舞台はアジアン・テイストな地下世界

 『牟奄-ムエン-』は、体が酸化する奇病が蔓延した廃退的世界を舞台にした、短編アドベンチャーゲーム。昨今のインディー作品としては珍しい、大がかりな制作体制によって、高いクオリティーを実現している。今回は、そんな『牟奄-ムエン-』を紹介しよう。

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 応募した“ニコニコ自作ゲームフェス”の評価傾向を強く意識した、野心的なインディーゲーム――『牟奄-ムエン-』はそんな作品です。その理由は、ツッコミ甲斐のある破天荒なキャラクター、物語進行に緊迫感をもたらすミニゲーム、多くの謎を残したまま唐突に終わる、ふた通りのエンディング……といった具合に、いわゆる“ゲーム実況動画” 制作者と、彼らが作った動画の視聴者が心置きなく楽しむための要素が詰め込まれているから。聞けば、本作は、ゲームを構成する各要素の制作に特化したスタッフを募り、それぞれが高いパフォーマンスを発揮できる環境・作業配分に留意しながら組み上げたとのこと。一見賑やかなお祭りノリながら、完成形として高水準でまとめているあたり、サークル代表者のビジョンの確かさを感じます。と同時に、ひとりまたはそれに近い少人数で丹念に作り込むスタイルとは異なる、インディーゲーム制作体制の新たな潮流のヒントが、本作にあるような気がします。

 とまあ、訳知り風に書いてきましたが、私が『牟奄-ムエン-』でもっとも惹かれたのは、物語世界のなんとも言えぬ無常観。憧れの世界を追い求める心情を、美化するでもなく、貶めることもなく、ひたすら誠実に描いたストーリーは、エンディングの余韻によって、より真に迫ったものに感じられます。ゲーム実況への興味のある・なしは別にして、多くの人々に体験してもらいたいです。

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▲本作の物語の大半は、日の光が差さない地下世界で展開する。丁寧に描かれたいくつかの背景CGによって、エキゾチックなデザインを主軸とした、独特の廃退的なムードを楽しめる。
▲登場キャラクターは、いずれ劣らぬビジュアル・インパクトの持ち主。フルボイス仕様の音声も各キャラにハマっている。そのクオリティーの高さは、同人ゲームであることを忘れるほど。
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▲好奇心のままに突き進んだ先に待つのは、望んでいた世界なのか、それとも……? 終盤の急展開に注目せよ。

■キャラクター

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▲ティモン(声:アルファ+β)
▲シャシャ(声:狩太郎)
▲マオ(声:レラージュ)

【本作はニコニコ自作ゲームフェス4受賞!】

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▲授賞式で賞状を受け取る、Project Gem代表の烏丸笑夢氏。

 『牟奄-ムエン-』は、昨年開催された“ニコニコ自作ゲームフェス4”にて、メーカー賞のひとつ“ノベルスフィア賞”を受賞している。ノベルゲームとしての完成度が抜きん出ていた点、ゲームフェスの傾向に合わせた作りを徹底していた点が、評価の決め手になったとのこと。


本作を総勢21人(!)、1ヵ月間(!?)で制作した
烏丸笑夢氏インタビュー(キャラクターデザイン/Project Gem代表)

■ギリギリの状態からはじまったゲーム制作

――『牟奄』の制作は、“ニコニコ自作ゲームフェス4”に応募しようというところから始まったんですよね?
烏丸 以前のフェスで『蟲喰いノ哭』(※女性向け恋愛アドベンチャーゲーム)の体験版が敢闘賞を受賞したときに、運営事務局の方から「完成したものをひとつでも作らないとダメだよ」とアドバイスされた上で、応募を勧められました。迷いましたが、応募締め切り1ヵ月前になって、やってみようかと。

――“制作期間1ヵ月”というのが、本作の制作上の特徴のひとつですが、より厳密には“期限が1ヵ月しか残っていない時点で制作開始した”ということだったんですね。
烏丸 はい。個々のスタッフさんが「やる」って言ってくれたら応募しようと(笑)。趣味でやっているサークルなので、ふだんは時間的に無理しないスタンスでやっていたんですけど、「今回はちょっとゴメン……」みたいな感じで声をかけました。

