サイゲームスより配信中のiOS、Android、PC(DMM GAMES)対応ゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』で、2022年3月18日に新たな育成ウマ娘“★3[ブリュニサージュ・ライン]メジロブライト”が実装された。その能力や、ゲームの元ネタとなった競走馬としてのエピソードを紹介する。

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『ウマ娘』のメジロブライト

  • 声:大西綺華
  • 誕生日:4月19日
  • 身長:157センチ
  • 体重:微増(まあ、食べ過ぎました~)
  • スリーサイズ:B84、W59、H81

おっとりでマイペースなメジロ家のお嬢様。
そんな性格も手伝ってか不器用なところがあり、メジロ家のウマ娘ながら周囲の期待は高くない。
それでも自分のペースを崩さず、最後まで自分を貫き通す姿勢から、実はメジロ家の中でも一番の大物なのかもしれないとの噂も。

出典:『ウマ娘』公式サイトより引用

【ウマ娘・元ネタ解説】メジロブライトはスタミナ満点の最強ステイヤーで、そして壮絶にズブかった。スズカ、スペ、オペラオーなど3世代にわたるライバルとの死闘を紹介

メジロブライトの人となり

 栗東寮所属。おっとりとした雰囲気で、随所に育ちのよさを感じさせるお嬢さま。名門・メジロ家の出身で、一族のウマ娘といっしょにいることが多い。とくにライアンは、史実ではブライトの父であることもあってか、『ウマ娘』においても「ライアンお姉さま」と慕っている。なお、メジロ一族はアルダン、ライアン、ドーベルが美浦寮、マックイーン、パーマー、ブライトは栗東寮所属と分かれている。

 またドーベルは、史実ではブライトと同じ牧場出身で同い年、さらに同じくライアンを父とする。『ウマ娘』の世界でも幼いころから行動をともにしてきたとあって、お互いに「ドーベル」、「ブライト」と呼び捨てで接しており、ほかのメジロ一族のウマ娘よりも近しい関係であることがわかる。やや人当たりのキツめなドーベルと、語尾を伸ばしてしゃべることが多く柔らかい印象を与えるブライトは、一見対照的ながらもいいコンビのようだ。

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 そんな彼女のおっとり、マイペースなキャラクターは、史実における途方もないほどの“ズブさ”が落とし込まれたものだと思われる。体型も標準型で鈍重だったというわけではないのだが、とにかく反応が鈍かったのだ……。

 ゲーム配信開始後に実装されたキャラクターということもあって、アニメはもちろんゲームでもまだ露出は少ないが、ドーベルの育成イベント及びウマ娘ストーリーや、ストーリーイベント“羽ばたきのRun-up!”などでその姿が見られる。

 なお、史実ではドーベルのほか、サイレンススズカ、マチカネフクキタル、タイキシャトル、シーキングザパールが同い年。さらにひとつ下のスペシャルウィークやセイウンスカイ、グラスワンダー、ふたつ下のテイエムオペラオーやナリタトップロードたちとも、中・長距離路線で戦った。『ウマ娘』においても、彼女たちのストーリーが描かれていくかもしれない。

 勝負服はドーベル同様、お嬢さまらしい清楚なイメージのデザイン。カラーリングも同じく、史実で馬主だったメジロ牧場の勝負服のもの(白地、緑一本輪、袖緑縦縞)が反映されている。左右の靴の色が違うのも、モデルとなったブライト自身の後ろ脚の模様(左足だの先だけ白い)から。髪型は史実での母父(母方の祖父)マルゼンスキーを思わせるゆるふわ具合で、いくつもの三つ編みが入っているのは、史実のブライトがたてがみを三つ編みにしていたからだと思われる。

