『死印』前日譚小説“花彦くん誕生編” 第5話 制裁(最終回)_01

エクスペリエンスから2017年6日1日発売予定のプレイステーション Vita用ソフト『死印(しいん)』。新機軸のホラーの前日譚を描く小説を、ファミ通ドットコム限定でお届けする(全15回・毎日掲載)。


“花彦くん誕生編” 第3話 赤いハジマリ

 木々が鬱蒼と生い茂る樹海の中、あたりには激しい雨音が響いていた。
 時間は深夜二時を少しまわったころで、坂井は全身をその雨に打たれながら、黙々と地面に穴を掘っていた。すでに一時間近く穴を掘り続けているため、手の平には豆ができてしまっている。学校から持って来た金属製のスコップが、一度掘るたびにその重さを増していくようだった。
 そこは、H城樹海と呼ばれている場所だった。周囲は暗闇に包まれていて、懐中電灯でもなければ何も見えないほどの漆黒が広がっている。
 「……余計な手間をとらせやがって」
 坂井はスコップの手をとめて、自分で掘った穴に目を向けた。目の前にあるのは、人間一人を完全に埋められるサイズの穴だった。深さも十二分で、坂井が立ったまま入ったとしても腰まで隠れられるだろう。
 その穴の底に、青いビニールシートでぐるぐる巻きにしたものが置かれている。長さは一四〇センチほどで、ビニールシートの上から荒縄で三箇所縛ってあった。
 「お前が悪いんだぞ……しかし、こんなに簡単に死んじまうとはなぁ」
 坂井は、穴の底のビニールシートの塊にそっと声をかけた。

 学校の地下室で少年の体が動かなくなってから、まだあまり時間は経過していなかった。さすがに地下室に放置するわけにもいかなかったため、坂井は少年の遺体をビニールシートでくるみ、この樹海まで持ってきたのだ。
 少年が死んでしまったことについて、彼は不思議と後悔はしていなかった。それどころか感謝の念すら感じ始めていた。なぜなら、今まで知らなかった『掌の上で支配したまま、何もさせずに死なせる快感』を知ることができたからだ。
 ああ、あの感覚は本当に素晴らしかったなぁ……。埋める作業を再開しながら、坂井はそんなことを考えていた。自然と口元が緩み、やがて愉悦の感情がほとばしって、クックックッという笑い声がこみ上げてきた。
 美しく、はかない命が掌からこぼれ落ちる喪失感、やってしまったという背徳感と達成感……それを思い出すだけで、愉快な気分が沸き上がってくるから不思議だった。今度はどうやってあの快感を手に入れよう、どんなシチュエーションで、どんな子を虐めてやろうか。そう考えるだけで、彼の気持ちは自然と昂っていった。
 やがて坂井は、昂った気持ちが自分の内部に満ち、いてもたってもいられなくなるような激情へと変じていくのを感じた。やがてその感情が抑えきれなくなった彼は、手に持っていたスコップを、あたりの地面にところかまわずバシンバシンと打ちつけ始めた。虐めたい! 命が終わるギリギリまでなぶり、それをしばらく楽しんだところで、最後の瞬間――美しい命が消え去る瞬間を見つめていたい!
 やがて坂井は、自分の中の激情が治まっていくのを感じ、地面に打ちつけていたスコップを手から放した。ガランッという金属音とともに、スコップが地面に転がる。
 もはや彼の中では、少年は終わった存在となっていた。どうでもいい話のように、そのうち忘れてしまうはずだ。正直埋めることも面倒なのだが……さすがに適当に処理するわけにもいかないので、仕方がないことと割り切っていた。
 そんな風に別のことを考えていると、どこからともなく黒い霧が漂ってきた。目を凝らさなければ見落とすほどの霧だが、それは確実に、そして濃密に坂井の周囲に凝縮されていくようだった。これは一体どこから? なぜか穴の周囲にだけ立ち込めているような気はするが……。怪訝に思ったが、頭を悩ませて考えるほど興味はそそられなかった。雨に打たれ続けるのも嫌だし、さっさと埋めて片づけてしまおう。そう考えた彼は、地面に転がっていたスコップを取り上げて握り直し、目の前の穴に土をかけた。