――参加スタッフが総勢21人というのも、大きな特徴です。同人サークル・Project Gemの成り立ちについて、教えてください。
烏丸 厳密には私の個人サークルなんです。4年前に、自分が描いたキャラが動いたらいいな、というところから「ゲームを作りたいのですが……」とスタッフを募集するところから始めました。現時点てボイスドラマをふたつ、短編ゲームをふたつ制作しました。

――どういうつながりの方たちに声をかけたのでしょうか?
烏丸 同人活動のスタッフを募集するウェブサイトです。「興味があったら連絡してください」と呼びかけて集まってくれたのが、先の『蟲喰いノ哭』のメンバーです。途中で連絡が取れなくなった方の代わりを再募集して……というのをくり返していたら、参加スタッフが70人になってしまいました。

――70人!? すでに個人サークルの範疇を越えているのでは……。
烏丸 毎作品携わってくれるコア・メンバー的存在の方は4、5人いますが、サークルメンバーを固定していしまうと、次回作を出すときに「やらないといけない」みたいな義務感が先立って、好きにやってもらえなくなってしまうのでは……との想いから、作品ごとに声をかけさせていただく形態にしています。

――制作スタッフのやりとりの手段は、ネット中心で。
烏丸 はい。4年間毎日のようにSkypeで話しているのに一度も会ったことがない、遠方在住の方もいます(笑)。皆さんの経歴はまちまちで、以前その業界でお仕事されていた方もいれば、これから目指すという方もいます。あとは、本業を持っている上で「趣味は余裕をもってやりたい」という方もいらっしゃいます。自分の趣味に全力な方が多いですね。

――ちなみに、烏丸さん自身のスタンスは?
烏丸 ゲーム業界への就職を目指しています。サークルを始めた当時は大学生で、一般企業への就職を考えたときに「もう絵を描く機会はないだろうな」と思い、この活動を最後に……と始めたのですが、いろんな人と知り合うのも楽しくなってきて、進路に対する考えかたが変わっていきました。

■山あり谷ありの『牟奄』制作秘話

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▲後半の地下移動シーンは、当初は3Dダンジョンとして作成される予定だったとのこと。

――『牟奄』の制作エピソードについて伺います。制作は、あらかじめ作品イメージがある状態からのスタートだったのでしょうか?
烏丸 まっさらな状態でした。物語世界やストーリーは、以前見た夢がもとになっています。台湾の九ふんのような場所で得体の知れない怪物に追われる……っていう、怖いけれどゲームみたいな夢だったので、いつか作品にできればとストックしておいたネタです。

――作中に登場する"ジーグイ"が、怪物のイメージなんですね。ビジュアルイメージもこんな感じだったのでしょうか。
烏丸 夢の中では、黒くて四足歩行するチュパカブラみたいな外見だったんですけど、そのままだとエグいので、後にグッズを作るとなった時のことも考えて"キモカワイイ系"にしてみました(笑)。

――先を見据えた調整……ということでしょうか。
烏丸 基本コンセプトは“ニコニコのユーザーの皆さんに受け入れられるノベルゲーム”です。実況してもらえる作品にしようと、(実況主が自分で読み上げる)地の文を多めにしたり、ただ読み進めるだけでなく、要所要所にミニゲームを挟んで"実況の見せ場"になるようにしたり。物語の真相も、あえて作中で答えを出さず、終わった後に実況主が「こういう考えなんだけど、どう思う?」みたいな感じで、リスナーとコミュニケーションをとってもらえたらいいなと思いながら、企画を固めていきました。

――1ヵ月という制作期間の大まかな流れを教えてください。
烏丸 ゲームの性質上、シナリオができあがらないと他の作業を進められないので、まずはシナリオ担当スタッフと何時間もSkype会議をして、ストーリーや舞台設定を詰めてから、最初の一週間以内に上げてもらいました。

――1週間、ですか。たしかに短編ですが、舞台設定など一から作り込むのは相当大変だったのでは。
烏丸 すごい無理をしていただきました(笑)。原案から「ホラーっぽい雰囲気でいこう」となったのですが、それにプラス要素がないと弱いのでは……ということで、世界観を徹底的に作り込みました。今回はふたりの方にシナリオで参加してもらいました。メインの一陽さんからは、私が作ったプロットにたいして「こういう感じにしないと話が見えてこない」「このキャラがこういう風に考えるのはおかしい」と意見をいただき、ストーリーを肉付けしてもらいました。もうひとりの阿部史さんは、プロット段階で案出しのお手伝いや、完成したシナリオのチェックなど、アドバイザー的に関わっていただきました。