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メジロブライトの能力

 史実のメジロブライトが芝の中・長距離戦線で活躍したこともあり、適性は芝A、中距離A、長距離A、差しA、追込A。

 固有スキル“麗しき花信風”は、“レース後半に中団から残り持久力に応じたロングスパートをかけて速度をわずかに上げ続ける”という能力。追込もAなので、ピスケス杯でも活躍しそう。さらにマイルがCなので、クライマックスシナリオとの相性もよさそうだ。

 レアスキルは、“レース中盤に追い抜かれると持久力が回復する”効果の“不屈の心”と、“レース中盤初めの方に中団にいると速度をわずかに落として持久力をすごく回復する”効果の“泰然自若”を持つ。

 なお、成長率はスタミナ+14%、根性+8%、賢さ+8%となっている。

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競走馬のメジロブライト

メジロブライトの生い立ち

 1994年4月19日、北海道伊達市のメジロ牧場で生まれる。父はメジロライアン、母はレールデユタン。4つ上の半兄にダート路線で活躍したメジロモネ(父モガミ)、4つ下の弟にGI朝日杯3歳ステークス(現朝日杯フューチュリティステークス)を制したメジロベイリー(父サンデーサイレンス)がいる。

 ブライトはドーベルとともにメジロライアンの初年度産駒で、メジロ牧場、ひいては種付け料が高額なサンデーサイレンスら輸入種牡馬に手が出せない中小牧場の期待を背負って立つ存在だった。

 のちにステイヤー(長距離レースが得意な馬のこと)として大成することになるブライトの特徴は「強いがズブい」。無尽蔵のスタミナに加え、ハイペースでも置いていかれることはないスピード能力はあるし、スローペースにジレて自滅することもない精神力の強さも持ち合わせていた。のちに天皇賞(春)で他馬を置き去りにする見事なスパートを決めたように、じつは瞬発力もかなりいいものを持っていたのである。

 ここまで聞くと「最強じゃないか!」と思われるのだが、とにかくズブい。つまり、鞍上の指示に対する反応が致命的に遅かった。スタートダッシュはだいたい遅れ、スパート合戦になると1歩目で出遅れて追いかけるハメになる。このズブさが仇となって、現役時代はシルバー&ブロンズコレクターの不名誉称号を頂戴することになってしまった。

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 なお、基本的にはおとなしい馬だったようだが闘志がないわけではなく、4歳夏の宝塚記念ではテンションが上がったのかゲート内で暴れて外枠発走にされてしまい、レース中も内ラチにぶつかりながら走るなど荒いところを見せていた。

メジロブライトの血統

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 父はメジロライアン。メジロ牧場の基幹繁殖牝馬の一角であるシエリルを祖母に、天皇賞(春)を制したアンバーシャダイを父に持つ、メジロ牧場渾身の血統を誇る競走馬だった。中長距離戦線で活躍するも、ライバルたちの前に惜敗を続けGIは宝塚記念の1勝に終わっていた。

 当時はサンデーサイレンスを始めブライアンズタイム、トニービンの“BIG3”など、超強力な輸入種牡馬が日本競馬界を席巻しており、内国産馬で競走馬時代の実績も飛び抜けたものではなかった種牡馬ライアンへの評価は低かった。実際、ライアンの初年度産駒でデビュー勝ちを果たしたのは2頭しかいない。それがドーベルとブライトである。

 ライアンのサイアーライン(父系血統)であるノーザンテースト系は、距離の融通が効く馬が生まれることが多く、ライアンもブライトも、そしてドーベルもその特徴を受け継いで、豊かなスタミナと切れる末脚を持っていた。ただ、エンジンの掛かりが遅くて勝ちきれないという欠点も、父子揃って受け継いでいたようである。なお、ドーベルはズブさはなかったものの、気が強すぎるという弱点があった。

