おなじみ原田勝弘氏がVRシーンを本音で斬る!

 プレイステーション VR(以下、PS VR)をはじめとするさまざまな本格的VRデバイスが登場し、“VR元年”と呼ばれるほどの盛り上がりを見せた2016年。この“VR元年”がVRシーンにもたらしたものとは……? 現状のVRの課題、未来の展望について、“仕掛ける側”のクリエイターはどのように分析しているのだろうか?
 本稿では、まだVRが一般に知られる遥か前からVRの研究・コンテンツ開発に取り組み、話題作『サマーレッスン:宮本ひかり セブンデイズルーム』(以下、『サマーレッスン』)を世に送り出した、VRの第一人者のひとり、バンダイナムコエンターテインメント・原田勝弘氏に、たっぷりとご意見を語っていただいた。

※このインタビュー記事は、週刊ファミ通2017年2月9日号(2017年1月26日発売)に掲載された記事に加筆したものです。

VRは大丈夫なのか? 『サマーレッスン』原田勝弘氏が語るVRの現状と未来_01
バンダイナムコエンターテインメント
原田勝弘氏

◆サマーレッスン:宮本ひかりセブンデイズルーム(基本ゲームパック)

バンダイナムコエンターテインメント/2016年10月13日発売/2759円[税抜](2980円[税込])※ダウンロード専売

 高校生の女の子“宮本ひかり”の家庭教師となって、勉強を教えながらコミュニケーションを楽しむ、PS VR専用タイトル。PS VRと同時発売された“セブンデイズルーム(基本ゲームパック)”に続いて、追加コンテンツも続々と配信されており、それらも購入すれば、より多彩なシチュエーションのもと、豊かなコミュニケーションを楽しむことができる。

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▲2016年12月1日配信の『サマーレッスン:宮本ひかり セカンドフィール(追加体験パック)』より。“目の前にいるキャラクターに触れたように感じる新体験”シチュエーションが追加された。
▲2017年1月12日配信の『サマーレッスン:宮本ひかり デイアウト(追加体験パック)』より。青い空と海を一望できる高台の神社へ行くことができるようになり、新たなレッスンも追加された。

『サマーレッスン』発売後の意外な現象とは?

――まず『サマーレッスン』についてお聞きします。リリース後のユーザーの反応をご覧になって、改めていかがでしょうか。想定外だった部分などはありますか?

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原田勝弘氏(以下、原田) じつはゲームの評価を含めて、いろいろな反響が想定通りでした。たとえばゲームへのいい評価の部分だったり、逆に「ここはたぶん既存のゲームと比較されて、こういう風に言われるんじゃないかな?」という部分だったりは、すべて予想していた通りでしたね。
 ただひとつだけ予想外だったのが、これほど“他人にプレイさせたくなる”ソフトになるとは思いませんでした。実況プレイ動画自体がけっこう多いのにも驚いたのですが、おもしろいのは、自分で遊んで騒いでいる姿を見せるばかりではなく、自分の家族や友だちなど他人に遊ばせて、そのリアクションを見せるパターンが多かったことです。もちろんこれは『サマーレッスン』に限ったことではないでしょうが、『サマーレッスン』でもその現象が多く起きていたのが驚きでしたし、予想外でした。

――確かに、『サマーレッスン』はひとりだけで遊ぶケースが多そうに思えますよね。でも、誰かに体験させてみたくなる気持ちもわかります。

原田 久々に友だちを家に呼びたいような感覚ですよね。これは僕の個人的な感想ですが、ここ20年くらいでは、友だちをわざわざ家に呼んでまで遊ぶというのは、しばらくなかったことだと思います。それが今回のVRでは、久々に友だちを呼んで「とにかくおまえ、ちょっとコレを見ろ!」とやりたくなるんです。実況動画でもあれほど流れていたくらいですから、おそらく僕らの知らないところでも、そういう現象がけっこう起きていたのだろうと思いますし、それによってVRが広がったと思えばちょっとおもしろいですね。とにかく体験したことによって、これだけのリアクションが発生し、またそのリアクションを人に見せたい、もしくはそのリアクションを見てみたいという現象が広がったことが、予想外だし印象的でした。

大物クリエイターが動いたとき、VRシーンが本番を迎える!

――VR元年と言われた2016年は、期待通りにVRが盛り上がり、一般にもかなり広く認知されましたね。

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原田 PS VRに限らず、“VR”という言葉が流行して、ハコスコみたいなデバイスもたくさん出ましたよね。ゲーム業界以外でも、オマケや特典などといった形で、やたらとVRものが目につきました。私の両親も「なんかVRってすごいんでしょ?」というくらいのことは言っていたほどなので(笑)、VRがキーワードとしては一般化した年だったのかな、と思いますね。

――VRシーンの現状についてはどのようにお考えですか? 気になる部分などはありますか?

