トリコの動きには僕らでさえも驚くことがある

 ソニー・インタラクティブエンタテインメントジャパンアジアから2016年12月6日発売予定のプレイステーション4用ソフト『人喰いの大鷲トリコ』。ゲームデザイン・ディレクションを務める上田文人氏に制作秘話をうかがった。

『人喰いの大鷲トリコ』発売直前 上田文人氏インタビュー_01

――マスターアップおめでとうございます。発売日が『ICO』と同じ12月6日になったのは、感慨深いものがありました。

上田文人氏(以下、上田) たぶん偶然だと思います(笑)。誰かがそれを知っていて設定したわけではなく、世界同時発売ということで12月6日に決まったと聞きました。

――率直にいまの感想はいかがですか?

上田 まだ、あまり実感はないですね。制作者としては当然だと思いますが「ああしたかったな」、「こうしたかったな」という点がないわけではないので、すっきりとした気持ちで手放しによろこんでいるわけではなくて。これは今回が特別ということではなく『ICO』や『ワンダと巨像』のときもそうでした。ただ、結果的にではありますが制作期間が長かったこともあって、トリコという存在がつねにそばにいることが当たり前になり過ぎていて、自分のそばから「もういなくなるんだな」と思うと若干さみしい気持ちがありますね。

――マスターアップ後、旅行に行こう、ですとか、ツーリングに行こうなど、やろうと思っていたことはありますか?

上田 とくにない、ですね。海外のメディアからも同じ質問をされました。皆さん、気になるところなんですね(笑)。発売まではメディア対応であったり、発売後も設定資料集などの対応などありますし。『人喰いの大鷲トリコ』に関係した仕事がまだ残っているため「終わった」という感覚はなくて。発売されてから数ヵ月経過しないと実感は湧かないのかな、と思います。

――ちなみに、ご自身のゲームの評判などをWebでご覧になられることはありますか。

上田 見たり見なかったりですね。あまり気にしてもしょうがない、という気持ちもありますし、気になる気分のときもあります。

――これまでメディア向けに試遊の機会が何度か設けられましたが、いずれもゲーム内の一部を切り出したものなのでしょうか。

上田 はい。たとえば、ロープを渡るシーンのある試遊では、中盤のシチュエーションを切り出したものになります。

――なるほど。試遊のたびにトリコの仕草、挙動に驚いたのですが、発表初期と比べて変更された点はあったのでしょうか?

上田 プレイヤーが気づかないレベルでは変わっています。たとえば尻尾の長さであったり、上りやすいように毛の領域を少し広げていたり。タイトル発表前は、いくつかサンプルを作り、「もう少し犬っぽく。もう少し鳥っぽく」といったデザインのテストは行っていました。動きの部分で言うと、少年のほうへいく、タルのほうへいく、ジャンプする、といった頻出するシンプルな選択を自然な振る舞いとして表現するために、アニメーションの調整やプロシージャルアニメーション(プログラムで生成される動き)のチューニングにはこだわりました。かなり苦労もしましたが。

――対応ハードがプレイステーション4になったことでの変化というのは?

上田 それはあまりありません。プレイステーション3時代のものをプレイステーション4でゼロから開発することを余儀なくされましたので。プレイステーション3版は発売こそしていませんが、僕の印象としてはリマスターを手掛けたような感覚ですね(笑)。

――技術的な部分ではいかがですか。

上田 プレイステーション4で完成度が上がり、新しくできるようになった動作や挙動はあったと思います。ただ、プレイステーション4になったことで意図して変えたようなことはありません。

――そうだったんですね。試遊では、トリコに乗ってともにジャンプするシーンが、ダイナミックで非常に印象に残りました。

上田 開発初期より、巨大な動物にしがみついて狭い足場に立っているビジュアルイメージが頭の中にありました。そういったシチュエーションをたくさん体験してもらいたいと思い、ステージ全体に高所を数多く用意しています。トリコに乗って移動するという要素は多く入っています。プレイヤーは、分身である少年のスケール感で3D空間を移動しているのだけれど、トリコに乗ることでひとっ飛びで移動できる。そのコントラストがゲームルーティーンの内のひとつになっています。

――トリコは想定外の行動を取りますよね。前に進もうとしたら戻ってしまったり。あれがまたおもしろいなと感じました。

上田 意図せず戻ってしまうこともあります。先ほどの動きの話ではないですが、何かを跨ぐ動作や、横をチラッと見る動作は、もちろんそうやって動くように作ってはいるのですが、僕らでさえも思わず「ハッ」としてしまうことがあります。

