プレイステーション VRで新しい映像体験を生み出す取り組み

 2017年5月20日(土)、抽選で選ばれたファンに向けて、プレイステーション VR用コンテンツ『傷物語VR』が初公開された。劇場版『傷物語』全3部作の完結&Blu-ray/DVDの発売を記念して作られた『傷物語VR』は、カヤックとソニー・インタラクティブエンタテインメントジャパンアジア(以下、SIEJA)、アニプレックスの三社が共同で開発を担当。本作中の主要人物であるキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードとともに、劇場版『傷物語』を振り返る内容になっている。
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『傷物語VR』開発秘話や、VR映像体験の今後について聞く! カヤック天野氏&SIE秋山氏インタビュー_01

 また、『傷物語VR』は“プレイステーション VR(以下、PS VR)での新しい映像体験を作る取り組みの第一歩”でもあり、対象物に映像を投影することで新たな体験をもたらす表現手法、“プロジェクションマッピング”をVRに用いた、“超立体空間 VRプロジェクションマッピング”での新たな演出が楽しめる。

 今回、体験イベントの会場にて、カヤックのクリエイティブ・ディレクターとして活躍する天野清之氏と、SIEJA ソフトウェアビジネス部の次長であり、SIEJA制作技術責任者の秋山賢成氏にインタビューを実施する機会を得た。『傷物語VR』の開発秘話や、気になる今後の展開など、おふたりに語っていただいた内容をお届けしよう。

VRプロジェクションマッピングならではの映像表現

『傷物語VR』開発秘話や、VR映像体験の今後について聞く! カヤック天野氏&SIE秋山氏インタビュー_02
▲カヤック クリエイティブ・ディレクター 天野清之氏(文中は天野)。

――まずは、どのような経緯で『傷物語VR』の開発がスタートしたのか、教えてください。

天野 秋山さんから、「何か新しいものを作ろう」とご提案をいただき、企画が動き出しました。もともと、僕がインタラクティブな展示や映像を作っていたこともあって、今回は“ノンゲーム”……つまりゲームではないものを作ることになり、秋山さんといろいろなアイデアが出た中で、映像の視聴体験をコンセプトに話を進めて、展示空間のような演出をVR上で作ることになりました。

――それで、対象物に映像を投影する表現手法“プロジェクションマッピング”をVRに用いた、VRプロジェクションマッピングの演出が生まれたのですね。

天野 はい。展示空間のような演出をVR上で作ることを何と呼称すればいいかを考えて、VRプロジェクションマッピングという名前に決まりました。『傷物語』を題材に選んだのは、僕がもともと西尾維新先生の公式サイトや、劇場版『傷物語』のプロモーションなどに関わっていて、アニプレックスの淀さんとご縁があったからです。

――『傷物語』をVRプロジェクションマッピングという新しい方法で表現するにあたって、とくにこだわったところはどこですか?

天野 今回は、劇場版『傷物語』のバトルシーンをキスショットとともに振り返る内容にしています。VR空間上の演出はもちろんなのですが、映画のバトルシーンもおもしろく見てもらえるように、意識して編集しています。また、視聴者が映像の世界に入りやすいような工夫も行っています。

――どのような工夫を行っているのか、具体的に教えてください。

天野 最初に、現実世界でも体験できる場所を用意して、徐々に現実ではできない演出を入れていき、最終的には現実で再現するのが不可能な演出を取り入れるようにしています。たとえば、映像が始まる場所を教室にして、映像を黒板に映しているのは、視聴者がどこにいるのか、どういう状況なのかをわかりやすくするためです。まずは、教室という現実空間をVRで再現する。そして、そこから舞台を移して、水たまりや建物の窓などに映像を流すことで、VRプロジェクションマッピングによる演出を体験してもらいやすくしています。

――たしかに、非現実的な場所ではなく、教室から始まったおかげで、理解しやすかったです。

天野 でも、開発がスタートしてしばらくは、“視聴者にわかりやすいものを作る”という肝心なことを失念していて。自分が何をしているかわからないと、映像があっという間に終わってしまいますし、視聴後に何の感情も残りませんでした。それから、“視聴者が理解しやすいものを作ればいいんだ”と気づくことができましたが、この気づきは『傷物語VR』を手掛けた大きな収穫だと思います。

――VRプロジェクションマッピングの演出はもちろん、キスショットのかわいらしい姿も印象的でした。

天野 ありがとうございます。PS VRを体験していない方もいると思うので、キスショットに話しかけられて周囲を見渡すなどの行動をすることで、PS VRがどういったものなのか、自然に理解してもらえるようにしています。また、雨のシーンではキスショットが傘をさしてくれるのですが、傘をあえて視線に入れることで、視聴者の視線を我々が見てほしい場所に誘導するようにしています。

――そういった細かい演出も考えられているのですね。

天野 あとは、ファンの方が楽しめるように、冒頭でのキスショットのやり取りは、彼女の反応のパターンをいくつか用意しています。何度もリアクションを求めて同じことをしていると、最終的には怒ってしまい何も話さなくなってしまうのですが(苦笑)。

