新しいシステムを理解してもらう難しさ

『ドラゴンズドグマ』の“ポーン”は13年前のアイデア?【GDC2013】_01
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▲『ドラゴンズドグマ』のディレクター、伊津野英昭(いつの ひであき)氏。

 世界中のゲーム開発者が集い、最新技術やゲーム制作の過程などを解説、紹介する国際会議“GDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス) 2013”が、現地時間の3月25日~3月29日の期間、アメリカ・サンフランシスコのモスコーニセンターで開催された。この記事では、カプコンの伊津野英昭氏による講演をリポートする。
 伊津野氏は、1994年にカプコンに入社。入社1年目から『ストリートファイターZERO』の開発に参加し、その後は『スターグラディエイター』、『ジャスティス学園』シリーズ、『パワーストーン』シリーズ、『カプコン VS. SNK』シリーズ、『デビル メイ クライ』シリーズなどを担当。2008年5月、今回の講演のテーマとなっている『ドラゴンズ ドグマ』のディレクターに就任した。

 『デビル メイ クライ 4』の開発が終わった2008年、伊津野氏自身12年ぶりとなる完全新作を手掛けるチャンスが訪れる。会社から出されたお題は、「世界で100万本売れるゲーム」。これを受け、伊津野氏は7つの企画を提案した。

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▲伊津野氏は、対戦格闘や3Dアクションを始め、コマンド選択式のRPG、箱庭型のシミュレーション、密室事件を題材としたアドベンチャー、そして“人狼”のような心理系対戦ゲームまで考えていた。目標とする売上本数に関しては、具体的な数字は伏せられているが、ぶっちゃけ100万本ということだったらしい。その後、200万、300万と要求は上がっていったのだとか。

 最終的に、オープンワールドのアクションRPGである『ドラゴンズドグマ』を作ることになるわけだが、じつはここからさかのぼること8年前の2000年にも、伊津野氏は新規のゲームを立ち上げるチャンスがあったのだという。そのときの企画はRPGだったそうだが、なんと『ドラゴンズドグマ』の“ポーン”のアイデアは、この時点で形ができていたと伊津野氏は語る。ポーンは、自分の育てたAIのキャラクターをネットを介してやり取りする仕組みで、BBS(掲示板)ようなお手軽さが着想の源泉となっている。プレイする時間にとらわれることなく、誰にも気を遣わずにマルチプレイを楽しんでもらうというのが基本コンセプトだ。この、2000年に進められていたRPGの企画は、伊津野氏が急遽『デビル メイ クライ 2』のディレクターを務めることになり、お蔵入りとなってしまったが、『ドラゴンズドグマ』の肝ともいえるポーンシステムは、じつに13年前に完成していたことになる。

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 2008年の時点でも、アクションを主体としたRPGや、オープンワールドというスタイル、そして友だちとキャラクターをやり取りするというアイデアは、他人に理解してもらうのはとても困難だったと伊津野氏は振り返る。2008年と言えば、『DARK SOULS(ダークソウル)』が生まれる3年前で、iPhoneが日本で初めて発売された年でもある。いまとなってはこうしたシステムに目新しさはないかもしれないが、2008年当時では相当新しい概念だったことは間違いない。

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 ここで、貴重な当時の企画書が紹介される。ちなみに、制作前に作った企画書というものは、基本的に社外秘になることが多いらしい。その理由は、企画書と実際に完成したゲームがあまりに違い、見せるのが恥ずかしいというのが、少なからずあるのだとか。しかし、『ドラゴンズドグマ』はほぼ構想通りにゲームが完成したため、今回公開することにしたのだそうだ。では、その企画書のスライドの掲載とともに解説をつけていこう。

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▲開発初期は、BBS-RPG、CMC-ON LINEと呼ばれていた。CMCとは、ポーンと名付けられるまえでの呼び名で、“CUSTOM MERCENARY CHARACTER(カスタマイズできる傭兵キャラクター)”の略称だった。
▲BBSは見ているだけでも楽しいが、書き込むようになると100倍楽しくなる。書き込んだ内容にどんなレスがつくのか気になり、自然と閲覧回数も増える。そういう楽しさをゲームに盛り込みたい、という趣旨が書かれている。
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▲プレイヤーはひとりで、CMC3体による4人パーティーの説明。共闘するメンバーをAIキャラクターにすることで、アクションにラグがなく、極めてリニアなゲームプレイができるということを重要視している。これは、カプコンのアクションチームのこだわりだったという。また、人間以外の容姿のCMCも検討されていた。
▲アクションRPGが日本でヒットするということを裏付けるための数字も提示。ここに書かれている『ザ エルダースクロールズIV:オブリビオン』、『フォールアウト 3』、『FableII(フェイブルII)』は、オープンワールドのアクションRPGとして結果を残しているタイトルだ。しかし、これを見た上司は「『オブリビオン』って何やねん?」と言ったのだとか。
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▲アクション“RPG”から、“アクション”RPGに変える、ということも強調した。
▲技術的な課題も山積した。そのひとつはキャラクターエディット。当時のカプコンには、自由度の高いキャラクターカスタマイズの技術はなかった。両手で武器を持つゲームにおいて、手や足の長さが異なってもモーションに破綻を起こさないようにするのは、とても難しいことらしい。オンラインは、運営費が不要で、ユーザーの金銭的な負担なしというゴールを設定した。シームレスなステージ移動も、新たに技術を開発する必要があったようだ。
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▲伊津野氏が某国民的RPG風に描いた、ワールドマップの原型。拠点の数は、製品版の倍以上の数になっている。
▲レベル100でクリアーと想定して、各地域の適正レベルを設定していく。当初は高レベル向けの“無限の塔”や“月”なども存在していたようだ。
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▲オープンワールドだが、シナリオの進捗によって行動範囲が広がっていく作りになっている。
▲世界構造の説明。ネットワーク上に存在するプレイヤーひとりひとりの世界が、すべて並行世界として多層的な構造になっている。無限の塔によってすべての世界はつながっており、ゲートを通じてポーンだけが行き来できる、という仕組みだ。
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▲マップ上で発生するイベント。採用されたものもあれば、ボツになってしまったものもあるらしい。
▲シナリオの構造。中央のラインはメインシナリオ。ユーザーにはそれとはわからないようにしてある。水色の横の帯でまとめられているものは、同じ時間帯で起こりうるイベント。左端は、時間に影響しないイベントだ。クエストは独立していながらも、互いが影響し合う工夫がなされている。
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▲髪型は40種類用意したが、ユーザーには少ないと言われてしまった。実際は、もっと用意していたらしい。膨大に用意した髪型の中から、国内外でアンケートを採って決めたものもあったという。
▲おまけで、ボツになったタイトルロゴ。

 『ドラゴンズドグマ』は、新しいものを生み出すための努力だけでなく、それを理解してもらうための努力も必要という、たいへんな苦労を伴ったタイトルだったようだ。それを根気強くプレゼンし続けた伊津野氏と、未知数なタイトルにゴーサインを出したカプコン。その結果、国内でいち早くオープンワールドタイプのアクションRPGを生み出せた意味は大きい。2000年に完成させたアイデアを最後まで曲げなかったことや、オープンワールドというカプコンにはなかった技術にあえて挑戦し、実現させたことは、伊津野氏の手腕によるところも大きいだろう。今後の伊津野氏とカプコンの新たな挑戦に期待したい。