――それはすごいですね。

上田 たとえばトリコが水浴びしたりとか、ユニークでわかりやすい大きな動きをしたときなどは、トリコが生きているように感じていただけると思います。そういった派手な動きだけではなく、少年の動きをトリコが目だけで追っている仕草ですとか、細かな情緒に生命感が宿るような気がして。跨ぐときに下をチラッと見たリ、少年が大きな音を立てたらそちらを見たり。振り返りかたや頭の挙動に驚くことがありますね。

『人喰いの大鷲トリコ』発売直前 上田文人氏インタビュー_02

――少年の動きも本当に自然ですよね。近くに壁や柱があれば手をついたり、落ちそうになったらふんばる姿勢になりますし。

上田 近くの壁に動的に手をつくといった動作などは『人喰いの大鷲トリコ』がスタートした直後から、ずっとチャレンジしていた要素です。開発が長引いているあいだに『リトルビッグプラネット』や『アンチャーテッド』で先に実現されてしまいましたが。

――トリコがフォトリアルな一方、少年の動きはアニメーションに近いと感ました。

上田 ビジュアル的にというよりは、世界全体を通していちばんリアルに感じてもらう方法として、少年はフォトリアルを目指さず、トリコはフォトリアルに、というグラフィックバランスにしています。少年はプレイヤーが操作するので、非現実的な動きも、一部はさせないといけません。あまりにリアルな造形だと、そこに違和感が生じてしまうんですね。そういった部分を緩和するためであったり、ビジュアルを構築するうえでリソースの配分をトリコの表現に割いたためでもあります。少年をリアルにして突き詰めたとしても、プレイヤーにとって、操作キャラクターは記号的なもの、と感じられると思うんです。ならば、いちばんよろこんでもらえるところにたっぷりとリソースを割こうと考えたんですね。あとは、新しいシェーダーや技術があるとしても、それをひけらかすような使いかたでは、時間が経ったときに古臭く見えたり、安っぽく見えてしまうことが多いんです。『ICO』も『ワンダと巨像』もそうでしたが、5年後、10年後に振り返ったときでも色褪せないものにするため、いまの形を選択しました。

――少年が階段を移動するとき、歩調、歩幅が変わって、しっかりと段差の接地面に足を着くということも、それがさも当然のように表現していますが……。

上田 その部分は当たり前と思ってやっていました(笑)。でも、制作はそういうことの積み重ねなんですよね。不自然なところを可能な限り排除して、本当にある世界のようにプレイヤーに認識してもらうという。

――トリコの羽や少年の服が、アクションをするたびに揺らいだり、動いていなくても風を受けてなびく表現も驚きました。

上田 風については、あまり目立たない部分ですが、がんばったところです。風のシミュレーションも、かなり複雑な計算をしているので。そのあたりも注目してもらえるとうれしいですね。

――たとえばロープを渡るシーンでは風を感じてより怖くなったり、その場所にいるという実感を強く感じました。

上田 ビデオゲームは、なんでも表現できるからといって、いきなり何でもやってしまうと、かえって作品全体としては抑揚に乏しい印象を持たれてしまうんですね。高いところの距離感であるとか、正しい重力が存在しているであるとか、風が自然に存在しているということが、きっちりとプレイヤーに伝わっているからこそ、そこにいると怖いとか、風が吹いたら気持ちいいとか、そういったことをリアルに感じられるんだと思います。その土台作りというか、そこはあまり目立たない部分なのですが、大事な部分だと思っています。ちなみに、トリコの羽は、汗や血に代わるようなものというイメージがあって、ダメージを受けたり、トリコが焦って動いたときなどに、羽が舞い散るように調整しています。

――上田さんは以前からゲーム中のどこを切り取っても1枚の絵となるものを作る、とおっしゃっていましたが、本作は本当に密度が濃いですよね。

上田 少し技術的な話になりますが、ステージ自体が細かなパーツで構成されていて、ひとつひとつのパーツはアーティストがものすごい手数を入れて作っているんです。そういったパーツで構成されているので、ステージの端でも中心でも、同じ情報量を保っています。そういう作りかたをしているので、画面全体を通して、きっちり細部まで情報が載っていると感じられたのだと思います。

――遠くの風景も、背景ではなく、本当に存在しているものですよね?

上田 そうですね。いままでもそうでしたが、ちゃんと遠くに見えるように表現することで、世界の実在感を出すというのはこれまでもこだわってやってきましたので。