『クロノ』シリーズをまたぐ、あのテーマ

 『クロノ・トリガー』と『クロノ・クロス』。どちらも、時をテーマにした、スクウェア(現スクウェア・エニックス)が誇る名作RPGだ。『クロノ・トリガー』の発売から20年、『クロノ・クロス』の発売から16年経った2015年に、ふたつの『クロノ』シリーズをまたいだ、サウンドのアレンジアルバムが発売される。『クロノ・トリガー&クロノ・クロス アレンジアルバム/ハルカナルトキノカナタヘ』と題された本CDは、作家活動20周年となるコンポーザー光田康典氏が、長年温めてきた構想を実現したもの。『クロノ』シリーズをまたいだCDは、どのようなテーマで作られ、なぜいま発売に至ったのか。CDのマスタリングを終えたばかりの光田康典氏を直撃し、お話をうかがった。なお、このインタビューには、『クロノ・トリガー』と『クロノ・クロス』にまたがる重大なネタバレが含まれている。その点をご了承いただき、読み進めていただければ幸いだ。

■CD情報
クロノ・トリガー&クロノ・クロス アレンジアルバム/ハルカナルトキノカナタヘ
発売元:スクウェア・エニックス
発売日:2015年10月14日発売
定価:3000円+税

サラとキッドの物語を音楽と歌詞で紡ぐ。光田康典氏に訊く、構想5年以上『クロノ・トリガー』&『クロノ・クロス』アレンジアルバム制作秘話_02

■プロフィール
光田康典氏(文中は光田

サラとキッドの物語を音楽と歌詞で紡ぐ。光田康典氏に訊く、構想5年以上『クロノ・トリガー』&『クロノ・クロス』アレンジアルバム制作秘話_01

プロキオン・スタジオ代表。『クロノ』シリーズを始め、『ゼノギアス』、『イナズマイレブン』など、数多くのゲーム音楽を手掛ける一方、テレビアニメやドキュメンタリー番組の音楽なども担当する。

こだわり抜いたコンセプチュアルなアルバム

――まさに、いますべての作業が終わったと。
光田 終わりました!

――いま(インタビュー当時)9月ですから、ギリギリですよね……。
光田 超ギリギリでした(笑)。

――それは、こだわった結果そうなったのでしょうか?
光田 そうですね。ミュージシャンのスケジュールを合わせたりと、いろいろありまして。ですが、皆さんの力があって、そして、僕のワガママを聞いていただいて(笑)、いいものになったと思います。

――『クロノ』シリーズのアレンジアルバムを出すというお話は、けっこう前からされていましたよね。
光田 かれこれ、5、6年くらい前ですかね。そのころに、「『クロノ・クロス』のアレンジを作りますね」と、ポロっと言っちゃって。その後、ちょこちょこアレンジはしていたんですが、ただなんとなく『クロノ・クロス』のアレンジをしただけのアルバムをそのまま出していいのかな? ってずっと思っていたんです。

――それは、単なるアレンジアルバムでは、しっくり来なかったということでしょうか?
光田 そうなんです。それで最終的にアルバムができたとしても、単純にアレンジされた曲を聴いて終わるだけという雰囲気になりそうだったんですよね。でも、僕の中で「それって、どうなんだろう」という想いがくすぶっていて。当時、いろいろな仕事で忙しかったこともあって、あまり改善策を考える時間もなく、ずっと引っ掛かりがあったままだったんです。もっとコンセプチュアル(ひとつの概念、テーマに沿ったもの)なものを作れないだろうかと、そのコンセプトになるものは何だろうと、いろいろ考えていたときに、スクウェア・エニックスのCDスタッフの方と話をしていたら、たまたま作家活動20周年というタイミングだったこともあって、「『クロノ・トリガー』と『クロノ・クロス』の曲を混ぜたCDが出せるかもしれません」というお話が出てきたんです。それを聞いて、“それであれば、あるひとつのテーマで作るとおもしろいかもしれない”というアイデアが浮かび、今回のアルバムを作ろうと思ったんです。ですから、『クロノ・クロス』のアレンジはもちろん、『クロノ・トリガー』も漠然とオーケストラアルバムといった、皆さんからよく求められているものを個別に作ろうと思っていたんですが、両方の作品をひとつのアルバムにまとめられるという話を聞いてからは、もう「これしかない!」という想いになって、それで動き出したんですね。でも、そのコンセプトに気づいたのが、今年(2015年)なんです(笑)。