――シナリオ完成後は、各スタッフに作業内容を説明して、完成した素材を集めて……ということになると思いますが、ゲーム制作の進行管理も、すべて烏丸さんが行ったのでしょうか?
烏丸 はい。おもに雑用中心ですが。

――実際は雑用どころか、キャラクターデザインも御自身でされていますよね。
烏丸 今回は他の方にお任せしようと思ったのですが、キャラ絵だけは先に仕上げておかないとグラフィック作業を進められない……ということと、タイトなスケジュールでお願いするのが申し訳なかったので(笑)、そこまでは自分でやることにしました。キャラクターデザインは最初の4日間でぱっと終わらせました。

――スピード感、ありますね。その後もスムーズに進んだのでしょうか?
烏丸 その後、使用するゲームエンジンの変更などがあって少しバタバタしましたが、おおむね順調に進みました。スタッフは個人単位でお願いしているんですけど、同じ役職ごとに組んだグループ内で連絡しあってくれたので助かりました。グラフィックチームは直接顔を合わせる方が多いので、「昨日はありがとう。この修正してもらっていい?」っていう感じでやりとりしました。また、できあがったものからひとつづつ納品してもらい、それをこまめに他の役職さんに回して、高いモチベーションを維持してもらえるよう心がけました。

――とはいえこれだけの大人数ですから、スタッフ間のトラブルは多少なりともあったのでは、と邪推してしまいます。
烏丸 じつは、ちょっとありました。それぞれのこだわりがあったりとか、時間的に妥協しなければならなかったりとか……。自分以外の役職の作業の勝手がわからないことが原因で衝突がおきかけたこともあったんですけど、皆さん大人なので、情報を共有することで「そういうことだったのね」とわかってくれました。

――エンドロールで流れる印象深い主題歌(「終末の残像」)は、イメージソングとして早い段階に作られたんですよね?
烏丸 いえいえ(笑)。『牟奄』の音楽は、以前に別の企画でごいっしょさせていただいた、“Ether(エーテル)”という同人音楽サークルさんに担当していただきました。シナリオがある程度できた段階で、必要なBGMを7、8曲リストアップして、制作可能な曲を選んでもらうつもりだったのですが、結局全部引き受けていただけました。しかもスケジュール的に余裕を残していて、「どうせだったらエンディングテーマもあった方がいいよね」と先方から提案してくださったので、ぜひにとお願いしました。

――曲調や歌詞が本編の物語世界にピッタリで、とてもそんな流れで作られたとは思いませんでした。
烏丸 Etherの作曲担当のRyoさんは「何としても間に合わせなければ……っていうこの感じが、文化祭みたいで楽しかった」と仰っていました(笑)。

■フリーの同人ゲームを作り込むモチベーションとは?

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▲実際に夢に出てきた怪物は、全身黒の4足歩行タイプだったが、キモカワイイ路線を狙ってこのデザインに。

――『牟奄』はニコニコ自作ゲームフェスへ出展するために制作された作品、とのことですが、そうした作り方は、サークルの信念をどこか曲げているふしもあるのでしょうか?
烏丸 あえて狙った作りをするのも苦ではありません。それはそれでおもしろく作れちゃいます。

――“想像の余地を残すシナリオ構成”は、その最たるもののひとつと思いますが、物語世界の背景や登場人物の正体、エンディングの意味などが明らかにされることはあるのでしょうか?
烏丸 公表したいこともあるんですけど、やはり控えておこうという意図もありまして。『牟奄』に関する投稿動画やツイッターのツイートは、スタッフみんなでチェックしていますが、ずばりその通りの考察も見かけます。

――私は、ふたつある結末のうちのひとつに出てくる“手錠”の意味が、どうしてもわからなくて……。
烏丸 最初は、手錠に関する文章はありませんでした。考察してもらえるゲームにしたかったので、「エンディングは唐突に終わる形でいきたいです」と言ったら、そういう締め方は読後感がスッキリしないのでは……と懸念していた一陽さんが、「じゃあ手錠の一文付け加えていいですか?」と。

――それはヒントを追加した、ということでしょうか。むしろ謎がより深まっているような気が……口外しないので教えて下さい!!
烏丸 (笑)わかりました。じつは……

(以下、ネタばれトーク)

――なるほど。そこまでヘヴィなSF世界だったとは……。
烏丸 どの作品も、裏の設定まで作り込んでいます。各作品のウィキペディアをスタッフが管理してくれているおかげで、世界観がしっかりしているんじゃないかと。