 H城樹海に少年の遺体を埋めてから数週間後――坂井は小学校の校長室にいた。豪華な革張りの椅子に腰かけながら、副校長の相談に耳を傾けている。
 坂井は教職員たちとあまり話をしなかったが、副校長とだけは積極的にコミュニケーションをとっていた。校内の情報収集のためでもあり、さらに全校の方針に関してはこうして定期的な会話の中で指示を与えているのだった。
 「――それでは聞こうか?」坂井がそう言うと、副校長は様々な相談を彼に持ちかけてきた。
 学校の老朽化による修繕費用の取り決め、生徒数の増加による校舎の増設案、教師の質を向上させるためのプラン……。そういった話が主だったが、今回の副校長の本題は別にあった。
 「あの……いささか不思議な話ではあるのですが……」
 「かまわんよ。続けて」
 「校長は、教師が……夜間の宿直で怪我をしたという話、覚えていらっしゃいますか?」
 副校長が口にしたのは、夜間の宿直を担当した教師が、この一週間の間に三人も怪我をしたという話であった。いずれの教師も校舎の見回りをしているときに、誤って階段から転げ落ちたり、または割れたガラスで手を切ったというもので、坂井も数日前にこれらの報告を副校長から受けていた。
 「ああ、その話か。覚えてるが……それがどうかしたのか?」
 「実は昨晩、また一人宿直で怪我をしてしまったのです。しかも今度は足を骨折してしまいまして……どうやらまた階段を転げ落ちてしまったらしいのですが……」

 「ふむ。いかんな。しかし、なぜそんなに怪我が続くんだ? 夜間の校舎見回りなんて、危険なことなど何もないはずだろう?」
 「はあ……それが、実はご報告していないことがありまして。この数週間のあいだに怪我をした教師たちは、みないずれも妙な少年の……幽霊を見たというのです」
 「少年の……幽霊だと?」
 「はい。あまりにおかしな話なので、校長にお話しするまでもないと思っていたのですが……昨晩怪我をした者など、その幽霊にひどい目に遭わされたらしく、いまも病院でうわごとを言い続ける始末でして」
 「どう考えても気にしすぎだろう。そもそも、幽霊が出るという話自体ナンセンス極まりない」
 「しかしですね……」
 普段、坂井の言動に異論を差し挟むことのなかった副校長だったが、このときばかりは、幽霊の話についてなおも言葉を続けた。
 「その幽霊を見たという教師たちは、みな同じことを話すんですよ」
 「同じこと?」
 「はい……『小学生くらいの女の子みたいな姿の男の子』とか、『赤いランドセルを背負っていた』とか……」
 「くだらんな」
 ただの怪談話だと、坂井は副校長の話を一蹴しようとするが、その途端、脳裏にある人物の姿が浮かんだ。スカートを履いた少年……薬で意識が朦朧としながらも、自分を憎悪の目で睨みつけてきた少年……そして、樹海の穴の中に横たわる青いビニールシート……。それらの光景が、坂井の頭の中でフラッシュバックするかのように幾度も再生された。
 私は何を考えているんだ。あれは死んだ、確かに私がこの手で埋めた。あれが帰ってくるなんてこと、あり得るはずがない……。
 そう思うのに、坂井の手にはかすかに汗がにじんでいた。動悸までが速くなり、落ち着かない気持ちが芽生えてきた。
 「……校長?」
 目に見えて様子がおかしかったのか、副校長が心配そうな声をかけてきた。
 「いや、なんでもない」
 自分でも声が上擦っているような感覚があり、坂井は一度深呼吸して、気持ちを落ちつけようとした。そこで坂井は、少しの違和感を覚えた。今の話は相談して解決するものではない。幽霊がいるかどうかなど、証明できるわけがないからだ。だというのに、なぜ副校長は自分に話してきたのだろうか……?
 そこまで考えてから、坂井はあることに思い当たった。それは――今週末の夜に、月に一度の教職員定例会議が開かれるということ。そう、幽霊が出没するという時間帯に。
 一度は落ち着くことのできた気持ちが、再び激しく乱れていく。心臓の音がうるさいくらいに耳に響き始めていた。そしてそれと同時に、坂井の耳にある言葉が聞こえたような気がした。
 ――ゆるさない、絶対に。
 少年が、死の間際に放った言葉。心臓を縮ませるには十分で、坂井は背筋に不気味な寒気を覚えた。

“花彦くん誕生編” 第4話に続く(3月11日更新)

★バックナンバー★

“花彦くん遭遇編”【1】
第1話 底なしの最悪
第2話 ナニカの気配
第3話 ニアミス
第4話 赤いのちょうだい?
第5話 赤い真実

“花彦くん遭遇編”【2】
第1話 わすれもの
第2話 暗闇に浮かぶ瞳
第3話 明滅
第4話 なくしもの
第5話 赤い幕引き

“花彦くん誕生編”
第1話 鳥籠
第2話 オワリ、そして……
第4話 這い寄る気配
第5話 制裁