――ギリギリですね(笑)。
光田 今年は自分の20周年ライブもあるし、これはハードなスケジュールになるな……と思ったんですが、思いついちゃったものはしょうがない(笑)。結果、10曲中6曲が歌もので、4曲がインストゥルメンタルなんですが、ボーカルを入れるにあたって、どうしても歌ってほしい方がいて、その方をお呼びする時間だったりとかいろいろあって、本当にたいへんでした(苦笑)。

――では、5、6年かかって、やっと閃いたというそのテーマを教えていただけますか?
光田 CDのライナーノーツにも書いているんですが、“キッド=サラ”、そして“キッドのその後”というものですね。キッド=サラであるというつながりは、『クロノ・トリガー』と『クロノ・クロス』を合体させないと表現できないものですから。このテーマで作ると、アルバムに芯ができますし、聴いてくださる皆さんもグッと来るんじゃないかなって。

――それはもう! 『クロノ』シリーズファンからしたら、食いつかないわけがないと思います(笑)。
光田 ある種、シリーズのつながりの中ではこれがメインですからね(笑)。彼女の物語を音楽でいかに表現するかということについては、歌ものにすることで歌詞が乗りますから、より具体的なイメージが凝縮されていると思います。みんなで、いろいろ考えながら歌詞を作ったんですが、これがけっこういいんですよ。

――歌詞はすべて新しく作られたんですね。
光田 はい。「サラのテーマ」は造語なんですが、日本語の訳詞のほうは僕が書いています。あと、「On The Other Side / エピローグ~親しき仲間へ~」は、ローラ鴫原さんという方にボーカルも歌詞も担当していただいています。彼女は、3、4年前からメールのやり取りをしているんですが、相当な『クロノ』マニアなんですよ。それで、いい詞を書いていただいて。あと、「ハルカナルトキノカナタヘ」と「RADICAL DREAMERS」はボーカルと歌詞をサラ・オレインさんにお願いしています。

――サラ・オレインさんも、歌だけでなく歌詞を書かれたんですね。
光田 そうなんです。めちゃくちゃ『クロノ』のことを勉強したらしいです。それもあって、とてもいい歌詞です。英語の歌詞なんですが、これは皆さんに英語で感じていただきたくて、読んだ方それぞれが想像しながら訳していただきたいなと。そういった歌詞がちゃんとコンセプトとして筋を通しているので、ぜひブックレットを読んでいただきたいんです。『クロノ・トリガー』でサラが海底神殿に行ったときにどういう心境だったのかとか、物語が終わってとか。

――物語に沿って語られていくと。
光田 そうですね。ゲームに沿って、その場その場で心情などを想像しながら書いています。「RADICAL DREAMERS」と「ハルカナルトキノカナタヘ」の詞は、またちょっと奥が深いんですが、それぞれの解釈としてファンの方がどう楽しむか、想像の余地を出すために、この2曲はあえて英語だけにさせてもらって日本語の訳詞は載せていません。これもひとつの楽しみとして感じていただきたいですね。

――一般的に、ゲームのアレンジアルバムというと、もっといろいろな曲が入っているものですが、このアルバムは10曲とちょっと少なめですよね。ですが、これは“キッド=サラ”というテーマで絞った結果、この選曲になったと。
光田 そうなんです。本当は、もっと入れることもできるんですが、時間の都合などもありまして……(苦笑)。ただ、ひとつの物語を1枚のディスクに収めるとすると、これくらいがちょうどいいかなと。また、違うテーマがあれば、別のコンセプトで作ればいいですし。

――アレンジと言っても、原曲から大きくイメージを変えるものなど、いろいろなアレンジがありますが、このCDではどういったイメージでアレンジされましたか?
光田 メロディーはあまりいじっていません、そのまま残している状態です。ただ、いろいろおもしろい仕掛けを入れていまして、とくに「サラのテーマ」は、「サラのテーマ」の中に、裏メロでキッドのテーマである「星を盗んだ少女」のメロディーが絡み合ってきたりと、そういう小細工がいっぱい入っているんです。

――ええー! それはすごい!
光田 「時の回廊」にも、ちょっとサラのモチーフを入れていたりとか。

――1曲の中に、聞いているといろいろな曲が聞こえてくるような。
光田 じつはそうなんです。「あれ? これ「サラのテーマ」だよな」ってよくよく聴いていると、「星を盗んだ少女」が入っていたりと。そういう関連性のあるアレンジをしていますので、そういうところも聞いて「おお!」と楽しんでほしいですね。

――いろいろ探しながら聴くようなイメージですね。
光田 はい。いろいろ隠しているので、宝探しのように。いろいろな方向性で楽しめるアルバムにしたかったので、それはうまくできたかなと。

