「没入からプレゼンス(存在感)へ」
既報の通り、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が、アメリカ・サンフランシスコで開催中のゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス(GDC)2014でプレイステーション4向けVRヘッドマウントディスプレイ“Project Morpheus”を発表。ここでは、その詳報をお届けしよう。
[関連記事]
※ソニーがPS4用のVRヘッドマウントディスプレイ“Project Morpheus”を発表
※PS Cameraとの組み合わせで360度全方向のゲーム体験を実現する“Project Morpheus(プロジェクト モーフィアス)”
“Project Morpheus”がお披露目されたのは、GDC 2014開催2日目にあたる2014年3月18日(現地時間)に行われたSCEのスポンサーセッション“Driving the Future of Innovation at Sony Computer Entertainment”にて。事前に「何か発表されるかも?」とのウワサもあり、開場2時間近く前から聴講を希望する列が。列は開始時間が近づくにつれ徐々に膨れ上がり、満員札止め状態となった。
そんな期待値満々の中登壇したのは、SCEワールドワイドスタジオのプレジデント、吉田修平氏。「最新の技術を把握し、世界中のすばらしい開発者から、ステキなゲームが作れるヒントがもらえる場所だからGDCは好きです」とニコニコしながらコメントした吉田氏は、「ゲームは昔から技術革新を活用して育ってきた業界です。“そんなことができるのか?”と思っていたことを可能にしてきた業界です」と前置きした上で、プレイステーションのつぎの革新がバーチャルリアルティー(VR)であることを明言した。
なぜか? 吉田氏によると、ゲームクリエイターが一人称視点やリアルな物理演算3Dグラフィック、モーションキャプチャー、拡張現実(AR)などを用いるのは、すべて没入感を生み出すため。ところが、VRはそれらをさらに上回るという。吉田氏いわく、「没入からプレゼンス(存在感)へ」というのだ。
VRに可能性を感じたSCEでは、数年前からPlaystation Moveを3Dデバイスとして実験を重ねてきたという。2012年3月には、闘技場で自分が『ゴッド・オブ・ウォー』のクレイトスになれるデモを作成したのだとか……。
そんな試作を経て誕生したのが、“Project Morpheus”だ。
“Project Morpheus”は、「遊びの境界を推し進める、その一歩となるプロトタイプです」と吉田氏。PS Camera、デュアルショック4、PS Moveとのシームレスな統合により、プレイステーション4の世界をより強化するものになると信じていると吉田氏は言う。さらに吉田氏は、「このプロジェクトは、パブリッシャーやデベロッパーにとって新たなメディアになるものです。開発者から直接フィードバックを得て、“Project Morpheus”を進化させていきたい」とのこと。だからこそ、発表の場にGDCを選んだというのだ。
最後に吉田氏が口にしたのは、VRの先達であるOculus RiftやValveへの尊敬の念。「VRの成果を共有してきた両社、それらを精力的に応えてきた開発者やプレスの皆様に心からの尊敬の念を抱きます。 私たちもそれを推し進めていきたいです」と締めくくった。
“Project Morpheus”の持つプレゼンスは破壊的
つぎに登壇したのが、SCEリサーチ・アンド・デベロップメントのドクター・リチャード・マークス氏。マークス氏はVRについて改めて、「別の物理的空間にいる、別の何者かになる感覚。極めて魅力的だけど、体験しないと伝えられないもの」と説明。自身も、「大してVRが好きというわけでもなかったのに、このプロジェクトを通して“単なる支持者”から“熱心な実践者”になりました」と明かした。
“プレゼンス”は破壊的で、「従来の価値基準のもとではむしろ性能を低下させるが、新しい価値基準のもとでは従来製品よりもすぐれた特徴を持つ」とマークス氏。ゲーム以外にあらゆるエンターテインメントでも、もっと言えばエンターテインメント以外でも有用だという。たとえば、先日は火星に立つデモを作ったとのこと。先日NASAの火星探査機“キュリオシティ”が取ってきた本物の火星のデータを使い、火星に立っているような感覚が味わえたのだとか。
一方プレゼンスは“広汎性が高い”。たとえば、仮想空間でホテルに行ってみて、予約するかどうか決める……という使いかたもできるという。Googleでも“Tango”というプロジェクトが進んでいるのだという。