原田 コンテンツに関して感じているのは、従来の価値観ではタイトルを評価できないという点ですね。ゲーム性や枠組みが違うので、プロのライターでも理論的にレビューができないでいるんです。たとえば『Ocean Descent(オーシャン ディセント)』は海に潜るだけ、『KITCHEN(キッチン)』は怖い映像を見せられるだけで、目標もなければクリアーする目的もありません。でも「いい!」と思う人は、そんなところは見ていないんですよね。従来の投影手法とは違う視覚への情報が脳に引き起こす現象、それ自体がVRの価値じゃないですか。ポジティブであれネガティブであれ、これを現時点の経験値で正しく書ける、ないし正しく表現できる人はいないと僕は思っていましたし、公言もしていましたが、その予想は当たりましたね。従来のゲーム枠の範疇だけでは評価も表現も足りないはずなんですよ。

――レビューの難しさとも関連するお話しですが、VRでは“体験しないと凄さが伝わりにくい”という部分は、依然として大きな課題になっていますよね。ゲーム実況シーンなども、ローンチのころはすごく盛り上がっていましたが、その後はあまり、題材にされることは少なくなっているようにも思えます。実況で体験している様子を見せるという手法も、有効ではあっても、決定的な解決策とは言えないようですね。

原田 結局、難しさを露呈していると思いますね。ファーストステップは、リアクションを見せるだけもでいいのですが、その間(ま)の共有が、たぶんできないと思うんです。これがたとえば映画なら、「『君の名は。』が騒がれているな、気になるな」となれば、見に行くのは簡単なことですよね。映画館という環境がありますし、いつかテレビで放映されるかもしれない。でもVRの場合は、そもそも体験したいといっても、環境が特殊で、VRを持っている友だちがいないとダメだったりするわけです。仮に店頭で試遊できる環境が整ってきたとしても、知らない人の前でプレイしてみる気になるのかというと、抵抗を感じる人もいるでしょうね。やはり遊べる機会がとにかく少なく、非常に限られた人たちが限られたところでリアクションを楽しんでいるという状況が、まずひとつあったと思います。

――なるほど。ゲーム実況で興味を引くことはできても、つぎのステップにつなげることができていないというわけですね。

原田 あとは、共有する手段に、テクノロジーがついていっていないですよね。複数人でHMDを付けて一斉に楽しめるようなコンテンツがもっとあれば、きっと話は違ったのでしょうが、そういうタイトルは非常に少ないですから。そうするとPS4のシェアプレイとか、そういった機能のよさもあまり活かされませんよね。「じつはこんなコンテンツがあって、こんな楽しみかたもできるんだよ」と伝えようとしても、やはりゲーム画面を平面で見ているだけではわかりません。そもそもわからないものなのに、リアクションだけで大きな興味が持てるかというと、それは難しいでしょう。結局は、それぞれが自分で体験しに行くところまでこぎつけられないとダメですね。

――体験できる環境が十分に普及していないというのは、コンテンツの作り手としては辛いところですね。

原田 ただ、そこもじつは、「ニワトリが先かタマゴが先か」なんですよね。『サマーレッスン』も、まさにそれで苦しんだんです。コンセプトは突き抜けていて、ネームバリューもあって、みんなが「絶対出たら買います!」と言ってくれました。事実、具体的な数字は言えませんが、ハードの販売数に対して、ソフトが売れた数、いわゆる装着率を見ると、近年ではまれにみるほどの数字なんですよ。つまりはマストバイで買ってもらえているんです。ですから、我々からすると、ハード本体は100万台とか200万台とか、先に売れていてくれれば……という思いはあります。でも実際には、そうもいかないじゃないですか。SIEさんとしても、ソフトもなしにそんなに普及させられるはずもないですから、話題となる起爆剤のようなソフトは必要です。

――実際、創作意欲を刺激されているクリエイターは多いのではないですか?

原田 じつはかなり前に、宮崎さん(フロム・ソフトウェアの宮崎英高氏)が、弊社で発売前の『サマーレッスン』デモを遊びに来たことがあったのですが、驚いたあとにじーっと画面を見ながら黙っていて。「何を考えてるんですか?」と聞いたら、「僕だったらどうするだろうって考えているんです」とおっしゃっていたのが印象的でした。また、レベルファイブの日野さん(日野晃博氏)も、確か雑誌の記事で、「2017年はVRでおもしろいことをやります」と宣言していたと思います。普段から僕ともVRの話をしていますが、日野さんは技術面にもかなり詳しい。2017年に、もしもこうした大御所のクリエイターの面々がVRコンテンツを出してくるとしたら、それは絶対にすごいもの、ワクワクできるものに違いないんです。VRにとっては、そこからが本当の、ブレイクに向けた勝負になると思います。きっとPS VRでも、「これこれ! 最初からこれがあったらよかったのに!」といったタイトルが出てくるのではないでしょうか。多方面に影響力を持ったクリエイターたちがさらに新しいことに挑んだときから、VRシーンは本番を迎えると思います。

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