ボーカルの違いにも意味が……

――サウンド面では、どういったアレンジが入っているのか教えてもらえますか。
光田 無国籍と言えば、無国籍ですが、『ゼノギアス』のアレンジアルバム『クリイド』のような、オーケストラではないけど弦は入っているし、民族音楽だけでもないという、曲によってまったく違うものですね。表現しづらい(苦笑)。たとえば、「マブーレ」は民族音楽っぽく、「RADICAL DREAMERS」や「ハルカナルトキノカナタへ」は、おしゃれなポップスでジャズっぽく、「時の傷痕」はロックでプログレッシブっぽさもありますし、「時の回廊」は弦だけでクラシカルなものと、ジャンルでは言いづらいんですよね。

――本当にいろいろなジャンルがあるんですね。
光田 そうですね。多岐に渡っています。

――ちなみに。この「ハルカナルトキノカナタヘ」を表題曲にした意図は?
光田 キッドの最後が、時間を旅してセルジュを探して……、けっきょくどうなったのかはわからないまま終わっていますが、そういう意味でもずっと時間を旅しているイメージなんですよね。この曲の歌詞には、いままで会った仲間との別れなども入れているんですが、厳密にはこの曲は『クロノ・トリガー』の曲ですから、キッドというよりも全体を含めていろいろ旅してきた仲間と別れてしまうけれど、また違う次元や時空で会いましょうという、ポジティブな曲として作りました。“切な明るい”というイメージですから、エンディング、最後の曲にふさわしいかなと。

――そして、アルバムのブックレットに“結”の文字が入っていますが、“起承転”の文字は『クロノ・クロス』のサントラに入っていたんですよね。
光田 そうなんです。ついに“結”を入れました。

――1999年発売ですから、16年越しですか……。
光田 16年越しに完結したと言いますか。やっと。

――16年経って、今回“結”を入れていいと思われたということなんですよね。
光田 はい。ジャケットのデザインをしているときに、デザイナーさんに、どこかに“結”を入れて欲しいと伝えて。想像以上に大きく入りましたが(笑)。でも、これで僕の中でひとつ区切りがついたのかなという想いがありますね。

――活動20周年の年に。
光田 そうですね。この20周年でひと区切りです。いろいろな意味で僕の中では完結したかなと。

――今回、ボーカルが複数いらっしゃいますね。
光田 サラ・オレインさん、ローラ鴫原さん、あと小峰公子さん、3名にお願いをしています。

――曲ごとに、この人の歌声が合うなとイメージしてお願いされたんですか?
光田 と言いますか、キャラクターのサラについてはローラ鴫原さん、キッドに関してはサラ・オレインさんにお願いしたんです。

――あーーー、なるほど! キャラクターとアーティストを紐付けたんですね。
光田 そうなんです。サラとキッドはほぼ同じようなキャラクターではありますが、厳密には違うキャラクターですし、ゲームを遊んだプレイヤーとしてはイメージが違うと思いますので、同じ声にはしなかったんです。

――ああ、深い……。すごい、いろいろと込められていますね!
光田 いろいろ考えたんですよ! 本当にいろいろと(笑)。

――このアルバムを聴くと、『クロノ・トリガー』、『クロノ・クロス』と、シリーズをイチからやりたくなりますね。
光田 そうなってほしいですね。ゲームを遊んでいない方もいらっしゃると思うので、アルバムをきっかけにゲームをやってみるというのもおもしろいと思います。「そういうことだったのか!」となると思いますし。そのあたりは、ちゃんと考えられたゲームですので、音楽的にアプローチがしやすかったですね。

――やはり、『クロノ・トリガー』も『クロノ・クロス』も、光田さんの中で大きな存在なのでしょうか。
光田 『クロノ・トリガー』は実質デビュー作ですし、ほかのゲームもキャラクターやストーリーはもちろん、いろいろ思い入れがあるんですが、『クロノ』シリーズに関しては、キッドとサラの設定が自分の中ですごく好きな設定なんです。ほかにも、カエルとかロボとかいろいろ人気のキャラクターもいますが、あえて、このサラとキッドを選んで見るというのもおもしろいかなと。『クロノ・トリガー』に関して言うと、サラはパーティーメンバーではありませんし、それほどピックアップされていないキャラクターですが、もっとサラに焦点を当ててみたいという想いもあって。それは、ずっとやってみたかったんです。