――『牟奄』をはじめ、Project Gem作品はいずれも、ウェブ上で公開するフリーソフトという形態をとっています。少し踏み込んだ質問になってしまいますが、制作の際に金銭の移動は発生するのでしょうか?
烏丸 ないですね。「無料配布作品なので(謝礼等を)払えないのですが」という前提でお願いしていますが、参加して良かったと思える点がないのは心苦しいので、チャンスがあれば作品をより多くの人に知ってもらえるよう、プロモーションをがんばりたいです。スタッフさんどうしで仲間が欲しいという人がいたら、その架け橋になれれば……との思いもあるので、結果的に人を集めることになるのかなと。

――多くの人と接すること自体がお好きなんですね。
烏丸 人と会うと、感動することが多くなるんです。スタッフの皆さん、がんばりが半端ないんですよ。完成しても、その喜びや達成感は一瞬なので、できる限り盛り上げたり、モチベーションアップできればなと思っています。

――お話を伺って、大人数での同人ゲーム制作の秘訣がわかったような気がします。何よりもまずは「こういうゲームを作りたい」と意思表示することが大事なんですね。
烏丸 はい。そしてそれをちゃんと実現させる責任感も必要だと思います。チームで同人活動をしている人同士でお話をしていてわかったんですけど、"完成前にスタッフがいなくなったり連絡がつかなくなりやすいチーム"には、いくつかの共通点があるんです。

――それは興味深いですね。
烏丸 “リーダーが学生”とか“人数がメチャクチャ多い“とか……それってまんま、ウチのことだなぁと。

――(笑)。
烏丸 「誰もやれていないならやってやるよ!」と大それたことを言ってしまったから、逃げられなくなった部分もあります。

――たとえそういう状況になっても、そこで踏みとどまれるかどうかは、個人の責任感次第ですよね。
烏丸 中核のスタッフさんには「逃げたら地獄の果てまで追いかけてやる」と言っていただけました(笑)。同人活動を始めた時は私が一番年下だったくらいで、リーダーとしてはすごく頼りないんですけど、経験豊富な皆さまからいい感じで育てていただいた部分もあったと思います。

――大人数での同人ゲーム制作を円滑に進めるためのコツというか、経験則のようなものがあれば教えてください。
烏丸 よくわからないことは、その職種の方に聞くのが大事だと思います。当初は、“この作品はこうしたい”という自分のビジョンを見せなければと思って、より多くの情報や要望を一方的に伝えていました。各分野のキャリアを積まれているスタッフの方々にしてみれば「それって本当にいいの?」「こっちの都合も考えないで……」といった意見を言えなくなった、というのを後々になって聞いて、反省しました。同じことでも「こうしたいんですけど、作業量的にはどうでしょうか?」と尋ねることで、協力関係は変わってくるんだなと。

――ある意味、実践的な社会勉強になっているような……。今後も、作品をフリーで公開していく方針は変わらない?
烏丸 ゲーム自体では、絶対お金を取らないと決めています。有料にするとそれだけでプレイヤーを制限するし、そもそも実際にコストがかかってないんです。もし出せるとしたら、イベントでグッズとか資料集は販売したいですね。資料集は、スタッフ陣が記念として欲しいので(笑)。まずは、水面下で制作を進めている『蟲喰いノ哭』の完成に向けてがんばります!

■スタッフクレジット

『牟奄-ムエン-』スタッフリスト

●企画
Project Gem

●キャスト
アルファ+β(ティモン)
マレラージュ(マオ)
狩太郎(シャシャ)
ミフネ(エキストラ)
はやかわそうた(動画ナレーション)

●シナリオ
一陽

●シナリオアドバイザー
阿部史

●キャラクターデザイン
烏丸笑夢

●音楽
Ether(Ryo、エルム凪)

●システム
本間A子

●グラフィック
ウェリアム
雅祭こた
銀桜
こん
たべ
ひよき
美舟
らなど

●音声編集
もじゃぶた

●WEBデザイン
竹田一蒼

■ダウンロードできるサイトのリンク

※『牟奄-ムエン-』公式サイト

※ふりーむ!内『牟奄-ムエン-』ページ


牟奄-ムエン-
メーカー Project Gem
対応機種 PCWindows
発売日 配信中
価格 無料
ジャンル アドベンチャー