを教えていただけませんか? それを理解したうえで、テキストを翻訳させてください」とお願いしたんです。そうしたら、ホワイトボード一面にばーっと年表をお書きになって、「えー!? そんなことまで考えているの?」とびっくりしました。打ち合わせのあとで、「何だったんだろうね、いまの……」とふたりで呆然としたのですが(笑)、『ドラッグ オン ドラグーン 3』の世界観を知るうえではものすごく勉強になって、結果としてよかったと思っています。

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『NieR:Automata(ニーア オートマタ)』

 私は、『スキタイのムスメ:音響的冒剣劇』ですね。弊社にとって初の英語から日本語に翻訳したタイトルであり、初のパブリッシャー的な立場で、翻訳以外の業務もすべて行ったタイトルのため、とても特別なケアを施したタイトルになります。こちらも『UNDERTALE』同様、クリエイターのSuperbrothersさんのこだわりがたくさん詰まったタイトルだったので、そのこだわりやニュアンスを壊さずに日本語化することに相当な神経を使いました。中でもタイトル名の変更と日本語版専用にロゴを起こすという決断は、協議を重ねて悩み抜いたのを記憶しています。私はふだんは翻訳の現場に入ることは多くないのですが、タイトル名の決定やテキストの最終調整、プロモーション、サントラ制作などにも深く携わり、個人的にも印象の強いタイトルです。会社的にもここから新しい道が開けて、とても意味のあるプロジェクトでした。

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――最後に、今後のハチノヨンさんの目指すべき道を教えてください。

 最初にお話ししたように、ローカライズというのは“言語の壁”を取り払うひとつの手段だと思っています。私たちにとっては、それはとても大事な手段で、ローカライズがあったから、いまここにいることができるということはあります。ですので、ローカライズは今後も絶対に大事にしていきたいです。そしていま、そのローカライズを通して、プロモーションだったりパブリッシングだったり、いろいろなことに関わらせていただいていて、それこそ“何でも屋”みたいな感じになっているのですが、私たちが積み重ねてきた経験がお役に立てるのであれば、それこそ何でもやっていきたいですね。すばらしいゲームを作っている人たちを、陰ながらサポートしていけたらと思っています。

――そういえば、ハチノヨンさんは、GDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)の通訳なども担当されていますものね。

 あと、海外のメディアさんともずっと仲よくさせてもらっているので、彼らが日本のクリエイターさんにインタビューしたいというときには、そのセッティングをして通訳もやらせてもらっていますね。

――まさに、日本と海外の橋渡し役ですね。

ジョン あとは、ポッドキャストも隔週でやっているんですよ。“8-4 Play”という番組で、英語の番組なので北米中心なのですが、リスナーさんが30000人くらいいたりします。それでハチノヨンのことを知ってくださる方もいるようで、「日本がらみだったら、ハチノヨンに連絡すればどうにかなるよ」ということで、実際にご連絡していただくことも多いですね。まあ、番組自体は営利目的でやっているものではなくて、会社の営業時間外にまったりとやっています。けっきょく“8-4 Play”で何をしているかというと、みんなゲームが好きだから、ゲームのことが話たい(笑)。しかも日本にいるという、アメリカのユーザーさんから見たらある意味で特殊な場所にいるので、日本のゲームのことも紹介しつつ、大好きなゲームのことを語れる場所ということで、かれこれ6~7年くらいやり続けています。

――ちなみに、日本語から英語、英語から日本語とあって、他言語への展開は?

 どうでしょう……。やっぱりクオリティーのマネジメントがいちばんのネックになりますので。ジョンはイタリアの血は入っていますが(笑)、イタリア語は理解できないですし、私は見ての通り、純日本人なので……。そういう意味でも、ほかの言語に手を出すということが、やっぱりいちばんハードルが高いかもしれません。自分たちの目でみて、“いいね”と言えないところが、やっぱりネックになります。

――言葉の壁を超えるのは、ハンパな気持ちではできないということですよね……。

 そうですね。けっきょく肌感覚でその国を理解して初めて、やり取りができるのかなと思っているというところはありますね。

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【関連資料】
※ハチノヨンがローカライズを担当したタイトル一覧