――操作をミスしてキスショットに叱られてしまいましたが、あれは反応のひとつだったのですね! もっといろいろ試せばよかった(笑)。

天野 ただ、VRプロジェクションマッピング『傷物語VR』はあくまで映像視聴がメインになります。ですから、それが邪魔にならないように、過度なキャラクターとの複雑なやりとりはカットするなど、バランス調整も意識しながら行いました。

――演出のバランス調整の線引きは、どのように決めたのか教えてください。

天野 まずは、フィックスさせる目標値を決めます。その目標値に向かって演出を考えたり、足していったりして、ギリギリのラインを探りながら調整を行いました。やりすぎてしまうと、どうしても見えにくくなってしまいますので、そこは演出を抑えたりもしています。あとは、演出を考えるうえで必要な絵コンテの書きかたも、ほかの動画とは違った作りになっています。

――どのような絵コンテを作られたのですか?

天野 展示イベントを作るときの考えかたと同じなのですが、展示イベントでは見せたいもの、起こること、脚本の3軸で考えています。『傷物語VR』では、劇場版の映像を編集した絵コンテと、空間演出用の絵コンテ、そしてアクション用の絵コンテを3画面並べた動画コンテで作っています。こうすることで、たとえばエピソードが十字架を投げるシーンだと、映像で投げた十字架がVR空間を飛んでいくなど、それぞれをリンクさせた演出が考えやすくなります。

――短い動画の中に、さまざまな工夫やアイデアが盛り込まれているのですね。今後、VRプロジェクションマッピングでチャレンジしたいことはありますか?

天野 今回の制作過程を通して、アイデアがさらに湧いてきたので、今後の作品では、VRプロジェクションマッピングならではの演出をさらに加速させたいと思います。ノンゲームコンテンツで見せるというところで、新たな映像視聴の体験ができるように、もっとチャレンジしていきたいです。

開発者が感じた『傷物語VR』の確かな手応え

『傷物語VR』開発秘話や、VR映像体験の今後について聞く! カヤック天野氏&SIE秋山氏インタビュー_03
▲SIEJAソフトウェアビジネス部 次長 SIEJA制作技術責任者 秋山賢成氏(文中は秋山)。

――先ほど天野さんから、初めに秋山さんから『傷物語VR』の企画の提案があったとうかがいました。

秋山 現在は360度の動画というのが、一般的なVRの映像体験になっています。視聴者はその世界を眺められますが、干渉することはできません。そこで、世界に干渉できる360度動画以外の映像体験が作れないかなと考えたときに、“プロジェクションマッピングとVRを組み合わせると、どうなるんだろう?”と思い、いろいろ試してみようと考えました。

――そうしてカヤックさんに相談して、『傷物語VR』が生まれたと。

秋山 『傷物語』は、もともとファンの方が多いIP(知的財産)です。VRには、作品の魅力を拡張する力もあるので、『傷物語』でVRプロジェクションマッピングを作ることが決まったときは、絶対にいい作品ができると確信しました。それにカヤックの天野さんは、映像のディレクターとしても一流の方で、これまでにもおもしろいことを数多く実現されています。天野さんが協力してくれるというだけでも、絶対におもしろい作品になると思っていましたが、実際に体験できるものを観たときには、僕の想像していた100倍以上もおもしろくて驚きました。

――それだけ手応えを感じていると。とくにお気に入りのシーンを教えてください。

秋山 シーンというよりも、映像に合わせて世界そのものが変化していくのがすごい。画面が歪んだり、壊れたり、広がったりして、ふつうの映画館では物理的にできないような演出がたくさん入っていて。現実世界では実現できない演出のアイデアも、VRでは形になる。そんな映像作品が実現できたのは、おもしろいなと思います。

――『傷物語VR』は、今後、PS Storeなどで配信されたりするのですか?

秋山 配信するかどうかなどは、まだ検討段階なので、お約束や告知は何もできません。ただ、視聴イベントの評判がいいようでしたら、もっといろいろなことをやっていきたいなとは考えています。

――別の作品でもぜひやってほしいという声も出てくるかもしれませんね。

秋山 VRプロジェクションマッピングの要素技術研究は、カヤックさんと1年半くらい前から行っていて、映像を作る環境はすでに整っています。ですから、既存の素材さえ提供していただければ、演出も込みで、短い期間で新たなVRプロジェクションマッピングの作品が制作できます。コンテンツをお持ちの方が興味を持ってくださると、いい作品がどんどん生み出せると思います。

――VRプロジェクションマッピングの今後の展開が楽しみですね!

秋山 ただ、僕らがいくら「新しい映像の視聴体験です」、「VRプロジェクションマッピングです」と宣伝しても、VRは実際に体験していただかないと、その魅力がなかなか伝わりません。我々が体験できる機会をもっと設けるという課題もありますが、まずは先入観にとらわれずに触れてみてほしいですね。PS VRで自分の好きなIPやキャラクターへの愛情が拡張されて、ますます好きになっていただけると思います。

『傷物語VR』開発秘話や、VR映像体験の今後について聞く! カヤック天野氏&SIE秋山氏インタビュー_04