 母はマルゼンスキー産駒のレールデユタン 。新冠の錦岡牧場で生まれた日本馬で、現役時代は22戦4勝。ライアンやマックイーンを始め、メジロ牧場が誇る種牡馬たちは代々受け継がれてきた血脈の結晶であったため、同様に代々メジロ牧場の出身である繁殖牝馬のほとんどが近親になってしまう。そこで、メジロ伝統の種牡馬と近親にならない、レールデユタンのような血統の繁殖牝馬も定期的に取り入れられていたのである。その見立ては確かだったようで、レールデユタンからはGI馬がブライトを含め2頭も生まれている。

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メジロブライトの現役時代(表記は現在のものに統一)

 2歳になったブライトは、栗東の浅見国一(くにいち)厩舎へと預けられた。浅見師は定年間近だったが名伯楽として知られており、彼の厩舎からは人材面でも池江泰郎元調教師(騎手時代に所属。後に調教師としてメジロマックイーンやディープインパクトを手掛けた)、友道康夫師(ワグネリアンやシュヴァルグランなど)、池江泰寿師(オルフェーヴル、トーセンジョーダン、サトノダイヤモンドなど)など、数々の名手が巣立っている。

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2歳(ジュニア級:1996年)

 1996年8月31日、函館競馬場芝1800メートルの新馬戦でデビューを迎える。このレースは、『ウマ娘』のストーリーにも取り入れられている。

 鞍上は千田輝彦騎手(現調教師)。このころのブライトはまだヒョロヒョロっとした頼りない見た目で、調教での時計もよくなかった。そんな事情もあって、単勝人気は6頭立ての6番人気(58.9倍)。のちのGI馬とは思えないほどの低評価であった。

 レースはとんでもないスローペースで推移していく。1000メートル通過が72秒と、一般的に60秒前後、新馬戦でも62~63秒程度と言われる“平均ペース”を大幅に下回る遅さである。そこから、残り600メートルを切って急加速していき、最後の200メートルは11秒1と、逆にとんでもないハイペースで決着した。そしてこのレースを半馬身差で制したのはブライトだった。スローな展開を最後方からのんびり静観し、ペースアップにも対応してロングスパートで有力馬を差し切ったのだ。何とも強い勝ちかたで、能力の高さを感じさせた。

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 とはいえ、勝ち時計は2分1秒6。これは2000メートル戦の、少し遅めのタイムに相当する。しんがり人気から新馬勝ちでエリート街道に乗ったかに見えたブライトだったが、この遅すぎるタイムのせいで、評価はあまり上がらなかった。

 こんなエピソードもある。浅見国一調教師はこのころすでに引退間近で、同僚の調教師から「いい馬がいたら譲ってほしい」と言われることがあった。そこでデビュー戦を勝ったばかりのブライトの名前を挙げたところ、「1800メートルを2分もかかるような馬はいらない」と返されたとか。なお、芝1800メートルの日本レコードは1分43秒8である。

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 2戦目のすずらん賞(函館芝1800メートル)2着を挟み、3戦目は名手、松永幹夫騎手を鞍上に迎えてGIIデイリー杯3歳ステークスへ。ここには期待馬のシーキングザパールが出走してきており、ブライトは7番人気に留まっていた。そのシーキングザパールには0秒8、5馬身差をつけられるが、その他の注目馬はすべて退けて2着に入ったことで、ようやくブライトへの風向きが変わってくることになる。

 4戦目は出世レースとして知られていたラジオたんぱ杯3歳ステークス。2番人気で迎えたこのレースで、豪快な末脚をくり出して2馬身差の圧勝を飾る。デビュー時は446キロだった馬体重も通算で16キロ増の462キロと少しずつ身体も出来上がってきて、ここに来て“クラシックの有力候補”として名前が挙がるようになった。

3歳(クラシック級:1997年)

 年明け初戦はGIII共同通信杯。とうとう1番人気になったブライトだが、ここでもいつもの勝ちパターンである後方からのまくりで危なげなく勝利し、これで重賞2連勝。新馬戦で最低人気だった馬が一躍“クラシック最有力”とまで言われるようになったのだ。なお、この春で浅見国一師が定年で引退となり、ブライトは国一師の実子である浅見秀一調教師の厩舎に転厩となった。