――ここまでコンセプチュアルなアルバムというのは、ゲームでは珍しいですよね。
光田 ゲームのアレンジアルバムでは初めてかもしれませんね。ただ、アルバムとしては、ハッピーというより、けっこう考えてしまう、重い……というと言葉はよくないかもしれませんが、でもやっぱり重いアルバムですね(苦笑)。

――重くとらえようと思えばとらえられますが、ふつうに曲を聞くだけなら、キレイな楽曲が楽しめますよね。その分、意味を考え始めると……。
光田 重くて、どんどん中に入り込んでしまうでしょうね(笑)。

――アレンジは難航しましたか?
光田 いえ、曲やアレンジよりは詞に苦労しましたね。

――それだけ想いを込めた歌詞なんですね。
光田 はい。今回、録音からMIXまで96kHzのハイレゾにしているので、ハイレゾ配信もしようと思っています(2015年10月14日よりハイレゾ各配信サイトより配信開始予定)。でも、今回は歌ものが多いので、配信だと歌詞カードがないので、わかりづらいかもなと思っていて。とくに、英語詞ばかりですから。だから、配信以外にも、動画サイトなどでちょっと聴くだけではなく、歌詞を見ながら、じっくり聴いてほしいです。

――個人的に、このアルバムを聴きながら、当時の『クロノ』開発メンバーで座談会をしてほしいなと思いました。
光田 ああ、いいですねー。「こうじゃないんだよ」とか言われるかもしれませんが(笑)。

――加藤さん(加藤正人氏。『クロノ・トリガー』でメインシナリオなどを担当)たちから(笑)。
光田 「これは、僕の解釈するサラとキッドのアルバムですから」って、怒られる前に言っておこう(笑)。

――(笑)。いろいろなゲームで、発売後に小説などで完結編や補完するものが出たりしますが、それがCDで音楽で綴られるイメージですね。
光田 そうですね。『クロノ・クロス』のアレンジアルバムを作ろうとしていたときは、加藤さんにキッドの後日談を書いてもらって、それをベースに曲をアレンジしていこうというコンセプトもあったんです。でも、キッドだけだとまだ物足りないというか、十分成立はするんですが、なぜキッドが生まれたのかという大元がないと、設定が軽くなってしまう、アレンジアルバムとして薄くなってしまうと思って。そこで、サラを出したほうが腑に落ちるというか、バランスが取れるなと感じたんです。

――5年越しのコンセプトがないと完成しなかったアルバムですからね。では、このアルバムを楽しみにしている読者にメッセージをいただけますか。
光田 5年以上かけて作った……作ったのは1ヵ月ちょいですけど、構想は5年ですから(笑)。『クロノ・トリガー』と『クロノ・クロス』への僕なりの想いを詰め込んだアルバムになっていまして、すごく細かいところにまで仕掛けがありますから、それを探しつつアルバムを聴いてもらいたいですね。あと、歌詞が乗ることで曲のイメージが大きく変化しますから、原曲と違うイメージも楽しんでほしいです。“第3の『クロノ』”とまでは言いませんが、違った角度から『クロノ・トリガー』と『クロノ・クロス』を見つめ直すアルバムになっていますので、ぜひ聴いてください。あと、先ほども言いましたが、“起承転”まで来て、“結”がなかなか出なかったんですが、作家20周年で“結”をつけられるものができました。きっと楽しんでもらえると思いますので、じっくり聴いてください。

光田康典氏出演! 全曲試聴ニコニコ生放送開催!

 光田氏のインタビュー、いかがだっただろうか。読んでいただければわかる通り、光田氏の熱い想いが入ったものになっているので、『クロノ』ファンにはとくに聴いていただきたい! そして、このCDの発売前夜である2015年10月13日(火)21時00分から、本CDの全曲試聴ニコニコ生放送が行われる。光田氏の生の声で、本作の想いを聞くチャンス! ぜひお見逃しなく! 

・ニコニコ生放送の番組ページは→コチラ

■「クロノ・トリガー&クロノ・クロス アレンジアルバム/ハルカナルトキノカナタヘ」トラックリスト
01. 時の傷痕 ~ハジマリノ 鼓動~ / Time's Scar
02. RADICAL DREAMERS
03. 風の憧憬 / Wind Scene
04. サラのテーマ / Schala's Theme
05. 凍てついた炎 / The Frozen Flame
06. マブーレ / Marbule
07. 次元の狭間 / The Bend of Time
08. 時の回廊 / Corridors of Time
09. On The Other Side / エピローグ~親しき仲間へ / On The Other Side / Epilogue~To Good Friends
10. ハルカナルトキノカナタヘ / To Far Away Times