ラーメンよろしくどこか味のある作品

 ガイナックスの創立メンバーであり、『プリンセスメーカー』の作者としても知られる赤井孝美氏に話をうかがう機会を得た。氏は2014年5月にガイナックスから独立して、出身地である鳥取県米子市に米子ガイナックスを設立。映画を核とする地域振興のイベントを始め、この2015年7月にはPC用に『ラーメンの女神』というゲームを発売している。

 このゲームの内容はと言うと……。

“人生を見失い樹海を彷徨っていたアナタは、けったいな女神に出会い、希望のどんぶりを授けられた。アナタは運命の導きのままにラーメン店を開業する!”

地方でコンテンツを作るということ ~『ラーメンの女神』米子ガイナックス赤井孝美氏インタビュー_02
▲どんぶりをくれた女神SSRとの運命の出会い。

 そんな経緯のもとでラーメン作りに励むうちに、希望のどんぶりから生まれた小さな女神が成長を遂げていくのだ。

地方でコンテンツを作るということ ~『ラーメンの女神』米子ガイナックス赤井孝美氏インタビュー_03

 プレイヤーのすることは、来店する客たちの要望に合わせて、醤油、塩、味噌のラーメンを手際よさと丁寧さのあいだでバランスを取りながら、よりおいしく提供すること。リズミカルにクリックしていく部分とクリックのタイミングを見計らう部分が混在しており、簡単そうに見えて、連続で最高評価のラーメンを作り続けることはなかなか難しいのだ。

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 他愛のない小品と言えばそれまでだが、つぎつぎと来店する客層もなかなかにミステリアスで想像力を掻き立てる。ラーメンよろしくどこか味のある作品となっている本作を発売するに至った経緯などを伺おうと、赤井氏を訪ねたが……、ゲームの話はもとより、地方でゲームを作るということ、80年代のガイナックス黎明期の話、アニメ界の現状、出雲神話、フィギュア博物館構想など、話はとめどなく広がった。氏の活動内容の幅広さとアクティブさを思い知るインタビューをぜひご覧いただきたい。


米子という街の振興として

──この『ラーメンの女神』は、米子ガイナックスを設立して最初のゲームになりますが、ひさびさにゲームに戻ったと言いますか、ゲームを作ったきっかけはなんだったのでしょう? ここのところは映画を軸に米子という街を盛り上げる文化祭的な“米子映画事変”ですとか、特撮『ネギマン』の製作ですとかいろいろなさっていますよね。

地方でコンテンツを作るということ ~『ラーメンの女神』米子ガイナックス赤井孝美氏インタビュー_05

赤井孝美氏(以下、赤井) 2014年の5月にガイナックスから独立して、米子ガイナックスという名前で米子での事業が自立することになりまして、「いろいろと地域振興的に価値のあることを」と米子映画事変などイベントをやっていました。ですが維持していくためには「何か実際に売れるものを作らなければ」ということでパッケージとしてのゲームを作ったわけです。『ネギマン』は地元で好評なんですが、あまり商売にならないもんですから(笑)。

──そうなんですか?

赤井 『ネギマン』でやっていけるようにしたいんですけども、いまのところは、ほとんどボランティアみたいなものなんですよ。そういう状況の中で、「ある程度実際に商品として成立するものを」とゲームを考えたんですね。ただ、ゲームと言っても、同人と商業作品の中間くらい。「昔のパソコンゲームみたいなものも需要があるのでは?」とニッチなものになりました。まだ米子にはぜんぜん作る人材がないものですから、ほとんど同人ソフトのようにひとりで作った感じです(笑)。

──ほぼおひとりで製作されたんですね。

赤井 ええ。そういう意味では、80年代(1989年)にガイナックスで『電脳学園』というゲームを最初に作ったときに限りなく近い体制でした。と言いますか、『電脳学園』のほうがまだスタッフ多かったですけどね(笑)。『電脳学園』は3人で作ってましたから(笑)。

──(笑)。赤井さんと言えば絵を描かれる方という認識なのですが、今回のソフトの場合、それ以外の部分も作られたというわけですね。

赤井 デバッグ以外はぜんぶやっています。音楽だけは作れないものですから、そこはフリー音源を使っています。『ネギマン』も最初はフリー音源でしたしね。3話、4話でマツエ・ジョー(※松江城の擬人化)というライバルが出てくるので、そこは多少予算をつけて音楽をちゃんと作っていただいたんですが。

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──米子の名産品によって松江は倒されるべき相手なんですね。

赤井 倒されるべきと言うか、米子と松江って広い市だったら本来同じ市であってもおかしくないほど近いんです。30Kmくらいしか離れていない。ところがあいだに県境があるばっかりに……。もしひとつだったら、米子と松江が山陰地方でいちばん大きな街。日本海側では新潟、金沢につぐ人口集積地になります。ですが、とくに松江の人は米子に関心がないので、無理やり松江のキャラクターを出しているんですね。

──なるほど、それで松江の人にも興味を持ってもらおうと。

赤井 松江と仲良くしたくて(笑)。怪獣映画で言うと『キングコング対ゴジラ』というものに近い。あの作品はゴジラの本場の日本で作ったものですが、ちょっとゴジラが悪役なんですよ。なので、『ネギマン』でもちょっとネギマンが悪役になっているというか、どちらかというとマツエ・ジョーが松江を守っているんですね。

──あらためて伺うとおもしろいですね。

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観察のためにラーメン店通い……そして

──今回『ラーメンの女神』というゲームに至ったの発想の原点はどこにあったのでしょう?

赤井 僕らがゲームを始めたころは、ちょうどおたくの始まりみたいなもので、ゲームにかわいい女の子が出てくることが尖っていた時代でした。そういうこともあって好きな人しか買わないものだったんですけど、いまはスマートフォンのゲームでも、必ずかわいい女の子が出てきますよね。だから、かわいい女の子が売りなのは違うなと。そこでかわいい女の子で勝負しないのならどこへ行くのかと考えたとき……やっぱり食欲だよなとなったんです。「食べ物をかわいいとか色っぽいと思えたらスゴイんじゃないか」と。

──なるほど。

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赤井 実際にはまだそのレベルではありませんが、もう少し掘り下げて、麺の艶とか、「この透き通ったスープが!」みたいな(笑)、そういうフェチっぽいところが表現できないかなと始めたんですね。もともとラーメンは好きですし、作っているところを見ようと思ってお店でもカウンターに座ったりして。半年くらいしょっちゅう食べていたら、やっぱり少し太りましたね(笑)。

──(笑)。失礼ですが、半年で体重は……。

赤井 3kgくらい増えました(笑)。

──(笑)。ラーメンを作るには工程がたくさんありますが、そこからゲームに取り入れている部分というのは、どういう基準で着目されたのでしょうか。

赤井 ある程度、クリックしたりする作業にリズム感を持たせたかったんです。ラーメン作りは、本当はスープの仕込みなどが大事なんでしょうけど、今回ゲームに組み込んだのは、段取りをすれば結果が出るという、実作業の組み立てのプロセスですね。

──リズムの中にも、麺を茹でているあいだだけは一瞬待ちができたりなど、妙にリアルですよね(笑)。

赤井 そうなんですよ(笑)。ちょっともやもやっとする間ができますよね。ラーメン屋さんでラーメンを待っているお客さんの気分みたいなものも入っています。

──湯切りのときによく慌てて失敗します。

赤井 (笑)。