 順風満帆かと思われたブライトだったが、本番のクラシックでは苦戦が続く。皐月賞とダービーは伏兵かと思いきやじつは強かったサニーブライアンに大逃げを決められてしまう。ブライトは1番人気ゆえにみずから動かなければならなかったのだが、ズブさがアダとなり、追いつききれずに4着、3着と惜敗してしまう。

 さらに休養を挟んで迎えた京都新聞杯、そして菊花賞では、自分以上の斬れ味を持つマチカネフクキタルに先に動かれて置いていかれるという同じような展開となり、2レースとも3着に敗れる。ブライトはいずれも最後はすさまじい末脚を見せており、ゴール板付近の勢いから「ゴール板がもう200メートル先だったら……」という思いをファンに抱かせた。しかしその一方で、「ゴール板が200メートル先だったとしても、やっぱりエンジンが掛からないからちょっと足りないんだろうな」ということも予想できる、それがメジロブライトという馬だった。

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 父ライアンを彷彿とさせる煮え切らないレースが続いたブライトだが、次戦はジャパンカップや有馬記念は狙わずに3600メートルの超長距離GII、ステイヤーズステークスへ向かう。鞍上は、ここまで主戦を務めた松永騎手が阪神のワールドスーパージョッキーズシリーズに出場するため、河内洋騎手に乗り替わることとなる。すると、雨降りしきる中山競馬場の泥んこ馬場もなんのその、2着に1秒8、10馬身以上の大差をつける超ド級の圧勝劇となるのであった。

 重賞競走での大差勝ちは平成以降ではほとんどなく、中央競馬ではこのブライトのステイヤーズステークスと、翌年のサイレンススズカの金鯱賞だけで(交流重賞を入れれば1995年エンプレス杯のホクトベガも)、以来20年以上実現していない。昭和も含めると、1976年の朝日杯3歳ステークスのマルゼンスキーなど数例が残っている。

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4歳(シニア級:1998年)

 前年からの勢いは続き、年明けのGIIアメリカジョッキークラブカップ(AJCC)を楽勝すると、続くGII阪神大賞典では前年の有馬記念を制した同い年のライバル、シルクジャスティスを強烈な叩き合いの末に破って重賞3連勝を飾った。

 この時期主戦を務めていた河内騎手も、ステイヤーズステークスでは距離適性の差が大きく出るのでブライトの強さに半信半疑だったようだが、この連勝劇のあいだに「仕掛けどころなどを間違わずに乗ってあげれば強い競馬できっちり走る馬」だということがわかったようで、本番の天皇賞(春)でも堂々とした騎乗を見せることになる。

 このレースの1番人気は、阪神大賞典でぶつかったシルクジャスティス。差のない2番人気に支持されたブライトは、いつもの定位置だった最後方ではなく、シルクジャスティスと並ぶ中団にポジションを取る。すると、ライバルたちを尻目にいち早く大外にコースをって抜け出し、猛追するステイゴールドらを寄せ付けずに2馬身差の完勝。悲願のGI制覇を成し遂げた。メジロ牧場にとっても、春の盾の栄誉はメジロマックイーン以来だったこともあり、関西テレビの杉本清アナウンサーによる「メジロ牧場に春! 羊蹄山の麓に春!!」の名調子も印象的である。

※以下の動画は実況の内容が異なります。

1998年 天皇賞(春)(GⅠ) | メジロブライト | JRA公式

 一躍“現役最強ステイヤー”に上り詰めたブライトの、つぎなる舞台は宝塚記念。同じように、4歳春に重賞を3連勝して台頭してきたサイレンススズカ、そして前年に天皇賞(秋)を制した女傑エアグルーヴ、シルクジャスティスとの“4強”対決と見られていた。