“視覚”、“サウンド”、“トラッキング”、“操作”、“使いやすさ”、“コンテンツ”がすべて揃えば、VRは普及するのではないかとマークス氏。それぞれの項目に対するマークス氏の見解は以下の通り。
■視覚
小さいスクリーンだけど、大きな画面が見えるようにしないといけない。幸運なことに、これに特化した技術がソニーにはある。
■サウンド
オーディオテクノロジーについてもソニーには長い歴史がある。サウンドがリアルに響くことが体験に影響するから、VRではとくにサウンドは重要。また、ゲームにおいては、何に注目すればいいかの指標にもなる。
■トラッキング
トラッキングこそが、VRをVRたらしめているもの。これがなかったら、ただのパーソナルシアターと変わらない。“Project Morpheus”でも、基本的にPS Moveと同じテクノロジーを使っている。精度の高いセンサーは、回転はいいが位置のトラッキングが難しい。
■操作
インタラクションこそが、ゲームをゲームたらしめているもの。VRにおける操作は、今後大きな課題をたくさん解決していかないとならない。開発者は「やり遂げるためには、途中でクビにならないような保証がほしい」と笑っていた。PS Moveは少し早すぎた(VRコントローラとしては優秀)。そういう意味で、PS Moveがある状態で操作方法を模索していけるのはラッキーなのかもしれない。
■使いやすさ
“買ってつなげて電源を入れたら動く”というのが大事。設定も簡単(あるいは自動)。着け心地もよくて、かぶったらVR、はずしたら終わり、というのが理想。
■コンテンツ
ワールドワイドスタジオでもコンテンツの種は育ててきた。でも、GDCで発表したのは、みんなに作ってもらいたいから。ツールやエンジンや配信チャンネルなどはこちらで用意する。遊ぶのも、作るのも、プレイステーション4がVRの中心になるようにしたい。
マークス氏のコメントを聞いていると、ソニーこそが、まさにもっともVRを作るのに適した会社との印象だ。そしてマークス氏は、「既存のゲームエンジンやミドルウェアの対応も進んでいる」と参入ミドルウェアメーカーを紹介したあとで、新しい分野なので、新規参入もいいのでは?とひと言。「新しいメディアの夜明けに立ち会える機会はそうそうありません。未開の荒野が広がっているんです」とクリエイターたちの心をくすぐった。
“Project Morpheus”はメディアであって周辺機器ではない
最後に登壇したのが、同じくSCEリサーチ・アンド・デベロップメントのアントン・ミハイロフ氏。ミハイロフ氏が語ったのは、VRの長期的なビジョンを示すべく、ミハイロフ氏がまず語ったのはVRの哲学。“メディアであり周辺機器ではない”、“プレゼンスはキラーコンテンツになる”、“プレゼンスは感情を増強する”と刺激的なフレーズを列挙したあとで、「ゲームデザインにも大きな影響を与える」とひと言。たとえば、VRでは壁に向かって手を伸ばしたときにどうすればいいか? VRなので、見た目はよくても、実際に入れたら当然手は壁を突き抜けてしまう。これにどう対応するのか?
一方で、VRは壊れやすいものでもある。遅延を抑えるのと、フレームレートを高く維持するのは大事になる。そうしないと酔いやすくなるようだ。音声もまた、プレゼンスに寄与するので、サウンドには注意が必要だという。
さらに、ミハイロフ氏は、“Project Morpheus”のスペックも開示。それによると、現時点における“Project Morpheus”の開発キットは、視野角90度以上で1080pを実現。これは「最終版ではないけれど、現状としてはいい落としどころではないか?」(ミハイロフ氏)とのこと。ヘッドトラッキングは1000Hzで360度対応だという。デュアルショック4やPS Moveと同じくPS Cameraで認識するとのことだ。
なお、ヘッドフォンの取り替えは可能とのこと。オープンエアなので、熱が籠もったりもしないのだとか。さらに、テレビへのミラーリンクも可能。これにより、“Project Morpheus”を体験している人が、何を見ているか、周囲からでもわかる。そのために、ヘッドセットを外して隣の人に渡して続きをプレイしてもらう……という遊びかたもできるのだとか。
クリエイターを対象としたセッションということで、“Project Morpheus”の説明では、概念的な話が多かった。プロトタイプということで、“Project Morpheus”の発売時期や価格などが明かされることもなかった。とはいえ、セッションを聞いただけでも、“Project Morpheus”がプレイステーション4に間違いなく革新をひき起こすだろうことは実感できた。“Project Morpheus”の製品版がリリースされたら、プレイステーション4にどのような新しい遊びをもたらしてくれるのか、わくわくしながら待つとしよう。
(取材・文/編集部F)