「新しいジャンルが作れる滅多にないチャンスです」(和田氏)

 東京ゲームショウ 2014期間中の9月19日、スクウェア・エニックス・ホールディングスは、クラウドゲーム事業のベンチャー会社“シンラ・テクノロジー・インク”(以下、シンラ)設立の発表会を開催した(記事は→こちら)。社長を務めるのはスクウェア・エニックス・ホールディングスの前代表取締役社長和田洋一氏。シンラの技術を活用することで、どんなクラウドゲームが実現するのか。新規クラウドゲームサービスに賛同するメーカーは? 稼働時期は? 勝算は? さまざまな疑問を和田社長に訊いた。
(聞き手:週刊ファミ通編集長 林克彦)

※本記事は、週刊ファミ通2014年10月23日号(10月9日発売)に掲載したものです。

クラウドゲームの未来を切り拓く “シンラ”で実現できること――和田社長インタビュー_02
シンラ・テクノロジー・インク 社長
和田洋一氏

野村証券を経て、2000年株式会社スクウェア(現、株式会社スクウェア・エニックス)に移籍。2001年代表取締役社長兼CEOに就任。
2003年 株式会社スクウェア・エニックスの代表取締役社長に就任。
2008年~2013年 株式会社スクウェア・エニックス・ホールディングス 代表取締役社長を務める。
2006年~2012年CESA会長、2006年~2013年経団連著作権部会長等、各種委員歴任
2014年 シンラ・テクノロジー株式会社 社長に就任。
クラウドゲーム事業立ち上げのため、以降は活動を新会社に集中

誰もやらないなら自分たちでやるしかない

――まずは、シンラ発足の経緯からお聞かせいただけますか?

和田洋一氏(以下、和田) ゲーム産業は、テクノロジーとビジネスモデル、そしてコンテンツデザイン、 この3つが絡み合って進歩、成長していきます。ビジネスモデルはF2P(フリー・トゥ・プレイ)を始めとして、いろいろと新しいモデルが出てきました。コンテンツに関しても新しいタイプのものが出て大ヒットしています。ですが、そういったブレイクスルーが、テクノロジーに関してはない、というのが現状だと思います。

――いままでの進化の延長線上にあるものでしかない、と。

和田 そうです。我々の予測としては、4~5年ぐらい前から、 次のテクノロジーのブレイクスルーはクラウドゲームだろう、という確信はありました。ですので、まずはクラウドゲームが主流になる時代に備え、クラウドによって実現できるコンテンツ、本質を引き出すようなゲームはどういうものか、という研究を始めました。そのうち、クラウドゲームのプラットフォームがいろいろと出てくるだろうと予想していたのです。ですが、どのクラウド事業者にも、テクノロジーのブレイクスルーというものはありませんでした。

――たしかに、既存のゲームをストリーミング配信して、いかに快適に遊べるか、というところにフォーカスしている印象です。

和田 どの端末でもプレイできるという新しい利便性は加わりますが、ゲームとしては、わざわざクラウドで遊ばなくてもいいな、というものばかりですよね。配信のところだけに着目していますので、技術革新も生まれてこない。このままだと、クラウドゲームの可能性が見えているにも関わらず、何も起こらない恐れがある。そこで、自分たちが土台を作らなければ、と意識がシフトしていったんです。

――自分たちでやるしかない、と。

和田 はい。本格的にそちらに考えがシフトしたのは3年ぐらい前です。そこからは別会社としてクラウドゲーム事業を立ち上げようと考え、準備してきました。

――社名の“シンラ”に関しては発表後、いろいろ話題になっていましたが(笑)。

和田 基本的には親父ギャグなんですけれども(笑)。ただ、真面目な想いとしては、“ゲーム色”を強く出したかったのです。ITっぽくなくて、ゲーム的と考えたときに、スクウェア・エニックスの中では『FFVII』の主人公がクラウドですから、クラウドに引っかけようと。ロゴも『FFVII』で神羅カンパニーの図案を考案した直良(直良有祐氏。『FFVII』でアートディレクターを担当)に描いてもらいました。もちろん、ゲーム内の神羅カンパニーとはまったく関係ありません。彼らは悪い奴ですから(笑)。

――つぎに具体的な事業内容についてうかがいます。先ほどクラウドゲームのブレイクスルーを目指すための土台を作る、というふうに仰られましたが。

和田 はい。まずは、クラウドならではのゲームが作れる環境やインフラを整えなくてはなりません。つまり初期の段階では、我々はエコシステム(生態系)全体をコーディネートする会社にならなければいけないのです。ただ、それをすべて我々だけでやるには限界がありますので、パートナーを募っているところです。

――最適な環境を整えるところから、抜本的にやっていく、と。声をかけている企業からの反応はいかがですか?

和田 インフラ関係のパートナーとは、もうほとんど話はつきかけています。重要なのはやはりコンテンツ開発の方々。そちらに対しても、セミナーを開いて技術的なディスカッションをするなど、話を進めています。先日の発表会の後も、そうそうたるクリエイターの方々60~70人ほどに集まっていただき、説明会を開きました。その後の懇親会では、皆さん、非常に興奮してくれていたように感じましたし、「待っていました!」と仰っていただける方もいて、手応えを感じました。

ゲーム機では実現できない新しいゲーム体験が提供できる

――クラウドならではのゲーム、というのはどういったものを想定されているのですか?
和田 それはこれから賛同していただける作り手の方々といっしょに考えていく部分ではあるのですが。まず、ほかのクラウドゲーム事業者と我々とで決定的に違うのは、クラウド側をスーパーコンピューター並の性能にし、従来のゲーム機では実現できなかったまったく新しいゲーム体験を提供しよう、というものです。いままでのゲームでは、手もとにあるゲーム機や端末でプログラムを処理しますから、それらのCPUやGPU、メモリーの上限以上の体験はできません。ですが、シンラではクラウド側で何千ものCPU、GPUを共有し、無限の処理能力を持っています。

――ネットワークを介してスーパーコンピューターにつながり、それがゲーム機になる、というイメージですね。

和田 はい。データセンター側の性能のどこを特化、伸ばしていけばいいかという部分、たとえば、ものすごい物理演算ができるとか、とんでもないレンダリングが可能になるとか、AIがすごいことになっているとか、やろうと思えば何でもできます。あまりにも何でもできるので、具体的にゲーム開発に入っていく中で、標準仕様を決めていこうと思っています。また、さらにクラウドはオンラインゲームについても革命的に変化をもたらします。オンラインゲームは、ユーザーどうしの同期やチート対策などに莫大なエネルギーを使うため、技術的なハードルがすごく高い。ですが、シンラ独自の特許技術により、無数のユーザーの莫大なシミュレーションを、クライアント間での同期を必要とせず、効率よく処理できます。ですので、開発者はゲームデザインの深掘りに専念できるため、画期的なオンラインゲームが出てくる可能性があります。さらに、シンラのサーバーでは、ゲーム内の世界をダイナミックに変えるだけではなく、その状態をサーバー上にキープできますので、生きた世界を作ることができます。

――これが実現するなら、ゲームの作りかたそのものも変わりそうですね。

和田 変わると思います。

――既存のゲームデザインの延長線上にあるものを、クラウドでやろうということではない、ということですね。

和田 はい。もちろん、その方向性もあっていいと思うのですが、従来のビジネスモデルでは、ゲーム産業という生態系を維持できないと感じています。また、私は多様化が重要だと思うので、さまざまなサービスがある中で、違う方向性がひとつやふたつ必要なのではとも考えています。

――シンラはそこに対する提案でもあるんですね。

和田 はい。