 しかしここで、これまであまり目立つことのなかった闘志が悪い方向に出てしまう。出走直前、ゲートの中で立ち上がって暴れてしまったのである。絶好の2枠2番を引いていたブライトだったが、ルールにより一番外の枠からの出走を余儀なくされてしまうのだった。上がってしまったテンションはすぐには回復せず、レース中も内ラチに体をぶつけるなどして消耗してしまい、まともなレースができずに11着と生涯初の大敗を喫することとなる。なお、1着はサイレンススズカだった。

 夏の休養を挟み、秋の初戦はGIIの京都大賞典。逃げ粘るセイウンスカイを最後捉えきれずに2着に終わったものの、陣営は悪くない手応えを掴んでいた。

 そして迎えた天皇賞(秋)。宝塚記念では自滅のような形でサイレンススズカと雌雄を決することは叶わなかったが、早くもリベンジの機会がやってきた。スタートダッシュで出遅れるが、それはいつものこと。サイレンススズカが大逃げを敢行し、サイレントハンターがそれを追うのを眺めながら、ブライトは3番手集団に取りつく積極的な競馬を見せる。さらに、第3コーナーで天皇賞(春)の再現とばかりに、“先手”を取って動き出したのである。

 しかしそこで悲劇は起こった。サイレンススズカが故障を発生し、外に膨らみながら失速していったのだ。アウトコースから“まくり”の体勢に入っていたブライトは、何とかサイレンススズカを避けながら直線に入るも、そこでのロスが大きく後続につぎつぎとかわされて5着に終わる。ひとつ間違えればブライトも無傷では済まなかったはずであり、ケガもなく乗り切れたのは、彼にとっては不幸中の幸いだった。

 それでも競馬は続いていく。次走は有馬記念と決まったブライトだが、今度はひとつ下の強豪たちの台頭を迎え撃つことに。すでに京都大賞典で戦ったセイウンスカイに加え、グラスワンダー、キングヘイローなど4頭の3歳馬が参戦。レースは先に抜け出したグラスワンダーを追い詰めるも半馬身届かず、2着まで。3着はブライトと同い年のステイゴールドで、4着にセイウンスカイが入った。彼ら1994年生まれ世代と1995年生まれ世代は、この後も競馬界をリードしていくことになる。

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5歳(シニア級:1999年)

 ブライトの年明けは、1月末のGII日経新春杯で早くも始動。GIウィナーの実績から59.5キロという重いハンデを背負わされるも見事に快勝し、前年から続く好調を維持した。

 そして次戦の阪神大賞典には、前年のダービー馬スペシャルウィークが参戦。サイレンススズカ亡き後、1994年世代最強の看板を背負うブライトにとって負けられない相手である。果たして、レースは死闘となった。先行したスペシャルウィークと、脅威の末脚でそれを追いかけるブライト。そして離されていく後続馬たち……。結果はわずか4分の3馬身差、スペシャルウィークが先輩をねじ伏せる形となった。3着のスエヒロコマンダーは約8馬身差、5着以降は遥か後方、3秒差もつけられるすさまじい内容である。

 続く天皇賞(春)では、スペシャルウィークとブライトに、日経賞を勝ったセイウンスカイを加えた“3強”が激突。阪神大賞典にも勝るとも劣らない熱戦がくり広げられた。道中、掛かり気味に前に行きたがるスペシャルウィークに対し、ブライトは終始落ち着いて中団のポジションをキープ。コンビを組んでこれが11戦目となる名手・河内騎手の熟練の手綱さばきが光る。そして最後の直線で、2頭はセイウンスカイをかわし、激しく競り合う。内のスペシャルウィークと外のメジロブライト、軍配が上がったのはスペシャルウィークだった。ブライトに半馬身差にまで詰められるも、道中のロスをものともせず押し切る強い勝ちかただった。

1999年 天皇賞(春)(GⅠ) | スペシャルウィーク | JRA公式

 惜しくも破れたものの、世代トップの意地を見せたブライトは、宝塚記念をパスして秋競馬での捲土重来を期し、休養に入る。そして迎えた秋の京都大賞典では、スペシャルウィークとの三度目の対決が待っていた。さらに、このレースにはふたつ下の皐月賞馬テイエムオペラオーも参戦。ブライトは、つぎつぎと現れる下の世代に胸を貸す立場で挑むことになった。しかしレースは意外な結果で終わる。

 スペシャルウィークは太りすぎのせいか精彩を欠いて7着に沈む一方、ブライトはまたしても2着に終わる。勝ったのは、“夏の上がり馬”として急成長を遂げていた1995年生まれ世代の伏兵、シンボリルドルフ産駒のツルマルツヨシだった。

 昨年のリベンジと挑んだ天皇賞(秋)は、前走から16キロものダイエットに成功したスペシャルウィークが力を見せ付け1分58秒0の好タイムで優勝。一方のブライトは、道中の速い流れについていけず、さらにはいつもの末脚も不発。自己ワーストタイの11着に終わった。

 有馬記念は超スローペース(それでも1000メートル通過はブライトのデビュー戦より5秒以上速かった)となる難しい展開に。そしてグラスワンダーがスペシャルウィークをわずか4センチ制して優勝し、そこからわずかクビ差でテイエムオペラオーが3着に食い込むという、新たな時代の幕開けを感じさせる結果となった。ブライトはグラスワンダーからわずか0秒3差の5着と、数字の上では健闘したものの、勝利争いには食い込めず一抹の寂しさを感じさせた。

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6歳(シニア級:2000年)

 有馬記念後、屈腱炎の発症が確認されたブライトは長期休養に入る。そして3年連続の出走となった10月の京都大賞典で石橋守騎手を背に復帰するも8着に敗れた。勝ったのはテイエムオペラオー。昨年の京都大賞典ではまだ本格化していなかったが、この年の2月の京都記念から連勝を続け、世紀末覇王に君臨していた。

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 ブライトはその後、屈腱炎の再発が確認されたために引退となった。

 通算25戦8勝(うちGI1勝、重賞7勝)、2着8回、3着3回。掲示板に載ること22回。獲得賞金は約8億3千万円と、メジロ一族の中ではマックイーンに次ぐ額を記録している。GIこそ天皇賞(春)の1勝に留まったものの、致命的なズブさを持ちながらも3世代の強豪たちと対等に戦いきったその力は本物であり、1994年生まれ世代の“最強ステイヤー”だった。

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メジロブライトの引退後

 引退後は日高のアロースタッドで種牡馬となる。2003年秋には新冠のビッグレッドファームに移ったがその翌年、心臓発作を起こして急死。10歳という早すぎる死であった。わずかに遺された4世代の産駒からは、初年度産駒のマキハタサイボーグが父同様ステイヤーズステークスを勝利しているが、後継種牡馬は出ていない。

 なお、メジロの血脈を伝える種牡馬には、2016年の天皇賞(秋)など国内外のGIを6勝したモーリス(父スクリーンヒーロー、母メジロフランシス)がいる。母系はメジロ牧場を代表する血統で、ドーベルとは同じ先祖(メジロボサツ)を持つ。ちなみに、モーリスの祖父(スクリーンヒーローの父)はグラスワンダー。『ウマ娘』のモデル馬たちは、こういう形で交わったりもしているのだ。

著者近況:ギャルソン屋城

 リアル競馬&競馬ゲームファンでもある、週刊ファミ通『ウマ娘』担当ライター。誕生日:9月5日、身長:168センチ、体重:微増(花より団子)

 花粉症でボックスティッシュを1日ひと箱消費する生活に突入。鼻血がすごいです。ちなみに馬は人間のように重い花粉症にはかからないらしい。うらやましい。でも9割が胃潰瘍を患っているんだとか。……どこの世界もたいへんですなぁ。

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